第5話 次の町へ。でもお呼びでないのも現る
それから日も落ち、夜。
森を出た二人は街道を進み、少し外れた川の畔で、野営の準備を行う。
暑いと感じるくらいの昼とは一変、冷え込む顔を見せ始め、細木を集めて火を起こし、暖を取る。
「火打石なんてよく持ってたね。わたし手で木をこう、ぐるぐるって擦って、火を起こそうと思ってたんだけど」
空の元気を見せて、空の動作をしていたレトリだが、すぐに溜息を落とす。
「はぁ、でもお腹空いたねー。魚いないし、木の実も全然なかったし」
茸だけは手に入り、串に刺し焼いてはいるが……。
食欲は湧いてこない。
「わたしキノコ好きじゃないんだ。あのぐにっとした食感が、嫌で。残したことはないんだけど。贅沢言うわけにはいかないし」
さっきから独り言を言う見たくなっており、隣に目を向ければ、ゴルのムスっとした顔が映る。
「言いたいことがあるなら言ってくれなきゃわからない」
やはり返事はない。腕を組んで瞑目しており、「おーい、ゴルくーん」と顔の前で手を振ってみても微動だにせず、ふとこう思う。
「もしかして寝ちゃった?」
「アホか。お前という奴は。人が気を使ってやっていれば」
「あ、起きてた。知ってる。ゴルくん結構良い奴だよね♪」
「黙れ。いつまでついてくるつもりだ」
「へ?」
「へであるか。町へ戻るようそれとなーく促してただろ。俺の努力を無駄にしやがって。いい加減帰れよ」
「それが、そういう訳にもいかないんだって。聞いてよ、ゴルくん」
「聞くか、帰れ」
「聞いて、帰らない」
「やかましい! もう俺についてくるなああああ!」
できない相談だ。ラビリンスが見えなくなるまで立派に役目を果たし、帰ることをシスターには誓っている。
それをすぐに戻っては、何の為に魂の解放者となったのか。
見定める必要も出てきた。
この行いが、正しいのかどうか。
もし、悪だとしたらすっぱりやめるつもりだ。
自由に使えるお金を手に入れたら、欲しい物は沢山あり、出発前から膨らませていた妄想も全部パァとなるが、自身には帰る場所があり、いつもの暮らしに戻るだけ。
星を見上げる。今日はどこか違って見える。
隣にいる人が違うから、そう思うのかもしれない。
気分も大分良くなり、自然と鼻歌がもれた。
「おいブタ」
「ブタ?」
「なんで今歌えるんだよ。図太い神経しやがって。食わないのか。好きなトリュフは置いてないがな」
「トリュフを美味しいと思ったこと、ないよ? わたしはいいや。先に寝るね」
横になるなり、即座に微睡みの中。寝息を立て始めた彼女を見る彼の表情とくれば、呆気の二文字。
言葉もないと言った様子。
少しして、がしがしと頭を掻く。
「今のうちに出て、置いていくか? 無理か。恐ろしい足の速さだしな。匂いで追ってきそうでもあるし、とんだブタ犬を拾ったもんだ……」
明朝に目を覚まし、二人は立つ。
今日も良い天気で、爽やかな空気を吸い込みつつ、伸びをすると小鳥が囀る。
「おはようってさ」
「鳥の言葉がわかるのか。流石はブタの心を持つ犬だな」
「豚の心? 鳥と犬は関係ないじゃん」
「全部動物だろ。お前と話してると疲れてくるな」
「もう?」
「黙れ」
「ここでも変身できたらいいのにね。そしたらひとっ飛び」
「だとしたらこんな杖なんて必要ないだろ。それだけで持ってるわけじゃないがな」
「わかった。武器にするんだ。爆発するんでしょ♪」
「するか、アホか。中に剣が収まってるんだ」
「へぇ、見せて」
「機会があればな」
「ケチ!」
会話を弾ませ、快調に進めていたのも最初の内だけ。ゴルが早い段階で息を上げ、昼が近付いてくる頃には、大分ペースも落ち、よく立ち止まる。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫? やっぱり町でお医者さんに診てもらった方が」
「何でもない。行きたきゃ先に行け」
「そんなこと言ってないじゃん。強がり」
「うるさい。昨日はあまり眠れなかったから、疲れが残ってるんだ」
どう見たってその程度には映らない。
どうしたものかと困っていると、馬車が通りがかったのは幸運だったろう。
乗せても貰えた。顔見知りだったから。
「ありがとう。助かっちゃった。おじさんは向こう町に戻るところ?」
「ああ。しかしまさか、レトリちゃんが魂の解放者になっていたとはねぇ」
「自分でもびっくり。もう一つラビリンスを突破したんだよ」
「そういえば、あの町の傍にできたと。変わった様子がないからただの噂話かと。大人には見えないものだからねぇ。凄いじゃないか」
「でも救おうとして、わたしが追い出しちゃった魂は、わたしのこと怨んでた」
「なに気にすることはない。レトリちゃんは正しい行いをした。それに今頃、その怨み言を言っていた魂も、天国で涙を流しながら感謝しているさ。私は救われた。天使のような少女よ、ありがとうって」
「絶対ない」
「いやいや、それはおじさんが保証しよう」
「おじさんに保証されても」
「はっはっは、これは手厳しい」
それはそうと、そっちの彼はと尋ねられ、
「ゴルくん」
「ゴルゴラ・ビスターレです。世話になります」
紹介する場面なんかもあり、揺られている内に、気付けばもう隣町は目前。入り口の所で降ろして貰う。
「ありがとー! また手伝いに行くねー! 三年後とかになるかもしれないけど」
片手を上げて返され、歩き出す。
初めてくる町ではない。案内しようと彼の手を引こうとすると、払い除けられ、何故か不機嫌そうだ。
「教会の所まで送って貰えよ。できただろ」
「案内してあげようと。あっ、そっか! ゴルくん怪我してるから」
「してない。しててもかすり傷だ」
「なんでそんな無理するの? わたしわからないよ」
「お前には関係ない」
「ゴルくんて急に冷たくなるよね。落差が激しいっていうのかな」
「ずっと俺は冷たかったと思うがな。俺の気のせいか」
「ううん。ゴルくんは優しかったよ。あの時」
チッ、と舌打ちされてももう慣れっこだ。
手を引いて案内する。今度は振り払われない。
「諦めも大事と思う」
「黙れ。うるさい」
「あはは。わたしさ、よくお節介とか、厚かましいって言われるんだ」
「自覚あってやってんのか。余計タチ悪いな」
「シスターにそれは良いことだって。誰かを放っておけないのは、あなたの美徳だって言われて」
「何が美徳だ。悪徳の間違いだろ。大体どんなものでも度が過ぎれば」
「あ! あそこのパンすっごく硬いんだよ。こんなの武器だってみんな」
「そういうところもお前の悪いところだな。もしかしてこっちもわざとなのか」
「たまにね♪」
その言葉を聞けば、もう文句も出ない様子。
呆れ切ったような大きな溜息だけを返され、彼女の目は街並みへ向く。
どこも煉瓦、歩く道まで。
こっちはあっちより大きな町で、その分荷馬車や行き交う人も多く、嫌な人間もいたりする。
「おい、あいつじじいみたく杖なんかついてるぞ」
「ほんとだ。だっせー。歩けないのかよ」
そんなからかう声が聞こえ、見れば、三人組の男の子達。
カチンときており、彼女はきつく睨み返す。
押し黙った。気圧されたような顔だ。
ふん、とそっぽを向く。
「気にすることないよ。いこ、ゴルくん」
「俺は別にどうでもいいんだが」
「なんで、どうでもよくなんかないよ! ああもう、ムカムカするう。なんであんなこと言うかな。信じられない」
「だからなんでお前が。お前は俺の姉さんか」
「言われてもわからない。わたしその人知らないし」
「確かにな。悪い」
この町ですることは、ラビリンスの情報集め。
場所を尋ねるのなら、教会が一番。
魂の解放とは、言わば浄化の役目であり、そこの管轄である。
真っすぐ向かう気もなかったが、優れない彼の顔色を見て、結局そうせざるをえなかった。
到着。彼女は駆け、中にいた若い司祭の元まで行って、事情を話す。
するとうーむと唸り、渋い顔を見せた。
「前の老司祭なら、でもほら、少し前にぽっくりと――」
もしかして、知らないのだろうか?
そんな風に期待を寄せていた彼女の瞳に落胆の色が覗くや否や、オホン、と咳払いが入った。
威厳を醸し出すような大仰な動作も入り、告げられる。
「今啓示が降りました。魂の解放者達よ、西を目指しなさい。西の町ニャムテーへ向かうのです」