第3話 ボスの種類とボス
「んんー」
「なんだよ。不服そうだな」
「ごめん。全然似合ってないと思って」
「お前、言って良いことと悪いことがあるだろ。まあ、お前のような女には、この名のかっこよさが理解できないか。強く逞しい響きだろうが」
「自分で言うんだ。変わった性格してるよね」
「お前にだけは言われたくない。お前にだけは」
「とにかくよろしくね、ゴルくん」
「その呼び方はやめろ。お前に言われると不愉快だ」
「なんで」
「なんでもだ。いちいち突っかかってくんな」
「ケチ」
「口の減らない奴だな。それよりお前も教えろ」
「何を、ああ、苗字? メープル。メープル孤児院の子はみんな」
「知らねぇよ。どこだよ。お前の使ってるモンスターのことだよ。さっきからわりと気になってんだ」
「ヴァンパイア」
「お前、さらっと嘘つくのな。誰が騙されんだよ」
「本当だって! ほらこれ見てよ」
口を動かす時に上の歯が下にカツカツ当たる感覚があり、気付いていた。犬歯の所に牙が生えている。
大きく口を開け見せてはいるが、反応は薄い。
「だけだろ。翼もなければ服も違う。そのステッキも自前の物じゃないんだろ。ヴァンパイアは、そんなの持ってないぞ」
「このヴァンパイアは女の子で、大人じゃないから」
「女の子だあ?」
大人じゃないから翼が生えていないのではと、そう言おうとしたのだが、背中に妙な感覚を覚え、怪訝な顔をする彼の前で、彼女は動かして見せる。
開いた。バサっとカラスの羽が後ろから覗く。
「あった! びっくりした!」
「びっくりしたのは俺の方だ。さっきまでなかったろ。なかったよな?」
「自信なさげじゃん。あったんだって。うわこれ凄いよ。自由に動く。今なら空を飛べそう。よし、飛ぶかっ!」
「待て。だとしてもコウモリの羽じゃない。なら特殊個体――」
「とくしゅこたい?」
「普通とは違う奴ってことだ。もう飛んでいい。というかもうどっか行ってこい。やっぱお前といると面倒だ」
レトリはニンマリ笑って、彼の後ろへ回り込んだ。抱きつく。
「寂しいこと言わないで。そら行くよ」
ばっさばっさと翼を振り、羽ばたき立つ。
そのまま高い所まで来ると、この場所がよく見渡せる。
広いなんてものではない。遠くの方は霞がかってわからないが、建物の中にいるという感じは一切ない。
風を感じる。どこから吹いているのか。
飛び回って探していると、思いのほか早く階段を見つけ、前に降り立つ。
「ほら、二人だと簡単に見つかった♪ ──ゴル、ゴラ、くん?」
さっきから随分大人しい。
もっとごちゃごちゃ言われるように思っていたが、不思議に思い、正面に回り込んで、少し俯けた顔を下から覗き込む。
「僕に寄るな!」
すると突き飛ばされて、驚く。
一体どうしたと言うのか。顔が真っ赤だ。
「わ、わかったか! このバカ女! 不潔だ!」
「もしかして、照れてた?」
「そんなわけあるか! 僕が」
「僕?」
「――ってない。言ってない!」
ぷいっと横を向かれ、おかしいおかしいとぶつぶつ言ったあと、彼はハっとした表情を向けてくる。
「噛みついたか」
「してないよ。やったら普通気付くじゃん」
「だが似たような能力を使ったな」
「使ってません。さっきから何言ってるのかわかんないんだけど……」
「そんなわけあるか。いや、無自覚に発動したか。何にせよもう僕に寄るな。お前は危険だ」
「素直にさ、照れて恥ずかしかったって言えばいいのに」
「お前は人の話を聞け。もういい。階段も見つかったんだ。帰っていいぞ」
「僕一人だと心配だから、ついてくよ」
「言った覚えはない!」
「さっきも言ってましたー。俺って言うより全然いいよ。合ってる」
「黙れ。ついてくるな」
いいか、絶対にだぞと釘も刺されたが、階段をのぼり始めた彼の隣へ。構わずついていく。
「たまたま進む方向が同じなんだよ」
「言ってろよ。犬が」
のぼりきると城の中を彷彿とさせるような華美な部屋に出て、真ん中の所に敷かれた赤いカーペットの先に、大きく重そうな鉄扉がある。
「あの奥にいるの、親玉かな。雰囲気漂ってる」
「魂の解放者の癖に。知らないのかよ」
「よく寝ちゃってて。なんで勉強ってあんな眠くなるんだろうね? 不思議だよね」
「バカ女」
「なら利口なゴルゴラくんは知ってるんだね。やっぱりゴルくんって呼ぶね」
「やめろ。当たり前だろ」
「教えて」
「嫌に決まってんだろ」
前に回り込み、両手をわきわきすると、話してくれる。
まず主がいることを肯定をして、付け加えてこう。
「ここはハズレだ。門番がいないからな」
「いるといいことあるわけだ。手強そうだしその分核も……、あああっ!」
「なんだよ。急に」
「核、拾ってない。あんなに倒したのに」
「二階の夢の住人共のことを言ってるのか? 一階は俺が駆逐したしな」
「わかんないけど、早く取りに戻ろう」
「見てなかったのか。どいつも落としてなかったろ」
「……、そうだっけ?」
「アホ女。無知過ぎなんだよ。あいつらはボスの見る夢の中の住人。モンスターじゃないから核は落とさない。そう言われてる」
「へぇー、じゃあじゃあ次は」
「おい、時間を取らせんな。俺はお前の先生じゃないんだぞ。ったく」
ぼやきつつも彼は色々と話してくれた。
どんなボスなのか。
その質問には、大きく分けて二種類おり、強いのと弱いのがいるということを。
そして前者であれば必ず門番がおり、先程口にしかけた思い違いも正される。
「稼げるからじゃないんだ?」
「それもあるにはあるが、重要なのは後ろに控えたボスの方で、弱いとレベルアップが起きないんだ」
「へぇー、れべるあっぷ」
「核に宿るモンスターから新たな力を授かることな。もういいだろ。早くいくぞ」
思いがけない言葉であり、彼女はただ、うん、と返事。並んで向かう。
「結構緊張するね」
「初めてなんだから、当然だろ」
「どうした。急に」
「あのな、お前に何言っても無駄だろ。邪魔だけはするなよ」
「どうしようかなあ?」
「おい」
「冗談♪」
「緊張解すのに俺を使うな」
「あはは、バレた? そうだよね……」
扉に近付けば、近付くほど、嫌でもその緊張は高まる。
傍まで来ると、ピークを迎え、無意識に胸の所を押さえつつ、視線を取っ手のありそうな箇所へ。ない。
どうやって開けるのか。そう思った次の瞬間、独りでに開いていく。
口も勝手に開いていき、視線も昇っていく。
空でも見上げるように。
奥に待ち構えていたのは、真っ黒な巨人。
大木を思わせるような巨剣を肩に担ぎ上げ、こちらを見るように首を傾けた。
――アアアアアアアアアアアアアアア
次の瞬間、突風放つ大声発し、まるで嵐でも吹いたようで、身を飛ばされそうになる。
「何、こいつ――」
踏ん張りつつ、耳を塞いでいたが、頭の中に直接響いてくるような不思議な感覚があり、収まると今度は地鳴りが立つ。動き出した。
「バカみたいな声上げやがって。巨人ってのは、実在したんだな」
「そんなこと言ってる場合!? くるよ!」
「わかってる。騒ぐな。どれ、お手並み拝見だ」
彼の左腕が持ち上がる。前に向けられ光って、シュワシュワっという奇妙な音と共に青い光線が二本、巨人の胸元へ向かって飛んでいき、命中。
効果は見受けられない。どしん、どしんとこちらへ向かってくる。