14 聖女認定
私の学園生活は、一人で登校し、授業を受け、お昼時間には図書室に向かい、午後の専攻学科の授業を受け、そしてまた図書室で勉強や読書をして、一人で帰る、というルーティンである。
そんな私を好奇の目で見る人もいるが、もう慣れた。
一人でいることにも、だいぶ慣れた。
今は、一人でいることが心地よくさえ思うようになっている。
誰にも気を遣わず、好きなことに没頭出来て、誰かを傷つけることもない。
味方もいないが、敵もいない。
私がなにもしないので、周りも私になにもしてこない。
ある日、いつも通り図書室に向かおうとした時、「アイリス様」と声をかけられた。
振り返ると、赤いタイを付けた女性が立っていた。
えっと・・・この方は確か・・・伯爵家のヴィオラ様ではなかったかしら。
「アイリス様、アレを見てなんとも思いませんの?あなた、婚約者でしょう?」
ヴィオラ様の視線の方向に目をやると、エドウィン殿下とその護衛のアーサー様、そしてセレーネさんが談笑しながら学食へと向かうところだった。
せっかく見ないようにしてきたのに・・・久しぶりの心臓の痛みに眉を顰める。
そして、いつも以上に力強く宝石を握りしめる。
落ち着け、落ち着け、私・・・イタイ、イタイ、イタイ。
「・・・アイリス様、アイリス様!」
ハッと我に返る。
「ヴィオラ様、失礼しました。殿下は・・・お優しい方ですから。貴族社会に慣れていないであろうセレーネ様を気遣っていらっしゃるのでは。」
「アイリス様は、変わられましたのね。以前はもっと苛烈でしたのに。私、あなたにお茶をかけられたこと忘れていませんわよ。」
・・・思い出した。
王家のお茶会で、殿下と談笑していたご令嬢に報復していたことを・・・。
彼女は、被害者の一人だったのか・・・。
「当時は・・・大変申し訳ないことを。私もずいぶんと子どもだったのです。だからと言って許されることではありませんが・・・。」
「まったくですわ。あなたのことは心底嫌いですけれど、さっきのアレもどうかと思いますわよ。一応忠告はしました。ではごきげんよう。」
随分とハッキリ言う人だな。
それでも、私に面と向かってなにかを言った人は彼女が初めてだ。
そういう女性は嫌いじゃない。
アイリスが変な嫉妬をしなければ、いい友人になれたかもしれないのに。
セレーネさんは、殿下にとっても、この国にとっても特別な女性だ。
今はまだ美しくて優秀な平民だけど。
きっとそのうち、聖女様だと認められるはずだ。
経営学科を専攻することで、見えてきたことがある。
この国は、決して一枚岩ではないということ。
殿下も、ノワール家の後ろ盾欲しさに私との婚約を了承したことを確信した。
バカなアイリス・・・。
自分が努力すれば、着飾ってアピールすれば愛されるはずだと本気で思っていたんだろうか。
女神サマから愛されている聖女様を王妃にしたほうが、民衆の支持も得られ、王国の安寧に繋がる。
きっと、王室もそういう考えなのだろう。
王室がその気になれば、婚約者など簡単に挿げ替えることが出来る。
ならば私は、黙って婚約破棄を受け入れる。
私が生き延びるために、カミサマとの賭けに勝つために。
張り裂けそうなこの心臓の痛みは、この手の痛みで殺す。
アイリス・・・ごめんね。
未来の私のために、ノワール家の権威とアイリスの幸せは潰すことになりそうだよ。
セレーネさんが、女神サマの加護を受けた聖女様だと大々的に発表されたのは、それから数日後のことであった。




