第28話 解放された力。放て黒炎
「だめだ、なにも考えられない。レトリを見てるとドキドキする」
「なんで? ウルフの中で何が起きたの?」
「ハッ、あれか。発動条件がやっと理解できた。抱きつくことか」
「無自覚に魅了の力でも使った? 私は接触があっても何もなかったことを考えると、ヴァンパイアの吸血と似た能力なんでしょうけど。話が脱線してる」
「正攻法じゃまず勝てない。かといって搦め手となると、同士討ちか。数が多いことを利用して、首を巻きつけ合わせて動きを封じるってのは」
「ゴル。へびが体を巻きつけ合うのはふつうのことだ。力いっぱい引っ張って、結ばないといみはない」
「立ち直り早いな。経験者は語るか。片方は何とかなるとして、もう片方が無理だな。レトリ、あの巨体をぶんぶん振り回せるか?」
「流石に無理と思う。やってみないとわかんないけど」
「重みを利用すればいけるんじゃない?」
「現実的ではないがな」
「わかってるわよ。大体言い出しっぺはあんたでしょ」
はぁ、とゴルとビーティの二人が揃って溜息を落としたその時、レトリの胸元から光が上がる。
ペンダントを握ると、吸い込まれるような感覚があり、思う。
「中に呼んでる。多分狙い通りになったって感じだと思うけど、どうする?」
「少し気になってることがあってな。お前それ、確か拾ったとか言ってたよな?」
「うん。それがどうかしたの?」
「どうもこうも、倒した奴がいるってことだろ。でなきゃ落とせない」
「まさか、ゴル。それをした相手」
「聖女の可能性が高い。というか以外は考えられないだろ。ボスなのは状況証拠から疑いようのない事実。恨みを持ってるかもな。いただろ、恨んでくるやつ」
「あの巨人のことだよね。忘れることなんかないよ」
「そこに賭けるってのは、アリだ。まあ話を聞くだけ聞いてこい。いやなら突っぱねればいい」
「わかった。腹決めていってくるね!」
「私はそれ違和感あるように思うんだけど。あいつの口振りからして自分からって感じが――」
ビーティの言葉は、目を閉じ意識を集中した彼女の耳に収まることなく抜けていき、ふと気配を感じ、目を開ける。あの女の子が前におり、闇の中にいた。
『取引をしない?』
『言うと思ってた。力を貸してくれる交換条件は何。会話はずっと聞いてたはずだよね』
『フッ、アハハハ、何真に受けてんのよ。好きなだけ力は貸してあげるわよ。思う存分振るいなさいな。聖女には恨みがあるの。これは本当』
『……、嘘っぽい』
『私はどっちでもいいんだけど。蛇に食われたいのなら好きにすれば』
『うぅ、わかったよ。力を貸して。ほんとに好きなだけ貸してくれるんだよね』
『本当よ。タダより安いものはない。じゃあ頑張って。応援してる。また会いましょう』
意識を吸い出されるような感覚があり、瞬きの一瞬で元の世界に舞い戻る。
今までにない大きな力が湧き上がるのを感じ、彼女は上に手を翳す。
「こい、黒いステッキ!」
手のひらに吸い付くように姿を現わし、握って、前に向けた。
「みんな下がって! 巻き添えくったら死んじゃうよ!」
「お、おお……、うまくいったか。なんて圧迫感だ。髪の毛逆立ってるじゃないか」
「なこと言ってる場合! 退避よ退避。すぐ退避」
「ゴル。いくぞ」
珍しくゴルがウルフに引きずられていき、ビーティも向かう。
頭に浮かぶ言葉を彼女はそのまま口にした。
「魂焼き尽くす、深淵の炎っ!」
ステッキの先端部にある黒い水晶から黒炎が放たれ、砂の上を走り、広がっていき、地を真っ黒に染め上げていって、そのまま怪物を丸呑みにする。
無数の大蛇の口から大地を揺るがすような断末魔の悲鳴が上がって、全てを灰と帰した。
皆、唖然。
それは魔法を打った彼女自信もそうであり、言葉を発するまでにしばしの時を要する。
その後無言で集まり、四人でただ、前に広がる惨状を見つめた。
「一発で倒しちゃった……、すごぉー」
「いやほんと、改めて見たけど凄まじい威力の魔法ね……」
「待て待て、冗談だろ。ふざけんてのか」
「ゴル。どうしたんだ? 怒ってるのか?」
「怒ってるんじゃなくて、クソほど驚いてるんだよ! ここまでのは想定外だぞ。俺はこんな、こんな魔法を放つ化け物と真正面から遣り合ったのか!?」
「私は何度も話したように思うけどー。ようやく理解できたようね。化け物さ具合が」
「ゴルくん全然信じてくれなかったもんね」
「いやお前、もういい。語彙力失いそうだ。こんな奴を聖女は倒したっていうのか? だめだ、頭が痛くなってきた。おかしいだろ」
「その言葉に全てが集約されてる感じね。全部がちっぽけに感じるほどの脅威がこの世にはいて、正確にはあの世だけど、自慢のボス核も今はそれを使ってるのが惨めに感じるくらい」
「でもこの力があったら、多分いける。いこっか」
「ああ、あとはボスだけだ。かましてやれ、お前の全力を」
強敵討ち倒しはしたが、勝利の余韻などはなく、気を引き締め直して、四人は足を進める。
どでかい障害物が消えたことで、ボス部屋への扉も見えており、傍までくれば、開く。
そこで目にしたのは、いつもと違う光景。
今までは城の一室を思わせるような景観だったが、今度のはまるで大聖堂。
アーチ状の柱が何本も連なり、奥には祭壇。上には美しい模様の大きなステンドグラスが張られ、神秘的な佇まいを見せてくる。
「すごく綺麗——。でもこれ、絶対聖女様だよね……」
「答え合わせしてくれてるようなもんだな」
「あー、いやだ。お腹痛くなってきた。ものすっごく帰りたい」
「ゴブリンがいくなって言ってる。でもオレいかなきゃ」
少し中へ踏み入れば、もう逃がさないとばかりに後ろで静かに扉が閉まり、前方の床にどこかで見たような魔法陣が浮く。
そこから姿を現わしたのは、瘴気に覆われたいつものボスとは違った。
青白い肌をした、長い黒髪の女の子。
「いらっしゃあい。こんなに早く会えるなんて驚きね、レトリ。ゴルくんも待ってたわよ」
直後に甲高い嘲笑響いて、真っ先に相手が誰か気付いたのは、彼女をおいて他にない。ついさっき会ったばかり。
顔に浮くのは、驚きなどという言葉では言い表せないほどの戦慄だ。
「なんで――、どうしているの」
その異変にゴルとビーティも気が付く。服装も瓜二つであれば名まで呼ばれた。
結果、想像したくもないことが頭の中で一本の線に繋がったのだ。
いやでもピンときてしまう。
「おい、よせよ、冗談だろ」
「悪い夢なら覚めて欲しいんだけど。だって、あてにしてたのよ! 私達!」
「みんなどうしたんだ? なにがおきてるんだ?」
「ウルフ。今目の前にいる子は」
「待て。俺が言った方が早い。いいかウルフ、レトリの力に頼ることができなくなった。その力を貸していた相手が、冗談みたく今目の前にいるんだ。どういうことかは、理解しなくていい。俺だってわからないんだ。ただ死力を尽くせ。他は考えるな。全員構えろ!」
その号令で全員戦闘態勢を取り、前で女の子がパチンと指を鳴らす。
するとレトリの服が元に戻る。
武器として向けていたステッキも奪われ、彼女は呆然。
「可愛いレトリ。あなたの役目はもう終わったの。眠る準備だけしていればいいわ」
「そんな、これじゃわたし……」
「ウルフ! 何か武器を渡してやれ! こいつは素の力でも戦える。お前もまだ諦めるな!」
「ゴルくん……、うん!」
マントを広げ、どれがいい、と二人で悠長なことをやっていたが、女の子も仕掛けてくるような気配を見せず、ただ準備が整うのを悦な表情で待ち、一言口にする。滑稽、と。
「フフ、アハハ、笑う気はなかったの。でもそんな玩具を並べて、どうするつもりなのかって想像したら、可笑しくて」
「圧倒的強者の余裕か。だがお前は、さっきの怪物みたく大きくもなければ、強靭な鱗も持ち合わせてはいない」
「何が言いたいのか理解不能ではあるんだけど、下僕ならまだ出せるわよ。来なさい。可愛い番犬ケルベロス」
女の子がそう言うと、横に黒い魔法陣が浮かび、そこから三つ首の大犬が姿を現わす。
「バカ、ゴル。余計なこと言うから状況悪化したじゃない」
「落ち着け。冥府の入り口の守護者を呼び出したりして、死者の国の王に怒られたりはしないのか。俺は知らないぞ」
「ゴルくんはここがどこだかお忘れ? その死者の国よ」
「チッ、問題ないというわけか。他の化け物も呼べ出せたりするのか」
「バカ、ゴル! あんたもう口閉じてなさいよ!」
「ご期待に沿えなくて悪いけど、これだけしか飼ってないの。安心した?」
「多少はな。そいつを無視して、お前を倒せばいいだけだ」
レトリも既に武器を選び終わり、彼は先制攻撃の一射を放つ。
レーザーは確かに女の子の眉間へ飛んでいったが、手前で弾け飛ぶ。
「その程度の魔導兵器が通用するとでも思った。私に傷を負わせたいのなら、あの時みたく、頭突きでもしてみたら。今度は返り討ちにしてあげるから」
ケルベロスの名を呼んで、女の子は彼にとび掛からせる。
横っとびで噛みつきを躱すと同時に距離を取り、その直後に彼は、ビーティに目でサインを送った。
予め示し合わせたものではないが、彼女は正確にそれを読み解き、心を落ち着かす深呼吸を挟む。
「引き付けている間に、大将首を取れって感じね。了解」
皆の目がケルベロスとの戦いに向いている間に騎兵を女の子の側面に密かに回り込ませ、両腕をクロスした。稲妻が地を駆ける。
「雷光の一突き!」