第2話 ドレスと異形。マッスルゴースト
光が視界を覆う。次の瞬間、悪寒が走った。
「何、今の」
女の子の笑い声が内からして、不吉なものを覚えた。ヴァンパイアの声だろうか。
良い子ね、とそんな言葉も耳にしており、そちらに意識が向いている間に服装が変わっており、彼女はうわと驚く。
「綺麗な服。わたしはこんな風になるんだ……」
変身するところを見てはいなかった。
そのことを残念に思いつつも、気分はすぐ上を向いてくる。
「可愛いー、ひらひら♪」
裾を摘まんで振ってみて、高そうな艶のある丸靴になった足履きで階段を駆け上がり、上でくるりと一回転。
「なんか良い匂いもするー。まさか香水?」
一緒に舞わせたドレスからは、甘い香りが立ち上り、思う。
「だめだ。もう前の服には戻れないかも。だってさぁ」
いつも着ているのは、誰かのおさがりの使い古されたボロ着。
今は黒のミステリアスな雰囲気醸し出すひらひらドレス。
艶っぽいレースの手袋まで付いて、勝負にすらならない。
「まあ無理だよね。ヴァンパイアの服だもんね。ぽくないけど。女の子だったし、娘とか?」
ヴァンパイアと言ったら、夜な夜な美女の血を啜りにいく恐ろしい伯爵様なイメージがあったが、さして気になることでもなく、いざ中へ。
「へぇー、こんな感じなんだ」
前に続いているのは、曲線を描く通路。
壁の松明に照らされ、内部は明るく、よく先が見える。
隠れる所がなさそうなのが、少しだけ不安を煽る。両手を前に翳した。
「こい、赤いステッキ」
吸いつくように現れたそれを両手で握りしめ、攻略開始。
しかし進めど進めど、何も出てこず、疑問に思う。
モンスターは何処か。
ぐるぐる回っているような感覚があり、ずっと同じ景色。一切変化がない。緊張感もとけ、退屈にもなってくる。その時ふと思った。
「あの子が全部倒しちゃったのかな?」
これはいくら何でも変。絶対そうだと思う。
ラビリンスはモンスターの巣窟。そいつらを倒せば、お金にもなる。
無論、危険な存在ではあるが、何の為にここへ来た。
「いいけどさ」
一番の目的は、親玉を倒すことだ。
お金を稼げないのは痛いが、一度邪念を捨て去り、突き進む。
心は無。何も考えない。
結局、最後までモンスターとは会えずじまい。通路の終わりに着く。
前には階段。今度こそと駆け上がる。
「なんで、ここラビリンスの中だよね? 不思議」
足の下には地面。上には青空。荒涼とした大地に、砂塵が舞う。
カキン、キンと、剣戟を交えるような音がすぐに聞こえてきて、怒号のような声まで響いてくる。
怪訝な顔して様子を窺っていると、砂塵が晴れてきて、剣や槍を構え、ぶつかり合う彼らの姿が映る。
――え、と思わず彼女は息を呑んだ。
全員人ではない。人の形をしているだけで、全部が真っ黒。武器までも。
「もんす、たー?」
言ったら絵本に出てくる人を攫い食べてしまうような怪物。
そんな風に教わっていたのだが、人の姿をしているということに強い抵抗感が出る。倒そうという気が起きない。
そもそもだ、夥しいほどいる。どうやって倒していけばよいのか。
ど、どうしようと困惑する彼女の横から、忍び寄る影が。
ああ、と腐り落ちるようなおどろおどろしい声を発したことで、いることに気付けたが、突然のことで身が竦む。身構えられていなかった。動けない。
「あああああああああ」
駆けてくる。剣を振り上げた。ただ呆然とその迫る凶刃を見つめ、彼女の頭に死が浮かんだ次の瞬間、青い光線が目の前を通過していく。何本も。
どさり、と異形は倒れ、身を溶かし消えていく。
シュィーンと覚えのある音が鳴り響いて、視線を巡らせれば、あの彼が映る。駆けてきた。
「お前な、何ぼさっとしてんだ! 死にたいのか!」
「――あ、ありがとう」
「これだから軟弱な女は。俺の姉さん見習えってんだ。いいか、世の中には化け物みたいに強い女もいるが、お前は違うだろ。邪魔なんだよ。すっこんでろ」
「そ、そこまで言わなくても、いいじゃん」
「あ? 何か文句でも?」
「あるけど、恩人だし」
「だったらもう引き返して座って待ってろ。俺が全部片づけておいてやる。何度も言ってるが邪魔だ」
「だから、そこまで言わなくてもいいじゃんって、わたし言ってるじゃん。聞こえてないの」
「はあ? お前こそ」
「お前こそ何」
「あーもういい。帰れ」
「親玉倒したら」
「帰れよ」
「イヤだ」
「嫌だって何だよ。帰れよ」
「絶対イヤ」
「お前のため思って言ってやってんだろうが。いいから言うこと聞けよ」
「お前じゃなくて、な・ま・え」
睨み合いとなり、舌打ちが入る。
「チッ、知るかよ」
「さっき言ったのにもう忘れたんだ」
「お前は俺をおちょくってんのか」
「少し」
「舐めてんな。良い度胸だ」
「そういえば、慣れてる感じだね? わたし初めてで」
「急に話を変えるな。見ればわかる」
「ついてっていい?」
「お前この流れでよくそれ言えたな。心臓に毛でも生えてんのか……」
「どうなんだろう。見たことないし」
「あー、わかった。お前には何言っても無駄だってことがな。勝手にしろ」
シュィーン、と脚の機械からあの不思議な音を鳴り響かせ、彼は行ってしまう。咄嗟に追いかけた。横に並ぶ。
「もう、おいてかないでよ」
「なんでついてこれんだよ……。おまえ人間かあ!?」
「失礼な。人より大分足が速いだけの普通の人間です。町で一番速かったんだ♪」
「異常だろ。生身の足で魔導兵士の脚に追いつくなんて……」
「ふふん。レトリの名前の元はレトリーバー。大きな犬なんだよ。人懐こくて、可愛くて。足が速いからってつけられたわけでもないんだけど、大きな垂れ目の顔が似てるんだって。どう似てる? 自分じゃわからなくて」
「わかったぞ。モンスターの力だな」
「元からだって。話聞いてた?」
「知るか。そっちの方が変だろ。お前は変態だ」
「ちょっ、変態はいくらなんでも酷くない!?」
「酷くなんてあるか。ついてくるな。この変態が」
気付けば、戦場のど真ん中へと突き進んでおり、異形共入り乱れる一番危険な箇所へそのまま突っ込む。
「ちょっと手荒にいくよ。追いかけられないから」
そのさまを例えるなら突然吹き荒れた竜巻。
振り回すステッキで次々空へと巻き上げていき、怒りのパワーで吹っ切れた彼女の豪快な一発でまた一人、空のお星様に。きらん、と消える。
「なんか思った以上にやれてる。変身したから? このまま全部いけそう」
「ばけもんかよ……」
「君口悪過ぎるよ! そんなに言うことないじゃん! わたし普通だよ。ちょっと、かなり、力が強いだけで」
「普通の人間は次々人間吹っ飛ばせないんだよ! お前と話してると頭が痛くなってくる」
「オレンジ食べると良くなるらしいよ」
そうかよ、と答えるなり彼も右腕の機械から光の剣を出し、囲い込もうとしてくる異形共を斬って斬って斬りまくる。終わりが見えてきた。
「足を止めるなよ。このまま抜けるぞ」
二人で協力して乱戦の囲いをこじ開け、抜ける。
そのまま距離を空け、完全に離脱ができたら揃って足を止めた。
「まさか追ってくるとはな。流石に引き返すと思ったんだが」
「なんか怒りのままこれ振ってたら、何とかなったよ。君のおかげだね♪」
「それはよかったな。階段を探しててな。お前も探せ」
「階段? もう帰れって言わないんだ」
「使える奴とわかったからな。この筋肉お化けが。姉さん並だ」
「筋肉お化けって。ひど。さっきからお姉さんいるみたく言ってるけど、いいなあ、わたしはわたしが一番お姉さんだったから」
「……、いた、だ」
「いた?」
「なんでもない。いいから探せ。俺は向こうを」
「待って」
一人行こうとする彼の手を掴む。
「なんだよ」
「一緒に探そうよ。ここ広いし」
「はあ? それじゃ意味が」
「一人はちょっと、寂しい」
「寂しいってなんだよ。意味がわからない」
「一緒にいてよ」
「いるわけないだろ。もうお前帰れ」
「もう帰れって言わないみたく言った癖に! 嘘つきなのか! 絶対放してやらないから!」
「ふざけんなよ、このバカ女が! 放せ、バカ!」
「バカバカって、バカって言った方がバカなんだよ!」
「子供かお前は」
「子供だよ!」
埒が明かない。双方思っていることは同じであり、自ずと歩み寄ることになる。言い合いをするだけして、疲れ果てた後にはなったが。
「じゃあ名前」
「レトリだろ」
「違うって。君の名前」
「妙にこだわるな。ゴルゴラ・ビスターレだ。これでいいだろ」