六、彼の知らなかったこと
「斗亜くんはさ、食べることが好きなの?」
「うん好きだよ。特に甘いものがね」
「私より女子力高いね」
「そうかも笑」
斗亜くんといつものように話していると、段々と気持ちが落ち着いてくる。この安心感が私は好きだった。
駅の構内でウィンドウショッピングをする
「あのイヤリング、萌華ちゃんに似合いそう」
「えっ本当っ…」
横を見ると、さっきまで隣にいたはずの斗亜くんがいない。斗亜くんが倒れてしまった。
「えっ?どうしようっ。誰か、誰か助けて!助けてください!」
私はバックからスマホを取り出し、すぐに救急車を呼んだ。
〝火事ですか?救急ですか?〟
「救急です!木藤駅の西口近くにある△△で人が倒れて」
〝分かりました。呼吸はしていますか?〟
「はい、だけどすごく苦しそうで」
〝今救急車が向かっているので待っていてくださいね〟
「斗亜くん、斗亜くん大丈夫?」
「ううっ」
救急車が向かってくる
「大丈夫ですか?男性の年齢は?」
斗亜くんの年齢は、私と同じ…
「十七歳です!」
「分かりました」
斗亜くんは白血病だ。斗亜くんはいつも笑顔で不安な顔を見せず、自分の病と向き合っていたのだろう。その時に私は気づいた。私は私の病気だけに向き合っていて、本当は斗亜くんのことを何も知ろうとしていなかった、と。
斗亜くんの帽子が脱げる
斗亜くんの髪の毛を薄く抜け落ちていて、帽子を拾うとたくさん髪の毛がついていた。学校でも斗亜くんはいつもニット帽やキャップを被っていた。だけど私はそのことにも目を向けていなかった。斗亜くんがストレッチャーに乗せられて救急車へと運び込まれる。その時の斗亜くんは、私が見たことがないほどに辛くて苦しそうだった。
駅の構内を一人で歩く
私はもう自分の病のことなど忘れて一人、駅の中を歩いた。私は斗亜くんのことを何も知ろうとせずにいたのを、ただひたすら後悔して泣いた。
「斗亜くん大丈夫かな…」
今は電車に乗っても斗亜くんは助けに来てくれない。だから、私はタクシーで帰ることを決めた。
家に着く
「おかえり。今日はあの保健室の子と遊んできたの?」
「うん、そうだよ」
自分の部屋へ行く
斗亜くんのことが不安で何も考えられなかった。私は斗亜くんのことが好きなのかもしれない。友達としてじゃなく、一人の男性として。だからこそ、好きな人の苦しんでいる姿なんて見たくなかった。
ピロンッ
ラインがくる
〝萌華ちゃん今日は本当にごめんね。萌華ちゃんに無理をさせてしまったと思ってるし、僕も倒れて大事な約束を台無しにしちゃってごめん。救急車を咄嗟に呼んでくれて本当にありがとう。白血病ってこの前言ったでしょ?今は薬物療法とかをしているんだけど、副作用で貧血になったり、動悸を起こしたりするんだよね。今日はそれが出ちゃったみたい。一ヶ月くらい学校には行けないかもしれない。だけど、今日のことがあったからって萌華ちゃんは絶対に自分のことを責めないでね。元気になってまた学校行くからね!おやすみ〟
そこには長文のメッセージがあった。斗亜くんはいつも自分よりも私のことを優先してくれる。こんな時くらい、自分の心配もしてほしいと思った。だけど、その優しさのおかげで私は今こうしていられるわけで、本当に感謝の言葉しか出てこない。
〝斗亜くん、今は元気?私も斗亜くんといたおかげで、困っている人を放っておけなくなってしまったみたい笑いつも助けてもらってばっかりだったし、すぐに行動できたのは斗亜くんのおかげだと思ってる。お互い早く元気になってまた会おうね!〟
そんなメッセージを交わし、私は疲れて寝てしまった。