第21話 支度に準備。次の旅へ
「なんかさっきから香水の匂いがしてて。わかる?」
「それからか?」
手のひらに乗せ、差し出したペンダントに顔を近付けてきて、彼は鼻をすんすん動かす。
「確かにするな。初めてのことか?」
「うん。さっきまでのわたし、なんかおかしかった気がして」
「あいつらも妙な感じだったな。俺も少なからず気が逸っている気もするが、ワイズマンを一方的に倒すような奴だ。底知れない力を持っているとしたら、警戒しておいて損はない、か。でも流石に今は大したこともできないんじゃないか。核に封じられた状態だ」
「だといいけど」
「嫌な感じでもするのか?」
「ううん、逆。凄く前向きになってるというか、なんでもできそうな気がしてるというか、それが逆に気持ち悪くて。そんなにわたし前向きじゃないよって」
「お前はいつも前向きだろ。お前以上に前向きな奴なんて――、いるか」
「いるんだ」
「いただ」
「どういう意味?」
「忘れたな」
頭に手を置いて寝始めた彼に習い、仰向けとなり、彼女は空を見つめる。
良い天気で、ふぁ、と欠伸が出た。眠りに落ちる。
目を覚ますと、彼の顔が傍にあり、漫然と眺めていたら、
「何二人でえっちなことしてるのよ」
ビーティの声が聞こえ、跳ね起きる。ウルフも横におり、寝姿を覗かれていたようだ。
「なんだ。騒がしい」
「レトリがあなたの唇を奪おうとしてたのよ♪」
「はあ?」
身を起こす彼の前でバタバタ両手を振って、彼女は声を上げた。
「してないしてない! もうビーティ!」
懲らしめに行き、くすぐりの刑を与え、そのあと件のラビリンスへ行くかどうかの話となる。
「頭もシャッキリして結論は出たわ。いく。早いとこパトロンが欲しいのよね。それもなるべく力のある」
「豪勢な暮らしを送りたいがためか? 現実はそうでも」
「違うわよ。それもあるにはあるけども。私たち追われる身なのよ。おわかり?」
「忘れてた。手出しされないようにするためか」
「そういうこと。力のある人間の庇護下に置かれたなら、もう追っ手も何もできない。晴れて自由の身ってわけ♪」
「なら決まりだな」
「普段なら怒ってるとこと思うわよ。そんなに?」
「何がだ」
「お姉さん連れ戻したいのかって」
「……、当たり前だろ。笑いたきゃ笑え」
「笑うわけないでしょ。でもそれなら回り道せず行ってもいいんじゃない?」
「行けたらな。実績考えてもみろ。最難関だぞ。国に名を轟かすほどの名声が要るんだ。でないと挑戦権すら与えられない。砂漠の民の協力を得ないといけないそうでな。生半可な奴はお断りだそうだ」
「今回のはそれにうってつけってわけ。半分死ににいくようなものだけど、賛成しておいてなんだけど」
「何とかするしかないだろ」
「みんなしっかりして!」
「なんだ、急に」
「ほら、さっき話してたじゃん。寝ちゃう前だからさっきってほどでもないけど」
「ああ、お前の核にいる奴が悪さしてるかもって――、待てよ、読めてきたぞ。窮地に追い込んでという寸法か」
「何を二人で話してたの?」
「実はな」
ここで話したことを伝えれば、ビーティも熟考を思わせるしわを眉間に刻む。
「なるほど。寝不足からくるものと思い込んでいたけど、急に頭が回らなくなったのはそのせいかもってこと」
「ビーティ、わかんないぞ」
「わかんないなら黙ってなさい」
「危険な賭けにはなるが、逆手にとることもできるかもしれない。お前はどう思う」
「言いたいことは理解できるわ。盤上をひっくり返す一手として使えるかも、そう言いたのよね?」
「ああ。毒を以て毒を制すというやつだ。勝ちの目がゼロになるという可能性を排除できる。俺の目にはそこまでの奴には映らなかったが、化け物だったんだろ?」
「レトリが内から止めてたからでしょーが。というわけでレトリ、もしもの時は任せたわよ」
「乗っ取らせてうまいことボスを倒して交代しろ」
「そんな無茶苦茶――、それにこの会話だってきっと聞いてるよ! 無謀!」
「もしもの時はって、私言ったでしょ。それにあなたの身に危険が及べば、あいつは絶対に手を貸す。乗っ取ろうとする体が粉にでもなったら目も当てられないじゃない。そこに交渉の余地がある。そうは考えられない?」
「つまりはお前しだいというわけだ」
「うぅ、責任重大すぎる……」
「レトリ。がんばれ!」
「ウルフも他人事すぎるよー」
軽い笑いが起き、空腹感もあってメシにという話にもなり、良い店探して、四人で通りへ繰り出す。
至る所から視線を向けられ、声もよく掛けられる。あれに参加していなかった者達にもだ。
行く勇気は出ずとも、大勢が町の中から動向を見守っており、おかげかあのあと町へ戻る際は、勇姿を称える声援飛び交う、凱旋パレードのような華々しい道を通ることにもなった。
「すっかり私達人気者ね」
「オレ、嬉しい! ニンゲンの世界でうまくやっていけるか心配だった」
「あんたもそんなこと考えるのねー。意外」
「今回は何もしてないから、わたしたちは肩身が狭い感じもするね?」
「おい、お前ら。声掛けられついでにどっちでもいいから、どの店がいいか聞いてくれ」
尋ねれば案内して貰え、表に準備中の札があったが、ノックをすれば笑顔で迎え入れてくれ、金も要らないと言われる。
「町を救ってくれた英雄からは取れねぇよ。俺も参加してたんだが、正直助かったって気分で、情けない話今も手が震えてるんだ。鍋は落とさないから安心しろ」
山ほど盛った料理を提供され、ご相伴に預かる。
「見た目はともかく味はいいわね」
「うまい! すごくうまいぞ!」
「へへ、だろ。こっちの方が才能あるんじゃないかって。あんたらは俺らとは違うようだし、何かいるものとかあるなら他の店にも寄ってけよ。安くしてもらえたりするんじゃないか」
会話の流れでここで聞いたラビリンスの話をすると、そこのことは知らないが、冬着がいるのではと言われ、服屋の場所を教えて貰う。食後に向かう。
「バカから巻き上げた金があるからな。有効活用させて貰うとするか」
「二人でカツアゲでもしてたの? デート対決なんて言ってた癖に」
「違いますー。仕方なく巻き上げたんですー」
「お金とはしかたなくうばいとるものなのか?」
「ウルフ理解できたんだ」
「急に知能指数上げてきてるのよ。頭を殴られて妙な所にでも線が繋がったかしら」
到着と同時にゴルの口から出た、「俺のおごりだ、好きに買え」の言葉で、三人は一斉に静止。揃いも揃って驚きの表情を向けた。
「あんたそんなこと言う性格してた?」
「ゴルくんいいの? 悪いよ」
「よくわからないがみんなに合わせた」
「さっき言っただろ。有効活用させて貰うって。嫌ならいいんだが」
「言うわけないでしょーが。レトリ、いくわよ。この店で一番高い服はどれかしら♪」
「ビーティ! それは調子に乗り過ぎだって!」
「オレ、何したらいいんだ?」
「お前の服は俺が決めてやる。こい」
冬用の厚着もまだ置いてあり、買い込んで、荷物も大分増えてきたので、荷車が置いてある店はどこか中で尋ね、そちらも入手した。
あとは食料や水、地図まで揃えて準備は万端。宿へ戻って一晩明かす。
朝、出発。天気は晴れ。
爽やかな空気を肺いっぱいに吸い込んで、荷車の取っ手を掴んだレトリとウルフが駆け始めた。ゴルとビーティは荷物と一緒に上だ。
また来いよー。頑張れよー。と、大勢の声が飛んでくる。
町の英雄の出発の際には、大勢の者が駆けつけ、そんな声を飛ばしてくる。
皆で手を振り返して、北を目指す。
入手した地図は思う以上に物が良く、よく描けており、迷うことなく北上。
二人の類い稀な健脚も合わさって、荒れ野だろうとお構いなしにぐんぐん進んで、気付けば寒風吹きつける北の大地。雪原の上に足を乗せる。
「すっごい、ふかふか! こんなに雪が降り積もってるの初めて見た!」
「オレもだ! 楽しいな!」




