第40話 腐敗の女神
「ラビリンスの中で海を見るってのも不思議な気分になるが、わりと何でもありな所だしな。海にまつわる怪物と言ったら何だ。クラーケンか?」
言いつつ、ゴルは船へ向かうが、誰も付いてはこない。振り返って気が付く。
疲労困憊の顔が映り、腰を下ろして一休み。
「はぁー、もうくたくた」
「オレもだ。なんかどかんてきた」
「やっぱり追ってはこない感じ? そんな気はしてたけど」
「魂をあの階に縛られてるんじゃないか。知らないがな」
「あんたは平気そうね。その脚だから?」
「まあな。小刻みに動くのは難しいが、長時間走っても疲れ知らずな良い脚だ」
「便利ね」
「いいな。あ、これ素直な気持ちで言ったもので、悪い意味でというか、変な意味で言ったものじゃ」
「何に気ぃ使ってんだよ。それより海にまつわる怪物だ。想定しておいた方がいいだろ」
「ヨルムンガンド? 海の底に横たわる大蛇で、神話の怪物だよ」
「レヴィアタン。どんな武器も通じないこっちも神話の怪物。出てきて欲しくない筆頭って感じね」
「他には」
「……、みんななんでそんなに知ってるんだ? オレさいしょは変に思わなかったけど、いまは変に思う。なんでだ?」
「何が言いたいのか、もう少しはっきり言葉になさい」
「毎日勉強してるわけでもないのに、俺達だけが色々知ってるってことが、変ってことなんじゃないか。ウルフ、人間の世界には学校っていう色々教えて貰える場所があるんだよ。俺はそこの元教師に昔教わっててな。ウィルにつけられたんだが」
「わたしはシスターがいたから。ウルフにとってのバッシームさんみたいな」
「ビーティはどうしてた?」
「外で遊ぶなんてことしたらぶたれるから、有り余るほどあった本を読むくらいしかすることなかったの。目を盗んでよく拝借してて。博識なのはそのおかげってとこ」
「本か。本はいいな。知らないことをたくさん知れる」
「そうだな。お前はまだまだ人間の世界のことを知らない。まあ無知やろうってことだ」
「これから学んでいけばいいってさ。ゴルくん言い方ぶきっちょだから」
「うるさいな。お前は俺の母さんか」
「お母さんよりお姉ちゃんかな? わたしの方が背高いし♪」
「気のせいだろ。第一そんなこと言ったらな、隣見ろ」
四人の中で一番背が高いのはウルフであり、頭一つは違う。丸い目が二人を見る。
「あー、ウルフお兄ちゃんになるね」
「ないない。あんたはみんなの弟。世話の焼けるね」
「オレ、兄だ。アッシュの」
「うそ、じゃあ私のお義兄さんになるの?」
「いや、そうはならないような」
「バカなこと言ってないでそろそろ行くぞ。船に乗る為の板橋もご丁寧にかけてくれてるしな」
向かい、斜めに架かったそれを登って、乗り込む。
帆が独りでに上がっていき、張られるや船が出る。
三階とは一変、四階の空は真昼を映し、下の海と同じ青を広げて、穏やかな風も吹く。
「ここはいい天気だな。でもくさいぞ」
「潮の香りのこと言ってんのか?」
「さっきまでのことが嘘みたいというか、のどか」
「見て見て! こっち!」
縁から身を乗り出し、水面を上から覗き込めば、澄み渡り、色取り取りの枝を伸ばすサンゴ礁が船底を彩る。見ているだけで心も弾む。
「海ってさ、すごく綺麗」
「花畑の上でも進んでるみたいだよな」
「何あんた、急に詩人みたいなこと言って。似合わないけど」
「うるさいな」
「これ花なのか? 蜜はあるのか?」
「どうなんだろ?」
「とび込むなよ。何が出てくるかもわからない」
「ねぇ、セイレーンってことはない?」
「しまった。そいつがいたか。美しい歌声で船乗りを惑わし、船を沈めてしまう鳥女の怪物。穏やかな海ってのもぽいな。難破するはずのないこういう海で実際聞こえてくるそうだぞ」
「ならさ、耳塞いでおこうよ」
「オレ、塞いでても聞こえる」
「そのマントでも巻いておいたら?」
「待て。まだ何が出るかわからない。冷静に、まずはあそこを開けてみるべきじゃないか」
船室のことであり、ノブを掴んで回し、回せない。押しても引いても開かない。
レーザーをぶち込んでもびくともしなかった。
「入れないってことな。入られたら困るってことか?」
「音を壁で遮断されたら困るってこと」
「決まりだな」
「決まりね」
「えぇえっ!?」
「レトリ、どうしたんだ?」
「過剰なんだよ。なんだそのオーバーなリアクション」
「わざとらしすぎではある」
「違うって、セラと話してて。さっき話し掛けてきて」
「何を話してたんだ。俺はまだ信用してないんだが」
「私もよ。でもどうしてもってあんたが言うから」
「すごく謝ってるから、それ以上は言わないであげてくれると。あのね、女の怪物かもって」
「女の怪物? やっぱセイレーンか!」
「早計。根拠は?」
「言葉を話す狼、空を覆うほどの大蛇、次は腐敗の女神だよね」
「はあ?」
「もしかして、ロキの子供達のこと言ってる?」
「うん。本当はローズルって名前なんだって。ラビリンスの悪魔は実際は天界から落とされた神様で、名前をローズル。子供を攫って遊び相手にする悪戯の神」
「はああ!?」
「やばいやばいやばい、急に爆弾発言ぶっこんでこないで。今思考が全部ぶっとんだわよ! どういうこと、つまりはどういうこと?」
「悪魔じゃなくて、神様がラビリンスを作っているということか?」
「ウルフ! 急に知能指数上げるのよしなさい! 私より先に答えを導き出すんじゃあない!」
「……、理不尽だ」
「意味合ってるけど頭良く喋んなぁ! ああああ、もうバカーッ!」
海に叫びがこだまする。思い切り声を出したからか、ビーティの発狂も収束を見せ、荒い息を吐いたあと、レトリは詰め寄られた。
「どういうことよ。一から千臆くらい説明なさい。まさか今まで隠してた?」
「ちがうちがう、ちがうって! わたしも今聞いて」
「やはり信用ならないな。この土壇場で言うことじゃないだろ」
「それは、ごめんなさいって。謝ってるしほら」
謝って済む問題じゃない、と二人の声が揃う。
それと同時、ウルフが首の向きを変え、高い所へ登り出す。見ているのは先の空であり、特に変わった様子もないが、空気は僅かに湿りけを帯び、波乱の予兆を告げる。
「みんな、嵐がくる」
「嵐? そんな感じもないが、お前が言うときそうだな。どうやり過ごす」
どわ、と声を上げ、ビーティが腰を抜かす。前を指差した。
「今度はなんだ。お前までどうした」
「いま、海に骸骨が浮かんでて……」
「どこだろ、ゴルくん見える?」
「バイザーにも映ってはないが、疑う場面でもない。いつ出たっておかしくないんだ。ウルフ! 戻ってこい!」
「ちょっと待って。今頭の中で線が繋がった気がする。骸、腐敗の女神――、つまるところは、死者の軍勢?」
ウルフがとび降りてきて、考え込むビーティの口からそんな言葉がもれた直後、答え合わせがあった。
ああ、あああと、どこからともなくおどろおどろしい声が上がり始め、晴れ渡る空が次の瞬間には、曇に覆われる。雨が降り始めた。
波も荒れ出す。船も大きく揺れ出し、船底の方から嫌な音がした。バン、バンと叩く音だ。
無数に聞こえ、引っ掻くような音もして、登ってくるようでもある。
「チッ、急に表示がバグりやがった。全員構えろ!」
「あれなに!」
レトリがステッキで示す先、太く、しなやかに動くそれはほどけていき、四人に襲いかかった。
「キモいんだよ!」
光の剣でぶった斬ればわかる。ぱらぱらと舞うそれは髪であり、いつの間にやらクイーンが絡めとられており、海中に引き摺り込まれた。
「ちょっと、何してくれてんのよ!」
「オレがいく。とりもどす!」
「ウルフ待って!」
「その通りだ。落ち着け。迂闊に行けば敵の思うつぼだ。もう亡者共も上がってくるようだしな」
彼がメットを投げ捨てた直後、縁の外から無数の骨の腕が突き出され、一斉に這い上がってくる。
おぞましい声を上げながらであり、剣や斧を引きずって、取り囲んでくる。
「うわ、ほんとに亡者……」
「ゴル。こいつらがゾンビか?」
「お前好きだな、ゾンビ。骨だしスケルトンだろ」
「黒くないから連れてきた奴ら? ケルベロス思い出すわね」
「ウルフ! お前はビーティの護衛だ! レトリ! 俺とこい!」
「うん、一緒に蹴散らしちゃおう」
二人で突撃していき、骸骨共を言葉通り蹴散らしていく。
しかし倒しても倒しても、きりがなく、船の上があがってくる敵で隙間なく埋まっていく。
揺れて攻撃しにくいこともあり、少しでも手間取れば数の暴力で一気に押し込まれ、逃げ場も失せてくる。
「クソがっ! これじゃいずれ四面楚歌だぞ!」
「ゴルくん上!」
もたげられ、伸びた髪が上から滝のように降ってきて、寸でのところで二人は跳びはね躱し、何とか難を逃れたが、今の一発で口にした通りの状況となる。
使える床マスを大きく潰され、残してきた二人と分断される形で追い込まれた。




