第32話 姉からの手紙
皆で選び始めたはよいが、パパっと決めてしまった人間から手持ち無沙汰となる。
一声掛けて、ゴルは先に出ていく。
「俺は外で待ってるぞ」
「うん! ごめんね! もう少し掛かりそう」
「こっちの方が合うと思わない?」
「良いと思う。あ、でもこれなんかも――」
「オレも外で」
「あんたは役目があるでしょーが。ゴルは絶対好きにしろよとしか言わないけど、似合う似合わないくらいあんたは言えるでしょ」
「……、わからないぞ」
扉を締めればそんな会話も聞こえなくなり、何気なく見上げた空は澄み渡って、高く感じ、軽く歩いて、壁に寄りかかる。背中を預けた。
彼は目を瞑り、思考を回す。
気になってならないのは、どうしてこんなに早く自分達の情報が出回ったのか。
そもそも教会がそれを知ってどう動くかわからず、広めること自体が難しいと感じていたのに、その問題が知らぬ間にクリアされ、気持ち悪いことこの上ない。
「――裏付け、どうやった?」
ここに着くまでに日数はかなり掛かっている。可能か不可能かで言ったら、理論上可能ではありそうだが、普通は情報の裏取りくらいするだろう。
それもせず、人の噂話を信じ込んで、新聞屋がばら撒いた。ゴシップ紙ではないのだ。
なら、どう考えたって時間が足りていない。
「人間業じゃないだろ。大体教会関係者は何してる。あのラビリンスの存在は闇に葬りたかった。逆に利用することでも思い付いたか? だとしてもやっぱ時間の問題が――」
この難問を突破しないことには、話が進まない。どこの誰ならできる。どのような手法を用いればできる。苛立ち募って思わず髪を掻きあげ、頭を掻く。
「無理だ。誰にだってできるかよ。人間業じゃないってさっき結論出たろうが。なら神様か?」
冗談で言ったら天使のことが頭に浮かび、顔を横に振ってその考えを払った。
あり得ない。聖女でもないただの人間の男の一人の為に、神の使いが動くなど。
ただ、会った時、何か話した記憶はある。
どんな会話だったかは思い出せないが、決意表明のようなことはした。
そんな感覚だけは今尚残り、思わず握った拳に目を落とし、再度顔を振った。
「だから馬鹿なこと考えてんなって。どうせ見落としでもあるんだろ。何かトリックかカラクリでも、天使とか馬鹿なこと――、いやでも、もしあいつが願ったとしたなら」
ガラス越しに見れば、まだまだ夢中になっており、溜息落とし、暇で、意味なく指先で腕をとんとんやったりして待っていた、そんな折、前に一台の車が止まる。
田舎だと滅多に見られるものではないが、都会ならば別だ。
金持ちの足として普及しており、降りてきた人物を見て、彼は息を呑む。
気取った服を着て、顔には優美な笑みを覗かせ、こちらを見ており、寄ってもくる。
「ゴル。君がこの町に来たという知らせを聞いて、居ても立っても居られず車を走らせてみれば、思いのほかすぐ見つかって驚かされたよ。久しぶりだね」
「……、何の用です。俺とはもう無関係なはずです」
「君が怒る気持ちもわかる。私のあずかり知らぬところで君にそう言い、暴力まで振るったバカな召使いはもう放逐してある。あれは私の指示じゃない。偶発的に起きた事故のようなものなんだ。言った通りツケは支払わせた。許して貰えないだろうか」
「ウィッグカール伯。そもそも怒ってはおりませんので」
「昔のように、もうウィルとは呼んでくれないのだね」
「俺も学ばせて貰いました。大人の生き方とはどういうものなのか。利益になるかどうかで相手を判断する。要らなくなったら捨てたっていい。今はそんな風に生きていますよ」
「君にとって、私はもういらない人間だと、そう言いたいのかな」
「俺は別に何も。ただこんな俺にもついてきてくれる奴らがいて、いえ、共に旅をする仲間ができて、満足した暮らしを送れているというか、住む世界が違いますよね。俺とあなたではもう」
「だからもう関わり合いになることはないと、そう言いたいのだね。君と私の仲じゃないか。つれないことを言ってくれる」
「姉さんがいたからでしょう。姉さんがいなくなったなら、もうお互いに用なんてない。どうぞお引き取りください」
「ふ、相変わらずの生意気さ加減だ。そういうところはちっとも変わってなくて安心できた。さあ行こう。君に渡したいものもあるんだ」
「は? おい!」
手が伸びてきて、脇に抱え上げられ、連れて行かれる。
強引なことこの上ないが、懐かしさも感じてしまい、勝手に力が抜け、溜息もれた。
「はぁ、相変わらずなのはどっちだよ」
「ハッハッハ、やっとらしくなってきたね。君の作った仲間にも興味がある。迎えを出しておくから安心するといい。昔話に花でも咲かせようじゃないか。あのラビリンスのことなど忘れてね」
彼がその場からいなくなってしまったことに、中の三人は気付かない。
長い時間を掛けてようやく服選びも終わり、外に出て、やっと気が付く。
「ゴルくん、終わったよ。――あれ? いない」
「ホテルに戻ったんじゃない。ちょっと迷い過ぎちゃったわね」
「オレ、服屋が嫌いになりそうだ」
「ごめーん」
「悪かったわよ。無理に付き合わせて」
ひとまず帰路に着く。
するとホテルの入り口の所で大柄な男に呼び止められ、前を塞がれた。
「こんにちは。少し聞きたいんだけど、この町にきた小さな英雄達を探していてね」
「あ、はい。多分それわたし達のことです」
こんな怪しい男に即答すんなと、ビーティは思うが、言ってしまったのなら仕方なし。
レトリを押し退け、前に出る。顔には優雅な笑みを張り付けた。
「何か御用でしょうか。どなたかの使いとお見受けしましたけれど」
「ウィッグカール伯と言って伝わるかなぁ。偉い伯爵様で、あの路地裏のダイヤモンドを後ろから手助けしていた」
「まあ、あのウィッグカール卿が。存じ上げております。高名な方ですもの」
「なら話は早い。その方から頼まれて、迎えに来たんだよ。ビスターレくんももう居て、みんなを待ってる。ついてきてくれるかい」
「……、ハッ、嫌よ。それだけ聞ければ十分。私貴族って人間のそういうとこ心の底から嫌いなの」
次の瞬間、彼女の甲高い笑い声が響き渡り、周囲にこだまする。皆固まった。
「び、ビーティ……?」
「あ、あいつみたいだ……」
「この笑い方ほんっと耳障りよね。ウルフ、レトリ。ゴルどうやら無理やり連れてかれちゃったみたいだから、こいつらこてんぱんにのしてくれる」
「へ?」
「どういうことなんだ、わからないぞ」
「いいから言う通りにする。いい、これほんと言われた方は生きた心地がしないのよ。ウルフ、目の前の男を見なさい。美味しそうに見えてこない? 食べ頃に見えるでしょ♪ ほらいけ、食べてヨシ!」
きょとんとした顔をしつつもウルフは首の向きを変え、歯を剥き出しにして唸る。男の首筋にとびついた。
悲鳴が上がって、少し離れた場所から駆けてくる似た服装をした男達がいて、彼女の指はそいつらの方に向く。
「レトリ。あんたの相手はあっち。空高く吹き飛ばしてやんなさい」
「なんかクリフォトに命じられてるみたいでやだな」
渋々ではあるが、レトリが対応して、人外の速さで懐に入って、腹に一発。続けて横の男にも一発。
それだけで大の男が立て続けに沈み、まだいた最後の一人は完全に動きを止め、驚愕を浮かべており、ウルフが走ってきて、跳び蹴りで寝かしつけた。
「なんて良い気分♪ すっごい爽快感♪ 上から見下ろす気分ってこんな感じなのねぇ。病みつきになりそうだわぁ♥」
「悪趣味すぎる……。超悪女じゃん。ビーティどうしちゃったの?」
「大したことじゃないのよ。今までの仕返しをしたい気分になっただけで。そうよね、下手に出る必要なんてない。上から支配すればいい。力で屈服させちゃえばいいだけよ。フフ」
「レトリ。ビーティが怖いぞ」
「なんか色々溜まってたんだろうね。爆発したらわたしもこの世の全てを力で支配したくなるし」
「……、レトリも怖い。ゴル、助けてくれ」
首を噛まれて腰を抜かしていた男にビーティが詰め寄って、主の居所を聞き出す。
同刻、町一番のホテルの最上階、そのオーナールームで、ゴルは手渡された手紙を開く。
ゴルくんへ
『これを読んでるってことは、私はもう死んでるはずだけど、まだ生きてるのに不思議な気分。元気してる?
こんなことしか書けなくて、ごめん。何も思い浮かばなくて。
大丈夫? へこんでない? ウィルも泣いてへこんでるだろうけど、その時は、元気づけてあげてよ。
ゴルくんそういうの得意じゃん。得意でもないか。やっぱり浮かばないや。
駄目な姉でごめん。さようなら。先に天国に行ってる』
短く、実に姉らしい言葉で文が綴られ、瞑目することで泣くのを彼は堪える。
涙など、見せたくもない男の前だ。
遺書も畳んで元の状態に戻し、机に置いて前に滑らせ、返却もしておいた
「何の真似かな。それは君へのものだ」
「もう見ましたので」




