第23話 縁の下の力持ちの密かなる活躍
「絶対町を見つけて戻ってくるから!」
「暗くなる前には戻る」
新雪深く、まともに歩けるような道ではないというのに、二人はざくざく進んでいって、あっという間に姿が見えなくなる。
「もういいか。悪い、少し横になってる」
さっき起きたばかりであり、ビーティはその行動を疑問に思い、彼の額に手を持っていき、触ってみれば、熱い。
「熱出てる――、あれか」
「何を想像したかは知らないが、寒さのせいだ。気にするな」
「私に服を被せて脱いでたからでしょーが! あんたはあの二人と違って普通なんだから、無理するからよ」
「確かに無理をした。なんでだろうな。少し前までの俺はこうじゃなかった気がする」
「それは気のせい。無理するタイプでしかなかった。自覚なしでしてた?」
「自分のためにだ。誰かのためじゃない。もっと俺の心は凍てついて、他人なんかどうでもよくて、自分以外を信じられなくて――、なんなんだろうな」
「信頼してくれてるってことかしら」
「自分でもよくわからない。わからないぞ、ビーティ」
「何ウルフの真似してんのよ」
「はは、似てなかったか」
心配には思うが、ただじっとしているのも暇で、彼女はそこからかまくらの改装に着手する。
見るからに寒い開きっぱなしの口の所が主だ。
時間をかけてぎりぎりまで狭くしていき、ついでに前に小さな塀なんか作ったり、雪ダルマ軍団を並べたりして密集した感じを出したりもすれば、気持ち温かく感じる。
「迷路にした方がよかったかも。そうしたら寒い空気は迷って入ってこられなくなるし、中の空気も迷って、って何バカなこと考えてんだか」
「……、ハァ、ハ」
「――? ゴル!」
見るからに苦しそうで、傍に駆け寄り、額に触れたら更に熱が上がっている感じがあり、彼女は雪を掬いに行き、それを彼の額に乗せた。
すると身を抱え、震え始めた。頭の中が真っ白に染まる。
「これ実は悪手なんじゃ――、なら温めたら、でも熱って言ったら普通冷ますでしょ! わかるわけない、私医者じゃないのよ!」
「姉、さん――――」
意識が朦朧としているのがわかり、そう言って伸ばす彼の手を、彼女は取りにいく。
胸に置いた。
「こんなことしかしてあげられない、か。 私の役目でもないと思うし、早く帰ってきなさいよ。でないとゴル、いなくなっちゃうわよ」
同じ頃、外に出た二人は手を振っていた。沢山の狼に引かれたソリが傍まで来る。
「なんで子供がこんな所に」
「すいません! わたし達道に迷ったんです! それで助けを呼びに来て、二人まだ雪の家にいて」
「すぐ行こう。乗りなさい」
「ありがとう。オレたちの足跡を追えばつく」
二人同時に男の後ろにとび乗ると、すぐに出してくれた。足跡をたどって駆け戻る。大した時間も掛からずに到着。
「ここだね。こんなに雪だるまを作れる元気があるなら大丈夫そうだ」
「はい、すぐ呼んできます!」
「でも通れないぞ?」
「飛び越えていこ」
邪魔な雪だるま軍団を跳び越え、二人はかまくらの中へ。
「戻ったよ!」
「助けを呼んできたぞ。ふたりとも無事か」
「――ゴルが。ちょっとまずい」
外で屈みこみ、中の様子を窺っていた男に事情を話し、入り口の所をぶっ壊して広く開け、ビーティに一声掛けて、雪ダルマ軍団も破壊し、彼を運び出す。
ソリに乗せ、三人も上にとび乗った。狼も一匹乗ってくる。
「キーンスは賢い子だから、怖がることはない。その子を温める必要があると思ったのだろう。さあしっかり掴まって。振り落とされないように」
綱がしなって、駆け始める。
安堵感から三人の表情は和らぎ、どっと疲れがきて次の瞬間には、各々疲れた顔を見せ、溜息を落としたり、へたり込むように力を抜く。
「はぁー。一時はどうなることかと思ったけど」
「オレもびっくりした。今度はゴルかって」
「わたし達みんな雪を舐めてたね。冬になったら積もれ積もれと思ってたけど」
「凌げる場所があることの有難みっていうのを知ったわよね。そう考えるとそれのある所に生まれた私も多少は恵まれていたのかもしれないけど、でも疲れたわ。ああ、キーンス。私を癒して♡」
「ワオゥ」
「そう言ってくれるのね。なんて優しい子♪」
「ビーティ、今キーンスは嫌がったんだぞ。気持ち悪いって」
なんで、と彼女がショックを受け、半泣きになっている間もソリは順調に進み、ほどなく、沢山の天幕が立ち並ぶ村に着く。
一つに案内され、中に入れば暑いと感じるくらいで、そこにいた女に火の傍へ来るよう促され、座る。
多少、驚いている感じはあったが、訳も聞いてこず、彼をベッドに寝かしつけた男と軽い会話を交わしたあと、熱いお茶を振る舞ってくれた。
「ご厚意痛み入りますわ」
「ありがとうございます!」
「ありがとう、ゴザイマス。ゴザイマスってなんだ?」
「主に目上の人にありがとうって感謝を伝える時に足す言葉よ」
「めうえ……」
「とりあえずありがとうございますって言っておきなさい」
「ありがとう、ございます!」
「ふふ、寒かったでしょう。お腹は空いてない?」
「すいてる! オレすごくすいてる! しょっぱくて持ってきた食べ物はあまり食べられなかったんだ」
「もう、ウルフ」
「このアホオオカミは野生育ちで遠慮という言葉を知りませんの。ご迷惑おかけしますわ」
「いいのよ。そんなに構えた感じにしなくたって。なんだか急に賑やかになって、あの子が戻ってきたみたいだわ」
笑いながら向こうへいき、調理台からし始めたトントンと食材を切る音に耳を傾けながら、静かに茶を飲んで待っていると、男が戻ってくる。痩せた老婆と一緒にだ。
その老婆が彼を診に行き、薬を男に手渡した。
「熱があるだけみたいだから、これで下げておけばすぐに動けるようになるはずだよ」
「良かった。大したことがなさそうで」
「見つけるのが早かったからだろうね。一晩経ってりゃどうなっていたか。九死に一生ってやつだよ」
「キーンスが途中で道を変えたんです。鬼気迫るように走り出して」
「雪の神に導かれたのかもしれないねぇ」
「ええ、この子を死なせまいとキーンスに語り掛けたのでしょう。私にはそう思えてならない。本当に運の良い子だ」
そんな会話がされている横で、小さな声で、こんな会話が。
「ウルフの遠吠えが聞こえたみたいだね」
「昔バッシームに聞いたんだ。雪の国にもオオカミはいるって。呼んでみてよかった」
「あんたはほんと縁の下の力持ちね。良いパーティメンバーが揃ったもんだわ」
「えんのしたの、ちからもち?」
「これを見なさい。あんたは手、私達はカップ。手がないとカップは下に落ちて割れちゃうでしょ。でも手があると私達は美味しいお茶を飲める」
「……、うまい」
「そういうことよ。自分で言ってて意味不明な気もするけど。温かいわね」
「うん。今は気持ちまであったかいね。さっきまでは冷えて震えて、怖さに押し潰されそうになってたけど、よかった」
すっと老婆が前にくる。座り、唐突にこう切り出された。
「お前達あの悍ましきラビリンスを目指してここまで来たんだろう。全員核のついたペンダントを首に下げてるって、ガームから聞いたよ」
「はい。そうなんですけど、雪を舐めてて、まずビーティが倒れて」
要領を得ない話し方ではあったが、レトリが経緯を一から説明していると、ガームという名前であった男も来て、尋ねてくる。
「そのことを話してくれたのは、男の子だったかい?」
子都での事だ。彼女は頷いて見せる。