第15話 閃光の槍
一斉に駆け出すはずが、ビーティがついてきておらず、下で人形のついた糸を手繰る。
「何やってんだ!」
「やっぱりぷかぷか浮いて、ナイトを引き寄せるのは無理と思ってね。今切り離すとこよ」
「待って! わたしがやってみる」
途中で気付き、引き返していたレトリが、そう言うや伸びた糸を掴もうとしたが、すり抜け、彼女は目を見開く。
「普通の糸じゃないのよ。だから無理」
「ならこうする」
「のわ!?」
大元を抱えていけば、先も勝手についてくる。
「機転が利いて驚き……」
「偶然思い付いて♪」
ウルフも加勢に入り、マントから抜き放ったナイフを指で挟み、手首のスナップを使った複数同時投げで乱れ飛ばして、追っ手として立ち塞がろうとした奴らを牽制。
ゴルの援護射撃もあり、無事二階を突破。勢いそのまま三階へなだれ込む。
門番がいた。
武器や鎧で武装し、人間のような体付きだが、身はずっと大きく、顔は爬虫類。翼や尻尾もある。
口が開いたかと思うと、ギャアアーンと甲高い咆哮が上がって、皆は思わず耳を塞ぐ。
「なんだこいつ……。リザードマンにしてはでかいな。羽もある」
「ドラゴニュートと思うわよ。多分だけど」
「あー、攻撃方法は頭にある」
「先に言っておくけど、私は手伝えないわよ。ナイトは盾失ってるし、さっきの大技で耐久値もがたがた。もう一回打ったら粉々ね。雑兵くらいなら出せるけど」
「必要ない。俺一人でいい。全員見てろ」
「正気?」
「ゴルくん一人じゃ危ないって!」
「いいからすっこんどけ」
「うーわ、ゴルくんだ」
どういう意味だ、と彼が呟いた瞬間、門番は剣と盾を前に構え、こちらへ突進してくる。
迎え撃って、彼も駆け出し、レーザーを連射。浴びせ掛けたが、盾で防がれ、肉薄する所まで両者の距離が縮まると、斬り合いへ移行。
高く持ち上げられた肉厚な剣が振り下ろされて、床が割れ、横に躱せば追撃の横薙ぎがくる。
それは上体倒しで躱していたが、彼の耳を死神の笛の音のような恐ろしい刃音が打って、恐怖を与える。
冷や汗がふくが、顔に浮くのは笑み。今のスリルを楽しんでいた。傍で一歩も引かずに剣を見続け、快感に身を投じ続けていれば、しだいに相手の動きも読めてくるようになる。
完全に見切ると同時に大振りを誘って、躱した剣の上に乗って、その上を駆け上がり、頭の所までとぶ。
「悪いな。門番如きに手こずるようじゃ先がないんだよ」
最後は振られた光の剣が横に刃の軌跡を描き、門番の首が飛んだ。
核を拾い上げ、彼は戻ってくる。
「リーダーってのは、力を見せておかなきゃいけないからな。一応な」
「何が一応よ。冷や冷やさせて」
「余裕だったろ」
「ほーら、ゴルくんだ」
「だから何が俺なんだ」
「何もかも? ゴルくんだなって」
「もういい」
「リーダーが仲間に勇気を見せるのは、オオカミもニンゲンもいっしょか」
「恐らくな。知らないけどな。ボス戦の話をしていいか」
輪になって座り、休憩挟みつつ攻め方をいくつか決め、終わると扉の前へ。開く。
目に飛び込んだのは、さっき見た黒い軍勢の兵とよく似た格好のボス。
ただ所持した得物は異常な長さを誇り、一振りするのも難儀に見える長槍だ。声が内に響く。
――子供が来ようとはな。許せ。どうすることもできない。
その長槍をぶんぶん振り回し、意図も容易く振って、ボスは構えた。
ウルフが唸り声を出す。その顔にはどこか怯えが覗き、鬼気迫る表情でもある。
「お前もわかるか。全員さっさと構えろ。死にたくなけりゃあな」
悠然とボスは歩いてくる。ゴルの指示が飛んでウルフを右手側へ、逆側にはビーティを抱っこしたレトリを飛んで行かせ、囲い込む形を作る。
――早く逃げろ。この身を抑えることはできん。
「悪魔に囚われているせいでか? 今、解放してやる」
そう返すやレーザーを撃ちこむが、槍先で突かれ逸れる。
目にも留まらぬ速さで向かう光の弾を突いて軌道を変えたのだ。
「ハッ、ばけもんかよ……」
そう頭に浮かんでくるくらいの達人。
攻めの起点をこう易々と防がれては、勝ち筋も見えてこない。
攻めあぐねている間にボスが突如、身の向きを変え、槍を振りかぶる。こちらが反応するよりも早く、空にいる二人に向かって放たれ、
「――え、おわ!?」
放り捨てられたビーティが落ちて、槍はレトリがキャッチ。
「びっくりしたぁ……!」
「ばかあああああああああああああ」
ボスの横を抜け、逆側まで滑り込んできたウルフが、地面に当たる直前でキャッチ。そのまま頭から滑っていき、静止。
「無事か!?」
顔を上げ、鼻血を垂らした顔で尋ねれば、ハンカチが差し出される。
「あんたのおかげでね。ほらこれで顔を拭きなさい」
ボスは一連の動きを見ていただけで、何もせず、思いがけずと言った感じに笑いをこぼした。
――はは、死を下す閃光の槍と呼ばれ恐れられた我が一投が、受け止められようとは。何が起きた。
次の瞬間、死角からレーザーが乱れ飛ぶが、反応されてバックステップで外される。
しかしそれは想定済みであり、冷静に光の剣を出し、彼は距離を詰めた。
「お互い想定外って感じだが、運はこっちに味方してくれてるようだな。流石に無手相手に負ける気はしない」
巧みに移動されて剣の射程までは入ってくれないが、流石に近距離からのレーザーは完全には躱しきれないようで、削りつつ、逃げ場のない壁際まで追い込んでいく。
「終わりだ」
いよいよ後がないとなった場面で、ボスは何かを取り出し、握りつぶす。
足元に大きな魔法陣が浮かび、彼はとび退く。
直後にそこから巨大な異形が姿を現わした。
ワイバーンによく似た見た目をしているが、体はずっと大きく、顔にクチバシもなく平たい。
ボスは上にとび乗って、手綱を引いて、そいつを飛ばす。
行かせるものかと、彼の浴びせ掛けたレーザーは表皮に弾き返され、舌打ちして、見上げた。
「奥の手隠し持ってたか。やっぱそう簡単に勝たせてくれる相手でもないか」
ボス部屋は巨人が入れるくらいには天井が高く、広くもある。あの化け物で縦横無尽に飛び回り、襲い掛かられたら厄介なことこの上ない。
彼は声を飛ばして三人を呼び戻し、策を話した。
「なるほど、私の一発で勝負を決める感じ。あんなデカブツ、それ以外じゃ仕留められようもないでしょうしね。あい、了解」
「ああ、だから俺らの仕事はあいつを地上にはりつけにすることだ。三人がかりでどうにかするぞ」
「わかった」
「オッケー。良い武器貰ったしねー♪」
「普通の奴なら普通に死んでるんだがな。なんでお前は意図も容易く掴めるんだ。正直びびったぞ」
「オレもおどろいた。ぜったい死んだと思った」
「わたしも驚いたけど、そこまでのことかな?」
「そこまでのことだよ。お前と話してると毎度頭が痛くなってくるな」
「おかげで私は放り捨てられたわけだけど」
「ごめーん。ああするしかなくて」
「わかってるわよ」
「あのさ、これ投げて串刺しにして動きを止めるっていうのは、どう?」
「お前それマジに言ってんのか?」
「うん♪」
「できるんだな。なら採用だ。俺が注意を引いてやるから、任せたぞ」
作戦変更、改めて指示を出し、彼は囮役となって部屋の中央に陣取る。
フィニッシャーのビーティはウルフが担いで機動力を確保。レトリは全面を見渡せる壁際で待機。皆でボスが来るのを待つ。
天井すれすれの所を舞っていたが、身を下に向け、急降下してきて、彼は撃ち尽くす勢いでレーザーを放ち、自らに目を向けさせる。
飛び道具を持つ面倒な奴から狙うのは、必定。狙い通り途中で横から突進してくるような軌道へ変え、襲い掛かってくるボスの騎乗突撃を彼は何とか躱し、声を張り上げた。
「今だ!」
降下中と違い、上昇する最中に身をぶらしたりするのは至難の業だろう。
軌道が読みやすく、狙いやすい。
ただ、声を上げる前から彼女が槍を振りかぶる姿が見えており、その勝負勘に舌を巻き、心の中で口笛を吹いた次の瞬間、投擲され、ボス諸共跨る巨大な異形を槍は貫き、串刺しにする。
「おし!」
「冗談だろ。ど真ん中かよ」
断末魔のような声が上がって、落ちる。
「今よウルフ、走れ!」
落下点の前までウルフが駆け込んでいき、雷走って、勝負は決す。
ボスは床に叩きつけられることなく、乗った怪物諸共壁にぶち込まれ、粉塵上がるそこからきらきらと光る核の破片も舞い、記憶が流れ込む。その時の感情も。
自決するところであり、空しさに支配されていた。
十分生きた。未練もないと口にしていたが……。
「なにがだ、あったんじゃないかよ。なら死ぬなっての」
愚痴るように彼が言った直後、ボスの声が内でした。
――ああ、あった。だが十分楽しめた。戦いの中で死ねた。もう未練もない。勇敢なる小さな戦士達よ。ありがとう。
「なんだよ、その――チッ、救われたんならよかったな」
ラビリンスの崩壊が始まる。逃げる最中、微かな笑みをレトリが浮かべており、彼が見ていると、目が合う。
「お礼言われちゃったね」
「ああ。よかったな」
「うん!」
外に出ると不思議なことが起きた。勝利を祝うかのように頭の上から光が降ったのだ。