一、戻りたくない経験
〝ガタンゴトン〟
静寂に包まれた電車内。高校一年生、寺島萌華。あの日私はいつもと変わらず、最寄りの駅から電車に乗った。都内の地下鉄はスマホをいじる人で溢れ返り、満員電車だ。
「カシャ」
静かな空気の中で、音を殺すようにして出たシャッター音。後ろを振り返った時、一人の男が私のスカートからスマホを急いで引いていた。
「はっ」
驚きで声が出なかった私はその場に倒れこんでしまった。すると近くにいた、男子高校生がその男を取り押さえて、近くの人に声をかけた。
「通報してください。お願いします」
次の駅に着くと、男は警察に引き渡され、男子高校生は私を駅員さんの所まで連れて行ってくれた。その時の私はパニックで何も考えられずにいた。
親が駅まで迎えにきて、家に着く。今日はもう何もしたくない。ただ、頭の中であの時の光景がフラッシュバックしてくる。あの時の電車の混み具合、私のスカートから、急いでスマホを出したあの男の顔、全てが思い出される。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」
過呼吸が止まらず、次第には全身に鳥肌が立ち、涙が出ていた。
「萌華、大丈夫?」
「ごめんなさい、ごめんなさいお母さん」
心配して様子を見にきたお母さんが私の手を取り、強く握った。
「ゆっくり、ゆっくりで大丈夫だからね」
疲れていた私はそのまま寝てしまっていた。