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墓標のラビリンス 天使ヵ悪魔ヵそれとも魔女ヵ  作者: らくだ けい
⭐︎一つ目のラビリンス編⭐︎
1/18

第1話 少女の出会い

「うそ、宝石?」


 その日、宝石のように綺麗な石を拾った。

 丸くて、黒く輝いて、運命を変えるものだった。


「おぉ、レトリ。おはよう」

「おはよー!」


「今日も朝早くからお手伝いかい?」

「うん。ローフさんとこ! 二人共待ってると思うから、またね!」


 急いで行かなきゃと、レトリは駆ける。

 走り抜けていく短い石橋の下には、穏やかな流れを作る川があり、その畔には、春の訪れを告げるように色取り取りの花が咲く。


 周囲には、煙突の先から煙を上げる石積みの家が立ち並び、明朝から囀り始めた小鳥達も一息入れる頃合い、正午前。

 町の外れからしていた田畑を打つクワの音も止む。それを地面に立てて、彼女は汗を拭う。


「ふぅ。おじさん、おばさん。こんなものでいい?」

「ああ、十分さ」

「最後まで手伝って貰って悪いわねぇ」

「いい、いい。お手伝いするのって、楽しいし」


 そう言って浮かべた眩しい笑みに返ってくるのは、夫妻の朗らかな笑みであり、礼として、山のように受け取った野菜を抱えて向かうのは、教会の傍にある孤児院。

 外では、沢山の子供達が遊んでおり、彼女の持つ大量の野菜を見て、はしゃいだ声を上げる。


「すごーい!」

「レトリはちからもち!」

「相変わらずのバカ力。よくこんなに抱えてこれるもんだ……」

「レトリ、レトリ、あそんでー」

「はいはい、これ運び終わったらね♪」


 ここ、メープル孤児院を管理するのは、老齢のシスターであり、もとまで向かう。


「見てこれ! こんなにいっぱい貰っちゃった!」

「沢山お手伝いに行っていましたからねぇ。ローフ夫妻も喜んでいましたよ」

「知ってる。わたしが手伝うと畑仕事が何倍も楽になるんだって」

「レトリは生まれつき力持ちですからね。今までその力に、私も何度も助けられました」


「感謝してるのは、わたしの方だって。ありがとう、シスター」


 野菜をどかりと下ろすと、レトリは走っていって、シスターの胸に飛び込む。優しく抱き留められて、涙ぐむ。

 ここを立つ日が来たのだ。


 少し前に十二の歳を迎えたばかり。まだ子供ではあるが、子供でなければ務まらぬ役目もある。

 服の下にしまう拾った石を付けたペンダント。

 それは新たな道の始まりを示す。


 その石は、持ち主を選ぶ。そして、力を与える。


 栄誉ある使命を与える儀式は教会にて執り行なわれ、既に祝福も受けて、あとはそれを行う場所へと向かうのみ。


「モンスターの落とす核って、お金に変わるんだって。わたしの持ってるこれも、売ったら良かったかな……」

「その核に選ばれなかったのなら、それも良かったでしょう。ですが――」

「うん。わたしが拾うように神様が落としたんだもん」

「ええ。導きに従いなさい。それがあなたの運命なのです」


「嬉しい気持ちもあるけど、不安な気持ちもあって」

「今生の別れになるわけではありません」

「こんじょうって?」

「ずっと、永遠に会えなくなるわけではないのです。やっぱり駄目だと思ったら、帰ってきなさい」

「――そうする。お母さん」


 いつもはそんな呼び方はしないが、今は別。

 二人きり。独り占めできる。皆の育ての親を。


 甘えるだけ甘えて、寂しさを振り払うようにレトリは涙を拭った。笑みを浮かべる。


「立派な魂の解放者になってくる。行ってくるね! お母さん」

「ええ、いってらっしゃい。あなたに神のご加護があらんことを」


 外に出て、軽く皆の遊びに付き合ったあと、今日出ていくことを切り出したら、大騒ぎ。しかし致し方なし。いつかは言わねばならないことだ。


「えぐっ、れどり、れどりぃ、いがないでぇ」

「そうだぞレトリ! そういうのは、もっと前に言えよな。そしたらみんなで、気持ちよく送り出せたのに」


 大きい子は愚痴りつつも理解を示してくれる感じではあるが、小さい子はそうもいかない。

 あとから出てきたシスターがその場をとりなしてくれ、ひと安堵。


 別れを惜しんで皆と抱擁を交わし、手を振って、新たな一歩を踏み出す。


「じゃあね、みんな! わたし頑張るから!」


 その時、泣いている子は、もう一人もいなかった。母の得意技だ。見習いたいものである。


 一気にトップギアまで加速し、町を駆けていく。

 速い。いいや、人間離れした足の速さであり、そのせいでブレーキが効かず、通りに出た際、危うく人と衝突しかけた。


「わわ! ごめんなさい! 今急いでて」

「レトリ、そんなに慌ててどこへ行くんだい?」

「ラビリンス!」


 怨みのような強い未練を残した魂は、天へと昇ることなく瘴気漂う穢れた墓標へ集う。

 突如として現れるそれの名を、ラビリンス。姿を変え、真っ黒なモンスターとなった魂が蔓延る死者の園。


「おーい! レトリー! 暇なら少し店を手伝っていってくれないかー!」

「わたし魂の解放者になったの! 今から町の傍のラビリンスに行くの!」

「な、なんだとぉ!? お前、一人で大丈夫なのかぁ!?」

「大丈夫かどうかはわかんないけど、みんな見えないじゃん!」


 そこで倒されたモンスターが落とすものが、彼女が首に飾るペンダントに付けた石であり、一般的な呼び名は『核』。


 その核に選ばれた者は『魂の解放者』と呼ばれ、ラビリンスに囚われた魂を解放する役目を担う。


 大人は、なることができない。どころかラビリンスを見ることすら敵わず、入るなど以ての外。


 成人を迎える十五の歳辺りが見える限界ラインであり、適齢は彼女の歳くらいか。

 町を出て、野を少し駆け、前に広がる森へ入るなり、漂い始めた黒い瘴気がその目印。


 近い所にできたゆえ、慌ただしく出発したところがある。

 瘴気は日を追うごとに範囲を広げ、一定の所で止まりはするが、もしこの淀んだ空気が町の方まで流れてくれば、町は疫病に満たされよう。


 阻止する為には、できたラビリンスを統べる親玉を倒し、全ての魂を解き放つ必要がある。


 しだいに朽ちた木々が目立つようになり、視界が開けてくる。見上げるほどの巨大な建造物が目に飛び込む。形は正四角錘。ピラミッド型。


「うわ、おっきぃー……」


 大きく開いた入り口と、そこに続く階段も見えるが、のぼるには勇気がいった。

 呆然と眺め、ただ立ち尽くしていると、コツ、コツと、杖をつくような音が後ろでする。振り返った。


 老人が頭に浮かんでいたが、来るはずもない。

 そこにいたのは、同い年くらいの男の子であり、ここらでは見ないようなお洒落な服を着て、身嗜みも整い、垢抜けた感じが都会の子に映る。


「あなたも、魂の解放者――?」


 声を掛けても無視だ。どころか目にすら入っていないように、横を素通り。

 ただ彼女もそれくらいでめげる子でもなく、持ち前の明るさを発揮し、隣に並んで、もう一度。


「あなたも魂の解放者? ねぇ、無視しないで。おーい、聞こえてないのー? 今日は話したくない気分なのかな?」


 無言だ。


「もしかして、耳が聞こえてないとか」


 前に出て、動作で伝えようとすると、溜息が落ちた。


「しつこい奴だな。無視しているのがわからないか」

「えぇー、わざとしてたの。ひどいじゃん」

「関わり合いになるのが嫌なだけだ。俺は急いでるんだ。どいてくれ」

「名前はなんて言うの? わたしはレトリ」

「話を聞いていないのか」


「いいじゃん。名前くらい教えてくれたって。あなたもこれに選ばれた、魂の解放者なんだよね?」


 ペンダントを服の下から出し、見せるが、また溜息を落とされ、あげく、突き飛ばされた。


「邪魔をするな! 俺は選ばれたんじゃない、俺が選んだんだ。使えそうな奴をな」


 尻餅ついて、呆気に取られていると、階段をのぼり始めた彼の体から突然眩い光が発せられる。


「いくぞ、魔導兵士」


 そんな言葉が聞こえ、彼の腕や脚を機械が覆い、後ろに投げ捨てられた杖が、妙に重たい音を立てた。


 直後、シュィーンと不思議な音が鳴り渡り、瞬く間に彼はいなくなる。足で駆けて行ったようにも見えたし、地面を滑って行ったようにも見えた。


「何今の……。もしかして、核の力?」


 そうとしか思えない。使い方なら知っている。

 ずっと前から扱ってきたように、魂の解放者となった瞬間、理解した。あれは不思議な感覚だった。


「わたしも、やってみようかな」


 膝を立てて、土を払う。

 階段をのぼりつつ胸に手を置いた。

 頭に浮かぶ言葉を心静かに口にする。


「力を貸して。ヴァンパイア」

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