第38話 堕ちたオオカミ
「その呼び方慣れなくて、嫌じゃないけどむず痒いというか。まあでもそれはそれ、これはこれって感じと思う。殺したってここにいるのは魂のない夢の住人達なわけだし」
「そういえばそうだったな。よし、ならやってみるか。全員しっかり周りを見とけ」
ゴルの左腕が跳ね上がって、レーザーが次々射出される。
頭や体を射抜かれた影達は、どよめき立ち、阿鼻叫喚となるが、そうなったことで異質な存在も同時に浮き彫りとなる。レーザーを抜き放った剣で弾いた。
「お前だな」
奥の壁、そこにいた男の影目掛けて、彼は猛連射。
全て切り払われ、距離があるにも関わらず、その男の影はその場で腰を落として構え、横一閃。
その瞬間、首が刎ね飛ぶイメージが彼の脳裏に浮き、光の剣の出力を最大まで上げ、男の剣筋をなぞるように振った。
バチッ、と鳴って光の剣の刃が消し飛ぶ。
部屋にいる他の影達が身を半分に断たれ、どさどさと崩れ落ちていった。皆、真っ二つだ。
男の影は消えていき、大量の汗を顔からふかせ、彼は息を上げる。
もう少しで死んでいた、という事実に心臓が痛いほどに跳ねており、押さえた。
「ハッ、今のもしかしてご本人様か。部屋中皆殺しかよ。一点の出力は弱まる大盾の方で防ごうとしてたら、俺らも一緒に死んでたかもな……」
「な、何が起きた……。って、私のナイトが!?」
一緒に断たれており、これではもう使い物にはならず、新たなドールを計六体。ビーティは一気に出す。
「別にいいけどね。人形はまだあるから」
「みんな初めて見るな。レベルアップで増えたやつらか」
「一人はね」
そいつは司祭の服を着ており、手には杖。逆の手で操られる五体は雑兵のポーン達ではあるが、前とは見違えるように身を大きくし、立派な武具を携える。
「この子はビショップ。防御や支援を得意としていて攻撃向きじゃないから、こっちの子達でその不向きなところを補うわけね。他にも新しい子はいるけど、見せびらかしてて今みたいにやられても嫌だし。で、ゴル。実際今何があったのよ。反応できたのはあんただけなんだから」
「俺だってわからない。恐らくバルムンクご本人様がいて、斬撃を飛ばしたってことは理解できるが、理解不能だろ」
「それは確かに。飛ばせるようなものじゃないものね。バルムンクって、ジョブ全盛期よりずっと前の大昔の人間のはずだし」
「原型のようなものはその時代にも与えられてたって話だが、超人的なエピソードを持つ人間が何人もいる。狂乱の時代に数多くの記録が焼き払われ、失われたことで、謎多き時代でもある」
「どこにでもモンスターがいる、言わばモンスター全盛期だったとか。そしてその魔物とも呼ばれる彼らを統べる王もいた。人間達の脅威であり、その名を魔王。呼び方もうちょっと何とかならなかったのって」
「安直だが、わかりやすくていいんじゃないか。俺はそいつを倒した勇者の方が気になってるな。そんなことやったのに名すら残されてないんだぞ。それが実は名前説を押してたりする」
「ユーシャって? ありそう」
「二人共なんか余裕だね? わたし動けなかった。見えてたのに」
「何当たり前のこと言ってんだ。お前の強さは直線的なもので、技術面はからっきしの素人だろうが。ウィルやカシムナが本気でやってたらお前は勝ててない。早い話が俺みたいな人間の領分だってことだ。自惚れてんなよ」
「自惚れ……、確かに、自惚れてたかも。大きな力を手に入れて、自分なら何でもできるみたいな考えになってたのかな。ごめん、ありがとう」
「レトリ。オレも何が起きたかわからなかった。もっと強くなろう!」
「うん!」
「私もちょっと、あんたの変貌ぶりを見て特別視し過ぎてたわね。いくら強大な力を授かろうと、人は人。万能な存在になんてなれない。おし、やる気出てきた。自分でもちょっと性格悪いと思ってるけど、良い子ぶる気もないし」
「正直、もうこいつ一人でいいんじゃないか感は、俺もあった」
「わかる。私の出番ある的な」
「ウルフは違うと思うけど、二人共そんな風に思ってたの? でもわたしも守ってやるんだって、上から見るみたいな考えになってて」
「反省でもした?」
「うん」
「ならおあいこ♪」
「うん♪」
「いくぞ。ここは俺達を誘い込む必要もないから頭から全力全開だ。殺しにきてる。三階も多分並じゃない。気を引き締めていくぞ!」
おー、と声が上がって、上へ。
目にとびこんでくるのは、大きな都と月夜。
思わずその景観、前に広がる異国情緒あふれる街並みに目を奪われながら、四人は舗装された路まで続く砂の上を歩く。
「マジの魔都って感じだな」
「前とは別物じゃない。雰囲気ありすぎ……」
ずしん、ずしんと、早速大きな足音がして、皆の頭にミノタウロスが浮いたが、建物の陰から姿を現わしたのは、まったく別のモンスター。
一つ目の巨人であり、真っ黒な身体には無数の口が付き、全身で雄叫びを上げる。
「アアアアアアアアアアアアアア」
「なんだよこいつ、キモ過ぎんだろ。サイクロプスか?」
「特殊個体にしたって、キモいわね。キモさの煮凝りキモソース和えって感じのキモさ」
「ビーティ、それはどんな料理なんだ? きもそうだ」
「キモいもの」
「みんな冗談言ってる場合じゃないって! 余裕があるのはいいことだけど」
「あの特大の蛇の怪物やケルベロスと比べてみろ。キモいだけだろうが。おら、死んどけ」
レーザーの連射で先制攻撃を仕掛け、ポーン達があとに続いて、四方八方から斬りかかり、仕留める。
やはり見掛け倒し、大したことのない奴だったと一瞬の気の緩みを突くように、悪意がその時舞い降りる。
ウルフの背後、妖艶な体つきのモンスターが現れ、肩に牙を突き立てられた彼の目がとろんと落ちて、上身をだらりと垂らす。
ウルフ、と三人は声を揃え、一斉にそのモンスターに攻撃を仕掛けるが、避けられ、飛び去っていく。
「まずい……。今のはヴァンパイアの特殊個体だ」
「さっさとウルフを拘束しないとほんとにまずいことになるわよ」
「わかってる。ケルベロスの時と一緒だもん。みんないくよ!」
ゴル、レトリ、ポーン達が押さえつけに行くが、直後に旋風のように吹き荒れた回転蹴りで揃って弾き飛ばされ、正気を失った目のウルフが三人を見る。
構えを見せるや、ゴル目掛けてとびこんでいく。
前で震脚踏んで、掌底を放つ。
「ぐうおおお!?」
咄嗟に大盾構え、防ぎはしたが、勢いまでは殺しきれずに吹き飛んで、砂の上を転がっていく。
次の獲物はと、そんな殺気の籠った眼が残る二人の方を向き、攻撃前の予兆のようなステップも入る。強烈な圧迫感が放たれていた。
「とぼけたアホオオカミの癖に、敵に回るとこうも恐ろしいの。レトリ、二人でどうにか止めるわよ」
「うん。全然足掴めなかった。今度は掴む!」
レトリがウルフの前を塞ぐように出ると、向かってきて、横蹴りがくる。
掴もうとすると引っ込められ、もう一発。
超人的反射神経で何とか受け止めたら、ガードした腕に次は足先をかけられ、上へ放り投げられた。
「おわ!? ――っとおお!?」
踏ん張りの利かない状態で強烈な回し蹴りがとんできて、止めきれずに彼女も高くぶっ飛ばされて、戦線離脱。
残るビーティのもとへウルフはゆっくり向かい、ビーティも迎え撃つようなことはせず、腹を括った顔でただ彼を睨むのみ。
足元の砂が強く踏みしめられて、舞い、彼女の顔の横を豪風が駆け抜けた。
「躱したか」
すぐさまもう一発、逆側を豪風が抜け、彼女の髪を波打たせた。
「なんであたらない。お前なにをしてる」
「無意識にできないだけでしょ。あんたそういうやつよ。私の場合本当に死ぬし」
「死ね。殺そうとしてるんだ」
ハイヤアア、と声を上げ、構えたはよいがそこで身を硬直させ、彼は目を見開いたまま固まる。身が震え始め、涙を流し始めた。
「だから、できないって言ってるの。戻ってきなさい。私の可愛いオオカミ」
腕を広げた彼女に身を抱きしめられると、彼は一度大きく身を震わせ、構えを解いていく。
大急ぎで戻ってきたゴルとレトリは、ただその光景を眺め、しばし、ウルフも正気を取り戻し、何度も皆に謝罪した。ごめんとひたすらに。
「オレ、オレもう少しで……」
「もう少しでも何も、少し暴れただけじゃない。よしよし、怖かったわね」
「怖かった! オレ、みんなを殺すところだった!」
大声で泣き始め、傍で解毒の魔法を密かに掛けていたビショップも杖を引っ込める。
その時、人知れず逆巻く業火も上がっていたが。両目の奥には確かにその炎が映り込む。
よくもやってくれたと、煮え滾る想いを心の中で口にしながら、泣き止むのを待って、抱くのを止め、ビーティはあのモンスターが飛び立っていった空を見て、恨み言を吐く。
「弄んでくれた罪、しっかり償ってもらうわよ。首を洗って待ってなさい」




