表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓標のラビリンス 天使ヵ悪魔ヵそれとも魔女ヵ  作者: らくだ けい
⭐︎五つ目のラビリンス編⭐︎
30/36

第30話 天使の羽と羽根

「ごはっ――、畜生。やっぱだめか……」

「そうじゃないでしょう。もっと見苦しく、死ぬのはイヤダ、ボクを助けてって、喚きなさいよ。それでやっと私の溜飲が」

「…………」

「あらもう死んだ。あなたのせいよ、レトリ。どうしてゴルくんを止めてあげなかったの。すぐ傍に居たのに、彼の手を掴んであげられなかったの」


 クリフォトの言葉は、レトリの心を深く抉る。膝から崩れ落ちた。

 嘲笑響いて、その大きく、ぽっかりと空いた心の穴に魔手が伸びる。


 クリフォトの片腕が、虚空へ突き込まれた。


 生身のように見えて、元より霊体。入り込むのは訳はない。場所すら問わない。

 分身を入れていた偽の核をまだ胸に飾ってあるのだから、干渉するのも容易だ。


「良い子ね、レトリ。とてつもない後悔に包まれ、苛まれてる。私があなたを手に入れる為にはこうするしなかったのよ。許して。そのせいでゴルくんが死んじゃったわけだけど。ハハ、もう正気じゃいられないわよね! だって、全部、あなたのせい! あなたがもっと早く私を受け入れていたら、ゴルくんは死ぬことなかったんですものね!」


 とどめの入る音を耳で捉えた。ガラスの割れるような音が繋がった先でした。

 もう完全に心が壊れ、無防備な状態だ。顔に生気もない。


 勝負ありねとほくそ笑み、侵入を強めていったところで、鋭い痛みを感じ、クリフォトは腕を引っ込める。


 白煙の上がる自らの指先を見て、顔色を変える。この力には、覚えがある。


 まさか、と驚愕を浮かべる彼女の前で、レトリが膝を立て、ゆらと立ちあがるや、烈火の怒りを示すような気炎を身から立ち昇らせ、強烈な圧迫感を出す。


 怒っている。それはわかる。しかしどうして怒ることができた。それがわからない。


 自らを責め、責め抜いて、心を壊した人間が、いくらなんでも立ち直りが早過ぎる。

 責任転嫁で逃れるにしたって、そんな暇はなかったはずだ。


 だから頭が混乱する。何が起きたかわからない。

 強い意思を持った両目が向く。射殺されるようで震えが起きた。声が上擦る。

 

「誰よ、なんで立ち上がれるのよ……」

「天使に会ってきたよ。私に言ったの。あの子の目を覚ましてあげて欲しいって。わたしはさ、嫌だって言ったの」

「――っ、介入かっ! どいつだ! まだ中にいる感覚はある。今の今まで眠っていた癖に、誰が急に起き出し、私を裏切った!」

「自分の胸に聞いてみたら。でも、すごく悲しい目をしてた。だから交換条件を出したの。あなたの目を覚ましたら、ゴルくんを救ってあげて欲しいって」


「どこまで私をこけにして……、死んでも尚! こんな姿になっても尚! まだ邪魔をして、私を弄んで……、ただじゃおかない。裏切者共々、灰に変えてくれる」


「怒ってるのはわたしも同じ。ぼっこぼこにして、その腐った性根、叩き直してあげる」


 ケルベロス、と鋭い声が飛ぶ。

 

「そんなカス放っておいて、早くこっちへ来なさい。目の前の要らないゴミを噛み殺せ。天使の入った器なんて、要らない。くたばれ」


 命令に応じてすっとんでくる。噛みつこうとした一瞬、レトリの背中から天使の羽が覗き、握りしめた拳が唸りを上げた。


「ごめんね。操られてただけなのに」


 顎下に入って、顔一つを砕き割り、そのまま上へぶっ飛ばす。天井に突き刺さって、めり込み、ゆらゆら揺れて、落ちてくる。既に息はない。


 その一発で絶命しており、核にはならず、屍を晒す。


「死者の国の王に言って、元に戻して貰うといいよ。不滅の魂を持ってるもんね」

「チッ、使えない駄犬。裏切者をあぶり出すこともできないなんて。まあいいわ。私が直々にやってあげる」


 黒いステッキがレトリに向く。魂焼き尽くす深淵の炎、と声が上がった瞬間、彼女も前へ。駆けた。


「お前なんか、もう全然怖くはないんだ!」


 全てを灰と帰す黒炎を身一つで突っ切り、拳を振りかぶる。

 驚愕の表情を浮かべるクリフォトの顔目掛け、それを放って、寸前でピタリと止めた。

 生じた爆風に晒された長い黒髪が後ろへなびき、戦いの終結を示すかのように静かに降りた。


「ぼっこぼこにするって言ったのは、うそ。口から出まかせ。約束したからね。目を覚まさせてあげる。天使の愛で――、さあ、みんな起きて」


 拳を開いて、クリフォトの胸に当て、彼女は授かった力を注ぎ込む。

 すると次の瞬間、白炎上がって、クリフォトの身を焼く。口から絶叫迸る。


「あああああああああああああああああああ」


 浄化の炎が邪を払う。まさにそんな光景であり、その身を溶かし尽くすと、核が残る。

 拾い上げ、見つめた。


「本当は殴ってやりたかったけど。これでゴルくんが、救われるなら」


 パキン、と胸の所で音がした。偽の核が壊れ落ちたのだ。

 彼の方を向き、天使の羽根が一枚、その身に落ちていくのを確認すると、身から力が抜けて倒れ込む。


 ――約束だ。この少年を救おう。


 その羽根には、そんな一文が刻まれており、光を放つ。

 ラビリンスが揺れた。崩壊が始まり、その場から身動き取れず、白と黒の一騎打ちを固唾を呑んで見守っていた二人が、正気に返って倒れた二人を見に行く。


「ウルフ! ゴル息してるわよ! 生きてる!」

「よ、よかった! オレ、もうなんかぐちゃぐちゃで、うれしくて」

「いいから手伝う! さっさとここから出ないと。嬉しい気持ちはわかるけど」


「ぐすっ、オレが、オレがみんなを担いでく! ビーティも背中に乗れ」

「乗れって、いや無理でしょ。私は走って」


「いいから。ビーティの足じゃ間に合うかわからない。オレがやらないと。守りたいから、魂の解放者になった」

「――わかった」


 狂う獣を見たくない。森を守る為に魂の解放者になった。その守りたいという気持ちを力に変え、ウルフは三人抱えて走り出す。

 既に体力はかなり消耗した状態だが、絶対死なせるもんかという一念で腕に力を込め足を動かし続け、汗だくになりながらひた走り、ダンジョンまで置かれた長い長い道のりもあと少し。


「あと少し、もう少しだから頑張んなさい! ハイヨー! ハイヨーって違くない? いけウルフー!」


 ぱしぱしと肩をはたかれつつ、ついに突破。

 地面に降りると同時に倒れ込み、彼は仰向きになって、ぜぇぜぇと息を上げる。


 上からは大きな光が降る。レベルアップの現象ではあるが、やり遂げたことを神が祝福してくれているようで、笑みも浮く。


「はぁ、はぁ――、間に合って、よかった。だめかとおもった」

「冷や冷やはさせられたけど、でもよくやったわ。今度ばかりは、私の所にも降ってくれてるか。レベルアップって、こんな気分なのね――」

「つめたくて、きもちいいな」

「そのまま寝たら死ぬわよ。いいか、寝てなさい。最後くらいは私がみんな運んであげる。一人いいとこなしだったわけだし。よい、せっ――、重!」


 傍の廃家に次々運び込む。とはいえここは極寒の地。ただ待つだけで骨だ。

 日が落ちる前に様子を見に来るとは聞いているが、分厚い瘴気は晴れる気配を見せず、今何時かも、いつになるかもわからない。


 同じ頃、狼達のリーダー、キーンスが告げを聞く。

 吠え始め、主人を呼びつけるや、ソリを引いて他の狼達と一斉に駆け出す。


「おぉ、なんという光景だ――――」 


 息を呑み、見上げる空の上では、薄明光線という自然現象が起き、ただ普通のものとは違って、大きな天使の輪が一緒に浮かび、周りには白い羽根が躍る。


 その現象の目撃者は彼だけではなく数えきれないほどおり、ほとんどの者が、こう理解した。

 悪魔の手から聖女が解放されたのだと。天使がそのことを伝え回っているのだと思う。


 いったいそれを成したのは、誰か。

 時を置かずに四人の名が広まり、信じられない速度で国中を駆けた。


 出所は不明。氷の大地に生きる者等がしたことか。いいや、彼らとてまだ半信半疑。

 ガームと共に戻ってきて、真相を知る。大きな騒ぎとなって、一晩中続くことになる。


 それは他の町でも。それから二日目の昼。

 新聞を持った男が、教会傍に立つ孤児院へ駆け込み扉を叩く。


「シスター! シスター!」

「いったいどうしたというのです。そんなに息を切らせてきて」

「これ、ここ! この名前、見て」


 指で示す見出しには、悪魔に囚われていた聖女が解放されたことが大きく載り、路地裏のダイヤモンドを超える逸材だの書かれた横に、とても見覚えのある名が。


 シスターはそれを見て、頭が理解するだけの間を置いて、卒倒する。

 彼女の故郷もその晩、お祭り騒ぎとなり、偉業を称えて町人達は喜び合う。


 遠い遠い所にある別の町では、不穏な影も落ちていたが。

 高級ホテルの一室、一覧に乗る四人の名の先頭、ゴルの名を男が指で弾く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ