第43話 幽霊の礼
「……、一勝一敗だとでも言いたかったのかよ。俺の勝ちだろ。でも、上等だ。その時は姉さんも連れてって二人がかりでぼこぼこにしてやるよ。覚悟しとけ、ばけもんが」
地面が揺れ出し、空も崩れ始め、ラビリンスの崩壊が始まる。
空に避難していた三人も戻り、傍に降りた。
「ごめんね、ゴルくん。おっかない天使に睨まれて、助けにいけなくて」
「あいつか。世話を焼くのが好きなやつだ。感謝する」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょーが」
「ゴル。オレずっと見てたぞ。かっこよかった」
「リーダーだからな」
「だからぁ」
「わかってる。さっさと出るぞ。船に乗り込め」
しかし目を向けた瞬間、真っ二つに割れた。倒壊して、水しぶきを上げる。
「――は?」
「はああ!? 無茶苦茶するじゃない! このラビリンス!」
「わ、わたしが三人抱えて飛んでくよ。今はできると思うし」
「たぶん間に合わないぞ。それよりあの人のところへ行ったほうがいい」
ウルフの目線を追えば、薄く透け淡い光を纏う男が立っており、手招きをする。
三人揃って目を丸くする。
幽霊である、というのは一目瞭然だが、何者か。ここに囚われていた魂だろうか。
「いこう。助けてくれるみたいだ。良いやつだって、ゴブリンも言ってる」
彼の言に従い傍まで行けば、海に輝く小舟を浮かべてくれ、乗り込んだ。
しかし遅い。しかも対岸の方にではなく、明後日の方に進み始め、もしや罠、そんな言葉が頭に浮かぶと同時に前に光が見え、船の周りを霊に覆われる。沢山の声が響いてくる。
――ありがとう。我らをあの腐敗の女神から解き放ってくれて。
――ありがとう。我らの英雄をこの檻から解き放ってくれて。
――ありがとう。小さな英雄達。我らはこの恩を一生忘れない。
どんどん船は加速していき、見える光に真っすぐ突き進んで、その光に包み込まれていく。
あまりの眩しさに目を閉じたその時、バコン、と大きな音が鳴って衝撃がきた。
次の瞬間、砂煙に包まれ、抜けた先には夜空が広がる。
と同時に四人は浮遊感を感じ、宙へ投げ出されて各々悲鳴を上げた。
直後に重力に引っ張られて背中から地面に落ち、輪を作るような形で、そのまま大の字に寝転がる。
何が何やらといった気分で、ただ舞い上がった砂を吸い込んで、咽返り、しばらくして、笑いがもれた。
「はは、ははは――、最悪だな」
「まったくよ。ほんと最悪。でも最高。ヒューッ」
「うん。最高の気分だね。勝った!」
「頑張った! でもレベルアップは、もう誰もしないんだな」
「俺はもうしない感じがあったからな。ウルフ、お前もじゃないか」
「なんで知ってるんだ? ビーティやレトリはすると思ってた」
「私も限界にいる感じはあったのよ」
「わたしは、そもそもしたことないから。わたしだけ、ないから……」
「ま、まあ、お前も強くなってるんだからいいだろ。帰るか。歩けるようにもなったしな」
「ゴルくん、気付いてるからね」
「上から見てたものね。両足で立ってるとこ」
「いつから動かせるようになったんだ?」
「……、さっきだよ。ついさっき動かせるようになった。そういうことにしとけ」
ゴルが立って、三人も立ち、砂を払って、帰路に着く。
ウルフがまだ歩ける感じではなく、彼が担ぐことにはなったが。
「逆もいいだろ。たまにはな」
道に迷うことはなかった。瘴気に塞がれていたおかげか風が来ず、虫の大群が通った跡がそのまま残り道標となり、それが消えると次は風の精が道案内をしてくれる。首飾りを浮かす。
「見て見て! みんな同じ方向いてる」
「便利な首飾りだな」
「言う相手が違うでしょ」
「風の精ーっ! ありがとうー!」
進むうちに足元の砂も、本来の色へと戻っていき、ほどなく火を焚いて野営を行っている姿が映り、顔を見せれば、四人の無事と、英雄の解放を涙を流すほど喜んでくれ、そこからはラクダに乗って、大急ぎで集落まで戻る。
疲れもあり、着く頃には皆、深い眠りに落ちており、レトリだけ家の中で揺り起こされた。
「本当は寝かしておいてあげたいんだけど、君の力が必要なんだ。来て貰えるかい」
カシムナに呼ばれ、奥の部屋へ向かう。横たわり、浅い呼吸を繰り返して、意識が朦朧としている様子のウィルが映り、思わず駆け寄る。手を握った。
「あの、わたしの力が必要って。何をすれば」
「瘴気に身を蝕まれていて、天使の力で癒せないだろうか。医者でもこればかりはどうにもならなくて、だから君に頼るほかなくて――」
平静を装ってはいるが、カシムナの声には心の焦燥が僅かに滲み、表情も手で覆って隠す。
そんな悲痛な姿を見せられれば、動転も収まり、気も引き締まる。力強い目を彼女は向け返した。
「わかりました。聞いてみます!」
自分では無理なことを理解し、目を閉じ、セラに尋ねてみれば、返答がくる。
人知れず交代した。天使の羽が展開され、光が降り、ウィルの身を包み込む。
「まさに奇跡だ――――。天使を、僕も天使を見ましたよ。ウィッグカール伯。神々しいお姿です」
光が和らいでいくと、ウィルの呼吸も正常なものへと戻っていき、少し首が動く。
その目は、まるで聖母のような慈悲深い笑みを見ており、彼も勘付く。彼女ではないと。
「天使よ。この命を救ってくれたこと、感謝いたします」
言葉は返されず、見つめる両目の上にそっと手が持っていかれて、閉じるよう促し、交代。
「やっぱりすごいな。すっと治しちゃうんだから、わたしじゃ敵わないや」
「そんなことはないよ。君が天使に聞いてくれたおかげで、ウィッグカール伯は救われた。普通の人間にできることなんかじゃ」
「あー、天使とは話せませんので。向こうから来てくれないと」
「いや、だって、さっき聞いてみますって」
「はい。だからそれができそうな子に聞きました。できないかなって」
「それは誰のことを、言ってるのかな?」
「カシムナさんも知ってると思いますよ。本物の聖女様です」
「本物? いや君も、あれ。そういうことを言いたいんじゃなくて。頭が混乱してきたな」
な、なんだってぇ、とウィルがガバっと身を起こし、ゴフ、と血を吐いてまた倒れ込む。
「ウィッグカール伯! まだ動いてはなりません!」
「驚かせすぎちゃった」
「レトリちゃん、わざとみたく聞こえたけど」
動揺しまくっているカシムナに笑い返し、ウィルに目を向け直せば、両目をカっと見開いて、微かに声をもらしつつ持ち上げた手をぷるぷるさせており、少しして、天へと旅立つようにガクっと意識を落とす。
「ウィッグカール伯!」
明くる日、すぐにとはいかないが、日が傾く頃には大分体調も良くなり、何食わぬ顔で四人の前に姿を見せたウィルは、そこでもう一度目を見開くことになる。
「昨日は瘴気とは関係ないところで天へ召されかけたよ。今日はそのことで、んん!?」
「おう。歩けるようになったんだ。レトリから聞いたぞ。死にかけてたんだってな。もう平気なのか?」
「あ、ああ。これ以上私を驚かせるのはやめて貰いたいな。身が持たんぞ」
内臓はまだ傷を負っており、茶菓子は無理だが茶くらいは飲め、テーブルを囲んで昨日の話となる。
セラのことが軽く共有されただけで、時間もなく、四人を送り出す。
外では、勝利を祝う祭りが今まさに始まろうとしており、現れた主役達を案内していき、族長の傍に座らせた。
始まる。太鼓と笛の音が鳴り渡り、伸びるような独特な歌声が響いて、皆踊る。
途中その踊りに混じったりしつつ、四人も楽しみ、飽きてくると族長に一言言って抜け出し、カシムナの家の屋根に登った。
特に理由はない。強いて言うなら、気分だ。
暗くなり、空に映り始めた星をみたい気分になった。
「ウィッグカール伯。おやめください。今落ちたら死にますよ」
「もう死は乗り越えた。今の私の前には明るい未来しか待ってはいない。今から、その話をしにいく」
下からそんな声がしたかと思えば、屋根の先から手が覗き、ウィルがきて、四人の横に座る。
目が細められた。遠くを見つめる双眸に映るのは、星などではない。
その上にいる子達だ。路地裏のダイヤモンドの面々の名を口にしていく。




