56 私を守る盾
私は、大きく深呼吸をし、話を続ける。
「それまで、感情の赴くまま行動していた自分を律するのは大変なことでした。特にエドウィン殿下のことに関しては。自分の衝動を抑えるため、自分の手を握りしめました。とても強く・・・いつだったか、自分の爪で自分の手を傷つけたことがあったのです。それから手袋をするように・・・。周りには日焼け防止とか装いの一部で誤魔化していますけどね。」
クリス殿下が泣きそうな顔をされた。
「アリス、そこは笑って話すところじゃない。そういう事情があったんだね。知らなかったとはいえ軽々しく聞いてごめんね。領地で手袋をしていないのは、アリスが心穏やかな証拠なんだね。」
「そんな・・・そうでもしないと自分を抑えることができない私が子どもなのですから。」
「そうじゃないよ、アリス。自分を律することなんて大人でもなかなかできることじゃない。そうか、そうだったんだね。だから僕は・・・」
「クリス殿下?」
「僕は、王宮で会う君しか知らなかった。学園に入学して会った時、変わった君にすごく驚いた。そして、君と関わっていくうちに、その・・・君の強さが眩しく見えて、だんだん愛おしいなって思うように・・・。って、僕はなにを言ってるんだろうね。」
「え、あの・・・それは・・・」
「ねえ、アリス。僕と一緒にいる時に、その手袋を外せないくらい、我慢することや辛いことがある?」
「いえ、でも、その・・・」
「なにかな?ゆっくりでいいから話してみて。」
「あの・・・クリス殿下にどう思われているか考えると、胸がギュッとすることがあって・・・。他のご令嬢と気さくにお話されている時とかも、その・・・。なので・・・」
おそるおそるクリス殿下を見ると、口を押えて私から視線を外している。
ああ・・・やはり言わなければ良かった。
これでは、エドウィン殿下の時と同じではないか。
「・・・それは反則・・・ちょっと可愛すぎるんだけど。アリス、僕の勘違いでなければ、僕とアリスは、同じ想いを持ってる、ってことでいいのかな。」
「え?同じ想い・・・ですか?」
「うん・・・ああ、自分で言うのは恥ずかしいな。だから、政略とかなんとかじゃなくて、僕たちはお互いを想い合って・・・ああ、もう!つまり、僕たちは両想いってこと。」
「え、あ・・・そう、なのですか?・・・あの、私・・・」
途端に恥ずかしくなってしまって、また両手をギュッと握ってしまう。
「あ、ほら、だめだよ。これは外すね。」
クリス殿下が手袋に手をかけ、私の手から外すと、コロンと宝石が落ちた。
「アリス・・・まさか、君、こんなものをずっと握っていたの?」
その鋭利な宝石を見て、クリス殿下が驚いている。
しまった・・・クリス殿下のお言葉に動揺して、宝石のことをすっかり失念していた。
「あ・・・申し訳ございません。そうでもしないと・・・とても抑えられなくて。」
クリス殿下が、悲痛な顔になる。
ああ、こんな顔をさせたいわけじゃないのに。
クリス殿下が、私の両手を優しく包む。
「アリス、これは僕が預かる。君の心が苦しくなったら、この宝石の代わりに僕の手でも服でもいいから思いっきり掴んでいい。これからは君の心は僕が守る。アリスの盾になるから。」
「クリス殿下・・・」
「ああ、でも不意に他人に接触することもあるもんね。それは許しがたいことだから、学園にいる時と、僕がそばにいない時には手袋をつけることを許可する。これでいいね?」
「はい・・・承知しました。ありがとうございます。」
「それと、僕は第一王子じゃないから、アリスの可愛いヤキモチは大歓迎だよ!」
クリス殿下は、私をどこまでも受け入れ、許してくださる。
クリス殿下にすべてを話すことが出来ないのが・・・とても、痛い。




