6 ノワール家
「ふむ・・・熱は下がりましたね。異常も見られない。念のため、あと数日は安静にしていてください。くれぐれも消化の良いものを食べさせるように。」
初老の男性が、私、アイリスを診てそう言った。
どうやら、私は風邪をひいて高熱を出し、一週間も寝ていたらしい。
部屋には、医師と心配そうな顔をした侍女らしき女性だけがいた。
確かあの侍女は・・・そうだ、私の専属でリタという名前の女性だ。
幼少時代からずっと世話をしてくれていた・・・アイリスが信頼している侍女だ。
「お嬢様、ああ、お目覚めになられて本当に良かったです。」
「リタ・・・心配かけてごめんなさい。お父様とお母様は?」
リタは、私の言葉に驚いた表情をした後、悲しそうな顔をした。
「お嬢様、やはり具合がよろしくないのですね。旦那様はその・・・お仕事で。奥様はあの・・・お茶会に・・・。」
とても言いにくそうに答えてくれた。
「そう・・・。」
「あっ、でも、お目覚めになられたことは早馬でお知らせしておりますので、間もなく帰っていらっしゃることと。」
娘が熱で一週間も寝ているときに、仕事ならともかく、普通の母親なら遊びに出かけないと思う。
病院にいつもお見舞いに来てくれていた、父と母と妹を思い出して切なくなった。
「・・・どうやらまだ体調は万全ではないようですね。それでは、2,3日分の薬を置いていきます。また具合が悪くなりましたらいつでもお呼びください。」
そう言って、初老の医師は部屋を出て行った。
「リタ・・・」
「なんでございましょう、お嬢様。なにかお飲みになりますか?」
「そうじゃないの。実は私、高熱のせいか、なんだか記憶があいまいで・・・。」
「えっ!!それは・・・すぐにお医者様を連れ戻してきますから。」
「いいの、大丈夫。いくつか質問に答えてくれれば思い出すから。」
「は、はい。私で答えられることなら。」
そこで、自分の置かれている状況を確かめるために、いくつか質問をした。
リタは、とても言いにくそうに答えてくれた。
父親は、中央で要職についているため、王都にあるタウンハウスで生活している。
仕事熱心で、家庭は顧みない。
リタの話しぶりとカミサマの話から、自分の地位を守るためには、手段は問わない人みたい。
母親は、父親とは政略結婚であった。
もともと華やかな世界が好きで、そのため領地ではなく王都に滞在している。
後継ぎである兄と、私を産んだことによって、役目は終えたとばかりに、自由を謳歌しているらしい。
兄は、中央で働いている父の代わりに、領地にいる。
合理主義とでもいうのか、無駄なことを嫌うため、とてもドライな人。
王都での生活に執着している両親とは距離を置いているようだ、とリタは言っていた。
そこで、心臓をギュッと掴まれるような痛みが走る。
「お願い、私を見て!私を愛して!!」
心の奥底から、そんな叫びが聞こえてきた。
ああ・・・これはアイリスの叫びだ。
アイリスは、正しく家族の愛情を知らない女の子だったんだ。
カミサマはアイリスを『悪役令嬢』って言ってたけど、理由はこれか。
自分に関心を向けるため、自分勝手に振舞っていたんだな。
だからといって、それが人を殺めていい理由にはならない。
でも、張り裂けそうなこの心臓の痛みを、どうしたらいいんだろう。