57 祖父と孫
夕食を終え、屋敷が眠りについた夜更け、当主の執務室にクリスティンが入っていく。
執務室では、ライアンがジャムをたっぷり乗せたクッキーをほおばっていた。
「爺さん・・・もう深夜だっていうのに、何やってるのさ。」
「なんだ、クリスか。お前も食べるか?美味いぞ。」
「医者に止められているでしょう?長生きできないよ・・・あ、ほんとだ、美味しいな。」
「クリスよ、あのような感じで良かったのか?」
「充分だよ。アリスは家族から愛情を貰えなかったからね。家族として受け入れる態度を見せれば絆される。とはいえ、爺さんもまんざらでもなさそうじゃないか。」
「うむ・・・まあ、菓子は美味いしな。それにもともとアレを嫌ってはいないぞ。」
「え?そうなの?あのノワールの令嬢だよ?」
「ふん。ノワールごとき我らの敵ではない。王国の砦をなめるでないぞ。とはいえ、北は王国の食糧庫。あそこを潰せば食糧難に陥るのは確か。それも含め、ノワールの倅は頭の回る奴じゃな。」
「さすが学園を首席で卒業しただけはある。あそこの兄妹は優秀だね。いい拾い物だったよ。」
「勉学ばかりできても使えない輩もおるがな。アイリスは、Aクラスだと聞いたが?」
「ああ、あれは第一王子を避けるため、わざとだよ。ルーク義兄上の入れ知恵じゃないかな。だって、勉強を教えてもらうフリして、三年生の問題を聞いたら、スラスラ答えていたからね。」
「なるほどのう・・・目立たぬように、侯爵家として馬鹿にされない程度の無能を装う、か。」
「そのようだね。それよりアリスのこと嫌いじゃないってどういうこと?」
「アレは昔、第一王子にすり寄った令嬢に、頭から茶をかけたり足をひっかけたり、散々なことをしてたらしいな。しかし、正妃たるもの、そのくらいの苛烈さがないと務まらぬ。その気の強さが我が娘に少しでもあったなら、ああはならなかったであろうな。そういうおなごは、儂、嫌いじゃない。」
「爺さん・・・可愛く言ったって、そんないかつい顔じゃ気持ち悪いだけだよ。」
「ふん。もうお前にはこの菓子はやらん。そういうクリスこそ、だいぶ執着しているではないか。何事にも興味を示さなかったお前が。」
「ええ~、そう見える?」
「丸わかりじゃ。馴れ馴れしくアリスとか呼びおって。聞いているこっちが恥ずかしくなるわ。ミイラ取りがミイラになってどうするのだ、バカめが。」
「それは、爺さんには言われたくないな。でもまあ・・・アリスをずっと見てきたからね。あの強烈な感情を僕に向けてくれたらさ、自分が生きてるって感じがするかも、って思ったんだよね。ただそれだけなんだけどな~。」
「青い春じゃのう・・・。それを執着と呼ぶのだ。いずれにせよ儂は反対はせん。次期侯爵であるお前の判断を尊重する。とはいえ、のんびりはしてられぬぞ。」
「・・・とうとう、お隣さんが動き出したんだね。」
「そのようじゃ。クリスには急ぎ学園を卒業し、この侯爵家を継いでもらわねばならぬ。」
「そう・・・ならアリスは・・・」
「なに、そのように優秀なおなごであれば、共に卒業してしまえばいいではないか。ほれ、頑張れ、頑張れ。」
「まったく、他人事だと思って・・・。でもそうだね。あの学園に一人は危険だ。どうやら僕は噂の聖女には嫌われているようだし、それに第一王子がなにをするかわかったもんじゃないからね。」
「そうじゃな。使えるものは常に自分の手元に置いておけ、クリスよ。」




