51 イシュタル家
私は今、イシュタル家に向かう馬車の中にいる。
行き先はタウンハウスではなく、東の領地である本宅だ。
タウンハウスで共に女神様にお祈りをし、新年を迎え、王都でのお祭りに参加する予定であったはずなのに、何故か本宅で過ごすことになってしまったのである。
「アリス、ごめんね。イシュタルの爺さんが、どうしてもアリスに会いたいから、一度連れて来いって。」
クリス殿下が、とても申し訳なさそうに、そして残念そうにされていた。
「お祭り・・・アリスと一緒に楽しめると思ってたのに・・・。」
王都から東の領地までは、馬車で3日間ほどの距離であり、どう頑張ってもお祭りの期間に王都に帰ることは叶わない。
「お祭りは、次の年も、またその次の年もございますから。それよりお兄様から許可はいただいたのですか?」
「そこはノワール侯爵、君の父上から了解をもらったよ。だって、ノワール家の現侯爵は父上でしょう?許可をもらう相手はルーク義兄上じゃないからね。」
確かに、事前に父親に断りはいれていたようで、出がけに「くれぐれもノワール家の品位を落とさぬよう気をつけよ」と釘を刺された。
だが、それとこれとは話が別ではないだろうか。
「クリス殿下、それは屁理屈というものでは・・・。」
「ふふ、権力を利用するとはこういうことだよ。アリスもよく覚えておくといいよ。」
相変わらず、怖いもの知らずのクリス殿下であった。
さまざまな思惑が絡んでいるこの結婚を、イシュタル侯爵は、どのように思われているのだろうか。
学園に入るまでは、さんざんな評判だったアイリスである。
それに、父親はエドウィン殿下の後ろ盾となっており、第一王子殿下の派閥。
とてもじゃないが、クリス殿下に相応しい女性とはいえない。
私を婚約者として受け入れてくださるだろうか。
不安で胸が押しつぶされそうになる。
「お嬢様、大丈夫でございます。このリタがお側におりますから。」
「リタ、ありがとう。そうね、クリス殿下に選んでいただいたのだもの。堂々としていなきゃだめよね。」
「そうでございますよ。お嬢様はお一人ではございません。ほら・・・」
リタに言われ、馬車の窓から外を見ると、騎乗している集団が見えた。
その中に、クリス殿下がいらっしゃった。
クリス殿下が騎乗したまま、私のもとへやって来る。
「アリス、迎えに来たよ。ようこそ、我がイシュタルへ。君を歓迎するよ。」
クリス殿下は、いつもの優しい笑顔で、私を迎えに来てくれた。
それだけで、私は少し強くなれた気がした。




