58 新年
「では、今年1年の感謝を捧げる。来年もまたこうして家族で過ごせるように。」
一年の終わりを告げる、イシュタル侯爵様の祈りの言葉のあと、3人で夕食を取る。
久しぶりの誰かとの夕食・・・ノワール家のタウンハウスでは、いつも一人きりだった。
メニューはさほど変わりはないのに、温かく美味しく感じられるから不思議だ。
「そういえば、アイリスの作った菓子は美味じゃったな。また作ってくれぬかの。」
ライアンおじい様がワインを傾けながら話し始めた。
良かった・・・ちゃんと食べてくださったんだ。
「お口に合ったようでなによりです。材料さえあればすぐに作れますから、いつでも仰ってくださいませ。」
「ねぇ、アリス・・・僕のこと忘れてない?先に僕だよね。」
「クリスは王都に帰ってからでもよかろう。ここにいるうちは儂が優先じゃ。のう、アイリス。」
「そ、そうでございますね。厨房をお借りすることは可能でしょうか。次はスコーンでも。あれもジャムによく合いますから。」
「ほう・・・それは楽しみじゃな。アイリスは侯爵令嬢なのに料理まで作るのか?」
「北の領地では当たり前のことなのです。料理といっても、私はそのくらいしか作れませんので。」
「アリスの作ったスコーン・・・楽しみだな。」
「ありがとうございます。では少し多めに・・・」
そんな会話をしながら、ゆっくりとした時間が過ぎて行った。
夕食が終わり、用意された客間で一人空を見上げる。
今までは、不敬ながらも形だけのお祈りをしていた私だったが、今年は違う。
この幸せな気持ちがずっと続くように、お兄様とクリス殿下とライアンおじい様が健やかにお過ごしになられるように、祈らずにはいられない。
王都の方角を見ながら、手を合わせていると、コンコンとノックする音が聞こえた。
「アリス、ちょっといいかな。話がしたくて。」
「あ、あの・・・少しお待ちいただけますか。」
湯あみも終え、寝巻きのままの姿では恥ずかしくてクリス殿下の前には出られない。
急ぎ、厚めのガウンを羽織る。
鏡の前で、自分の姿をチェックし、「ど、どうぞ」と招き入れた。
「あっ・・・。ごめん。こんな時間に。」
私の姿を見たクリス殿下が、少し顔を赤らめたのを見ると、こちらもどうしても意識してしまう。
「ああ、いえ・・・あの、こんな格好で申し訳ございません。」
「ううん。こんな時間に来た僕が悪い。でも、どうしても新年をアリスと迎えたくて。それと、少し話があってね。」
口調が変わられた・・・これは、イシュタル家とノワール家に関わるお話なのだろう。
その時、日付が変わる時計の音が響いた。




