第18話 鳴り響く警鐘
「あだだだだ――――っ!」
パラパラ、と袖からトランプが落ち、彼女は睨む。
彼もテーブルに手をついて、立ち上がり、仕込み杖から剣を引き抜き、突きつけた。
「勝負事においてのイカサマは、見つかった時点で死だ。選べ。ここで死ぬか、全部置いていなくなるか」
「わ、悪かった。だが少し落ち着けよ。ちょっとからかっただけなんだ。本気じゃなかったんだよ」
剣が閃く。スパっとカットされた兄の方の髪が落ち、テーブルに乗る。
「言い訳は選択肢にない。次は腕を斬り飛ばす。もっとも、負けたら端からこうするつもりだったがな。喧嘩を吹っ掛けた相手が悪かったな。貧民街生まれってのは何事も暴力で解決するんだよ。知らなかったのか、お坊ちゃん共」
「よせ、わかった。金は払う」
「俺は金を払えと言った覚えはないが」
「わかった! 言う通りにする! だから勘弁してくれ――」
地面に這いつくばって、頭を下げ、彼も剣を引っ込める。
下着だけは勘弁してやり、それ以外は剥いで、店から叩き出した。
「ひぃい、おかあちゃーん!」
「お、覚えてろよ! お前ら! あとで絶対後悔させてやるからなぁ!」
少年二人は逃げていき、席に戻ったはよいが、視線を集めており、居心地悪く、周りの子は皆、固唾を呑むような顔で口を噤み、静寂を放つ。
「ゴルくん。ちょっとやりすぎたと思うから、あとで返してあげようか」
「何同情してんだよ。命があるだけ有難く思えってんだ。それに舐められたら馬鹿にされるだけって、あいつらも言ってたろ」
なぁ、と彼が振り返れば、客全員、一丸となって視線を逸らす。
大きな大きな溜息が、彼女の口からこぼれ落ちた。小さく声に出す。
「せっかくのオニューの服なのに。ゴルくんはゴルくんだもんなぁ」
「お前、イカサマなんてどこで覚えた。孤児院じゃ当たり前だったのか?」
「違うよ。でも一回されたことあって、戻すふりして服に隠すやつもその時ね」
「ああ、だからフォーカードを堂々出せたのか。前持って用意したものでやるにはリスクが高過ぎるからな。やるじゃないか」
「え、うん。わたし目はいいから」
妙に彼は機嫌が良いように映るが、結構持ってたな、と口にしたことで理由も判明。
その金をこの場で撒き、皆に奢ったことで、難航すると思われていた情報集めも思いのほかうまく運ぶ。
「ほう。北にある氷の都市を丸呑みにした超巨大ラビリンス」
「実際無茶苦茶でかくて、お前が立派な魂の解放者になったら、あれのことを話してやるって親父に言われてたが、見ての通りのこのざまだ。俺もこいつらと同じ脱落組。仲間が目の前で死ぬところを見て、怖くなっちまって」
「帰る場所があるなら、他に生きる選択肢があるなら、問題ないだろ」
「それは、そうなんだが……、そうだよな。帰る場所がない奴も大勢いるもんな。俺はまだ恵まれてる方か」
「まだじゃなくて、かなりな」
「やめてくれよ。そう言われちゃ立つ瀬がなくなっちまう」
「まだあったつもりなのか?」
ドっと笑いが起きて、二人がうまく周りと馴染み始めた頃、向こうの二人はと言うと、まだ動いておらず、やっとというタイミングで、ウルフが女の子に取り囲まれている姿がビーティの目に映り、後ろから蹴りが入る。
「このタイミングで引力発生させてんな。バカ惑星」
こけたところを首根っこを引っ掴んで、引きずっていく。
「ビーティ、なにを怒ってるんだ?」
「自分の胸に聞け、自分の胸に。はぁ、イメチェンさせるんじゃなかったわね」
「鳥がにげてる?」
「鳥ぃ? ほんと趣旨のわかってないやつね。鳥と遊んできたいならそうしてもいいわよ。何も期待してないから」
「遊びたいんじゃない。にげてる。追い回す鳥もいないのに。変だ」
「変なのはあんたの頭の中だけでしょ。重いからもう自分で歩きなさい」
手を放した瞬間、立ち上がったウルフは鳥が進む方角の逆側を見て、彼女の手を掴んで駆け出す。
「――いった! こら、急に引っ張んな!」
「ごめん……」
すぐに立ち止まりはしたが、今度は下から抱き上げ、駆け出す。
「でも急いでる」
「いや、ちょっと――!」
「オレが本気で走るとビーティはついてこれないと思うから、暴れないでほしい」
「そうじゃなくて、ああもう!」
見られてる、と声も上擦る。
町中でお姫様抱っこをしながら爆走する奴がいたら、良い衆目の的だ。
頭を抱えるほかなく、恥ずかしさのあまり赤面した顔を隠しつつ、しばらくの間揺られていると、カンカンカンカン、と警鐘のように鳴り響く金属音を耳にして、何事と我に返る。顔を上げた。
「ラビリンスだーっ! ラビリンスが傍に出たぞーっ!」
「みんなーっ! このことを他のみんなに伝えてくれーっ! あと鐘みたいなの持ってる奴はいないか! フライパンとオタマじゃ音が響かない!」
頭が状況をしっかり把握する前に、少年二人が声を上げる逆側の関所をウルフは抜けていき、同時に傍の農地らしき場所に瘴気も見えた。
足を止めることなく、彼はそのまま入っていってしまい、彼女の顔は今度青くなる。
「何してんのよ――、嘘でしょ!?」
湧いてくる怒りでまた顔を赤くし、彼に向かって、罵詈雑言捲し立てた。
「こんのアホタレ! スカタン! 大マヌケ! 大バカかっ!」
「ビーティ。獣たちが狂わされる前にオレたちで倒すぞ」
「話を聞け、この特大のオタンコナス! ゴルとレトリにこのことを伝えるのが先でしょーが!」
「――あ、もどる」
「できるわけない、あったまいったい――。一度入ったら、ボスを倒すまで出られないの! それくらい知っておきなさいよ、このバカ。ほんとにバカ」
「どうすれば、いいんだ……」
「はぁ、はぁ、このトンチンカンのヤマアラシは。外にこのままいる方が危険。中に入って待つわよ。そのうち来ると思うから」
「わかった」
「わかったなら下ろせ。アホ無限大惑星」
地面に立つなり、「出てこい、ドールマスター」と口にして、彼女は変身。
騎兵も出したが、出現して間もないラビリンス。
モンスターに変えられた生物も出てこず、そのまま進んでいって、足を乗せた。
隣で光が上がる。
「いっしょに戦おう。ゴブリン」
「……、私も少し冷静になれ。弱ボスなら待つ必要もない。戦力過剰なくらい。門番がいれば引き返せばいいだけだし。ウルフ、様子見しにいくわよ」
「二人を待つんじゃないのか?」
「強ボスだったらね。ちょっと前までは同格だと思ってたけど、多分レベルが関係してる。今の私じゃどんな相手でも押し負ける。これ強ボスだったらって意味よ」
「さっぱりだ、ビーティ」
「でしょうね。私が言いたいのは逆も然りってことなのよ。上ジョブと下ジョブじゃそれくらい隔絶した力の差があるはず。越えることのできない大きな壁がね。それを確かめる意味でも、ここは進むが正解。ついてらっしゃい」
一階に関しては、ここも特段何かがある訳ではなかった。
代り映えのしない景色に弱いモンスター。
二階の階段が見えたところで気を引き締め、上がる。
真っすぐ敷かれた石畳を線に、左右に大勢が別れ、ふん、はっ、やっ、とそんな声を一斉に上げ、武道修練場のような雰囲気を放つ。
その場を動かず、来るかと身構えていたが、一瞥すらなく、遠巻きに様子を窺いながら、端の所を通って迂回していく。何事もなく、階段へ着いた。
「妙ね。何もしてこないなんて」
「たぶんオレたちが見えてないんだ。オレも強くなろうってやってた時は、自分しか見えてなかった」
「ふーん。まあどうでもいいか。ラッキーってだけだもの」
三階へ。門番の姿はなく、「討伐確定ね」と口をついて出た。
「どういう意味だ?」
「倒しに行くってこと。弱ボスなら余裕なはず。サンドバッグにでもなって貰いましょうか。丁度ストレス溜まってたし♪」
「さんど、ばっぐ? ビーティ、油断はよくない」
「ちゃんと理解してるんじゃない。それとも雰囲気でそう感じた? でもこれは事実。いいえ、この世の心理かしら。ほらいくわよ、それを確かめに」
扉に向かっていると、ウルフが歩を速め、男らしく前に出る。
盾となるその姿に今日初めての感心を覚えつつ、扉の前まで。開く。




