第41話 狂戦士と王
「ハッ、狙い通りだよ。レトリ、あの炎を使え」
「……、ごめん。あれかなり集中しないといけなくて、時間掛かって」
「はあ!? まじ?」
床に張り付いていた髪が持ち上がっていく。
次にどうくるかなど、想像に難くなく、光の盾が張られ、上から来るのを二人で受け止めた。
「ぐおお」
「ふんぎぎぎ」
「お、お前な! そういうことは、もっと早くに言えよ!」
「だって! ゴルくん横っ!」
盾からはみで、垂れた無数の髪が向きを変え、巻き付いてくる。
そのまま絡め取られ、二人の身が海中へ引き摺り込まれようとしたその時、一陣の風が横を走り抜けた。
拘束が解かれ、二人は床を転がる。
「キィイイイヤアアアアア、ホアア、アアッ」
奇声が鼓膜を打ち、何事だと顔を上げてみれば、ビーティの傍にいたはずのウルフが大暴れしており、瞬く間に骸骨共の数を減らしていく。
奪い取った剣で、斧で、断たれ、砕かれした頭や四肢が宙を舞い、高く積み上げられていく。
「狂戦士化、か?」
「すごい。二人でやっても全然数が減らなかったのに」
「だが長くは持たないぞ。姉さんも使ってたからよく知ってるが、体にかなりの負荷がかかる。今のうちに策を考えるぞ」
ビーティの所まで戻って、合流。
その際、仮面を被り、助けに行ったのだと、あの時何があったかのあらましも聞く。
「結構やばい仮面だったみたいよ。あんなになって、別人じゃない」
「四の五の言ってられなかったんだろ。正直助かった」
「前に被った時も怖い雰囲気あったもんね。ってそれより倒す策だって! ウルフの頑張りを無駄にしちゃう!」
「私が海中から引きずり出す。精神集中しないとあれ打てないんでしょ。聞こえてたわよ、アホな会話が」
「悪かったな。どんなものかも聞かずアテにした俺がアホだった。できるのか?」
「愚問ね。命運私に託しなさい」
顔に覗く自信に驚きを示す口笛が吹かれ、続いて、信頼を寄せる眼差しが向く。
「任せた」
「任せられた」
「ビーティ、頑張って!」
「しくじったら承知しないわよ」
「うん」
「見ていなさい、私の人形劇のフィナーレ。クイーン、いつまで遊んでいるの」
ビーティは目を閉じ、意識を送り込んで、拘束され、動きを封じられたクイーンにありったけの力を注ぎ込む。
身の輝きが増し、強い光を帯びるや動き出し、身を絡め取る髪を引きちぎっていく。
脱出し、今一度絡め取ろうとしてくる髪を掴んで、本体の大きな女の生首を海中でぶん回す。上へぶん投げた。
船の上では、その異形の姿に、腐り落ちたご尊顔に悲鳴じみた声も上がる。
「うおおお、キモい! なんだこいつ!? キモ過ぎだろ! キモい!」
「もうゴルくん! きもいきもい言わないで! 集中できないから!」
泳いで、浮上しきったらクイーンは湖面に両手をつく。
表面張力を利用して船の上まで一気に跳躍。主の所まで戻る。
「よくできました」
前で跪かせ、ビーティは手の甲を上に向け差し出し、キスさせた。
クイーンが消え、衣装が早変わり。その姿は頂点に立つ者に相応しく、赤いマントを纏い、頭の上には立派な冠を乗せる。
両手の白手袋の先からは、金の糸が伸び、それを振るい、女の怪物が伸ばしてきた髪を次々と切断。あっという間に禿げ頭に変えてしまい、最後は顔に巻きつける。
「頭が高いのよ。ひれ伏せ、腐れ女。王の御前なるぞ」
力を込めて、引く。断末魔の悲鳴が上がる。細切れに変えた。
女の怪物はぼたぼたと、バラバラにされた身を海中に沈めていき、骸骨共も消えていく。
雲が割れた。日が差し込む。波も凪ぐ。
ばさっとマントを広げつつ、身を返した。大仰な会釈のあとには、
「これにて私の人形劇は閉幕。大団円の決着に惜しみない拍手と喝采を」
終わりを告げる言葉を口にし、彼女は二人を見る。
何をしていたんだと責めるようでもあるが、きょとんとした二人の顔があまりに可笑しく、笑いもした。
門番を下してほどなく、丘も見えてくる。
城壁に覆われた島であり、傍まで来ると前の砂浜に沿って船は横を向き、接岸。
板橋が勝手におりて、降りていけるが、限界を超え舞っていたウルフがぶっ倒れており、ビーティも力を使い果たし、もう何もできないことを二人に告げる。
「というわけで、私も居残り。あとは任せたわよ」
「まかせた……、オレも、むりだ」
「ああ、二人共よくやってくれた。俺らはなんか、騒いでただけだったしな」
「ゴルくんがきもいきもい言うから」
「人のせいにすんのか。お前が勝手に集中を乱してただけだろうが」
「はいはい、喧嘩すんな。勝ってこい」
「……、当然だろ」
「任せてb」
ウルフとビーティ残し、二人は降りる。前にそびえ立つ城壁は、真ん中の所が開いており、向かい、入れば、中は豊かな色彩の草木に覆われ、掻き分け進む。
「次は密林かよ。どうなってんだここ」
「瑞々しい果物がいっぱいだね」
「食うなよ。腹壊すだろうからな」
「食べないよ。でもなんか楽園みたい」
「楽園だぁ? まあ、言わんとしていることはわかる」
水も豊かで、岩場からしみだし、いくつもの細い流れを地面に作る。
暮らすには申し分ない所に映る。寝床を作るのは大変そうだが。
「ああもうめんどくせぇ!」
光の剣で障害物を斬って進む。
ボス部屋の扉はどこか。探し回っていると明らかに浮いたものを見掛ける。
石材の床が張られた場所であり、スペースも広い。
足を乗せ、そこを見渡すが、円形に区切られており、やはり扉はない。
「決闘場か何かか? それとも儀式でもするような、今はどうでもいいか」
「ねぇ、ゴルくん。あれ、お墓かな?」
二本の枝を蔓で縛り、綺麗な十字の形が作られており、地面に刺さる。
まさかと思い、彼は駆け、前で立ち尽くす。
名前は彫られていないが、心臓が大きく跳ね、胸を押さえた。
「こんなことさせやがって。恨むぞ、姉さん」
屈んで両手を地面に突っ込み、一心不乱に掘り返す。
「ゴルくん何やってるの!? お墓を暴くなんてダメだよ!」
「俺だってやりたくてやってるわけじゃない。正気じゃなくなりそうだ。出てこい、出てくるなって」
彼女は息を呑む。その鬼気迫る姿に。
ひとしきりやり終えると、彼は地面から両手を引き抜き、空を見る。
尻餅をつくように座り込んだ。項垂れるように首も垂れる。
「何も出てこないじゃないか。なんなんだよ、誰がこんな質の悪いこと」
「……、誰かいたってこと?」
その言葉で、彼はハっと気が付く。城壁に覆われたここは、まるで区切られたボス部屋のようではないか。
「ここにいないってことは――」
もし、扉がなかったとしたら、既に中に入っているのだとしたら。
そこに誰もいないとするなら、立ち上がる。船まで駆け戻る。
「レトリ! 戻るぞ! あいつらがヤバイ!」
「う、うん。わたしわかんないし、ゴルくん信じる」
「ハッ、利口に――」
彼女がなったのか。それとも自身が変わって、何も言わずとも信用して貰えるようになったのか。わからないが、二人で急ぐ。
ただもう既に、両手を広げ、動けぬウルフを庇い身を盾にして立つビーティの前には、島の主がおり、何やら話す。
騎士の格好をした大人の男であることから、ボスなのは一目瞭然だが、異質なのは間違いない。
クリフォトのように瘴気を纏っておらず、素顔を覗かせ、背中まで伸びた血のように赤い長髪が、潮風になびく。
「娘。お前は声が大きいな」
「生まれつきですわ! 自慢の声ですのよ!」
わざとであり、大きな鳥の影がその時足元に落ちた。
ボスが僅かに身を横に動かした次の瞬間、斬撃が降ってくる。
躱されはしたが、光の剣がひるがえって、追撃の横薙ぎも見舞われる。腰から抜き放たれた剣で受け止められ、止まった。
「やはり、彷徨う俺を滅しにきた奴らか。しかしどうして子供ばかりを送り込む。このバルムンク・ギュスターヴも侮られたものだ」
「知らねぇよ。黙って死んどけ」
「筋は良いが、力量差も見えんか」
風が走り、それを彼が感じ取った瞬間には、前にいたはずのバルムンクが消えており、ごと、と足元で音がして、気が付く。右腕の機械が切断されており、振り向く。
「少年。少し話さないか。そこの娘は煩くてな」
レトリも降りてくるが、不安や心配を顔に張り付け、斬り落とされた機械を見る。
「ゴルくん、剣」
「わかってる。ウルフ、ナイフを二本貸してくれ」
「剣の方が、いいと思う。ビーティ」
ウルフから託され、代わりに彼女が持っていく。
さっき奪い取った船刀だ。障害物の多い場所で振るのに適し、短く軽く、扱いやすいものである。
受け取るや軽く振って取り回しを確かめ、バルムンクが歩いていった縁の所まで彼は向かう。少し距離を空け、横につく。ただし、銃口を前に向けてだ。




