30 甘言
「あははっ。アイリス先輩、警戒してるね~。心配しなくても取って食いやしないよ。僕はね、これでもアイリス先輩のこと気に入っているんだよ?」
「殿下、お戯れはおやめください。」
「僕はいつでも本気だよ。僕に気に入られちゃった哀れなアイリス先輩に、一つとっておきの情報を教えてあげるよ。お近づきの印に。」
「情報・・・ですか?」
「そう。アイリス先輩もわかってるようだから言うけど、兄上の想い人はあの聖女。どうにかして聖女を正妃に迎えたいみたいだね。」
そんなわかりきったこと、情報でもなんでもない。
「でね、アイリス先輩のことは側妃にするんだって。養女の件がなかなか進まないのもそのためだね。」
「・・・な・・・」
クリスティン殿下は、なにを、どこまで知っているんだ。
婚約者を入れ替えないのは、身分が問題ではなかったということ?
「ねぇ、アイリス先輩、側妃なんて嫌だよね。」
そんなの、嫌に決まっている。
王室に取り込まれたら、領地に帰ることもできないし、自由を奪われてしまう。
なにも言えなくなった私を見て、クリスティン殿下がニヤッと笑う。
「一つ解決法があるよ。兄上なんてやめてさ、僕と結婚しない?」
「・・・なに・・・を・・・。殿下、お戯れがすぎます!」
「そう?いい提案だと思うんだけどな~。僕はね、後継者になんてなりたくないんだよ。」
「え?」
「一部のバカ貴族がさ、母上を煽るもんだから巻き込まれてるだけなの。まったく親のせいで困っちゃうよね。アイリス先輩だってそうでしょう?」
「そ、それは・・・。」
「ねぇ、アイリス先輩、僕には夢があるんだよ。」
クリスティン殿下が、遠くを見ながら話し続ける。
「夢、ですか?」
「うん。いろんな国を見てみたいっていう夢。まあ、こんな家に産まれちゃったからさ、自分の身分を考えると外交官がいいかなって。ほら、将来は王弟になるわけだし、交渉もしやすくなるでしょう?」
「・・・それは素敵な夢でございますね。」
クリスティン殿下は、この国の外に目を向けられているのか。
それは・・・権力争いの先を見ている、まるで、為政者の姿ではないだろうか。
「外交官になるには、条件があるんだけど、知ってる?」
「条件、ですか?」
「そう、条件。外交官になるには既婚者じゃないとだめなんだよ。」
そんな条件があるとは知らなかった。
「それは・・・知りませんでした。不勉強で申し訳ございません。」
「知らない人がほとんだから気にしないで。でね、僕はいずれ王弟という立場になるわけだし、そこらの貴族の女性じゃダメなわけ。その点、アイリス先輩はさ、王妃教育もちょっとは受けてるし、条件ピッタリなんだよね。」
確かに・・・サボってはいたけど、少しだけなら知識はあるし、王妃様のマナー教育は受けていたから、恥ずかしくない程度のマナーのはず。
「アイリス先輩もさ、こんな狭い国を飛び出して、いろんな世界を見たくない?僕となら楽しいと思うよ?」
クリスティン殿下のその言葉に、心を動かされる私がいた。




