39 分岐点③ 第一王子殿下
休暇も1カ月が過ぎようとしていた頃、エドウィン殿下が視察に来られるという先ぶれが来た。
そしてその一週間後、エドウィン殿下が領地視察で訪れた。
領地の視察には、お兄様とキールが同行し、私は留守番。
視察を終えた後、しばし休息をとっていただくため、今、この屋敷の客間に座っている。
私はお兄様の隣に座り、殿下と相対している。
「アイリス嬢、王都にいないと思っていたら領地に帰られていたのですね。お元気そうでなによりです。」
いつものアルカイックスマイルで、私に話しかけるエドウィン殿下。
婚約者の動向くらい知っているのが普通である。
なにも言わずここに来た私を咎めているのだろうか。
私は手袋の中で宝石をギュッと握りしめる。
「学園の課題のため、勉強がてら帰省しておりました。父から殿下に伝えるようお願いしておりましたが、直接お伝えせず大変申し訳ございませんでした。」
精一杯の嫌味を言ってみた。
私の予定なんて、今まで一度も聞きもしなかったくせに。
父親が殿下にきちんと伝えたかどうかも怪しいけれど。
「・・・そうでしたね。時期は聞いてなかったものですから。」
私が言い返したことに驚いたのか、不服だったのか、殿下の顔から一瞬表情が消えた。
・・・アイリスの想いにも引っ張られることはなくなってきた。
これも、お兄様が愛情をもって迎えてくれたからだろうか。
それとも、『私が必要』だと仰ってくれた人がいるからだろうか。
「北の地は自然が多くてのどかな場所ですね。国の食糧庫としてますます発展しているようだ。」
「はっ、恐れ入ります。」
「そういえば、国境沿いの鉱山はどうなっていますか?」
「先日、大規模な崩落がございまして、今は閉鎖しております。再開には今しばらく時間がかかるものと思われます。」
「ふむ・・・あそこの鉄鉱石は質が良いですからね。復旧を進めるようにお願いします。」
「はっ、かしこまりました。」
エドウィン殿下も、領地の主要な産業は把握しているらしい。
さすが、学年で首席をキープしているだけある。
だが、その裏側にあるものまで見抜いておられるのかは、私にはわからない。
お兄様も、言葉少なめに当たり障りのない返事をしている。
「アイリス嬢も、Aクラスでは頑張っているようだね。しかし・・・私の妃となるにはもう少し頑張って欲しいものだけど。」
「大変申し訳ございません。Sクラスは優秀な方ばかりですから、私などはとても・・・」
「それと、弟とはよく話しているようだが、誤解される言動は慎んでくれると有難いよ。今は大事な時期でもあるからね。」
「・・・さようでございますか。」
ギュッと宝石を握りしめた手を、お兄様がそっと包む。
「エドウィン第一王子殿下、妹は変わり、殿下にふさわしくあろうと努力しております。殿下におかれましても、アイリスの努力をきちんと見ていただきたい。」
「それなら結果を出してもわらないとね。仮にも次期国王である私の婚約者なのだから。努力家のアイリス嬢ならできますね?」
「・・・・・・精進いたします。」
「あなたの努力が、このノワール家の発展に繋がる。そのことを忘れないようにね、アイリス嬢。あなたは私と共にこの国の礎となる人なのだから。」
そう言うと、最後にニッコリと笑顔を向ける。
お兄様が領地のために尽力してきた事を無にするようなその言い方・・・。
殿下のお気持ち一つで、この侯爵家の領地をどうとでもできると言っているようなものだ。
この領地は、お兄様の力で豊かになったのだ。
エドウィン殿下は・・・このように権力をふりかざすお方だったのだろうか。
それとも、それが為政者としての姿だとでもいうのだろうか。




