20 レポート
ノワール家の領地は、アクオス王国の北に位置している。
夏は涼しいが、冬は寒くて雪も積もる。
夏は避暑地として人気で、貴族の別荘も数多くある。
そんな自然豊かな北の地は、当然王都とは逆の・・・いわば田舎だ。
母親が王都から帰らない理由は、このためだった。
貴族の別荘はあるとはいえ、流行の最先端のドレスも華やかな社交界も存在しない。
そういう場所がないと生きていけない母親にとっては、ここは苦痛でしかないだろう。
私は、お兄様と共に領地を巡り、産業や農業を視察する毎日を送った。
そしてこの領地の特色、問題点や改善点などをレポートにまとめていく。
聖女様のお披露目は無事に行われたようだ。
セレーネ様のエスコートは誰がしたのかとか、詳しくは知らないし、知る必要もない。
当然、王都にいる父親から帰ってくるよう手紙が届いていたが、お兄様が「勉学優先」を理由に断ってくれていたらしい。
さすがは、頼れるお兄様、私の家族だ。
私がここで、いつもの手袋をすることはなかった。
それだけ、心が乱されることなく、満たされた時間を過ごしていた。
そんな穏やかな時間はあっという間に過ぎていく。
そろそろ、王都に戻らないといけない時期になっていた。
帰りたくはなかったが、学園は卒業しなければならない。
学園を卒業したら、平民になる予定でいたが、今は迷っている。
お兄様の仕事を手伝いたい、という気持ちが芽生えている。
たった一人の私の家族・・・微力でもお兄様の力になりたい。
そして、課題であるレポートをまとめ上げ、お兄様に提出する。
「お兄様、レポートが完成しました。見ていただけますか。」
「わかった。今夜見ておくよ。結果は明日な。」
「はい。お忙しいのにごめんなさい。よろしくお願いします。」
「このくらいどうってことない。気にするな。」
お兄様はそう言って、私の頭をグリグリ撫でてきた。
「お兄様ったら。子ども扱いはやめてください。せっかくリタが綺麗に整えてくれたのに台無しじゃないですか。」
「ははっ。それは悪いことをしたな。そうだな、もう立派なレディーだもんな。」
お兄様の大きな手は、どこまでも温かい。




