第9話 美しく高貴なゴルくん二号
「脅す気? あなたがその騎兵、操ってるんだ」
「ええ。私の持ってる核は、あなたの持ってるそんじょそこらの物とは……、へぇ」
「何?」
「変わった見た目をしてると思ってね。何のモンスターの核を使っているの?」
「ヴァンパイア」
「嘘おっしゃい」
「嘘じゃないよ! それゴルくんにも言われたけど、ほら牙」
「だけじゃない。誰も信じないわよ」
「うぐ、同じこと言われる」
「もしかして特殊個体?」
「それも言われた。わたしわからないけど」
「馬鹿っぽい顔してるものね」
「なんであなたにそんなこと言われなきゃいけないの。事実だけど」
「事実ならいいじゃない。それよりどんな力を使えるの。早く教えなさい。このアライグマ」
「あ――あらいぐまぁ!?」
「そっくりよ」
「全然似てない! アライグマは美味しいけどクマじゃん! わたしは犬、犬顔!」
「おいしい? 可笑しな子。なら犬。早く言いなさい。ずっとここで迷わされて私も気が立ってるのよ。何するかわからないって先に言っておいてあげる」
「レ・ト・リ。わたしの名前」
「はいはいレトリ。これでいい」
「次はあなたの名前」
「ビーティ・ノーブル。美しく高貴という意味よ。よろしくね」
そうくるのは意外だったというか、似ていると思った彼との反応の違いに驚きつつも、傍に寄り、彼女は話す。
「空を飛べたり、火を撒ける。便利な力を持ってるのね。良いこと思い付いた♪」
悪い顔でビーティはそう言うと、信じられない言葉を口にする。
「全部燃やしちゃいましょうか。焼き払っちゃえば楽よね」
「ええ!? それわたしたちも危なくならない?」
「平気よ。私はナイトに乗って逃げるから。あなたも翼があるでしょ。それで上からこの迷路全体を見渡して貰ってもいいけど、もうしてそうね」
「うん。雷落とされて」
「あの音はそれ。ズルは駄目ってこと。燃やしたらもっと何か起こりそうだけど、腹立ってるのよ。やっちゃいなさい」
「本気?」
「本気」
「はぁい」
未だ周りをぐるりと囲う棚の迷路に向かい、彼女はステッキを振りかぶる。魔法を発動させる為の言葉を唱えた。
「血の炎!」
赤い液体をまき散らし、発火。燃やす。
すると棚が溶け、そうされるのを嫌がるように周りの他の棚が横へ滑っていき、真ん中に道ができる。
その先には、のぼり階段。流石にこれは想定外であり、二人とも両目を白黒させた。こんな言葉も口をついて出る。
「うそー、こんなにうまくいくことって、ある?」
「驚きよね。警告音もなかったし、想定してなかったのかしら」
「なんか燃やさないでーって感じに棚が一斉に逃げてって、ちょっと可笑しかったね♪」
「主の仕業でしょ。行くわよ。その主と会いに」
「行きたいけど、わたしゴルくん探さないと」
「下手に動き回れば命取りになりかねないわよ。私ここで野生児みたいな奴に会ったけど、目の前でどこかへ飛ばされて、ずっと見てないの」
「それまずいじゃん!」
声を上げるや身を翻し、行こうとしたが、手を掴まれる。
「ここのボスを倒して合流した方が確実。丁度+αが欲しかったところなの」
「プラスアルファ? よくわからないけど、わたし行かないと」
「私を見捨てる気?」
「そんな気は――」
「そうよね。行きましょう♪」
ビーティに手を引かれつつ、彼のことを彼女は思う。
どこにいるんだろう。無事なのかな、と身を案じられている彼だが、元気にはしていた。
ただ、壁に無数の眼が描かれた不気味な部屋に軟禁状態にあり、横には野生児のような姿をした少年が立つ。
少年はウルフと名乗り、一緒に出口を探していたが、どこにあるのか見当も付かず、苛立つ声を上げ、彼は壁を蹴った。
「クソが、どこにあんだよ」
「オレ、腹へった。のどもかわいたな」
「だから何だよ。ここを出たいのならもっと真面目に探せ」
「ビーティは元気かな?」
「誰だよ。だから口動かしてる暇あんなら動けって言ってんだ。状況を理解してるのか」
「ずっとやってる。でもない。だから諦めた。オレ死ぬんだなって」
「潔すぎだろ! どんな死生観してんだ。ちょっと叫んでいいか。どうして俺は会う奴会う奴、こんな変な奴ばっかなんだあああああ!」
こだまさせた叫びは、届くものではなく、向こうにいる二人は、三階へ。
最後までのぼり切らず、頭だけ覗かせる。
見覚えのある景色だが、扉の前に何かいる。
背は高く細身で角ばった体付きをしており、頭を左右に振り回し、ブゥン、ブゥンと妙な音を立てる。
それに合わせて、そいつの前に長く伸びた影もまた、左右に振られて動く。
「いたわね、門番。これでどっちかは確定ね」
「うん……」
「気持ちを切り替えなさい。あなたがそんなだと私の身まで危うくなるの。わかってる?」
「うん。でも」
「頼りにしてるわ。私を一人にしないでよ」
必死なのだろう。それを表情から読み取ってしまい、彼女は何も言えなくなる。
自身もそうだったから。死と隣り合わせの状況で、一人にされるのは怖かった。
頭を振った。一度思考を空にした。後ろではなく前を向く。
「わかった。何すればいい」
「……、あの門番がもし、私の思っている相手なら遠距離攻撃が厄介なのよ。こっちまでどうにかおびき寄せられる?」
「囮になれって風に聞こえたけど。気のせい?」
「チッ」
「あ、今舌打った!」
「まあ聞きなさいよ。あなた不死身のヴァンパイアなんだから、弱点の心臓を貫かれない限りどんな大怪我してもたちどころに塞がっちゃう、でしょ? だからこれは適材適所。あなたにしかできないことを、あなたに頼んでいるだけ」
「そうなのかなぁ」
「そうよ。何か変なこと私言った?」
「言ってない、気もする」
はぁ、と溜息一つ。彼女は段を上がり切って、姿を晒す。
門番に目立った動きはないが、慎重に寄っていき、動く影を踏むと、暗い光に照らされる。
不思議だ。暗いはずなのに眩しい。
思わず顔の前に手をやると、指の隙間から左腕を向けてくるのが見え、次の瞬間、黒い光線が飛んでくる。
「うわ!」
頭を引っ込め、回避。眩しいので横にも移動し、すると暗い光に追われ、次がくる。
「わひ!」
今度は身を捻って背中の後ろを通す。
シュワ、シュワと、さっきから覚えのある音も耳にしており、シュイーンというあの機械の音がして、相手の正体に彼女は気が付く。
「このモンスター、ゴルくんの!」
駆けてくる。右腕から黒い剣も出し、迎え撃とうとしたその刹那、横を騎兵が通った。
「よくやったわ、レトリ。串刺しにておやりなさい。ナイト!」
騎兵の繰り出した槍の一突きで、門番は身を貫かれ、高く持ち上げられたあと、放り捨てられ、溶け消える。
「すっご。ゴルくんのモンスターあっさり倒しちゃった」
「ま、格が違うのよ。次元って言った方がいいかもしれないけど」
「核の次元? ビーティは良い核持ってるんだ。そういえばそんな感じに言ってたね!」
「ええ、私の持ってる核は超特別よ。あなたの持ってる特殊個体なんかよりもずっと。勿論、これなんかよりも」
拾い上げに向かい、ビーティが持ち上げた魔導兵士の核は、弱かったモンスター達のものより立派だ。大きく綺麗。もう少し見ていたかったが、ポケットの中に消える。
「この意味わかる?」
「それはもう凄く自慢したいんだろうなって」
「そうじゃないけど、そういうことよ」
「うわ、肯定してくるタイプか」
「ふふん、当然。当たり前のことだもの。誰だってそう。教えて貰いたいんでしょ」
「うーん。まあ?」
「聞いて驚きなさい。私の持つ核はモンスターのものじゃない。ボスのものよ」
「ボス? あれって確か、壊さないといけないんじゃ。だって持って帰ろうなんて考えるなって、わたし言われて」
「この世にただ一人、それを可能とした人物がいた。誰でも知ってるような超有名人」
「誰だろう。わたし多分知らないと思う。頭良くないし」
「伝説の聖女様なんだけど」
「ええ!?」