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墓標のラビリンス 天使ヵ悪魔ヵそれとも魔女ヵ  作者: らくだ けい
⭐︎一つ目のラビリンス編⭐︎

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第2話 すごくきれいな服と、怒りで吹く竜巻

 光が視界を覆う。次の瞬間、悪寒が走った。


「何、今の」


 内から女の子の笑い声がした。蠱惑的で、おぞましい響きがあり、良い子ね、とも言っていた。


 ヴァンパイアのものとは思う。


 そちらに意識が向いている間に服装が変わっており、彼女はうわと驚く。


「綺麗な服。わたしはこんな風になるんだ……」


 おかげで変身するところを見てはいなかった。

 そのことを残念に思いつつも、気分はすぐ上を向いてくる。


「可愛いー、ひらひら♪」


 裾を摘まんで振ってみて、高そうな艶のある丸靴になった足履きで階段を駆け上がり、上でくるりと一回転。


「なんか良い匂いもするー。香水?」


 一緒に舞わせたドレスからは、甘い香りが立ち上る。

 つけたことのない代物だが、これはきっとそうに違いない。ついでにこうも思う。


「なんかもういつもの服には戻れないかも。だってさぁ」


 普段着ているのは、誰かのおさがりの使い古されたボロ着。

 というのはいささか言い過ぎかもしれないが、かなりのお古には違いない。


 今は新品のように張りのあるドレスで、フリルまで付いた凝った逸品。

 黒に染まって、ミステリアス。


 腕を覆うレースの手袋もその雰囲気に一役買い、気分は黒城の黒姫か。

 いいや、世闇に生きる吸血鬼姫と言ったところか。


 悦に入り、浸りきる前に押し寄せてきた現実感に引き戻されて、大きなため息が口から落ちた。


「はぁー、まあ無理だよね。ヴァンパイアの服だもんね。ぽくないけど。女の子だったし、恐ろしい怪物伯爵(ドラキュラ)の娘だったり?」


 ヴァンパイアと聞いて頭に浮いていたのは、夜な夜な美女の血を啜りにいったという超有名な吸血鬼。

 大人の男性であったが、女の子であって困ることなど何一つなく、さして気になることでもなく、いざ中へ。


「へぇー、こんな感じなんだ」


 緩い曲線を描く通路が前に伸びる。

 物は壁に規則的にかけられた松明だけで、明るいのは良いが、身を隠せる場所がなさそうなのが、少しだけ不安を煽る。両手を前に翳した。


「こい、赤いステッキ」


 手に吸いつくように現れた、頭の部分に赤水晶のついたそれを握りしめ、いよいよ攻略開始。

 しかし進めど進めど、何も出てこず、疑問に思う。


 モンスターは何処か。


 ぐるぐるぐるぐる円を描くように回らされているような感覚だけがあり、ずっと同じ景色。一切の変化がない。

 緊張の糸もしだいにほどけていき、退屈にもなってくる。ふと頭に浮いた。


「あの子が全部倒しちゃったのかな?」


 これはいくら何でも変。絶対そうに違いないと思う。

 ラビリンスはモンスターの巣窟。

 倒して穢れを払い落とし、核に変えればお金にもなる。


「いいけどさ」


 しかし一番の目的は、親玉を倒すことだ。

 稼げないのは痛いが、一度邪念を捨て去り、突き進む。


 心は無。何も考えない。


 結局、最後までモンスターとは会えずじまい。通路の終わりに着く。

 前には上りの階段。今度こそはと駆け上がる。


「なんで、ここラビリンスの中だよね? 不思議」


 足の下には地面。上には青空。荒涼とした大地に、砂塵が舞う。

 カキン、キンと、剣戟を交えるような音が響いてきて、怒号のような声まで飛んでくる。


 戦争でもしているのか。危機感はない。見たこともないから。


 怪訝な顔して様子を窺っていると、前を覆う砂塵が薄れて視界が通るようになり、剣や槍を構え、ぶつかり合う彼らの姿が映る。と、同時、彼女は目を剥いて息を呑んだ。


 人だと思っていた。なのに全員人の形をしているだけで、全部が真っ黒。手にしている様々な武器までも。


 黒い人形達が、人のフリをして争いあっているようで、まず気持ち悪さが先にくる。次に恐怖を感じた。


「もんす、たー?」


 言ったら絵本に出てくる人を攫い食べてしまうような怪物。

 そんな風に教わっていたが、これはまったくの別物。対処の仕方が浮いてこない。


 そもそもだ、夥しいほどいる。まさかこれを全部倒して先に行けとでも言うのか。


(ど、どうしよう……)


 困惑し、焦り、半ばパニックに陥っていると、アァ、と薄気味悪い声が傍でした。

 思わずそちらへ顔を向ければ、いた。


「アァアア、アァアアアアアア!!」


 はぐれたような一体ではあったが、彼女は凍り付く。人形が大きく開けた口からあげる絶叫もおぞましく、身が竦んだ。


 悲鳴をあげるということすら、その時は、忘れていた。


 剣を振りかざしながら、襲い掛かってきて、ただ頭に死が浮かんで茫然と、頭の上に振り下ろされる凶刃を見ていると、光る青い線みたいなものが一瞬目の前を横切り、人形が横を抜けて倒れこむ。直後、身を溶かして消えていった。


 シュィーンと覚えのある音を同時に耳にし、聞こえた方角に目を凝らせば、あの少年が映る。

 こちらへ駆けてくるなり怒声を浴びせかけられた。


「お前何ぼさっとしてんだ! 死にたいのか!」

「──ご、ごめん。その、ありがとう」


「チッ、臆病なくせに来んなよ。無駄な手間取らせやがって。邪魔だけしにきてるならもうすっこんでろ。目障りなんだよ、お前」


「そ、そこまで言わなくても、いいじゃん」

「あ? 何か文句でも?」

「あるけど、恩人だし」


「だったらもう引き返して座って待ってろ。俺が全部片づけておいてやる。何度も言ってるが邪魔だ」


「だから、そこまで言わなくてもいいじゃんって、わたし言ってるじゃん。聞こえてないの」


「はあ? お前こそ」

「お前こそ何」

「あーもういい。帰れ」

「親玉倒したら」

「帰れよ」

「イヤだ」

「嫌だって何だよ。帰れよ」

「絶対イヤ」


「お前のため思って言ってやってんだろうが。いいから言うこと聞けよ」

「お前じゃなくて、な・ま・え」


 少年と睨み合いとなり、舌打ちが入る。

 

「チッ、知るかよ」

「さっき言ったのにもう忘れたんだ」

「お前は俺をおちょくってんのか」


「別に。普通のこと言っただけだし」

「何がだ。舐めてんのか」

「そういえば、慣れてる感じだね? わたし初めてで」


「急に話を変えるな。見ればわかる」

「ついてっていい?」


「お前、この流れでよくそれ言えたな。心臓に毛でも生えてんのかよ……」

「どうなんだろう。見たことないし」


「あー、わかった。お前には何言っても無駄だってことがな。勝手にしろ。死んだって俺のせいにすんなよ。化けても出るな」


 シュィーンと音がする。少年の脚の機械からしているようで、凄い速さで行ってしまったが、追いつけないほどではない。咄嗟に追いかけ、並んだ。


「もう、おいてかないでよ」

「なんでついてこれんだよ……。おまえ人間かあ!?」


「失礼な。人より大分足が速いだけの普通の人間です。町で一番速かったんだ」

「異常だろ。生身の足で魔導兵士の脚に追いつくなんて……」


「ふふん♪ レトリの名前の元はレトリーバー。大きな犬なんだよ。人懐こくて、可愛くて。足が速いからってつけられたわけでもないんだけど、大きな垂れ目の顔が似てるんだって。どう似てる? 自分じゃそういうのってわからないものだよねー」


「同意を求められたって知るか。わかったぞ。モンスターの力だな」

「元からだって。話聞いてた?」

「知るか。そっちの方が変だろ。お前は変態だ」

「ちょっ、変態はいくらなんでも酷くない!?」

「酷くなんてあるか。ついてくるな。この変態が」


 ムカついており、その時彼女は気にも留めていなかったが、少年の足は数多の人形共入り乱れる一番危険な戦場のど真ん中へと突き進んでおり、そのまま突っ込む。


「ちょっと手荒にいくよ。追いかけられないから」


 怒りの力か恐怖は薄れ、どころか消し飛び、握りしめられ、振り回されるステッキの暴威を例えるとするなら、突然吹きすさび始めた小さな竜巻。


 人形共を次々空へと巻き上げていき、天で輝くお星さまへと変えていく。


「どれだけいるの。うっとうしい。でもなんか今日すごく調子がいいな。変身したからかな。そぉれ!」


 どかん、とまた豪快に決まった一発に隣の少年も呆れながらの戦慄だ。


「こいつも実は姉さんみたいな奴なのか……? ばけもんかよ……」

「化け物って何! 君口悪過ぎるよ! そんなに言うことないじゃん! わたし普通だよ。ちょっと、かなり、力が強いだけで」

「普通の人間は次々人間ぶっ飛ばせないんだよ! お前と話してると頭が痛くなってくるな」

「オレンジ食べると良くなるらしいよ」


 そうかよ、と興味なさげに答えるなり、少年も右腕の機械から剣のように光を伸ばし、それを振り回して、囲い込もうとしてくる異形共を斬って斬って斬りまくる。終わりが見えてきた。


「足を止めるなよ。このまま抜けるぞ」


 二人で協力して乱戦の囲いをこじ開け、抜ける。

 そのまま距離を空け、完全に離脱ができたら揃って足を止めた。


「まさか追ってくるとはな。流石に引き返すと思ったんだが」

「なんか怒りのままこれ振ってたら、何とかなったよ。君のおかげだね?」

「それはよかったな。階段を探しててな。お前も探せ」

「階段? もう帰れって言わないんだ」


「使える奴とわかったからな。この筋肉お化けが。姉さん並だ」

「筋肉お化けって、ひど。でもお姉さんいるのっていいな。わたしは今一番のお姉ちゃんになっちゃったし」


「……、いた、だ」

「いた?」

「なんでもない。いいから探せ。俺は向こうを」

「待って」


 一人行こうとする彼の手を掴む。


「なんだよ」

「一緒に探そうよ。ここ広いし」

「はあ? それじゃ意味が」

「一人はちょっと、寂しい」

「寂しいってなんだよ。意味がわからない」

「一緒にいてよ」

「いるわけないだろ。もうお前帰れ」


「もう帰れって言わないみたく言った癖に! 嘘つきなのか! 絶対放してやらないから!」


「ふざけんなよ、このバカ女が! 放せ、バカ!」

「バカバカって、バカって言った方がバカなんだよ!」

「子供かお前は」

「子供だよ!」


 埒が明かない。双方思っていることは同じであり、自ずと歩み寄ることになる。言い合いをするだけして、疲れ果てた後にはなったが。


「じゃあ名前」

「レトリだろ」


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