47 ささやかな願い
新学期が始まった当初は、いろいろな感情が混ざった視線をぶつけられていたが、私たちが常に一緒にいることが当たり前になってしまったのか、呆れられたのか、悪意のある視線は少なくなった気がする。
これも、クリス殿下が常に私の側にいて、ずっと矢面にたっていてくれるからだ。
これまでは、エドウィン殿下と聖女様に会わないように、とそればかり考えていたので、昼食も取らずにすぐ図書室へ行っていたのだが、新学期早々クリス殿下にバレて、ネチネチとお説教をいただいた。
それからは、学食で適当なものを見繕い、中庭で二人で昼食をとるようになった。
聖女様を伴ったエドウィン殿下とすれ違うこともあったが、エドウィン殿下を想うアイリスの感情に引っ張られることはない。
エドウィン殿下からは、変わらず嫌悪感の混ざった眼差しを向けらている。
まだ心臓はギュッと痛むけれど、宝石を握りしめるほどでもなくなった。
そんな時、クリス殿下が視界を遮るように私に顔を向けて、笑いかけてくれるから。
ある日の放課後の図書室で、クリス殿下が私に質問をされた。
「ねぇ、アリスはこれからも、放課後はずっと図書室にいるの?」
「え、ああ・・・そうですね。つい習慣で足を向けてましたが、あの、クリス殿下・・・」
「ん~、なに?」
言ってみてもいいだろうか。
私が・・・ずっと憧れていたこと。
「その・・・お願いがあるのですが・・・」
「お願い?アリスのお願いって珍しいね。僕ができることなら叶えてあげるよ。」
クリス殿下はどこまでも私に甘い。
これも、周りを欺くための演技なのだろうか。
そう思ったら、心臓がギュッとなった。
私は宝石を軽く握りしめ、思い切って口を開く。
「あの、ですね。私とお茶をして・・・いただけますか。」
「へ?」
「あっ、殿下のご予定もあるのに突然申し訳ありません。ご都合のよい時でいいのです。あの・・・」
やはり、ご迷惑なのでは・・・。
エドウィン殿下の、あのアルカイックスマイルを思い出し、また心臓がギュッと痛んだ。
すると、クリス殿下がふわっと優しい笑顔になった。
「アリスのお願いっていうから、つい構えちゃったじゃないか。そっか~、遊びに誘って良かったんだね。」
「え?」
「だって、アリスは放課後もずっと勉強してるからさ。ルーク義兄上になにか言われてるのかと思って、遠慮してたんだよね。なんだ、そっか~。ははっ、遠慮はいらなかったんだね。」
「えっと・・・」
クリス殿下が、私の黒髪をそっと撫でる。
「僕はアリスともっと仲良くなりたい。政略的なものではあるけれど、それがすべてじゃないよ。もっとお互いを知って、それで想い合える仲になったら、サイコーじゃない?」
「クリス殿下・・・」
「その為には、もっと交流が大切だ!アリスの好きなもの、僕に教えてよ。僕の好きなものもアリスには知ってもらいたいし・・・よし!それじゃ、今からデートに行こう!」
「え、ええ、今からですか?」
「善は急げ、だよ。王都の街に、僕のお気に入りのカフェがあるから、今日はそこに行こう!」
私の手を取って立ち上がり、私を引っ張っていくクリス殿下。
ああ・・・この方は、私が、アイリスが欲しかったものをすべて与えてくれる。
・・・・・・アイリスが、本当は『あやめ』だと知っても、変わらずいてくれるのだろうか。
それでも、私を受け入れてくれるのだろうか。




