54 真実
クリス殿下のお母様の部屋を後にした私たちは、先ほどの客間に戻る。
「嫌なものを見せてしまったね。驚いたでしょう?」
「嫌だなんてそんな・・・側妃様はお加減が・・・」
「最近は特にね。あれが理由で『静養』という名目でイシュタル家に返された。もう、公務どころじゃないからね。まあ、幽閉されないだけマシかな。」
クリス殿下が一つ深呼吸をする。
「ルーク義兄上には、僕から直接話すから君には黙ってるようにお願いした。人づてで伝える話ではないからね。」
「ごもっともです。」
それから、クリス殿下がこれまでのことをぽつりぽつりと語り始めた。
まさか、側妃様となった経緯にそんなことがあったとは・・・。
「僕は、アリスのことをずっと見てきたよ。周りは君のことを良く言っていないことも知っていた。でも、壊れていく母上をずっとそばで見てきたから・・・どこかで母上と重ねていたのかもしれない。とても他人のように思えなかったんだよね。」
「クリス殿下・・・」
クリス殿下が、私に気さくに声をかけてくれたのは、そういうことだったのか。
「君を・・・僕の手で助けてあげたい、アリスを僕の手で幸せにしてあげたいなって思うようになったんだよ。おこがましい話なんだけどね。」
「そんな・・・そのお気遣いだけでも、とても嬉しいです。」
クリス殿下は、アイリスに同情してくれていたのか。
どんな形であれ、そこに『情』があるのなら、それだけで救われる気がする。
エドウィン殿下からは、決して頂くことは叶わなかったものだから。
「話がそれちゃったね。ごめんね。母上のような話はよくあることだから、王国のためと受け入れざるを得なかったけど、それでも、他に許せなかったことがあるんだ。」
「許せなかったこと、ですか?」
側妃様の件でも、充分受け入れ難いことではあると思うが、それ以上のことがあったのだろうか。
「この王国の第一王子は、僕だ。」
「・・・な・・・」
アクオス王国の継承権第一位は、もちろん第一王子殿下である。
第二王子はいわばスペア的な存在。
本来であれば、クリス殿下が、次期国王になられる立場の方だったということ。
東がなぜここまで王家に不満があるのか疑問であったが、そういうことだったのか。
「事情があったから仕方ないとはいえ、王家は僕を第二王子にした。この国は、母上はおろか僕をも切り捨てた。王国の砦として、帝国の脅威から国を守ってきたイシュタル家からすると、それはもう裏切りとしか感じなかったようだね。」
以前、王宮で「権力に執着している側妃様」と耳にしたことがある。
王家に不満を持つ者を束ね、クリス殿下を後継者にしようとしている、と。
それは、側妃様が、イシュタル家が、本来あるべき姿に戻そうとしていただけではないか。
私が見聞きしてきたことは、一体なんだったというのだろう。




