36 義兄と義弟
執事であるキールに呼ばれ、慌てて客間に赴くルークを待っていたのは、悠然とソファーに腰かけ、紅茶を飲んでいるクリスティンだった。
「やあ、未来の義兄上。先ぶれもなく訪問して申し訳ないね。」
全然申し訳ないという雰囲気ではない。
「これは、第二王子殿下。前もってお知らせしていただければいろいろと用意させていたものを・・・大したおもてなしも出来ず申し訳ございません。」
「いいっていいって、そんなの気にしないから。それより、『第二王子殿下』ってやめてくれないかな。もうそんな立場じゃないからね。」
「いえ、不敬に当たることはできません。」
「ああ~・・・先日、王位継承を辞退してきたからね。もう、『第二』王子じゃないんだよね。」
「は・・・?今、なんと?」
「2回も言わせないでね?」
クリスティンがニッコリと微笑む。
ルークはその威圧感に、ごくりと喉を鳴らす。
はたして・・・クリスティン殿下は、このようなお人だっただろうか。
「これは・・・大変失礼を。それでは、クリスティン殿下とお呼びしてもよろしいでしょうか。」
「ああ・・・まあ、それでいっか。仕方ない。」
「それで、我が領地に何用でいらしたのでしょうか。」
「ねぇ、義兄上・・・そろそろ時が動くよ。」
「時が・・・動く、ですか。仰っている意味が・・・。」
「ふふっ。学園を首席で卒業したルーク・ノワールともあろう者が知らないとは言わせないよ。」
クリスティンはそう言うと、なにやら書類のようなものをテーブルの上に置いた。
その書類を見て、ルークの顔色がサッと変わる。
「アイリス先輩の去年のレポート、よくできているよね~。当たり障りのない中身でさ。例えば、国境沿いの鉱山のことなんて触れられてないもんね。この領地の主要産業のひとつなのにねぇ?」
「・・・・・・」
「あそこを掘り進めていけばさあ?いずれは・・・」
「クリスティン殿下、あの鉱山は崩落の危険がありますので、今以上の開発は考えておりません。それと、殿下に義兄と呼ばれる覚えもございません。」
「ふ~ん・・・。ねぇ・・・東のイシュタルと手を組まない?」
「殿下、なに・・・を・・・」
「君だってその時を考えて、鉱山のこと隠してるんでしょう?ならば、確率を上げるために東と手を組まないかって言ってるんだよ。」
「それは、どういう・・・」
「そのかわり、アイリスを僕にちょうだい。」
「な・・・殿下、お戯れがすぎます!アイリスは、妹はモノではありません!!」
「じゃあ、あのまま第一王子の側妃にするわけ?」
「なんの・・・話を・・・」
「あれ、聞いてなかった?ああ~そうか、検閲される可能性を考えて、直接相談するつもりだったのか~。さすがアイリス先輩、思慮深いな~。」
クリスティンが立ち上がり、ルークの肩に手をかける。
「聖女が養子になる件は聞いてるね?その話が進んでいないことも。僕ならイシュタル家を動かせる。東が動けばすんなり決まるよ。」
「・・・・・・」
「未来の国王陛下の側妃か、王弟の正妻か、どっちがいいのか考えてごらんよ。一度離宮に入ってしまえば、いくら君が動こうと手遅れだよ。たとえ帝国の手を借りようとね。」
「・・・っ。」
「僕はアイリスを気に入っている。第一王子のように、君の大切な妹を傷つけたりはしないよ。そろそろ君も覚悟を決める時だ。いい返事を期待しているよ、義兄上様。」




