40 決断
さらに領地での時間は過ぎて行く。
去年は、楽しいだけだった夏休みが嘘のようだ。
たった1年しか経ってないのに・・・私の運命が大きく動いた1年であった。
「リズ、そろそろクリスティン殿下が見えられる。私たちも心を決める時だ。」
「はい、お兄様。」
「選択肢は3つ、隣国へ逃げるか、クリスティン殿下を選ぶか、エドウィン殿下を選ぶか、だ。」
エドウィン殿下の選択肢は、ない。
口では正妃とかなんとか言っていたけど、どうせ側妃にされてどこかに幽閉されるに決まっている。
それに、エドウィン殿下の側には聖女様がいる。
私にとっての地雷がある場所に、わざわざ自分から近づきたいとは思わない。
しかし、疑問が残る。
クリスティン殿下にどういう得があるのか、まったくわからない。
「お兄様、お聞きしたいのですがよろしいですか。」
「なにかな?」
「クリスティン殿下が私を求める理由が・・・いくら考えてもわからないのです。」
お兄様はしばらく逡巡し、その重い口を開く。
「リズ、ノワール家とイシュタル家に共通していることがある。わかるかい?」
「共通しているもの・・・側妃が出る家、ということですか?」
「ん~、それも理由かもしれないが・・・少し違うな。ほら、地図を見てごらん。」
私は壁にかかっているアクオス王国の地図を見て、ハッとする。
「・・・・・・どちらの領地も、リスティア帝国に接している・・・。」
「そうだ。私には隣国にパイプがあると言ったね?それは、東も同じことだよ。」
「まさか・・・まさか・・・」
「どうやら私と同じ考えを持つ者がいるらしくてね。この二家が手を組めばどうなるかな。」
「ノワール家とイシュタル家が帝国に寝返れば、アクオス王国は・・・お兄様は・・・。」
お兄様は、困ったような顔をして笑った。
「私は、自ら王国に盾突く気はないよ。ただし、帝国が攻めてきた時に最前線になるのは北と東。私は領民の命を預かっている。その後は・・・言わなくてもわかるね?」
私はこくりと頷く。
力で他の諸国をねじ伏せてきた帝国が本気を出せば、この王国なんてひとたまりもない。
お兄様は、領地や領民を守るため、無用な戦はしない選択をされたんだ。
「幸い、この土地は自然豊かであり、王国の食糧庫として機能している。帝国もそんな土地を無残に荒らすような真似はすまいよ。そのように交渉しているからね。東には、どういう思惑があるかはわからないが、私と同じように考えているのだと思う。」
「私が一人隣国へ逃げたとしたら・・・」
リスティア帝国に、この王国を攻め入る口実を作るのではないだろうか。
この領地を本拠地とすれば、攻めやすくなることは明らかだ。
でも、それではお兄様が無事であるとは限らない。
最悪、謀反人として処刑されてしまう可能性だってある。
そんなこと、させられるわけがない。
そうなると、私に残された選択肢なんて、最初から一つしかないではないか。
すべてを見越したうえで、クリスティン殿下があのような話を持ち掛けてこられたのなら、エドウィン殿下よりよほど恐ろしい方だ。
「お兄様・・・クリスティン殿下はあのように恐ろしいお方だったでしょうか。」
「正直、私も驚いているよ。まさかここまでとはね。」
「私の選択肢は、実は一つしかなかったのですね。」
「リズがエドウィン殿下から離れることを選んだからこそ、クリスティン殿下も動かれたのだと思う。リズは後悔しないかい?」
「・・・少なくとも、エドウィン殿下を選ぶよりは後悔しないと思いますわ。」
「それがリズの答えだね。リズ、妹を自由にさせられない不甲斐ない兄ですまない。それでもお前が少しでも幸せになれるよう、手を尽くすよ。」
「お兄様、そんなこと仰らないで。そこまで想ってもらうだけで私は充分幸せなのです。私がクリスティン殿下のお手を取ることで、お兄様の力になるのなら、迷わずそうします。」
私の心は、決まった。




