第36話 紅の湖畔
二人は抜き放った真剣を手に、向かい合う。
「木剣とかじゃないのね」
「まあ見てろ。カシムナってやつ、かなりできるぞ」
真剣勝負ではないはずなのに、場は緊張感に包まれており、始まった。
距離を詰め合い、数合打ち合って、鍔迫り合いとなる。
「腕は鈍っておられないようで!」
「君もな! いや、前より少し押し込まれる感覚がある」
「若いもので」
「私が老け込んだと言いたいのかね。良い度胸だよ」
剣速がそこから上がっていき、銀閃舞い踊らせて戦い合う達人同士の斬り合いは、見応えがあり、気付けば終わりを迎え、双方剣を鞘に収めた。
「良い汗を掻いた。危うく本気になるところだった」
「なっていたように思いますが。腕が痺れました」
「まさか、君の鍛え方が足りていないだけに思う」
「そういうことにしておくとしましょう」
「含みのある言い方ではないかね」
「僕は全力だったもので。少しの間だけではありますが」
「……、私もだよ。言わせるとは君も人が悪い」
こいつめ、と軽く肩を小突く様子を見せ、笑いも起きて、二人の仲の良さが窺える。
こちらへ来ると、ゴルとウルフに一緒に来るよう二人は伝えた。
「俺らにもやれってか?」
「どれほど腕を上げたかは見ておきたいのでね。ウルフ君も剣士の戦いの仕方を学んでおいた方がいい」
「よろしく。僕はカシムナ」
「よろしく。オレ、ウルフ。良い勝負だったな。真似するのが難しい感じがした」
「真似? 真似っこが得意だったりするのかな? まあ見させて貰おうか」
それぞれ手合わせが始まるが、二人共こてんぱんにされて指導を受け続け、疲れた顔して戻ってくる。揃って倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ、思いきりの良さがなくなってるって。無謀な突撃でこっちは一回ぶっ殺されてんだぞ。できるかよ」
「オレ、倒すことばかり考えてた。じぶんを守るか。じぶんを守らないと、みんなも守れない」
はい、とそこでレトリが手を上げ、自分もやりたいことを伝えると、ウィルが悪い顔を見せてカシムナを彼女の前に立たせ、後ろから肩を叩く。
「彼女のことを知る良い機会だとも♪」
「なにか嫌な予感がするのですが。ウィッグカール伯、なにか隠していませんでしょうか」
「別に。何も。では幸運を」
立ち合いが始まって早々、カシムナの腹に拳がめり込んだ。
「ふぶっ!? う、あ――」
「あれ? 何もしないと思わなくて……、ご、ごめんなさい!」
できるわけないだろ、というのはゴルの言葉であり、カシムナは倒れ、稽古もお開きとなる。
日も沈み、食事の席ではその話で場も盛り上がり、楽しい一夜となった。
明くる日から、この砂の地に体を慣らせるのと並行して、ラビリンスまでの道中を想定した戦闘訓練が行われ、四人はしごき抜かれ、
「わひっ!?」
「真剣投げるか普通!?」
「こっちもか! ウルフ!」
「ほっ」
「気を抜けば死ぬと思いたまえ。ほら次だ」
時にはお勉強も交えつつ、挑む日がくる。
「いやほんと、生きた心地のしない日々だったわね」
「でも勉強はたのしかった。今度の相手はかつてこの地にあった砂の国の守護者。偉大なる英雄バルムンク。かっこいいな」
「えぇー、わたしよく頭叩かれたし」
「お前が毎度寝るからだろ」
体調は万全。朝に立つ。集落の人間と共にだ。
そのさまはこれから戦へ向かう行軍のようであり、既に始まっている暑さとの戦いに汗を垂らしながら前進を続け、太陽が真上を差す頃、紅の湖畔と呼ばれている場所に着く。
眼前には、赤い砂地が広がり、かなり手前で止まり、全員乗ってきたラクダから降りた。
小太鼓が打ち鳴らされ、笛の音が響く。
大人達が風の精を誘う踊りを舞い、勇者達を送り出す儀式が始まった。
これは古くからの風習であることを事前に教わっており、しばらくすると、深い皺を顔に刻み込んだ一族の長が四人の首に首飾りをかけていく。
風の加護があらんことをと口にしており、見えるものではないが、その雰囲気に呑まれて四人はただじっと待ち、ほどなく、儀式は終わる。
「カシムナ。ウィルバート。そなたらにも風の加護があらんことを」
恭しく二人は頭を下げ、「それでは行って参ります」とカシムナが告げ、出発。
ゴルはウルフに担がれ、ビーティもレトリの上に乗る。ゆっくり歩いていけるような場所ではないゆえ。
大人二人の後ろをついて歩き、緊張感漂う顔で、赤い砂地の所へ足を踏み入れた。
前を歩く二人は既に剣を抜き放っているが、何かいる様子もない。
ただ夜間は、宴を開くようにモンスターがひしめていると聞いており、一番数が少ない時が今。
灼熱の太陽は命を奪うほどの脅威でもあるが、味方ともなり、モンスター達もその暑さを嫌い、全くと言っていいほど姿を見せず、緊張感も緩んできたその時、前の砂が舞い上がって、その姿を拝む。
出た、と思った次の瞬間には、大きな口を開けて突っ込んできて、首が跳ね飛び、胴が上を抜けていく。ボスン、ドドサッ、と後ろで重く大きなものが砂の上に落ちる音がした。
「お見事」
「君もな」
四人が振り返ると、輪切りにされた大ムカデがおり、肝を冷やす。冷たい汗が流れるのを感じた。
「こわ、何こいつ……。何いまの!?」
「やばいな、ここ」
「マジやばすぎか、ここ」
「みんな、気を引き締めよう。でないとしぬぞ」
「ハッ、そう構える必要もない。指一本触れさせるつもりはないからね」
「その通り。僕らが安全な道を開いていくから、落ち着いてついてくるといいよ」
歩みを戻したは良いが、次は何がくると怯え、しかしこれが一向に出てこず、それが逆に恐怖を煽って、四人は精神的に疲弊していく。
暑さも相まって身からは大量の汗がふき出し、結果的に歩みの鈍化を招いていた。
遠い。体感ではかなり歩いたはずなのに、既に映る巨大な瘴気の塊は一向に近付いてくるような気配を見せず、辿り着けるような感じがない。やがて、足も止まった。
「はぁ、は――――」
「少し休憩を挟むとしよう。先は長い」
「でも、こんな場所で。わたし怖くて」
「怖いのは皆同じだよ。それにこんな場所だからこそ、倒れては元も子もないのだからね」
水筒はウィルとカシムナが人数分さげており、水分補給の軽い休憩を挟んで、再出発。
飛んでいけたらどれほど楽か。しかし天使の力はその強さが仇ともなり、むやみやたらと振り回さないようするだけで、いっぱいいっぱいとなる代物でもある。
実際、旅の道中で試した際は、歩いただけで地面に大きな亀裂が入り、そんな力で人の手を掴もうものなら握りつぶしかねないのだ。
早く、早く着けと思いながら一心不乱に歩き続け、ようやっとその時は訪れる。
背中に乗った二人も降りて、見上げた。
「うーわ、やっぱデッカ」
「ウィル、お前もわかるんだよな?」
「見えはしないがね。ここにあるということだけはわかる」
「特にここは死が感じられると、前に言っておられましたね。死神の家の前に立っているようだと」
「ああ。しかし物思いにふけっているような暇も今はない。勝利と無事を祈らせて貰おう。必ず戻ってきてくれたまえ」
「ああ、必ず姉さんを連れ帰ってくる」
「絶対勝ってきます!」
「吉報を持って帰りますわ」
「勝つ! 強くしてくれてありがとう!」
四人は各々返事をして、瘴気の中へと入っていく。
そこで目にしたのは、砂に埋もれた都跡。
すぐにペンダントを掴み、変身できる二人は臨戦態勢を取る。
「出てこい! ドールマスター!」
「セラ。力を貸して」
ただその後ろでは、膝を落とし、血を吐くウィルの姿があった。喉を詰まらせたような苦しげな息も吐く。
「――――、予想はしていたが、もうきたか。好奇心は猫をも殺すというが」
彼がラビリンスの傍まで行ったことは、一度や二度ではない。
その度に瘴気も少しずつ身に取りこまれていき、今回のが決定打となった形だ。
「事前にこういうこともあるかもしれないと聞いてはいても、実際見ると動揺はしますね。立てますか?」
しかしそう問われると、フっと笑い、口元を拭って立つ。
眼光はまだ死んでおらず、未来を見据えるように前を向いた。
「当然だとも。くたばるにはまだ早い。ここではまだ死ねんのだよ」




