42 密談
ルークの執務室で、顔を突き合わせているクリスティン。
「義兄上、君の決断を歓迎する。アイリスを説得してくれたことに感謝するよ。」
「いえ、リズが自分自身で決めたことです。私はなにも。」
「最近、リスティア帝国が王妃の国に侵攻したのは聞いているかな。」
「きな臭い話は聞いておりましたが、やはり攻め入りましたか。」
「帝国に攻められたらあの国も終わりだ。負け戦になるのをわかったうえで手を差し伸べるほどこの国には余裕がない。」
「仰る通りです。同盟国に加担しようものなら牙をむかれるのは必至。」
「そうだね。そして背後を取られる心配のなくなった帝国が、王国に狙いを定めるのも時間の問題だ。」
「殿下は・・・学園を卒業したら外交官になるとリズに言っていたそうですね。」
「ああ、嘘ではないよ。なるべく穏便に事を運びたいからね。」
「やはり、そのおつもりでしたか。しかし、イシュタル家は王国に忠誠を誓っているのでは?」
「ルーク・ノワール、この先の話を聞けば、君たちは二度と後戻りはできないよ。それでも聞くのかい?」
「妹を嫁がせると決めた時点で、殿下に忠誠を誓う覚悟でございます。」
「忠誠なんて求めてないよ。君は北の領地のために動けばいいさ。東はね、王家に恨みがあるんだよ。」
「恨み、ですか?」
「私の母は、本来正妃になるはずだった。事実、王妃教育は最後まで受けていたからね。」
「それは・・・本当のことですか?」
「そうだよ。その時期に帝国が不穏な動きを見せた。そして、あの国に泣きつかれた。」
「では・・・帝国を挟み撃ちする形で同盟を・・・それで婚姻が結ばれたのですね。」
「そういうことだね。仕方のないことではあるけれど、東は切り捨てられた。王妃教育を最後まで受けたんだ。側妃となるしかなかったんだよ。」
「しかし、それだけでは・・・」
「父上と母上の仲は決して悪くはなかったよ。現に僕が産まれたしね。でも順番が問題だった。」
「まさか・・・」
「そのまさか。本来は僕が第一王子だ。運悪く同じような時期に正妃も出産してね。僕は第二王子になった。東は、二重の意味で切り捨てられたんだよ。」
「・・・・・・」
「父上は、この王国を守るため、王国の砦とするため、東には頭が上がらない。だからね、君たちのささやかな願いを押し通すくらい、なんてことないのさ。」
クリスティンはなおも言葉を続ける。
「実際、東はクーデターを起こすため、着々と準備をしていたしね。けれど国内が混乱すれば帝国に隙をつかれる。そうなれば北と東の領地は、まっさきに蹂躙される。」
「殿下の仰る通りです。」
「それなら、最初から帝国に攻めさせようと思ってね。これ以上東が犠牲になる必要なんてないでしょう?国王にはなれないけどさ、上手く立ち回れば、無傷でそれなりの地位で生きていけるからね。」
「殿下は、そこまで・・・では、なぜアイリスを?」
「北と東、お互いが無傷で生き残るための政略結婚であることは否定しない。けど、兄上に気に入られようと必死になっていたアイリスをどうにかしてあげたいと思ったのも本当だよ。僕と一緒にいれば、この王国が滅びようと命は助かる。」
「殿下は・・・もしかして、アイリスとご自分の母御様を重ねていらっしゃるのですか。」
「ああ、そうかもしれないね。あんな哀れな姿になって欲しくなかったのかな。母上はもう壊れてしまって、私と父上の区別もつかないんだよ。」
「それは・・・なんと言葉をかけていいのか・・・」
「君も、アイリスにはそういう風になって欲しくはないでしょう?だからね、僕は僕の出来得る限り、アイリスを大事にするよ。」
この時、ルークはエドウィン殿下を、アクオス王国を完全に見限った。
自分がお仕えするのは、クリスティン殿下をおいてほかにない、と決めた瞬間だった。




