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墓標のラビリンス 天使ヵ悪魔ヵそれとも魔女ヵ  作者: らくだ けい
⭐︎一つ目のラビリンス編⭐︎

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第1話 核、少年との出会い、石の力

 孤児院で一緒に暮らす男の子ふたりを探していた。

 遊びの最中、森の奥まで行ってしまったようで、日没が迫り、焦っていた。


「おーい、レトリー! 奥まで行ったらあぶないぞーっ!」


 後ろからその片割れの声が飛んできて、彼女は振り返る。

 その時だった。この場に似つかわしくない宝石のような輝きが横目に入り込み、思わず視線はそちらへ移る。


 光沢のある黒い卵に見え、なんだろうと思い向かい、拾い上げて確信した。


「うそ、ほんとに宝石だ!?」


 綺麗だった。澄んでいた。

 この出会いが運命を大きく変えることになる。

 想像もつかない場所まで彼女を運んでいく、その翼を与えたのは、誰か。



【天使か 悪魔か それとも魔女か】



 持って帰ると大騒ぎ。

 皆でわあきゃあ声を上げて騒いでいたら、奥のキッチンからシスターが顔を見せる。


「いったいどうしたと言うのです」


 お婆さんと言って差し支えない歳だが、皆にとっては母親のような存在。

 一斉に集い、それを見せた。


「見て見て、シスター! わたし宝石拾った!」

「──それは、核。レトリ、それをどこで拾ったのです」


 いつにない険しさを覗かせるシスターに答える彼女の声も少し詰まる。


「森──だけど」

「森、誰かが落としただけのものならよいのですが、場所を鑑みると……」

「うわ、光ったよ!」


 突然、淡い光が石からもれた。


「──神の、お導きなのやもしれませんね」


 小さくシスターの口からそうこぼれ落ちて、あくる日。

 彼女は手を引かれ、昨日の森へと連れていかれた。視線は手元。あの石を見る。


「ねぇ、シスター。今日は光らないね?」

「あれは言うなら産声。あなたはその石に主と認められ、魂の解放者としての資格を得たのです。それはとても栄誉なことで、あるのでしょうが…………」


 俯くシスター顔には、どこか暗い影が差す。


「魂の解放者? 栄誉なことって?」


「今は確認が先です。ですがもしここにあれが現れていたなら、レトリ、あなたに苦難の道を歩ませることになるでしょう」

「えぇ、苦難の道ぃ?」

「ですが恐れてはなりません。神より与えられた重要な役目で、とても尊い行いではあるのですから」

「わたしが? それほんと!?」

「臆するどころか喜んで、あなたらしいですね」


 苦笑がもれ、森に入ってしばらく進むと、それはあった。

 現物を目にしたわけではない。

 それが発する黒い煙を、奇病を齎す危険な瘴気をレトリだけが目にした。


「シスター! 火事だよ!」


 シスターの目には何も映らない。


「見えるのですね。やはりあたりましたか」


 即刻引き返し、その日のうちに孤児院となりの町はずれの教会で、魂の解放者となるための洗礼の儀式が執り行われた。


 元いた司祭が急死していた為、まだ次が来ておらず、長年傍でその役目を見てきたシスターが代行する形にはなったが、特に問題も起きず使用された銀の盃に満ちる水が光を発し、幾何学模様を浮かす。それはこう示す。


「代わりが務まるか不安でしたが、ヴァンパイアだと神は仰せなようです」

「うぇげ」

「レトリ、妙な声を出すものではありません」

「だって、ヴァンパイア」

「ええ、恐ろしい怪物ではありますが、その中にいる魂はあなたのことを気に入り、手を貸してくれると言うのですよ」

「はぁい」

「それにもとは我々と同じ人間なのです」

「どうして怪物になっちゃったの?」

「まずはそこから勉強しないとなりませんね」

「それはやだな……」


 その日から勉強漬けの毎日が始まるが、毎度のように根を上げる叫びが孤児院にこだまするようになる。


「もう無理だって! 頭はいんない!」


 彼女は生来の勉強嫌い。物覚えが悪いというわけでもないが、頭脳労働自体が嫌いなのだ。


「それではどこまで覚えました」

「えーと、瘴気を振り撒くラビリンスっていう場所ができて、強い未練や怨みを持った魂がそこに集まって、なんかモンスターに変わっちゃって、もうわかりません」


「概ね理解はできていますね。続けますよ」

「シスターの鬼! 悪魔!」

「何か言いましたか」

「いえ、なんでもありません……」


 シスターの静かな剣幕に気圧され、それ以上の反論はできず。

 しかし聞いているフリだけ、長話を枕に寝落ちするということもよくあり、相変わらず勉強は手につかず。


 やっぱり現地に行かないとわからない。それが彼女の本音であったが、不安もある。

 もういつでも出発できるようには感じていたが、中々決心は固まらない。


 しかしやがてはその時も訪れる。


 瘴気は日に日にその範囲を広げていき、森を枯らしていく。


 傍の町にはまだ被害は及んでいないが、見えない大人達と違って、見える子供達の反応は顕著なものだ。

 どの子も顔に恐怖を覗かせ、親や周囲の大人達にこぞってそのことを訴えかけるが、見えないゆえに強い危機感を持てない彼らからは宥めすかす程度のことしかして貰えず、ある晩、一人の子がついにレトリに頼み出た。その子は震え、彼女にしがみつく。


「れとりぃ、こわいよ。ぼくたちどうなっちゃうのかな」

「うん」

「れとりならあのおそろしいけむりを、ラビリンスとかいうのをじょーかできるんだよね?」

「うん。たぶん」

「れとりもこわい?」

「少しはね。でも大丈夫。わたしが何とかしてみせる。みんなのお姉ちゃんだもん。任せてよ」


 いよいよ決心を固めたあくる日の朝。

 生まれつき明るく好かれやすい性格で、生来の怪力の持ち主だった彼女は、子供ながら町の人間からよく頼りにされており、いつものように手伝いに出て、正午前には戻ってくる。


 腕に山のように貰い物の野菜を抱えてだ。

 外で遊んでいた子達の目に留まって、はしゃいだ声が上がった。


「すごーい! いっぱーい!」

「こんなにたくさん。れとりはやっぱりちからもち!」

「相変わらずのバカ力。よくこんなに抱えてこれるもんだ……」

「驚きだよな。前世はミノタウロスとかだったんじゃないか」

「うるさいよ、そこ二人」

「れとりー、あそんでー」

「はいはい、これ運び終わったらね」


 キッチンの所まで向かい、そこにいたシスターに自慢げな顔で「じゃーん」と腕の物を彼女は見せる。

 狙い通り目を丸くしてもらえたが、その顔はすぐほころぶ。


「ふふ、ローフ夫妻に感謝しないとなりませんね」

「お手伝いいっぱい頑張ってくれたからって、あと餞別とかって、わたし何も言ってないのに」

「私も気づいていましたよ。朝に顔を見た時から、今日行くのですね」

「なんでわかるかな。聞いていい?」

「私はあなたの育ての親ですよ。わかるに決まっているではないですか」

「────、しすたぁ、ううん、お母さん!」


 腕の物をおろすや、彼女は走っていって、胸に飛び込んだ。

 優しく抱き留められて、涙ぐむ。


「わたし、頑張る! 精一杯やってくるから!」


 まだ十二の歳。甘えたい年頃ではあったが、ここでは一番上のお姉ちゃん。

 皆の前では相応しい振る舞いを心掛け、やっていたが今は別。

 二人きりの今だけは、好きに振る舞える。本音ももれた。


「でも不安で、わたし本当に大丈夫なのかなって」

「その気持ちもわかります。ですがこれも神のお導き」

「うん、わたしに与えられた尊い役目だもんね。それにチウィーがすごく怖がってたから」


「レトリ、自分を信じなさい。あなたにはそれだけの力がある」

「あるのかな」

「ありますとも。他の人にはない特別な力が。だからこそあなたが選ばれた」

「うん」

「やっぱり駄目と感じたなら、いつでも引き返してきなさい。神に仕える者としてはあるまじき言にも思いますが、それが一人の母として、あなたを思う本音の気持ちです」


「そうする。大好き、お母さん」


 しばらくの間、甘えるだけ甘えて、彼女は涙を拭う。

 寂しさをそれで一緒に払い、直後に顔に浮くのは、吹っ切れた笑みだ。

 身を離し、駆け出しながら手を振った。


「それじゃわたし行くね! 立派な魂の解放者になってくる!」

「ええ、いってらっしゃい。あなたに神のご加護があらんことを」


 外に出て、皆の遊びに軽く付き合ったあと、今日出ていくことを切り出したら、大騒ぎ。


「えぐっ、れどり、れどりぃ、いがないでぇ」

 

 と泣き出す子まで出て、袖は引かれたが、あとから出てきたシスターがその場を収めてくれ、ひと安堵。


「じゃあね、みんな! わたし頑張るから!」


 皆に見送られながら新たな門出となる。

 駆け出し、突風のように走り抜けていくのどかな田舎町の脇には、春の訪れを告げるような沢山の小さな花が芽吹き、花束でも彼女に送るように無数の花弁を散らし、舞い上げる。


 人間離れした彼女の脚力から生じた風で、物理的に散らされただけではあるが。そのせいでブレーキが効かず、通りに出た際、危うく人と衝突しかけた。


「わわ! ごめんなさい! 今急いでて」

「レトリ、そんなに慌ててどこへ行くんだい?」

「ラビリンス!」


 強い未練を残した魂集い、突如として現れる瘴気振り撒く穢れた墓標。

 その名を“ラビリンス”。

 姿を変え、真っ黒なモンスターと変わった死者の魂蔓延る冥府の箱庭。


「おーい! レトリー! 暇なら少し店を手伝っていってくれないかー!」

「わたし魂の解放者になったの! 今から森のラビリンスに行くの!」

「な、なんだとぉ!? お前、一人で大丈夫なのかぁ!?」

「大丈夫かどうかはわかんないけど、みんな見えないじゃん!」


 そこで倒されたモンスターが落とすものが、彼女が拾ったあの石であり、今はペンダントに加工され、胸元で揺れる。一般的な呼び名は『核』。


 その核に選ばれた者は『魂の解放者』と呼ばれ、ラビリンスに囚われた魂を解放する役目を授かる。


 見ることの適う子供にしかできないことであり、成人を迎える十五の歳辺りが限界ラインとされ、適齢は彼女の歳くらい。


 商店が並ぶ場所を抜け、町を出て、傍の森へと入れば、あとは漂う瘴気がその場所まで案内してくれる。


「ケホッ、気持ち悪い。でもたぶんこっち」


 濃くなる方へと向かう。


 しだいに朽ちた木々が目立つようになり、見上げるほどの巨大な建造物が目に飛び込む。

 形は正四角錘。ピラミッド型。


「うわ、おっきぃー……」


 彼女の大きく開いた口と同じくらい、ぽっかり縦に開いた入り口と、そこに続く階段も見えるが、上るには勇気がいった。

 呆然と眺め、ただ立ち尽くしていると、コツ、コツと、杖をつくような音が後ろでした。

 振り返った。


 老人の姿が頭に浮いていたが、来るはずもない。

 そこにいたのは、同い年くらいの男の子であり、ぱっと見は都会の子に映る。

 ここらでは見掛けないようなお洒落な服を着て、身嗜みも整い、垢抜けた感じがある。

 ただ、つり目がちできつい印象も受けた。


「あなたも、魂の解放者──?」


 声を掛けてみたが無視だ。どころか目にすら入っていないように横を素通りしていく。

 ただ彼女もそれくらいでめげる子でもなく、持ち前の明るさを発揮して、隣に並んで、もう一度。


「ねぇ、あなたも魂の解放者?」


 やっぱり返事はしてくれず、感じ悪、とは思うがまだへこたれない。


「おーい、聞こえてないのー? 今日は話したくない気分なのかな? あ、もしかして、耳が聞こえてないとか」


 前に出て、動作で伝えようとすると、そこで少年がやっと反応を示し、大きな溜息を落とした。


「しつこい奴だな。無視しているのがわからないか」

「えぇー、わざとしてたの。ひどいじゃん」

「関わり合いになるのが嫌なだけだ。俺は急いでるんだ。どいてくれ」


「名前はなんて言うの? わたしはレトリ」

「話を聞いていないのか」

「いいじゃん。名前くらい教えてくれたって。あなたもこれに選ばれた、魂の解放者なんだよね?」


 ペンダントを服の下から出し、見せるが、また溜息を落とされ、あげく突き飛ばされた。


「邪魔をするな! 俺は選ばれたんじゃない。俺が選んだんだ。使えそうな奴をな」


 尻餅ついて、呆気に取られていると、階段を上り始めた彼の体から突然眩い光が発せられる。なんだ、と思った次の瞬間、


「いくぞ、魔導兵士」


 そんな声がして、彼の腕や脚を機械が覆い、後ろに投げ捨てられた杖が、妙に重たい音を立てた。どす、と。

 直後、シュィーンと不思議な音が鳴り渡り、瞬く間に彼はいなくなる。

 足で駆けて行ったようにも見えたし、地面を滑って行ったようにも見えた。


「何今の……。もしかして、核の力?」


 そうとしか思えない。使い方なら知っている。

 ずっと前から扱ってきたように、魂の解放者となった瞬間、理解した。

 あれはとても不思議な感覚であり、


「わたしも、やってみようかな」


 思い立つと彼女は膝を立て、土を払う。

 階段を上りつつ胸に手を置いた。意識を集中し頭に浮いた言葉を口にする。


「力を貸して。ヴァンパイア」

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