44 その時、王宮では
「父上、いったいどういうことですか!なぜ、アイリス嬢がクリスの婚約者に!!」
護衛の制止を振り切り、国王陛下の執務室に入って来たのは、アクオス王国の第一王子であるエドウィンであった。
「エドウィン、なにが不満なのだ。聖女であるセレーネ嬢とのこと、この父が知らぬとでも思っていたのか。」
国王陛下の眼光に、ぐっとひるむエドウィン。
「お前がアイリス嬢を避けていたことも知っておる。婚約者がありながら、聖女に心を砕いていたこともな。危うく国を傾けるところだったのだ。それに、クリスティンとアイリス嬢の婚姻は、イシュタル家からの要望でもある。」
「国を傾ける・・・?どういうことですか、父上。それにイシュタル家の要望とは・・・。はっ、まさかあの側妃がなにか企んでいると?」
「エドウィン、私がなぜノワール家の令嬢と婚姻させようとしたか、わかるか?」
「それは、ノワール侯爵からの要望でございましょう。おおかた権力を盾に・・・」
国王陛下は深いため息をつく。
「エドウィン、お前もそろそろ大人になりなさい。見たくないものに蓋をするのはお前の悪いところだ。」
「なにを仰っているのかわかりかねます。」
「エドウィン、ならば聞く。北と東の先にはなにがある。」
「北と東の先・・・リスティア帝国・・・。」
「そうだ。ならばどういうことかわかるな。なぜノワール家の令嬢だったのかも。」
「・・・・・・ノワール家を取り込むため、ですか。」
「そうだ。私が今の正妃と結婚したため、東は王家に不信感を持っている。」
「王家に仇なす者ならば、粛清してしまえばいいのです。」
国王の眉間に深い皺が刻まれる。
「国内が乱れた時に、帝国が攻めて来たらどうするつもりだ?」
「それは・・・しかし、この王国は女神様に愛されている国です。そうやすやすと攻め込まれるとは思えません。」
「エドウィン、為政者というものは、常に最悪を考えて行動するものだ。お前のやったことは、危うくノワール家を敵に回す行為だったということを忘れるな。そして、その後始末をクリスティンがしたということもだ。」
「くっ・・・。」
「エドウィン、勉強ばかり出来ても、物事の本質を見極められないようでは、国は滅ぶのだぞ。」
「私は、クリスティンより劣るという事ですか。」
「・・・・・・。次期国王はお前だ、エドウィン。女神様のご加護でこの国が守られているのも確かだが、それだけではないのだ。貴族や民があってこその王国だということを、ゆめ忘れるな。お前と聖女の婚約、クリスティンとアイリス嬢の婚約は、もう決定事項だ。意義は認めん。わかったならさっさと行け。」
国王の執務室から出て行くエドウィン。
「この私が・・・弟のクリスより劣っているだと?アイリス嬢が私よりクリスを選んだだと?」
「殿下・・・」
「・・・アーサー、私は愚かか。」
「いえ、そのようなことは決して。殿下は次期国王です。そしてセレーネ様と未来を作って行かねばならないお方。クリスティン殿下とアイリス嬢の婚約など些末な事を気に病む時間などないのでは?」
「・・・そうだな。アーサーの言う通りだ。どうも私は視野が狭くなっていたようだ。感謝する。」
「いえ、滅相もございません。」
「そうだ、次期国王は私、セレーネと共に未来を作るのは私なのだ・・・アイリス嬢も、何故クリスに取り入るような真似を・・・私を試しているとでもいうのか・・・あの側妃のように・・・ならば・・・」
ブツブツ言いながら歩く主の背中を、アーサーは一抹の不安と共に追いかける。




