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墓標のラビリンス 天使ヵ悪魔ヵそれとも魔女ヵ  作者: らくだ けい
⭐︎一つ目のラビリンス編⭐︎

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第4話 大爆発。とどめのフルスイング

「分厚すぎて通らないのか? 頭って線もあるな」


 また光線が飛ぶ。しかしそこも駄目。やはり効果は見受けられない。

 今度は光の剣が抜き放たれた。彼は一人とびだしていく。


「だったら足を斬り落として、そのあとじっくり調理してやるよ!」

「──待って!」


 そんな小さな剣で、渡り合えるような相手か。

 その行いを無謀に感じ、愚かにも思い、彼女は静止の声を飛ばすが、届かず、迎え撃つように振り上げられた巨人の大剣が、彼目掛けて振り下ろされた。


 轟音と共に破壊が振り撒かれる。衝撃波がこちらまできて、礫が頬を掠めた。

 飛び散った床の破片が散弾のように混じっており、彼女は腕を盾にし身をかばう。


「────ツゥ!」


 衝撃波が収まってくると、腕の隙間から覗き見て、彼女は状況を確認。

 彼は、どうなった。すぐ目にする。

 なんとあれを無傷で搔い潜ったようで、巨人の足元に潜り込んでおり、剣を振って、振って振って、斬りまくっていた。


 ハイスピードで回りながら行っており、巨人は翻弄されているようで、嫌がるような声を出し、後ろへ跳ねた。一気に距離を空け、再び振りかぶる。


「ゴルくん! 気を付けて!」


 またあれが来る。彼は一点を見つめ、意識を集中している様子。

 巨人が剣を振り下ろすのに合わせて、横へ駆け出した。


 躱せるか──衝撃波が襲い掛かっていき、礫の一つが彼の脇腹をとらえ、弾き上げる。

 勢いよく宙に舞い上がって、床をごろごろ転がって、静止。


「…………ゴルくん、ゴルくん!」


 衝撃の光景を目の当たりにし、彼女の血の気は一気に引く。顔面蒼白となりながら名を呼び、駆け寄った。抱き起せばぐったりしており、声も震える。


「ゴルくん、ゴルくん、しっかりして……」


 揺すったって、返事はない。死んだのか。それともまだ──と考える暇すら与えてはもらえないようだ。

 巨人が声を上げ、駆けてくる。

 あの大きさ、こちらまで来るのは僅かな時間。


 頭の中は、今ぐちゃぐちゃ。

 何をどうしたらいいのか、定かではないが身は動く。

 立ち上がって構えた。駆け出し、迎え撃つ。


「やあああああああああっ!」


 恐怖をはね返そうと腹の底から声を上げ、身を奮い立たせて立ち向かう。

 ここで自分が引いてしまったなら、彼はどうなる。


 死が確定的となる。


 そんなの嫌だ。絶対見たくないと、意地のようなものまで薪としてくべ、今心に灯ったばかりの勇気の火をさらに強く燃やし、吹き消されないくらい大きくして、対峙。


「こい! 巨人! お前なんか、もう怖くはないんだ!」


 前まで来た巨人が見せたのは、振り下ろしではなく、掬い上げてくるような軌道を取る薙ぎ払い。


 ごう、と死を奏でるような重たい刃音が耳を打つ。


 その刹那、彼女は力いっぱい床を蹴り、大跳躍。

 下を通過させ、更に羽ばたいて、もっと上を目指す。


 そのまま高く、高く飛んでいって、顔の前まで来ると、頭に浮かぶ魔法を発動させる為の言葉を口にし唱えた。


「血の炎!」


 ステッキの先の赤水晶が光を灯す。すかさず振って、血のような液体を振り撒き、巨人の鼻の辺りにかけた。

 直後にそれは発火し、顔全体へと広がっていき、頭を炎で包む。

 巨人の絶叫がこだまし、のたうち始めた。


「どうだっ! 参ったか!」


 決め台詞のようなことを吐いていると闇雲に振り回され始めた大剣が身に迫り、慌ててその場を退散。

 離れた場所まで後退し、地上まで降りているその時だ。

 シュィーンと彼の機械が上げる音を耳にして、思わずそちらを見る。


 生きていた。駆けてきており、下で合流。

 肩の上に手を置かれ、よくやったと言われて彼女は少し、うるりときた。


「よかった。ゴルくん、生きてて」

「思ったよりやるじゃないか。──ておぉっ!?」


 よかったともう一度口にして、たまらず抱きつくと、「バカ、バカ放せ死ぬ」と苦しそうに言われて放しはしたが、もうどんな言葉をかけたらいいのか、今はわからない。


 ただただ嬉しくて、ただただ無事だった彼の顔を眺める。


「このやろ、こっちは怪我人なんだぞ。だいたい抱きつくなって──、まあいい。それだけの仕事はしてくれたからな。見ろ、あの図体だ。あれくらいの火じゃ倒すまではいかないみたいだな」


 巨人は暴れるのをやめ、膝をついて動かなくなっていたが、頭を覆っていたはずの火はかなり薄れてきており、また動き出すのも時間の問題か。


 なら今一度、いいや何度でもと彼女はステッキを構えなおすが、横から静止の手が伸びた。


「あのでかぶつを仕留める為には、もっと大きな火がいる」


 何か言う前に拳が前にきて、


「今から奥の手を使う。これでも駄目な場合は俺も動けなくなるから、その場合はとどめ、お前に任せてもいいか」


 彼女は両目をパチクリとさせ、そのあと力強い頷きを戻して、その手を取って、握った。

 普通は打ち返すんだよと苦笑されてしまったが、その信頼に答えたい、任せておいてほしいという気持ちは伝わったはずだ。顔を見ればわかる。


 明日が来ることを信じてやまない、勝利を確信した今日一番の顔を彼は見せており、放して、見送った。


 駆け出し加速していく彼は、変身した時のような光を上げる。いいや、もっと眩く、激しい光に包まれていくや、それは一気に収束。大きく跳躍して、そのまま巨人の懐へととび込んだ。


「全魔導エネルギー解放。オーバーヒート────自爆だああああっ!」


 次の瞬間、大きな爆炎上がって、轟音とどろく。

 凄まじい大爆発であり、熱波吹き荒れ、こちらまで吹き飛ばされることにはなったが、その威力は言わずもがな。


 びっくり仰天することにはなったが、爆破あとから上がる深い煙の中から彼が吹き飛ぶように出てきて、慌ててその落下点まで駆けていき、彼女は受け止める。


 姿を見ると傷だらけのぼろぼろで、目も虚ろ。

 しかし口元は確かに笑みを作る。


「かなりダメージは負わせたはずだが、でかすぎんだよ。任せたぞ、レトリ。核を、壊せ。持って帰ろうとか、考えんな、よ……」

「うん、わかった。ゴルくんお疲れ。あとは任せて」


 彼をおろして、硝煙の中へ。

 すぐに骨を剥きだしにした巨人の姿が視認できた。

 骨まで黒いというわけではないようで、上、骸の姿となった巨人の胸の辺りに怪しい光を放つ何かがある。


「核」


 包む煙がなければはっきりと姿も確認できたが、迷わずそう判断し、羽ばたき立つ。

 加速しながら骨の合間を抜けて内側へと侵入し、目当ての物の前まできた。


 丸く大きく美しい。間違いない。ついに捉えた。


 ステッキを握る手に力がこもった。バットのように振りかぶる。


「魂を、解放しろぉおっ!」


 叫んで、振って、それを砕き割る。

 破片が飛び散り、きらきらと舞った。


 それらには、巨人の心の断片を映しこんだような様々な光景が映り込んでおり、見ていると、頭の中に映像が流れ込んでくる。


 巨人の記憶か──。

 妻子の写真を見つめ、涙を落としていた。

 気持ちも伝わってくる。凄く悲しい気持ちだ。

 何があったかは、わからない。


 しかし、穢れに覆われた核を壊し、中に封じられた魂を今解き放って救いを齎すことはできた。


 天へと導いてやることができたんだと思うと、やり遂げたという充足感に身は包まれていき、自ずと視線は上へ。

 そこまで昇っていくさまを見ているつもりでいたら、思わぬ言葉が降ってくる。


 ──許さぬ。許さぬぞ。怨んでやる。


「え?」


 怨みの言葉を吐かれ、訳が分からず、彼女の口からもれたのは、そんな困惑を示すたった一字の言葉だ。

 瞬間的に頭は真っ白となり、そこにまた言葉が降った。


 ──死してたどり着いた安らぎの場すら奪う、貴様らを。


「──違うって。そうじゃない、誤解してる! だってわたしは、魂の解放者で、あなたみたいな穢れた魂を、ここから解放してっ──」


 最後まで言い終わる前に巨人は骨の身を崩していき、最後は溶け、消えた。

 跡形もなく失せた。


「救ってあげるのが、役目で、尊い行いだって──」


 全身の力が抜けていき、ぼんやりとした顔で下へ降りる。そのままへたり込んだ。


「なんで、どうして?」


 小さく口に出す。魂の解放者となった時は、随分浮かれていた。

 神に選ばれた。崇高な役目を与えられたのだと信じ、何も疑わずにただ無邪気に喜んで、実際に果たしてみれば、これだ。


 悪いことをしたようにしか思えない。

 事実そうなのだろう。怨まれた。

 力尽くでここから追い出して。


「嘘をつかれた? ううん、お母さんがそんな嘘つくはずない。知らなかったんだ。わたしも知らなかっただけで……」


 ぐらぐらと地面が揺れ始める。

 床や壁、天井にも次々亀裂が入っていき、ボスのいなくなったラビリンスが倒壊を始める。

 しかし彼女の心にも今大きな亀裂が入っており、同じく倒壊寸前で、後ろで声がしていたが、気づく気配はない。


「──レトリ。何やってる」


 今度はもう少し大きな声でして、首を向けた。浮いた涙が頬を伝う。微かな嗚咽が漏れた。


「なに、泣いてんだ」


 それを見るや険しかった彼の表情が和らいで、優しく手でも差し伸ばすかのように身を起こす。

 立ち上がろうとしたところで、バランスを崩した。

 危ない、と咄嗟に動いた体が、その身を抱きとめる。


「なんだ。立てるんじゃないか」


 そう言うと彼は片腕伸ばし、部屋の入り口を指し示す。


「いけ。迷うな。今すべきことだけを考えろ。ほら走れ、走るんだ。ゴーだゴー、レトリ」


 犬に言うような感じであり、泣き顔のまま彼女は笑った。


「もう、犬っぽいだけで、犬じゃないよ」


 それでも幾分気はまぎれ、冷静にもなれた。

 確かに今は、ただ前を向いて、走っていく時だ。

 彼を抱き上げ、彼女は部屋から飛び出していく。


 持ち前の俊足を発揮し瞬く間に三階を後にし、少し身構えていた外のようにだだっ広かった二階だが、空と大地が失せ、ただの大部屋と呼べるようなものに様変わりしており、降りるのもすぐ。


 残す一階は、長いだけの一本道。

 その長さが今は厄介にも感じるが、迷うことはない。

 走って走って、走り抜け、外にとび出す。


 行きに上った入り口前の階段も駆け下り、地面に降りると同時だった。

 役目を終えたように変身も解け、振り返って、見上げる。

 ラビリンスが消えていく。その姿を薄れさせ。

 ばらばらに砕け崩れ去るように思っていたが、違ったようだ。


「けっこう、手強い奴だったな……、いっつ!」

「動いちゃダメだって!」

「いいから、下ろしてくれ」


 躊躇いがちにではあるが、彼女が言われた通りにすると、彼はすぐに体勢を崩して、地面に手をつき這っていく。入る時投げ捨てていた杖の所まで。


 掴んで、立って、こちらへ向き直った。


「レトリ、お前は正しいことをした」


 今は言葉が出てこない。顔も俯く。


「確かに怨まれはした。でもそのことを悔やむな。このラビリンスの傍には町がある。お前はここが初めてのようだし、その町の出身なんじゃないか。穢れた魂を放っておけば、どうなるかくらいは流石に知ってるだろ。だからきた。そしてそれをお前が食い止めた。胸を張れよ。勇ましく戦った自分を誇れ。立派なことをやりましたって顔して、帰ればいいんだよ」


 また沈黙だけが送り返されると、そんな彼女の傍まで彼は来て、頭の上に手を乗せた。

 いや、掴んで持ち上げていたのだが、目は優しい。


「だから俯くな。それにそんな顔は、お前には似合わない。馬鹿面で笑っていたらいいんだ。バカ女らしく」

「一言、ううん、二言くらい余計かな」

「お前が柄にもないことをさせるからだ。ほら、帰るぞ」

「──うんっ!」


 辺りを包んでいた瘴気もしだいに晴れ、真上に昇った日が見え始めると、陽光降り注いで枯れた大地を照らす。空がまぶしい──。


「そういえばさ、ゴルくん歩けそう?」


 ここもそのうち、在りし日の姿を取り戻し、緑豊かな場所へと還ることだろう。


「今歩いてるとこだろ。見えないか」


 その場をあとにする二人の後ろでは、それを確信させるかのような小さな芽が顔を出す。

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