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Lovin` You

作者: まる

君のいない三度目のクリスマスは雪になりました。



「ドアが閉まります。」


もう何回この光景を見ただろうか。

鉄の扉は目の前で閉まり、ホームから離れてく。

また乗れなかった。

今まで何度もそうしたように、後ずさりしベンチに腰を落とす。

ずっとこの繰り返しだ。

電車のライトが見えては立ち上がり、それでも足は進まずに、腰を下ろす。

何度電車を見送っても、乗ることだけはできない。

どうしてもその先へは足は進まないのだ。

また一本、また一本と電車は過ぎてゆく。

三年前から変わらない。

この日だけは本当の世界からひどく遠いところに自分がいるような気がして、この薄暗いホームに自分だけ取り残されてしまったのではないかとさえ思えてくる。

ライトが闇の奥に見え始める。

ホームに漂うぬるい空気は流れを変え、電車が滑り込んだ。

人の行き来もなく、電車は再び走り出す。

自分はいつまでこんなことを続けているのだろうか。

もういっそ何もかも放り出してしまえば。

そんな考えが頭をよぎっていた。



---------------------------------------------



三年前に事故があった。

なんてことはない交通事故。

日本では1日に1917件起こる、その中の一件。

誰の身にも起こりうる。

そう、そんな特別な事じゃない。


その連絡はこの場所で受けた。

彼女との待ち合わせに向かう途中。

あと少しで彼女に会える、今夜はずっと一緒にいれる。

そんな想いで胸はいっぱいだった。自然と心も弾み、すぐに来るはずの電車も、待ちどうしくてしょうがなかった。

構内アナウンスが流れると、それと同時に携帯が着信を知らせた。彼女の番号。すぐに電話をとる。


一瞬、世界の音が遠退いた気がした。

期待した優しい声はそこにはなく、代わりに聞こえたのは日常を脱した言葉だった。


「優香が引かれた。」


とっさには理解は追いつかない。

その意味がやっと脳を満たした時、体が凍りついた。

彼女が引かれた。

さっきまでの甘い感情は夢のように霧散して行く。


交通事故。

ドライバーの不注意。

手遅れ。

なおも続く陰惨なノイズはまったく耳には入ってこなかった。


乗るはずだった電車の扉は目の前で閉まり、そのままゆっくりと動き始めた。

約束が果たされることはなくなってしまった。

彼女は待っていない。

足は動かなかった。

進んだところでなんになる。

彼女はもう待っていないのだ。



---------------------------------------------



“あの瞬間だ。

あの瞬間から何かが足りない。

心の底から何か大事なものがすっぽり抜け落ちてしまっている。”



---------------------------------------------



電車の揺れとともに体が小刻みにふれる。

目が覚めたそこは、電車の座席の上だった。ひどく頭が痛い。

下げられた視線の先には薄汚れたスニーカー。そして、腿で重ねられた誰かと自分の手だ。


「起きた?」


不思議な響きの声。聞き覚えがある。

まだ意識が完全に覚醒しきらないままに、隣に座る誰かへと視線を向ける。


「大丈夫?」


そこにはこちらを心配そうに覗き込む彼女の顔があった。


「ゆう.. か?」


「久しぶりだね。 裕一くん。」


おかしい。ありえない。

この世界にいるはずのない人間がさも当然のごとく隣で笑っている。


こちらの困惑もよそに優香は冗談のように言う。


「どうしたの? こわい顔してる。」


何が起きてるのか分からなかった。

ひどい頭痛がし、考えもろくにまとまらない。


「う... うん。」


動揺を隠せないまま息の詰まった返事だけが口をついて出た。


「ねえ、ほんとに大丈夫なの?」


彼女は僕の手を優しく包んだ。

その手は確かに温かく柔らかい。

まるで生きた人間のそれだった。

彼女に寄りかかった体からも、確かにコートの生地越しにぬくもりを感じる。


夢であろうか。

優香はもうこの世界に存在しているはずがない。


しかし、それでも。

あんなにも会いたかった人が隣にいる。

あんなにも聞きたかった声が心を満たす。

思い出せなくなった彼女のぬくもりを感じられる。

頭痛のせいか思考はとうに麻痺しきっていた。


夢でもいい。

現実を見つめるよりはずっと“やさしい”。

少しでもいいから優香の存在を感じていたい、と。

その柔らかな手を握り返す手に自然と力が入った。



---------------------------------------------



「裕一くん 本当に大人になったね。」


優香は異常な状況にそぐわない程楽しそうに話す。


「そう言う優香は変わらないな。」


「そりゃそうだよ。私の中の時間はあの日から止まっちゃてるんだもん。」


優香の声には悲愴の色は感じられない、むしろとても明るい口調で話す。


「あれから3年か〜。 ねえ、、裕一くん。あれから新しい彼女できた?」


「つくれないよ。ずっと優香が忘れられないんだ。」


ふと目をそらして笑う彼女は嬉しそうにも悲しそうにも見える。


「そう... だよね。 だって... 裕一くんは陰気だったもんねっ!」


「痛っ。背中叩くなよ。 あと陰気じゃねーよ、陰気じゃ。」


「どうすんの〜? このままじゃ新しい彼女どころか一生独身だぞ〜」


優香は笑ってる。

生前も優香は僕の隣じゃずっと笑ってた。

でも今は、心なしか無理に明るく振舞っているように感じる。


二人とも触れてはいけないとわかってる事があった。

電車の事。

状況は明らかに異常だった。

壁広告も、中吊りも一切ない。

何分も走り続けているはずなのに、一向に止まる気配はなく、聞こえてくるのは車輪の駆動音と二人の会話だけ。

それに、他に乗客が誰もいないのだ。


二人とも言わずとも触れてはならない事だとわかっている。

おそらくそれを明らかにしてしまったら、彼女のそばにはもういられなくなる。


「忘れられないかぁ。 うれしいなぁ。」


優香は急に静かになって呟いた。


それからいろんなことを話した。

彼女の家族のこと。

今の生活のこと。

大切なこと、言いづらいこと、他愛もないこと。

失われた時間を埋めるように思いつく限りのことはすべて話した。

優香も初めてのデートのことから僕のクセに至るまで思い出という思い出をひとつずつ話していった。

まるで、自分が生きていた時間を確認するかのように。



「そっかー、そんなことがあったんだね。 みんな元気そうで良かったぁ。 はぁ、みんなに会いたいなー。」


彼女の手が自分の手から離れてく。


「うぅ、寒いねっ。凍えちゃうよ。」

優香は手を暖めるように、両手に息を吹きかけた。

僕はコートのポケットを探った、そこには確か


「優香。 はい。」


右手片方の手袋を渡した。


「かたっぽー?」


ちょっと不満げに顔を向けてくる。


「左手は、はい。 こうすれば寒くないでしょ。」


僕は再び彼女の手をそっと握り、そのままポケットへと滑り込ませた。


「うん... ありがと。」


優香は少しうつむき頬を赤くした。

そこには永遠に失ってしまった幸せが確かに存在した。

こんな時間がずっと続けばいい。



その時、唸りをあげて電車が進路を変え、今まで黒一色だった電光掲示板に急に文字が躍った。

自分にはそれは判読不能だったが、優香はその意味を理解している様であった。


初めて彼女がはっきりと悲しそうな顔をしていた。



「ねえ、裕一くん。 わたし 謝らなきゃいけないよね。  ごめんね。」


「なんで謝るんだよ。 そんな言葉は聞きたくないよ。」


「ううん、ちゃんと聞いて。 3年前、急にいなくなってしまったこと、ごめんなさい。 お別れも言えなかった。 私、裕一くんのことすごく好きだよ。 裕一くんと過ごした日々、何気ない日常が、みんなみんな大切だったって言える。 ほんとうなんだよ。 でもね、今日はお別れを言いに来たの。」


「優香 お願いだから止めてくれ。」


「裕一くん、私が忘れられないって言ってくれたよね。 ずっと大切に想ってくれてたんだってすごくうれしかった。 でも、もう‥だめだよ。」


「止めてくれって」


「私の事は忘れて下さい。 裕一くんはまだこれからいろんな人と出会うんだから。 きっともっと素敵な人とめぐり合える。 そんな時、私のせいで裕一くんが幸せになれないなんて絶対いやだな…。 裕一くんにはもっとちゃんと前を向いて歩いて欲しいよ。」


「止めてくれっ!」


「だから、ね。 もうおしまい。」


電車が減速をはじめる。

彼女は立ち上がった。

扉へとゆっくり歩きながら彼女は言う。


「お別れを言います。」


後ろ姿では顔は見えなかった。

でもその声に涙が混ざっているのは分かっていた。


「裕一くんが大好きでした。 ありがとう。 そして、」


電車はさらに減速する。

優香が届かないところへ行ってしまう。


「待って!」


立ち上がり、彼女を追って手を取ろうとした。


「さようなら」


伸ばした右手は彼女の手をするりと抜けて、そのまま彼女より一歩前に出る。

彼女がどこかへ、二度と手の届かぬ所へ行ってしまう。

そんな焦燥感が胸を焦がし、僕はすぐに振り返った。


彼女は目を閉じ、背伸びをしていた。

彼女と唇がふれた。


虚をつかれ立ち尽くす僕の胸を彼女は優しく押し、不意を打たれた僕はそのまま後ずさってしまった。

背後では扉の開く音が聞こえる。


「もう、こんなとこきちゃダメだぞー!」


優香が最後にそう言うと同時に、そのまま自分は車両の外に押し出された。



押し出された拍子に足がもつれ腰を突いてしまった。

衝撃に目を閉じる。

再び瞼を開けたとき、そこには電車の姿など跡形もなかった。

あるのは見覚えのあるホームの壁だけ。

頭痛が軽くなっている。

そのせいか、記憶がはっきりしてきた。

構内アナウンスがこのホームに電車の到着を知らせた。


現在時刻 18時47分


思い出した。

今から来る電車を僕は知っている。


ホームに滑り込む電車が警笛を鳴らした。

腰を持ち上げる。

不思議と一歩を踏み出す覚悟はもうできていた。



---------------------------------------------



あれほど乗ることを躊躇していた電車に、あんなにもすんなりと乗れてしまえたのは自分でも驚きだった。


18時48分着

僕はその電車で人生の全てを終わらせるつもりだった。


「もう、こんなとこきちゃダメだぞー!」


僕は優香の最後の言葉をずっと反芻していた。


「こんなとこ... か...」

「でも、そこでまた優香に逢えたじゃないか。」


優香と待ち合わせをしていた駅はあと3つ先だ。

自分でも信じられないくらい気持ちは穏やかだった。

少しずつ、でも着実に約束の場所へと近づいている。

あの場所にたどり着けば優香が言ったように再び前を向くことが出来るのではないか、そう思うのだ。

車内アナウンスが目的地を告げた。


「あぁ、さむ。」


外はとても冷え込んでいた。

コートのポケットを探る。そこには確か。

左手片方の手袋。


「あれ... あ、そっか。」


粉雪がちらつく。どうりで寒いわけだ。

優香との約束の場所。


「ホワイトクリスマスだね。」


優香が笑いかけてくれている気がした。


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