45 初めてのエスコート
夏の長期休暇を終わりを迎え、私はまた王都に戻る。
タウンハウスに戻ると、父親から呼び出され、事の顛末を聞かされた。
セレーネ様がノワール家の養女になったこと、そして私の婚約がエドウィン殿下からクリスティン殿下に変わったことを淡々と告げられた。
未来の国王陛下の正妃とその王弟の正妻になったことで、喜んでいると思ったのだが、父親からかけられた言葉は意外なものだった。
「アイリス、お前にはいろいろと辛い思いをさせた。まあ、アレは喜んでいるだろうが。」
アレ、とはきっと母親のことだろう。
てっきり、権力欲しさに私を婚約者にごり押ししたのだと思っていたが、そうではなかったのか。
侯爵家の中で一番力のある貴族の現当主である父は、裏の事情も知っていたということか。
アイリスのこれまでを思うと、ほんの少し、報われた気がした。
そして、新学期の登校日を迎える。
すると、リタがバタバタと部屋に駆け込んできた。
「ア、アイリスお嬢様、お迎えの馬車が来ています。急ぎお支度を。」
慌てて外に出ると、王家の馬車の前にクリスティン殿下が立ち、私を待っていた。
「おはよう、迎えに来たよ。一緒に学園に行こうか。私の婚約者殿。」
すっと手を差し出される。
私は、驚きのあまり、ただただ呆然としてしまった。
「お、お嬢様、殿下がお待ちになっていますから。お手を・・・」
リタに声をかけられ、ハッと我に返り、おそるおそる殿下の手を取った。
「やっとアリスに会えた~。久しぶりだね。元気だった?」
「クリスティ・・・クリス殿下、これはいったい・・・」
「え?婚約者のエスコートで登校するのは、当り前のことでしょう?」
「あ・・・そ、そうでございますね。申し訳ございません。慣れなくて・・・」
「学園はあと1年半あるよ。そのうち嫌でも慣れるよ。ほら、いちいち謝らない!」
サプライズプレゼントは、このことだろうか。
そうか、これが婚約者としての当り前・・・なんだな。
少し恥ずかしいけど、なんだか嬉しい・・・心臓がフワッと温かくなった気がした。
王家の馬車から降りた私たちを、驚きと好奇の目で見る学生たち。
それもそうだ・・・つい先日まで、私はエドウィン殿下の婚約者だったのだから。
事情を知らない人たちは、また権力でどうにかしたと思っているに違いない。
「アリス、君はなにも恥じるところはない。君は僕が選んだ女性だ。だから周りなんて気にしないで堂々と僕の腕を取ればいいよ。」
「クリス殿下・・・。はい、ありがとうございます。」
「そうそう、その調子。堂々としてたら、かえって何も言われなくなるものさ。そうだ、僕たちの仲の良さでもアピールしちゃおうか。」
くすくすと笑いながら、私の耳元で囁く。
「クリス殿下、お戯れがすぎます!それでは誤解されてしまいます。」
慌てて離れようとする私を、ぐっと引き寄せる。
「こらっ、離れちゃダメでしょ。はは、真っ赤になってる。アリスってば可愛いな。」
もう、恥ずかしくて顔を上げられない。
そんな私たちを、ポカンと見ている学生たち。
その中に、いつにもまして厳しい表情を向けるエドウィン殿下には気が付かなかった。




