第34話 二人の出会い
「ウィル。これでも不足か?」
「……、私を倒したくらいでは」
「ならどうすれば納得できる。お前の助力は必要なんだ。一番手っ取り早いからな」
「ゴル、死んだ人間は生き返らない」
「そうでもないみたいだぞ。姉さんが生き返るなんて思ってないけどな。ただ連れて帰りたいんだ。故郷へ、家へ。わかるだろ」
「駄目だ。君まで失っては、それこそララに顔向けできない」
「確かに死ぬことにはなるかもしれない。そこは否定するつもりもない。でもな、こっちも無策ってわけじゃないんだ」
「路地裏のダイヤモンドを超えるパーティを集めたのかね。仮にそうだとしても、さっきも言ったがね、遥かに凌ぐ力を持っていなければ。あそこは紛れもない死の国だ。生者が立ち入って良い場所ではないのだよ」
「そこまでの差には見えなかったってか。そうだろうな。こいつはちっとも全力を出していなかったからな」
「えっ、かなり本気で……」
「ゴル」
「慌てるなよ。今の状態での本気だろうが。そんなんであの凶悪魔女ぶっ倒せたのかよ。実際、拳でぶっ殺したのは冥府の番犬みたいだけどな」
「いや、殺しては。ケルベロスは元から死者の国の犬だから、魂不滅だし」
「ウィル。見たくはないか。その時の姿をだ。俺はぶったまげて危うく天に召されかけたぞ」
「えぇ……、そうだったんだ」
「話が見えない。というよりよくわからないな。彼女は一体何だと言いたいのだね。何がそこまで」
「だからそれを今から見せてやるって言ってんだ。レトリ、拝ませてやれ」
「へ? 天使?」
「ああ。お前が二代目の聖女であるってことをだ」
ゴルを見ていた目が、ウィルの方へと移り変わり、腰を上げるや彼女は前で両手を組み、祈りを捧げるようにそのまま目を閉じた。天使が降臨した。
硬く閉じた心の戸もその瞬間、鍵のあく音がして、開け放たれた。
口もぽっかり開け、大きく見開かれた両目を時間を置いて、ゆっくり閉じ、話も纏まった。
ウィルに連れ出され、彼の営むブランド店へ。
店長がすっとんでくるが、戻るよう伝え、服を手で示し、好きなものを選べと彼は四人に言う。
「あのー、服はさっき買ったばかりで」
「こら、レトリ。余計なこと言わない。しーっ!」
「オレ、もう服屋イヤだ」
「諦めろ。安いの着てちゃまずい身分になったんだ」
「時間があまりないから手っ取り早く選んでもらうことにはなるがね。既に連絡は入れてある」
「ほう。えらく段取りがいいな。こうなることを予想していたか。そうは思えなかったが」
「元より君らを連れ出すつもりではいたのだよ。ミエラ十世が捜し回っているようでね」
「ぶはっ!? き、ききょ、教皇様が……? どして?」
「当たり前だろ」
「ううん、全然、全然当たり前じゃないよ。ゴルくんわかってる? 教皇様って教会の最高位の方なんだよ? すごくすごく偉い人なんだよ? 理解してる?」
「ビーティ、オレもう服いらないぞ」
「諦めなさい」
「きょうこうというのは、なんだ」
「急に話変えてくるわね。レトリの言った通りよ。教会のトップ。凄く偉い人間。そりゃ動くわよね。表向きは聖女を解放したとか言うことになってるんだから。私達には利用価値もあれば口も封じておく必要がある」
「レディ・ビーティ。君はゴルに似てとても聡明だね。付け加えるなら必ずここのラビリンスに挑ませようとするだろう。だから私が先に確保に動いた。先手を打つ必要があったわけだね」
「お褒めに預かり光栄ですわ♪」
「成功しても失敗しても、教会の人間にとってはよしって感じだからな。考えそうなことだ」
「なんで? 失敗したらきっと悲しむよ」
「表じゃな。裏じゃきっと笑う。なぁ、ビーティ」
「なんか悪意のある振り方に感じるけど」
「お前ならわかるだろと思って振ったんだ」
「それはまあ。私達を抹消できたら聖女の秘密が外に漏れることはなくなる。教会関係者からしたら万々歳よ。大きな心配事が消えるんだから」
「前からちょっと思ってたんだけど、おかしいって。なんでそんな二人して教会を悪みたいに言うの? わたしにとってはとっても良い場所で、シスターはとっても良い人で、お母さんみたいに優しくて、今まで会ってきた神父様達だって……」
レトリの肩にポンと、ウィルの手が乗った。
「君は間違えてはいない。君の見てきたことはその全てが君にとっての真実であり、違う人間にはその人だけの違う真実がまた存在する。そこには善も悪もなく、等しく真実であるという事実があるだけさ」
「話が難しくてよくわかりません」
「大きくなりなさいということだよ」
頭を優しく撫でられ、故郷の大人達のことを彼女は少し思い出す。
こんな風に撫でられることはよくあった。似た言葉を掛けられたこともある。
もっと背を伸ばして大きくなれ、そんな風に捉えていたが、今は違うように思えた。
もっと目線を高くして、大人の見る景色を知りなさい。考え方を知りなさい。そんな風に感じられた。
「はい」
「レトリ。オレもぜんぜんわからなかった」
「あはは、だよね。わたし達も早く大きくならないと。二人はなんか先行ってるみたいだし」
「私から見れば皆子供だがね」
「悪かったな。子供で」
「すぐに追いついて見せますわ。浅慮であっては淑女は務まりませんもの」
準備ができたら出発。
車での移動であり、必要なものはトランクに乗せてある。
「うわっふー♪」
「危ないからやめとけ」
窓を開け、顔を出したら注意が入る。馬車とは違う早い景色の変化に胸が躍る。一瞬で横の風景が通り過ぎていく。
「オレもしたい」
「大人しく座ってなさい。私もちょっとしたいけど」
ウィルとゴルとの出会いをその場で尋ねたりもした。
「蹴られたんだよ」
「ああ、蹴ったね。それで怒られた。ハハ」
話す二人の脳裏に浮かぶのは、その時の光景だ。壁面に拳がめり込み大きくひび割れて音を立て、共に固まっていた。
『ゴルくんに謝って』
ビーティからの質問もあった。それはもう当然のように、どうしてその場で斬り殺さなかったのかと。普通ならやっているとも。
「お前いつの時代の人間だよ」
「田舎の方では時代錯誤も甚だしい自称貴族が未だ宣っているようだがね。その手の愚か者に何か言われてきたのかな。困ったことがあったら今後は私に言うといい。成敗してくれよう♪」
「……、助かります、わ」
小さな声で口にされたその言葉は、感情の籠ったもので、他にも色々話していたら、気付けば轟々と流れる川が前を塞ぎ、止まる。
少し待つようウィルに言われ、傍にある小屋へ一人向かう彼を見ながら皆降りる。
「ゴルくんのお姉さんが路地裏のダイヤモンドの名前の元だったんだ」
「なんていうか俺その名前好きじゃないんだよな。金剛石にした方が統一感があっていいだろ。強そうだし」
「男の子だなって」
「男だからな」
「良いお姉さんね。蹴られたあんたの代わりに立ち向かって、謝らせて。普通できることじゃないんだけど。流石はって感じよ」
「考えなしだっただけだろ。俺もだがな。金持ってそうだし頂戴って、今思うと俺もかなりのバカだな」
「私のとこなら死んでる。大きな町じゃ下民が幅を利かせてていけ好かないみたいな話、耳にしたことあるけど、貴族という制度そのものが何百年も前に廃止されてたなんて。あの町にいたら一生知らなかったことね」
「まだ特権が生きてる奴もいるがな。見ろよ、斬首する気だぞ」
若い男がウィルに剣を突きつけられており、腰を抜かすように倒れて、笑いが起きていた。
「冗談でやったんじゃない」
「やられた方は堪ったもんじゃないぞ」
「ウィルさん、悪い人じゃなさそうだよね」
「良い人でもないがな」
「少なくとも私の知ってる貴族とは大違い。食うに困ることはなくなったけど、地獄の日々だった。思い出したくもない。どんな目に遭わされてきたか」
「オレ、しらなかった。ビーティ頑張ったんだな」
「まあね。大分頑張った。一矢報いてもやったし。ざまあよ」
「今の話はあとでウィルにしとけ。言った通り成敗してくれるだろ」
「そうする」




