49 秘密の会話
Aクラスに戻り、いつも私たちが座っている席にドカッと座ったクリス殿下。
「クリス殿下、先ほどは私に代わり・・・」
と言いかけた私の唇に、クリス殿下の人差し指がそっと添えられた。
突然の出来事に、動けなくなってしまった私だった。
「勉強の続きをしよう。教科書とノートを開いて。」
(ごめんね。王家の影がいるから、ここでは大事なことは話せない)
その言葉にハッと我に返ると、クリス殿下がご自分のノートにさらさらと文章を書いていたのが見えた。
なるほど、声は拾われる恐れがあるが、ノートに書いた文字なら見えにくい。
そして、放課後であるこの時間、私たち以外、誰もいない。
「そうでございますね。先ほど途中まで書いたのですけど、この部分だけどうもしっくりこなくて。」
(私のために、申し訳ございません。でも嬉しかったです)
「ああ、そこね。それはこういうことじゃない?」
(あのくらい、どうってことない。それより兄上の申し出について、どう思った?)
「それだと、ここと矛盾しますよね。こうしてはどうでしょう。」
(平民である聖女様が大変なのは本当かと。でも、私の教えが厳しいとかいじめてるとか、糾弾する材料にされてはたまりません)
「ああ、なるほど。そういう考え方もあるのか。僕はちょっと違うかも。これではどう?」
(確かにそうだね。兄上も僕たちに不信感を持っているようだ。まずは君から崩しにきたかな)
「さすがはクリス殿下。私とは違うお考えですね。ただ、女性視点からするとこうも読み取れます。」
(もしかすると、私がまだ第一王子を追いかけていて、声をかければ喜んで言う事を聞くと思っているのかもしれません。)
「ああ、それは男である僕にはない視点だ。でもそれには穴がある、ここだね。」
(はあ?今さらなにいってんの。君は僕のものなのに、ばかなの?)
「なるほど、やはり一人では考えが偏りますね。次の問題はこのように考えました。」
(昔のままの私だと思っているのでは。欲望のためには手段を選ばない女だと。)
「ああ、それはいいんじゃない。そこ、スペル間違ってるよ。正しくはこう。」
(兄上に近づくために、僕にすり寄ったと?)
「あっ、失礼しました。こうですね。」
(おそらく。あの目つき、嫌悪感丸出しですもの)
「アリスは外国語が苦手だよね。なら、これから勉強しないとね。」
なにも書かれていない。
「え・・・あ、恥ずかしながら実はそうなんです。どうしても文法が・・・」
「それでは、僕の妻としては心許ないな。僕の将来の夢は覚えているよね?」
「はい。外交官として諸国を訪問されるのでしたね。」
「なら、外交官の妻として恥ずかしい思いをしないよう、これから外国語とマナーを勉強しようか。」
「う・・・そ、それは何か国語くらいでしょうか。」
「う~ん、そうだな・・・最低2,3か国語くらいかな。イシュタル家のタウンハウスには外国の書物がたくさんあるからね。明日から、イシュタル家で集中して勉強しようね。」
クリス殿下のアルカイックスマイルは、お兄様より恐ろしかった。
そして、次の日から、図書室ではなくイシュタル家のタウンハウスに場所を移すことになる。




