34 クリスティン・アクオス
「クリス!どこへ行ったの。クリス!ねぇ、お願い、一人にしないで。」
ああ、また始まった。
「はいはい、母上。僕はここにいますよ。」
「ああ、陛下、愛しい人。ようやく私のもとに来てくださったのね。」
「はいはい、母上、お薬の時間ですよ。ほら、ちゃんと飲んで寝ましょうね。」
僕の名前はクリスティン・アクオス。
このアクオス王国の、第二王子殿下という身分を持っている。
僕には、弟と妹がいて、これは正妃の子どもたち。
僕の母親は、さっきまで騒いでいた女で、側妃である。
実は、僕のほうが早く生まれたから、第一王子なんだよ。
でも、政治的な理由で、いつのまにか弟になっていた。
そして、学園にも1年遅れて入学させられた。
本当なら、今年卒業する年齢なんだよね。
母である側妃は、王宮にある離宮にいたけど、このとおり壊れちゃったから、静養という名目で領地に返されて、今は実家である東のイシュタル家にいる。
これでも、ノワール家に続いて2番目に力のある家だからね。
幽閉まではできなかったらしい。
「クリスティン。お前の母親は・・・もうダメだな。」
「イシュタルの爺さん、久しぶり。」
今、僕に話しかけてきたのは、母の父親、僕の祖父だ。
「クリスティン、これからどうするのだ?」
「どうするって、なんのこと?」
「本来であれば、お前が・・・」
「ああ、またその話?そうそう、王位継承は辞退してきたよ。」
「・・・なんだと。本来であればお前がこの国の王になるのを忘れたか。あの王家にはさんざん煮え湯を飲まされてきたんだ。こちらの準備は整っておるのだぞ。」
はあ~・・・どいつもこいつも、またその話かよ。
女神サマが作った国だかなんだか知らないけど、神頼みの国に固執してなんになる。
祈っている間にも、危機は迫っているというのに。
「ねぇ、イシュタルの爺さん、今はまだその時じゃないよ。」
「・・・なに?どういうことだ。」
「爺さんだってわかってるでしょう?この国はもう長くはないって。」
「・・・・・・」
「僕たちが悪者になる必要がどこにある?」
「まさか、お前・・・」
「引導を渡すのは、なにもイシュタル家じゃなくてもいいんじゃない?」
「・・・隣国の、リスティア帝国に攻めさせる・・・か。」
「そういうこと。僕たちは上手く立ち回ればいいだけ。僕は学園を卒業したら未来の王弟として外交官になる予定。そして、隣国と交渉に入るよ。」
「ふむ・・・、しかし・・・。」
「北のノワール家を取り込めば、不可能じゃないよ。」
「ノワール家、だと?」
「そう。あそこの後継者は父親とは違うしね。どうやら先を見据えてコソコソ動いているみたい。そこで、だ。ノワール家の令嬢と僕が結婚すれば、ノワール家を取り込める。あそこの後継者は妹には甘いみたいだからね。」
「だが・・・ノワール家の令嬢は第一王子の婚約者だろう?」
「ははっ。その第一王子は聖女しか見えてない。チャンスは今だ。それで、爺さんの力も借りたいんだよ。実はさ・・・」
可哀想なアイリス。
結局、君には自由なんてないんだよ。
でも大丈夫だよ、安心していいよ。
君が欲しいものは全部僕があげる・・・優しい言葉、優しい眼差し、君だけに向ける笑顔。
僕から離れられないように、ちゃーんと甘やかしてあげるからね。
君を利用する、せめてもの罪滅ぼしに。




