第25話 荘厳たる漆黒
「これは、無理そうだねぇ……。こっちは大して降ってないのに、少し向こうは大雪だなんて。稀にあることではあるんだ。もう少しゆっくりしていけってことなんじゃないかな」
ガームにそう軽い感じに言われたが、明くる日空は、更なる異常性を覗かせてくる。
上を覆う雲が割れ、晴れの場所と、猛吹雪の場所がくっきりと分かれた。村の上は晴れだ。
そしてその晴天の道は、一方向へと伸びる。
先には何がある。
もう察しがついており、ゴルとビーティの両名は、現実逃避をした顔で見上げる。
「不思議なこともあるものねー」
「町のある方角に割れてくれたらよかったんだがな。自然というのはままならないものだ。いやぁ、参ったな。なんだこのふしぎげんしょうはー」
「こんなこと初めてだって、ガームさん言ってたよね」
「オレ、なんかこっちへこいって、呼ばれてるような気がするな」
「やめなさいよ」
「なるべく考えないようにしてたんだよ。最悪の事態を想定しなきゃいけなくなる」
「わたしちょっとロッテさんに確認してくる!」
傍で同じように空を見上げており、行って話を聞いたら、間違いなく空が割れている方角には、ラビリンスがあるそうで、やっぱりだ、来るよう言ってるんだと彼女が思ったその直後、狼達のけたたましい鳴き声が響いてきて、ウルフが横を抜けていく。
「ウルフーっ! 何かあったのー!」
「オオカミたちが危険を知らせてるんだ! 助けにいく!」
共に現場へ向かえば、雪のような毛を纏った大熊が暴れており、大人達が取り囲んで銃を何発も撃ち込んで仕留めていたが、怪我人も出た。
「一斉に撃ち込んでいたのに、怯むことなく死の間際まで向かってくるだなんて……」
「子供を守ろうとしていたわけでもない。普通じゃ考えられないことだよ」
動揺を見せるガームのもとまで、あとからやってきたロッテが行き、そう話す。
そして何か思うように目を伏せた。
「これは警告なのかもしれないね」
「警告?」
「あたし達への、そしてこの子達への」
すっと動いた視線が向かった先は、傍で様子を見ていたレトリであり、決意を宿らせた瞳で二人を見つめ返した。
「あの、わたし達行きます」
「ロッテさん! 気にすることはないよ。不思議なこともあるってだけで」
「いいんです。わたしは魂の解放者で、それが使命なんです。みんなも説得しますから!」
言うや否や、狼達に労いの言葉を掛けていたウルフも引っ張っていき、二人の所まで戻る。
そこで今聞いたことを話せば、諦めの色が揃って二人の顔には覗く。
「まあそうなるか。知ってたがな」
「ええ、知ってたわよ。こうなるって。絶対私達を狙ってるって、空見た瞬間わかってた」
「ふたりともすごいんだな。オレはなんとなくだったのに」
「あんたはね。直感で生きてる生き物だから」
「わたし達が行かなきゃ、次は何されるかわからないし」
「間違いなくもっと酷いことにはなるだろうな。あからさまな警告までしてくれたんだ。気のせいだと言って、笑いとばす気も起きない。行くのを拒んだって結局は追い立てられるだろう。俺なら、いや誰だってそうする」
「天候まで変えてしまうことができるって聞いてたのに、頭になかったわね。今やるだなんて、思ってもみなかった。この雪の大地に足を踏み入れた瞬間から、マークされてたのかも。その理由だけは是非とも教えて貰いたいところだけど」
「久しぶりの獲物だからとかじゃないか? 言ってて嫌になるな」
「もしかしてほんとに私目当て? だとしたらこれは天の意思? ちょっと叫んでもいい?」
バカアアアアア、とビーティの声がこだまする。
「ふぅ、少しすっとしたわ」
「ビーティ、いけばわかると思う。ゴブリンもいけと言ってる」
「あんたの台詞は、よくわからない、でしょ。真面目なこと言うのはよしなさい」
「わかった。よくわからない」
「はぁ」
四人でガームの所へ行き、渋る彼をロッテを交えて説得し、出発。
これではまるで贄だと、絞り出すように言う彼の姿は印象的であり、骨も折れたが、最終的には折れてくれた。
「ガームさん。大丈夫ですよ。必ず戻ってきますから。ゴルくんも曖昧な感じでしたけど、ガーベくんもきっと」
「ありがとう。しかし情けない。大人が子供に気を使わせてしまうとは。どうして神は、こんな過酷な役目を子供にだけ押し付けるのか。会いに行って直接文句を言ってやりたいところだ。神にも悪魔の手先になった聖女にも。ふざけるなと」
「なんでなのかな……」
「聖女が堕ちた理由? 人間だもの。命惜しさにってのはよくある話よ。死んでから魂売り飛ばしたって方が正しいのかもしれないけど、今からその真相を暴きにいかないとならない。仮に勝てても吹聴できるものでもないし、いやそこはやりようか? 最悪消されかねない?」
「ビーティ、すごく考え込んでるな」
「わたし達よりずっと頭が良いから。先の先まで見えて色々考え込んでるんだろうね」
「レトリもオレより頭いいと思う」
「案外同じくらいかも。わたしも頭は良くないから」
「気にするな。俺も何言ってるのかよくわからん」
「あんたはわかるでしょーが」
「さてな。墓荒らしをして褒められるなんてことはない、それが普通だとは思うがな」
「理解してるんじゃない。葬られた闇に手を突っ込んで、日の当たる場所まで掘り返すなんて、レベルアップ以外の見返りは厳しそうよ。求めるまでの道のりがね」
「やりようしだいだろ。お前が言っていたようにな」
「難しい話をしだして驚かされたけど、君達の行いは、村を救おうと立ち上がった四人の小さな英雄達の話は、永遠に語り継がれることにはなるだろう。いずれ広まっていくさ、村から外へ。そして世界の果てまで」
「死んだら氷の彫像でも村に立たせて貰えるんですかね」
「勝ってきて欲しい。勝って帰ってきた君達の誇りある姿を、皆で氷に刻みたい」
「それは楽しみですね。期待しています。いや、期待していてください。俺達は必ず勝つ。こんなところで死ねないんだ」
絶対勝つよ、とレトリの声が上がり、まばらな感じに、おー、と上がって、締まらないものにはなったが、大なり小なり各々やる気を見せ、しばらく進むと見えてくる。
大きい。ラビリンスを包む黒い瘴気は、煙状ではなく、塗り固められたようになっており、巨大な丸い球を作って、まるで暗黒の月か太陽でも雪の地面からせり上がってくるような荘厳たる姿で待ち構え、四人を畏怖させた。
「見えているようだね。顔を見ればわかるよ。オオカミ達にも見えているようだから、傍まで行こう」
ほどなく止まり、到着。
しばしその場で呆然となり、眼前の光景を見つめていた四人であったが、送ってくれたガームと狼達に礼を言い、見送った。
「しかしこれはあれだな。何も起きず順調に進んでここまで着いていたとしても、見たら即効引き返していたな。いくらなんでもデカすぎんだろ……」
「無理無理無理。絶対入りたくない。やばいってもんじゃないでしょ、これぇ」
「逃げ場なんかないじゃん。入るしかないよ」
「……、オレは入るぞ。狂わされた獣を見たくない」
そう言うやウルフが先に一人で行ってしまい、レトリが二人の手を取って、引っ張る。
「ほらいくよ!」
「待て待て! 心の準備を――」
「深呼吸くらい、ああ!」
瘴気の中に入った。
喉に張り付いてくるような濃い塊を吸い込んで、盛大に咽つつ、抜け、内で目にしたのは廃墟の町。雪に覆われ、凍りつき、物悲しい雰囲気漂う。
「息止めとくんだった。おぇー」
「もう最悪な気分だな」
「病気になりそうよね。魂の解放者じゃない人間がこれを吸ったら、即あの世逝きなんじゃない」
様子を伺っていたウルフが、振り返って言う。
「耳で聞いていたが、何かいるような感じはないぞ」
「モンスターがいないってこと?」
「この大きさだ。どこかに隠れているかもしれない。警戒を怠るな。ビーティ」
「出てこい。ドールマスター!」
変身するや彼女は糸を手繰って騎兵を出す。前に置いた。
「戦力としては常に傍に置いておきたいが、目立つな」
「小さいのも出せるわよ。一人前なのは数だけだけど」
「真っ直ぐ向かえば、一番の近道ではあるが――」
入った場所がよく、ラビリンスは既に見えており、そこまで伸びる前の大きな通りを進んでいくだけで着くはずだ。
「正気の沙汰じゃないと思うけど。見つけてくれって言いながら向かうようなものっていうか」
「だよな。どうぞ襲ってくださいって感じだよな。かと言って詳しくもない人間が裏道を使えば、迷うは必定。そこで襲われたらもっと面倒なことにもなりかねない。どうするか、全員の意見を聞きたい。命を預かる者として、それを聞いて最良の道を選びたいと思う」
「ゴル。あんた変わった?」
「今はそんなこと言ってる時じゃないだろ。ほら早く言えよ。お前らもだ。馬鹿にしたりするつもりもない」
「え、うーん」
「まっすぐは、だめなんだよな?」
「あ、そうだ! わたしが上から見て案内するとか」