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墓標のラビリンス 天使ヵ悪魔ヵそれとも魔女ヵ  作者: らくだ けい
⭐︎二つ目のラビリンス編⭐︎

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第5話 次の町へ。でもお呼びでないのも現る

 初めてのラビリンスでの衝撃的な体験。

 心はひび割れ、信じていたものは揺らいだ。彼女には、戻るという選択肢もあった。


 しかし足はそちらに向かず、彼についていくことに決めた。

 了承を貰えていたわけでもないが──


「これもかぁ」


 深い溜息こぼしつつ、腐った木の実を放り捨てる。


「あ!」


 あの森からはまだ出ておらず、気付けば置いていかれており、待ってよと駆けていき、追いつく。


「木の実は全部だめっぽい。あの瘴気のせいと思う」


 返事は返ってこない。だんだんと彼は不機嫌となり、今は無口な仏頂面。

 収穫できたのは茸のみで、腕には他に枯草や枝の束がある。


 次ならラビリンスの情報求め、向こう町へと行く必要がある。

 街道は既に見えており、そこを道なりに進んでいけば子供の足でもその日の内に着く。


 しかし丸一日以上はかかりそうだ。のんびりとした杖の歩みに合わせていれば、おのずと途中で日も暮れてくる。


 しばらくすると、ほーぅ、と聞こえてきた。

 瘴気に大分荒らされはしたが、夜の使いはまだ元気にしていたようだ。


「今日はここまでにしよっか」


 相も変わらずぶすっとしたままだが、彼は思いのほか素直に聞いてくれ、その場に腰を下ろしていた。

 小川が傍を流れ、魚もいるように思うが、疲れ果てた今の状態ではとる気も起きず。

 腕の物を置き、自らも同じように腰を落ち着け一息つく。


「野宿なんてわたし初めてで、火を起こすんだよね?」


 答えの代わりに前で腰が持ち上がる。

 黙々と準備され、焚き木が起こされていく。

 肝心の火種だが、腰のポーチに火打石を入れていたようで、あっという間に火がつき、ぱちぱち音を立て始めた。


「おぉ、イイてぎわ♪ やっぱゴルくん慣れてるねー。わたしなんか何も考えてなかったから」


 明るく振る舞って見せてはいたが、彼女の胸にはまだ空虚な気持ちが残り、そのぽっかりと空いた穴に火の温もりが染みた。


 夜はまだ冷える時期だ。


 体を冷やさぬようそちらに手を向け、暖を取っていたら、細枝に刺した茸がその周りに並べられていき、ほどなく芳ばしい香りを上げ始める。


(うげ)


 思ったことがまま顔に出る。実のところ仕方なく収穫したもので、苦手だったのだ。


「実はさ、わたしその茸が……。残したことはないんだけど」


 あのぐにゃりとした食感が、とても人の食べる物とは思えず。しかし好き嫌いをするとシスターが困った顔をした。それを見るのが嫌で、年下の子が増えるにつれて、年長者としての示しも必要で、大変だったという思い出だ。一息挟む。


「言いたいことがあるなら言ってくれなきゃわからないよ、ゴルくん」


 睨みつけつつそう切り出すと、睨み返され、そこでようやっと彼の口が開く。


「人が気を使ってやっていれば、お前というやつは。なんなんだ」

「なにって、わたしが落ち込んでたからだよね? ゴルくんってさ、思ったより良いやつだよね」


 笑いかけ、褒めたつもりが彼のこめかみに青筋が浮くように見えた。

 しかしその理由は不明。思わず首もかしげたくなる。


「俺の言いたいことがまったく伝わっていないようだな。いつまで俺に付き纏うつもりだって言ってんだよ」

「へ?」

「へであるか。俺にもう用はないだろ。俺もない。いい加減迷惑なんだよ。もう開き直って全部言わせてもらうがな」


「ごめんね、それについては謝るよ。でも帰るわけにもいかなくて。聞いてよ、ゴルくん」

「聞くか、帰れ」

「聞いて、帰らない」

「お前はこのめんどくせぇやり取りを俺に何度させる気だ!」

「そんなにしたっけ?」

「やかましいっ! もう俺についてくるなーーーーーー!」


 大音量が響いて思わず耳を塞ぐ。心の底からの叫びには聞こえた。

 ただそれはできない相談というもので、一人で行く勇気が彼女にはなくなっていた。


 またあの死者の国へ、そう考えるだけで今は恐ろしい。

 なのに行って確かめたい、そう思うことができてしまっている。


 今していることは、本当に正しいことなのか。

 魂の解放者とは正しい存在なのか。

 知りたい。

 

 そしてもし悪と感じたなら、その時こそは帰る。

 以外の道は今浮かばない。


 考えれば考えるほど、気が滅入り、悩み過ぎているようには感じていた。


 気分を変えようと歌をうたう。いいや、自然ともれていた。

 教会でよく歌った聖女の讃美歌が。

 心を鎮め、癒していく。

 

 ふと見上げた空には、満点の星。

 けど今日は、いつもとはどこか違って映る。

 見慣れたものであるはずなのに。まだ町から大して移動してきていないはずなのに。


 見上げる場所の微妙な差で、それとも一緒にいる人の違い。

 理由は定かではないが、旅に出たんだ、これからは一人で生きていかなきゃならないんだと思うと、不思議と胸が高鳴った。不安は感じてこない。


「ふお?」


 視線を下ろした直後、目を疑うような彼の顔が飛び込み、思わず歌を中断、問う。


「どうしたの? そんなハトが豆くったような顔して」

「──意味がわからねぇ。どうなってんだこいつの頭」

「べつに普通と思うけど」

「普通なわけあるかぁ! どうして歌える!? だいたいハトが豆食ってどうなるんだよ! わぁ、美味しいって驚くのかよ。バカか」

「言い過ぎかなって」

「言い過ぎなわけないだろ! こんのブタが! クソ、思考が軽くぶっ飛んだぞ。お前は犬なんかじゃなくて心の肥え太ったブタだ! このデブ!」


「もうそこまでいくと何言ってるか」

「そこはわかれよっ。理解しろよっ。それよりキノコ焼けてきてるぞ。大好きなトリュフじゃなくて残念だろうけどなっ!」


「だからゴルくん、意味わかんないってぇー。ふぁ~、なんか眠くなってきたからわたし先に寝るね。おやすみ!」


 横になるなり、即座に微睡みの中。

 そのさまを目の当たりにした彼の顔ときたら、言葉もないといった様子。

 しばしの沈黙ののち、溜息が落ちた。がしがしと頭も掻く。


「なんなんだこいつは。今のうちに出て、置いてくか? 無理か。恐ろしい足の速さだしな。匂いで追ってきそうでもあるし。ったく、とんでもないブタに捕まったもんだ」


 先行き不安に感じつつも彼もそのうち寝入り、明朝に目を覚まして、結局共に立つ。

 今日も良い天気で、傍の木にとまった小鳥が囀る。おはよう、とでも二人に言うように。


「おっはよー!」


 とそちらを見ながら元気な声が返され、首の向きが戻って、活力を取り戻した瞳が彼を見る。明るい笑みが浮いた。


「鳥も喜んでるよ。今日も良い天気でよかったね♪」

「一晩寝れば完全復活か。さすがはブタ」

「だからそれ意味わかんないからね。わたし豚みたく太ってないし」


「あり得ない神経した図太い奴だって俺はずっと言ってんだよ! お前と話してると疲れてくるな」

「もう? 今出たばかりなのに。これじゃ先が思いやられるよ」


 やれやれときて、「黙れ」と言えば、大きな笑い声が上がる。

 わかっていたことだが、タフだ。悪口、嫌味も効いてはいない。


「ねぇねぇ」

「あぁっ?」

「ここでもさ、変身できたらいいのにね? そうしたらひとっ飛び♪」

「お前絶対わざとやってるだろ」

「何が?」

「くそ、よめねぇ。だとしたらこんな杖なんて必要ないだろうが。それだけで持ってるわけでもないけどな」


「わかった、武器にするんだ! 爆発するんでしょ」

「するか、アホか。もう喋んなアホ。中に剣が収まってるんだよ」

「そうなんだ。見せて」

「い・や・だ。お前の好きな言葉だぞ。よかったな」

「ゴルくんのケチ」


 最初こそ順調な滑り出しを見せていた二人だが、しだいに会話もなくなり、よく立ち止まることになる。

 彼の身に異変が起きていた。顔には険しさ浮き、荒い息が吐かれる。


「はぁ、は……」

「ゴルくん、それ疲れてるからじゃないよね。やっぱり一度引き返して」

「俺に構うな。一人でいけよ」

「そんなこと言ってないじゃん。どうしてそうツンツンするの。最悪引きずってでも戻るからね」

「なんでお前は、これだけ言われて俺についてくるんだ。こんなやつ好きになれないだろ。嫌いになれただろ。だからいい加減」

「嫌いになんてならない。心配するのはそんなに悪いこと?」


 ──なんで俺なんかを。と思わず眉をひそめ、彼が向けた目に映ったのは、本当にそんな顔で、思い出す。

 最期の日に見た姉の顔を。よく似ていた。


 いつも通りのスカした感じで見送って、どれほど後悔することになったか。何度も後を追おうと考えた。


 早い内に両親を亡くし、ずっと二人で生きてきた仲だ。ひねくれた性格ゆえ、態度に出すことはできなかったが、それほどまでに姉を頼りにし、深く愛し慕っていた。


 どうしてそんな人間と、昨日今日会ったばかりの見ず知らずの人間が重ねて見えた。


(なんでこんな奴と……)


 どうしてもそう思ってしまう。舌打ちももれていた。


 戦いで負った傷が熱を帯びており、いい加減きつい。今日はもう休みをとるしかない。

 と彼の頭によぎったその時、後方から、運良く馬車が通りがかる。


「あ、おーい!」


 顔見知りまでいたのは、なおのこと幸運だったろう。

 おかげで乗せても貰え、荷台の上で一息つけた。


「ありがとう。ほんと助かっちゃった。おじさんは向こう町に戻るところ?」

「ああ。しかしまさか、レトリちゃんが魂の解放者になっていたとはねぇ」

「自分でもびっくり。もう一つラビリンスを浄化し終えたんだよ」


「そういえば、あの町の傍にできたとか。変わった様子がなかったからただの噂話かと。大人には見えないものだからねぇ。いや凄い、大した活躍ぶりじゃないか」


「でも救おうとして、わたしが追い出しちゃった魂は、わたしのこと怨んでた」


「何、そんなことは気にすることじゃないさ。レトリちゃんは正しい行いをした。だからその魂も今頃、天国で涙を流しながら君に感謝をしているさ。私は救われた。天使のような少女よ、ありがとうって」


「絶対ない」

「いやいや、それはおじさんが保証するとも」

「おじさんに保証されても」

「はっはっは、これは手厳しい」


 それはそうと、そっちの彼はと前から尋ねられ、


「ゴルくん」

「ゴルゴラ・ビスターレです。お世話になります」


 答える場面なんかもあり、揺られている内に気付けば、もう隣町は目前。

 入り口の所で降りることになる。

 ただそれは、彼にとっては不本意ながらというやつで、


「ありがとー! また手伝いに行くねー! 三年後とかになるかもしれないけど」


 見送りながら手を振る彼女を、人知れず横から睨んでいたのだが、


「──?」


 気付かれても小首をかしげられただけで、手をとられ、はねつけていた。


「教会の所まで送って貰えよ。できただろ」

「ゴルくんこの町初めてじゃないの? わたしいろいろ案内してあげようと。あっ、そっか! 怪我してるから」

「してない。しててもかすり傷だ」

「なんでそんな無理するの? わたしわからないよ」

「お前には関係ない」


「ゴルくんて急に優しくなったり普段冷たかったりで、落差が激しいっていうのかな」

「気のせいだろ。お前に優しくした覚えなんてない。あれは泣かれたら面倒だから気を使ってやっていただけで」

「ううん、ゴルくんは優しかったよ。あの時」


 チッ、と舌打ち受けてももう慣れっこ。

 彼女の顔にはそう書いてあり、改めて手を引き案内しだす。今度は振り払われない。


「諦めも大事と思う」

「黙れ。うるさい」

「あはは。わたしさ、よくお節介とか、厚かましいって言われることがあって、めげないんだけど」


「いやめげろよ。お前マジ質悪いのな」

「シスターにそれは良いことだって。誰かを放っておけないのは、あなたの美徳なんだって言われて」

「何が美徳だ。どんなものでも度が過ぎれば悪徳だろうが」


「あ! あそこのパンすっごく硬いんだよ。こんなの武器だってみんな言ってて、スープに浸して食べるとすごくおいしいんだけど」


「そういうところもお前の悪いところだな。人の話を聞かないとこな。別のこと話してんな。もしかしてこっちもわざとやってるとかか」


「んー、たまにはかな?」


 その言葉を聞けば、もう文句も出ないといった呆れかえりようで、大きな溜息だけを戻され、彼女の視線は前へ、今歩く場所へと移る。


 こちらの町は、家や道が赤レンガに彩られて統一感があり、整然としたつくりだ。

 自然豊かで緑と共存するあの田舎町とは、発展度合に大きな差も感じられる。

 道行く人の数も段違い。

 ゆえ、全員と顔見知りというわけでもなく、あちらでは起こりえないことも時に起きる。

 道のわきから知らない子達が指さしてきて、いきなり悪口飛ばしてきた。


「おい、あいつじじいみたく杖なんかついてるぞ」

「ほんとだ。だっせー。歩けないのかよ」


 瞬間的に頭を沸騰させた彼女は、その子達をきつく睨み返す。

 気圧されたように後退り、押し黙るのが見えると、ふん、と鼻息荒く首の向きを戻した。


「なにあいつら。誰かしらないけど気にすることなんかないよ。いこ、ゴルくん」

「俺は別にどうだっていいんだが」

「なんで? わたしはすっごいイラついたんだけど。なんであんなこと言えるのかな。信じらんない」


「ほう、俺にはお前の無神経さと良い勝負しているように思えたがな」

「ひど、してないってば! わたしのどこがあんなのと一緒だよ!」

「だからお前がキレてんな。大体お前は何も言われて────はは、あははっ」

「なんで笑うの。笑うとこあった?」

「お前には関係ない。でもありがとな」

「え、うん──」


 彼の目はここではないどこかを見ているように細められ、それが何なのか、彼女には見当もつかなかったが、聞いていいようにも感じられず、違う話を振っていた。


「ゴルくん、平気? さっきのことじゃないよ」

「まっすぐ向かってくれたらな」

「わかった。任せて」


 進み続けて教会に着く。

 ここが情報源。

 魂の解放とは浄化の行いの一つ。

 要は管轄である。


 中に入ると早速彼女は駆けていき、奥にいた若い司祭の元まで行って、事情を話し出す。

 しかしすぐにうーむと唸り、渋い顔を見せられた。


「それが悪いんだけど、実のところ僕もこっちにきたばかりで────」


 ──もしかして、知らないのだろうか。

 そんな落胆の色が無垢な瞳に覗くや、雷にでも打たれたような表情を司祭は一瞬見せ、わざとらしい咳払いが入った。


「オホン、んん、む?」


 威厳を醸し出すような大仰な動作もして見せ、告げてくる。


「今啓示が降りました。魂の解放者達よ、西を目指しなさい。ニャムテーへと向かうのです」

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