第13話 ワイバーンのいる町
「ああ、アッシュ。離れ離れになるなんていや」
「ワオン!」
「あなたもそうなのね♡」
「違うぞ、ビーティ。アッシュは早く離れろって言ってる。暑苦しいから」
うそ、とショックを受けるビーティを引き剥がして、アッシュを見送ったのが旅の終わり。
次の町へ着くまでに随分日数が掛かった。
追っ手のこともあり、ニャムテーへ行けなくなった為だ。
山道へ続く進路であった為、成り行きで一つ越え、今は反対側の麓辺り。
裾野に広がる町は、いくつもの山に囲まれた鉱山町のようであり、上を大きな生き物が飛び交い、首に吊り下げたバッグで岩を運搬する。
四人の目は、その生き物に釘付けだ。レトリが指差す。
「なにあの鳥! すごいかっこいい!」
「あんな鳥オレはじめて見た……。クチバシに牙があるな」
「お前らは何言ってんだ。どう見たってモンスターだろ」
「ええ!? モンスター!?」
「早く倒しにいくぞ!」
「落ち着け」
「ワイバラに着いたみたいね」
「わいばら?」
「わいばらっていう鳥なのか?」
「違うわよ。町の名前。あれはワイバーン。古の時代より人と共存してきた良いモンスターよ」
「モンスターにも良い悪いとかあるんだ」
「よくわからないぞ、ビーティ」
「だったら大きな鳥だって思っておきなさい。このヤマアラシ」
「やまあらし? やまをあらす悪い獣か?」
「あんたのぼさ毛みたいな獣よ」
町まで下りたらまずは休息。
宿を取り、風呂に入る。
魂の解放者には安くしてくれる所もあり、この町にあったのは幸運だったが、旅の疲れを癒すことができない者もいた。
湯場は男女に分かれており、風呂上りに合流した所で、苦笑がもれていた。
「ゴルくんの声すっごい響いてたよ」
「俺のせいじゃない。なんで風呂入って疲れるんだ……」
「ニンゲンの世界は、だめなことが多いんだな」
「先に体を洗うとか、泳いじゃ駄目とか、難しいよね」
「テンプレみたいなことしちゃって。髪はよく拭いた?」
「ああ。水はとばしたからそのうち乾く」
「フッ、頭を振り回したのね」
お次に向かったのは、服屋。古着屋と言った方がいいか。
これはウルフの格好が目立ち過ぎるからであり、今の彼は腰巻き一枚。連れ歩くだけで人目を引く。
結果、三人でお金を出し合う形となり、店に着くと服を見繕い、着て貰う。
「腰巻き一枚の方が似合う人間って私初めて見たわぁ。これ着せない方がマシまでない?」
「頭のせいだろうな。整えないことにはな」
「髪留めならあるけど、櫛今持ってなくて」
「私が持ってるわ。試してみましょうか」
まだ湿っていることもあり、手櫛も使って梳いていけば、ほつれ、跳ねたぼさぼさの髪がするすると伸びていき、さらりと流れるような美しい長髪へと生まれ変わる。最後は後ろで縛って束にした。
「よし、できた」
「び、ビーティ。こっち。こっちから見て」
すると震えた声でレトリがそう言い、彼女のいる前に回ってみると、衝撃走る。ビーティはその変貌ぶりに慄いた。
前髪に隠れていた目元が露わとなり、切れ長で、長いまつ毛の両目が覗く。
顔の輪郭や首筋もくっきり浮き出て、うなじの所からは得も言われぬような色気が放たれ、溜息をつくような美男子がそこに!
「う、く、万有引力発生させて。イケメン惑星かっ。吸い寄せられる……!」
「何言ってるのかさっぱりだけど。すごー。魔法を掛けたみたいになっちゃった」
「変わり過ぎだろ。しかし浮いてきたこの品の良さ、青い血でも混じってんのか」
「血が青いやつもいるのか? オレの血は赤いが」
「そういう意味じゃない。別の意味で目立つ奴になっちまったが、もういいだろ。さっさと買って教会にいくぞ」
「うーん、でも今度は服の方が」
「ダメよ。これ以上育てて際限なく女を引き寄せるようになったらどうするの。衝突を繰り返した先に待つのは滅亡よ。たらしの運命は決まっているの」
「ビーティ、だから意味わかんないって」
「おーい、いつまでやってんだ」
「あ、ごめん! 今いく!」
会計を済ませて店を後にし、最後に教会。
「司祭様。ご存知ではありませんか?」
「ふむ。聞かれたなら、答えねばなるまい。本来立ち入って良い場所ではないのだ。そこは言わば、ワイバーンの聖地。これが何を意味するか、わかるかい?」
「神聖な場所だから、司祭様のような方でないと入ってはならない?」
「私とて、不用意に立ち入ることは許されてはいないよ。そうではなく、瘴気に狂わされ凶暴な血を取り戻したワイバーン達が君達に襲い掛かってくる。既に何人も命を落としている。大人も子供も。君達と同じように魂の解放者として選ばれた子もその中にはいて、私は顔を、よく知っていてね……」
司祭の目に涙が浮く。
もうそんな子は見たくないという気持ち、まだ子供の四人が推し量れるものではないが、ハンカチがそっと、レトリの手から差し出された。
「司祭様、泣かないでください」
「君は、優しい子だね。ありがとう」
使い古され、綺麗に見えるものではなかったが、司祭は躊躇わずに受け取り、それで涙を拭う。顔に僅かばかりの笑みも浮く。
「これは綺麗に洗って返すとしよう。また君の、君達の元気な顔を見たいものだからね。引き留めること叶わぬ身なれど、無事を祈っているよ。神のご加護があらんことを」
その後、詳しい場所の話も聞き、換金も済ませて、一行は教会を後にした。
夕飯を取るにも良い時間で、宿に戻ると今までの渇き、飢えを満たすように皆たらふく食べて、泥のように眠った。
次の日の昼になるまで、誰も起きることはなく、遅い朝食を取って、出発。
ワイバーンの巣があると言う山へと向かう。
「また山登りか。気が滅入るな」
「あんたは乗ってるだけでしょーが」
「それが嫌なんだよ。担がれてるだけってのがな」
不自由な足で山道を行くのは困難を極め、この町へ来るまでに登った山では、ウルフが彼を担いだ。今回もそうなる。前まで来ると背負った。
「悪いな」
「パーティ組んでおいてよかったわね。ゴル」
「うるさい」
「ウルフ。疲れたら言ってね。交代するから」
「ああ。でもなんかいやだから、言わないでおく」
「えぇ、なんで」
「男のプライドでしょ、どーせ。だから私が疲れた時はよろしく」
「ビーティは歩けるじゃん……」
最初は傾斜も緩く、楽だった山道も次第に険しさを覗かせてきて、ごつごつとした岩場と切り立った岩壁で来る者を拒むようになり、弱音ももれる。
「レトリぃー、もう無理。助けてぇ……」
「まあこの道は仕方ないか。ほらビーティ、乗って」
片や野生児、片や身体能力のお化け。この二人で進むようになると、進行速度は一気に跳ねあがる。
悪路や人ひとりを担ぐハンデ、ものともせず、あっという間に駆け上がって、目的地に着く。
辺り一帯からは瘴気が立ち昇り、背中の二人も降り、警戒態勢で侵入。一斉に鼻をつまんだ。
「クッサ。クサすぎ。部屋干しした肉かる滴る謎の液くらいの臭みね」
「えらく具体的だな」
「その肉の傍には気味悪い仮面と大きな包丁が置いてあったわ」
「なんでホラー展開なんだよ。しかし酷いにおいだな……」
「たぶん、アレ。全部割れてる」
「ラビリンスのせいか。許せない。オレの森も同じ目にあった」
大きな鳥の巣のようなものが中には沢山あり、上には割れた卵と、悪臭放つヘドロみたいなものがこびりつく。
その時、ギャーオと、奇怪な声が空から降ってくる。全員視線を上げた。
「早速お出ましか。落とさないことには始まらないが」
上には瘴気の闇が広がり、姿は映らない。
「私がやるわ。全員下がってなさい」
自信ありげな笑みを作ってみせると、ビーティは胸のペンダントを掴む。
「出てこい。ドールマスター!」
光に包まれるや瞬く間に変身し、彼女は奇術師のような姿となる。糸がクイと引かれると、地面から生えてくるように騎兵も姿を現わした。
「ふふーん♪ 驚いて声も出ないんじゃない?」
「ビーティもできるんだ。心構え全然だったけど、言ってられないよね」
「もって何よ。もって。――おぇ!?」
変身の言葉を唱えるとレトリも光に包まれ、衣装を変える。
「ふぅ。声しなかったし、大丈夫そうかな?」
「あんでできんのよ……。いやできるかぁ、できそうだったわ、あんたはぁ。あいつは絶対ヴァンパイアなんかじゃない。もっと恐ろしい存在。また乗っ取られないでよ」
「うん。今度は何言われても聞かないようにするから」
「待て待て。思考が追いつかん。なんでお前ら──ボスだからか? 今の今まで半信半疑だったが、これを見せられるとな。特別な核であることは疑いようもない、か」
「ゴルって人の話聞かないわよねー。私何度も言ったと思うけど。あの洞穴で」
「ゴルくんだしねー」
「お前らに言われると無性に腹立つな。だが聞いた話が全て事実だと仮定するなら――、やりようによっては使えないか」
「みんな話してるときじゃなさそうだぞ。くるぞ!」
ウルフの鋭い声が飛んだ直後、瘴気の雲を突き破り、ワイバーンが姿を現わす。




