ヘタレの蹴り飛ばしかた
「大人しくしろぉッ!!」「もう逃げられんぞッ!無駄なあがきはやめて投降しろッ!!」
「天上人様に対する侮辱!その矮小な命をもって贖え!」
「チィッ!次々と勝手抜かすな!そんなもん御免だねッッ!!」
怒号と共に波のように押し寄せながら周りを囲い込む看守の群れを一手に引き受け
「隙ありィッッ!!」と気合一声
無造作に後方から鋭く突かれた槍を掴み取り
「よ・・っとと!」
「貴様ッ!!は・・・離せッ!!」
綱引きをする態勢になって尚も槍を手離さない看守に呆れ
「駄目だね隙だらけのお前が悪い、俺の知ってる槍使いなら掴まれるヘマはしないからな」
『へへ~!照れんねェ、もっと褒めてくれてもいいよ!』と話題にした彼女が脳裏でVサインをする
「この程度のやり取りで誰かを連想するなんて俺も人恋しくなったもんだ・・齢かねッ!!」
今この場に居るのは自分1人、イアの行方も杳として知れない
戦場での甘えた幻影を振り払うように自嘲しながら頭を振り槍を握る手にチカラを込める
「なっ!?なんだッ・・!?なにをしているッッ!!」
動揺しながらも槍を持ったままの看守は怯えながら鋼の槍が石になっていく様を恐々と見つめ
「う、うあ!・・・あぁああああ!」
「我ながら酷いやり方だが必死なんでな、・・・悪く思っていいぞ」
時既に遅く石化した指先が槍と同化し瞬く間に石化が全身に波及し
物言わぬ彫像と化した看守を地に叩きつける
砕け散らばった元看守を始めとしてそれまでに炭化させた者、首から上を吹き飛ばした者、左胸に大穴を空けた者達を指差し数えて挑発をする
「これでえ~と、五十ぅ・・七人だっけか?」
「怪物がぁ・・・!舐めるなッッ!!!」
頭に血を登らせながらも最接近戦は愚策だと学んだのか
距離を保ちながら立ち回り素早くヒット&アウェイで中距戦を挑む者には
「【雪邪の足跡】ッッ!」
「つッつめた!いや・・熱ッ!え?な・・?」
地を踵で強く踏みつけると霜が辺り一面の地面を走り
霜に足を取られた看守が一気に氷漬けになる
「・・・・。ひゅッ」
「・・?っぐ!!」
次の相手を迎え撃とうと構える背後から一瞬だけ聴こえた呼吸音に疑問符を浮かべた瞬間
隙だらけの首、脇腹、膝裏を蜂に刺されたような熱さと痛みが襲う
あれは狙撃の狙いすます呼吸だと感づいた時には遅かった
「関節部分を的確に・・・ッ、流石に痛いなコレは・・・」
撃たれた。キッチリと消音器を装着した銃器を用い
周囲を囲う二階席の手摺壁に身を隠しながら移動をする狙撃手達にこちらの対抗手段は・・
「いいや、隠れても解かる。お前が与えた傷が俺達を因果関係」
身体が変質してからままある事だが出来ることが瞬間的に脳裏に浮かぶ。
今まで一度も思い付きもしなかったことが練習無しで出来るという確信がある
銃弾で裂けた傷の疼きがある方向への引力を感じる
──その先に、居る
「【悪意の応報】!」
己を傷つけた攻撃の起点へと牙を剝くカウンター能力
「ヒィ!!あ、あぁ・・ごぱッ!ごぽ・・・・ぷ」
「礫伍!どうしたなにが・・・あ、あぁぁぁ・・・!!」
「礫全隊員へ!対象の異能と推測!直ちに距離を!きょ、を、きょききき!・・・き」
狙撃手達は引き金を引いた指先からぶつぶつとした赤黒い斑点が拡がり
怯え必死に肌を掻くとヘドロのような黒い膿が噴き出し、やがて黒い泥と化し全身が溶け消えた
躊躇いは無かった、この仮面は嗅覚を阻害することなく臭気を察知してしまうお陰でフロアに入った当初気が付かなかった事にも気が付いた、生き物が長らく放置された独特な異臭、排泄物そしてなによりも充満している鉄錆のような匂いは・・恐らく血、ここでなにがおこなわれているのか想像に難くない
「くっ!面妖な・・ッ!!」
「亜擬めッ!卑怯なり!」
「飛び道具では術の餌食だ!」
「隊列を組め!突貫準備!!」
「槍!構えッ!!突撃ィッ!!」
「「「オォォォォォッ!!!」」」
やはり接近距離が一番マシと判断した看守達が槍の穂先を揃え一斉に向かってくるのを
完璧には躱さず、しかし致命的な箇所は避けてわざと肉を斬らせる
「っぐ・・・ぅむ」
痛みを堪えるように肩を押さえると看守達の表情に活気が戻る
「おぉ・・ッ!」「いいぞ!もっと増援を!」
「取り囲んで貫き殺すのだ!行くぞ!続けぇッ!!!」
圧倒せず、しかし調子づかせず一進一退の関係を保ち衆目を集める
この拙い演技でいつまで騙し通せるか分からないがこれもミィの潜入を悟らせない為だ
相手に警戒はさせ続けなければいけない、現に獄長は御付きとこちらを見てなにやら喋っている
ーーー
「獄長殿ッ!アンプル弾、効果乏しく筋弛緩剤、神経毒を始めとした茸等の植物類、河豚蛸の海洋類、蜂蠍の害虫、多くの蛇に至るまでの毒、その他麻痺睡眠など数種類を試行していますが覿面な症状を確認できません!」
びッ!と敬礼をし上がってきた報告書を獄長に読み聞かせる看守の声には緊張が混じっているが
獄長はそれとは反対にゆっくりと髭を撫でながら確認を投げる
「針は?ちゃんと刺さってますか?注入できてないってオチはやめてくださいっね」
「はッ!頭部への射撃は仮面に遮られ完全に弾かれます、四肢の関節付近に刺されば一瞬その部位を気にする素振りを見せますがすぐに戦闘行動に戻っております!また、その間隔も短くなり継続的な注入に成功していますが現在ほぼ足止めになっていません!」
「こりゃあ受ければ受けるほど耐性を得るタイプでしたか・・っね
取りあえずは随時、毒を変え続けて・・いま使用している針は最高硬度のゴーレムを貫通出来るものでしたっね?」
「はッ!」
「そ・れ・な・らば~~・・え~~~、よぉ・・っと!」
カッツァは報告にフムフムと頷きながら椅子の横に置いてあったアタッシュケースを椅子から腰を浮かせず横着するように身と手をぐっと伸ばして引き寄せ
「ふぅ・・・おほん!!では・・」
ノートPCよりも一回り大きい程度のアタッシュケースを膝の上に乗せると咳払いをしドアをノックするように『コツコツ』と拳で軽く叩いて一呼吸置いてケースを開けると中には内装のウレタンに包まれた精緻な弾丸がずらりと並んでいる
「お、おぉ・・・・!いつ拝見しても素晴らしい能力です!」
ケースを覗きこむ看守が感嘆の声と共にその中身に見惚れる
弾頭に濁った深緑の液体が備えられた大口径弾丸、幾重にも返しのついた太い針が据えられたライフル弾などから弾丸自体がスポンジ状の物、注入針が剣山のように数多枝分かれしている珍妙なものが揃っていた
「お世辞はいいのっよん!粘液系と砂石系、あの連中にも刺さる特殊針、あとは龍種の劇毒ねコレも試しておいて念の為。では!分析機器班の報告よろしっく」
カッツァは羨望の視線をさらりと受け流してアタッシュケースを看守に預けながら別方向の看守に目を向ける
「はッ!報告致しますッ!」
派手な紋様があしらわれた双眼鏡でダイスを観察していた看守がカッツァに声を掛けられ覗き込んでいた機材を腰のベルトに掛け敬礼し一歩前進する
「標的の体力に目立った推移は確認できず!体力緑のままですッ!」
「ふぅん・・・見かけより傷を負ってないんだっね、一度も色彩に変化はありませんっか?それとも黄へ落ちたあと緑へ持ち直したのですかっな?」
「いえッ!一度も色彩は変移せず!他の計測器でも並列し観測を試みていますが同様の結果でしたッ!」
「あれしきの傷では%が動かないほどの体力総量なのか計器でも計りきれない回復速度なのか・・・ん~、取りあえず引き続き目を離さないでちょーだいっな」
「了解しましたッ!」
分析機器を装備し直し仮面男の動向の観測を再開する看守と
特殊弾の使用許可の指令を伝えに向かった傍付きを見送り獄長は溜め息を吐く
「あ~やんなっちゃね、なんでしょうねぇありゃ、本当にバケモンですか・・・っね」
「どうでもいいよ、亜擬なんてみんな同じさ」
カッツァの独り言に近い問いに不機嫌そうに舞台を見下ろす少年
天上人への侮辱を口にされてからずっとこうだ
「はぁ、最至都市での逃亡の折には反撃らしい動きを見せず人的被害は皆無だったのですっが!
一体全体この光景はなんの冗談なのでしょぉっね!」
「は?今さらなに言ってるの?アレは敵だしボクたちは殺し合いをしてるんだ
すぐにヤツを殺して自分で積み上げた屍の下に敷いてやるよ」
「ま!それには同意しますっが!でもねェそれでも気になるのですっよ!」
「・・・・・。」
看守に持ってこさせた最至都市での顛末を記した報告書を読みながら獄長は訝し気に眉をひそめる
「最至都市から逃げおおせた後に潜伏していた亜擬の巣で過ごす間に随分と心変わりしたらしいですな、差し向けた冒険者賞金稼ぎの類は誰もが等しく帰らなかった
他の亜擬が殺していた可能性も考えていましたがこの惨状をみるとコレがやっていたんでしょう、付近の村々で仮面の強奪者の被害も聞き及んでいますし」
「真綿で首を絞め過ぎた、要は甘かったんだよだから調子づかせた。穢れた獣が追い込まれ過ぎて自暴自棄になって歯向かい始めたんだ、もっと早く物量で一気に押し潰してしまえばよかったのさ」
議論に値しない、と少年は冷たく鼻で笑い殺意のこもった視線で仮面男を睨みつける
「しかしここまで躊躇いなくヤレますかね、愉しんでいるようにすら見える」
「クドいな・・・何が言いたいッ」
尚も推測を繰り広げる獄長へ遂に我慢が切れたと少年の声に苛立ちが混じるが
その視線を向けた先にあった獄長の顔はいつもの飄々とした態度と表情がすっかり消え失せた昏い瞳で仮面男を見つめていた
「元から全てがどうでもいいのですよ、ああいった輩は。何に対しても価値を見出していないから簡単に思考を切り替えて己に不要と思ったものを即座に切り捨てられる、もう人類側に取り込むことは不可能でしょう。ここで確実に処しておかなければ面倒事になりますな」
「長々と話したくせに結局は殺せば問題ないっていうんだろ、下らない。
僕は楽器の準備をしておくよ」
「おやおやおや!宜しいんですかっな!」
ウンザリして椅子から身を起こした少年の提案に獄長の顔に胡散臭い笑顔が戻る
「チッ!こんな虫けらの羽音とビブラートの区別もつかないカス共しか居ない湿気た場所で披露したくないけど仕方がないよ、お前の手勢は頼りないしボクは早く帰って新しい曲を譜面に起こしたいんだ」
「ん~!手厳しいですっな!ではでは・・大いなる天上人様に称号と共に下賜いただいた格別天授物!その御威光をしかとこの目で拝見いたしますっぞ!【演奏者】ジック・オントラクト殿!」
「気安く呼ばないでウザイから」
ジックと呼ばれた少年はヘッドフォンを外して髪を掻き上げる
「お、やっと耳当てを外してくれましたっね!実は吾輩の声が聴こえてないんじゃないかと内心ハラハラしてましたっぞ!」
「実際聴いてない、コンダクターにとって聴力は命で鼓膜は消耗品だ。お前たちの雑音で消費したくない」
「え~!じゃあな~んで会話できるんですかっね?おぢさんかなぴーぃ!」
「読唇だ、口の動きだけでもお前が気色の悪い音を発しているのがわかるよ」
「おぢさんの唇を感じ取ってくれて嬉しいよ」
「死ね」
鬱陶しく絡むカッツァの死を願いながらジックは燕尾服の内ポケットから指揮棒を取り出し軽やかに、しかし鋭く振るう
「あーあどうしようかな、弦楽の気分じゃないな、まずは肺に溜まった淀んだ酸素を吐きたいな」
その姿を見て椅子に深く座り直して身を預け獄長は音楽を聴く態勢を整えるが、獄長たちの座る椅子の後方で正座をして待機していたチャラ男が両者の会話が終わったことを見計らって声を出す
「あの~そろそろイっすか?」
「おんや?・・・はぁ、なにか?」
さぁ音楽鑑賞するぞとの意気込みに水を差され嘆息しカッツァが雑に返答するがそんな白けた空気に気付かずチャラ男は目を輝かせて正座の体勢を崩さぬまま膝立ちでにじにじと寄ってアピールを開始する
「いやいや!ジックさんが出るなら俺がササッとヤっちゃいますって!頼んます!名誉返上したいんす!」
「はぁ・・なんとも知能の低い」
頭を下げて戦闘への参加を希望するチャラ男の嘆願を振り返りもせずに聞いていた獄長だったが眉間を押さえて絞り出すように侮蔑の言葉を呟く
「あのですっね!道具には使うに適したタイミングというものがあるんですっよ!使用する際はこちらから声を掛けるのっで!!今はすっこんでいなっさぃ!!」
「え?・・・は?・・・こッ!このヒゲ野郎ッ!下手に出てりゃいい気になりやがって!俺は桃郷に居住を許されたGRADE0の狩人だぞッ!」
「それは、以前ッの!立場でっしょうが!!!」
重宝がられると思いはすれ怒鳴られるとは想定していなかったのかチャラ男が一瞬呆けて言葉を失ったあとにキレ散らかすが更に大きな怒声でカッツァが遮る
「下手に出ていれば?それはこちらの台詞でっす!大牢へ収監との御沙汰が下されたキミを有効活用してやろうと出房を許してやれば?まーーーッ!つけあがってからにっ!よろしい!今からでも大牢に叩き込んでやりますから同居する亜擬の鬱憤の捌け口になりますっか!?ご自身で言っていたように優秀な狩人だったんですからさぞかし亜擬共も恨みを募らせていることでっしょう!」
「え・・?あ、いや、いやいやっ!!オレは・・べつに・・・その、なんつーか」
剣幕に圧されてチャラ男が怯むがまだまだカッツァは止まらない
「あぁ!ちなみに!房内で貴方がなにをされたとしても我々は関与しませんからね!新入り看守の中にも稀に居るんですよ貴方のように勘違いして吾輩に噛み付いてくる間抜けがね!そんなたわけには大牢に宿泊をさせて己がいかに浅慮であるかを学ばせているんですよ!生きて出た者は居ませんがね!ですが!虫に集られて喰い尽くされるヴァカを眺めて味わうワインはじつに味わい深い!貴方は!あの味をまた私に感じさせてくれるのですっか!?」
「ひっ!あ、あの・・う、オレ・・それは・・その・・・す、すんません、す・・・」
「お前は既に人種としての扱いではない亜擬に近しい魔女としての認識だよ、雑音」
「俺をあんな連中と同じに括らないでくれッ!」
凄まじい勢いでカッツェに捲し立てられてしまって意気消沈したチャラ男が少しのあいだ口をぱくぱくと言葉を探している様子を見せていたが頭を思い切り下げて許しを請うたが燕尾服の少年に追撃され懲りずに口答えをする
「屑が、人並みに意見するなよ屑と芥に違いなんてありはしない、評価を改めて欲しいのなら指示を遵守しろよ無能」
「む・・・のう・・?むのう・・・オレ、が?この0のギシャンが・・?」
「はぁ・・わかったら姿が見えぬように控えていなっさい!まぁったく!!」
愕然とするチャラ男にカッツェはもういい、と野良犬を追い払うように後ろ手でシッシ!と手を振り
眼下の戦場を再び観戦する姿勢に入った。
ーーー
力ずくで奪い取った警棒を次々と群がる看守の頭に振り下ろしながら貴賓席を見やると獄長と目がかち合った気がした
(言い争ってる?なに話してんのかは聴こえねぇが・・・取りあえずミィの事ではなさそうだな)
もし発見捕縛されていたら、あの根性の悪い獄長はミィを摘まみ上げながら踏ん反り返って
「おやおや~これは何処のどなたでしょうか・・・ッな!」
なんて、嫌味な宣言をするだろう。ならば今のところ潜入はバレていないはず
(結構引き摺り出して獄内の人数も減ったはずだけど・・・ミィは上手くやってっかな?)
「勢い弱くなったぞぉッ!どしたァッ!!」
更なる増援を吐き出させるために肩を回して我が身の健在をアピールしながらクイクイと指先でかかって来いの仕草をして煽っていると土埃の向こうに何者かのシルエットが視界に映る
影は小さく、最初は自分が殴った看守が地面に蹲っているのかと思ったが土煙が薄くなるにつれ膝を抱えて座っているだけだと分かった
(いや鉄火場のド真ん中でおかしいだろ・・・なんだアイツ・・って!)
ボンヤリと膝を抱えて座っているのは小柄な男だ、地面に横たわる物体に寄り添っている
やがて土埃が落ち着き人影はハッキリとその正体を現した
物体に見えたのは手足と首を召し取り縄で雁字搦めで地面に転がされたソフィナだ
その横で座り込んでいるのはユンだった
(なんで逃げてないんだ・・・アイツら)
開戦からそれなりに経った、だというのに何故そのド真ん中で三角座りをして動こうとしないのか、なによりも不気味なのはユンの表情に悲壮さが無いことだ
「さぁ次は誰がどこから仕掛けてくるんだ?ん~?」
「っく・・・!」
「むぅ・・・!」
さぁさぁ!と両手を広げ余裕を含んでゆっくりと歩くと警戒した看守が押されるようにじりじりと後退する、攻め手の緩んだ周囲を牽制しながら2人から視線を外してさり気なく近付き、機を見て警告しようと距離を縮めていくと呟くような2人の会話が聴こえてきた
「逃げ、て・・ッ、ユン!今なら人目を盗んでここから抜け出せるっ・・から・・あなただけでも・・」
ソフィナはユンに対して逃げるよう懇願している、額に浮かぶ珠の汗と苦悶の表情から縛り上げている縄はただの捕縛用ではないのかもしれない
だが、ソフィナの想いを理解しているのかいないのか、当のユンはといえば
「いいんだ、僕たちはもう充分に良くやったのさ。」
空もなにも見えない薄汚れた天井を見上げてユンは薄い笑顔を浮かべて続ける
「同年代の若者も便利なものも何も無い田舎から旅に出て、キミと出会ったけれど結局ボクは何者にもなれなかった・・でも、これでいい、とも思ってるんだ。誰かの隣で終わりを迎えることが出来るのが、ね。精一杯やったんだ、これで、いいのさ」
「ユン・・・、でも!」
「上出来さ、ただの人からもっと価値のある何かになりたかったけれど、ここが限界、かな?」
(なんだ?なんと言った・・?聞き違いか)
だが聞き間違いではなくユンはぽつりぽつりと
「でも、良かった、最後にキミと居られて」
「ごめ、ごめん・・ユン、ごめん、なさい」
「いいんだ、それに案外なんとかなるかもしれない、こんな空が見えない窮屈なところじゃ死にきれないかな」
「空・・もう一度見たいかも星の瞬く・・でも、わたし本当は青い空が、ずっと・・」
「見れるかも、しれないよ。じっとしてやり過ごせればきっとなんとかなるよ」
(嘘、だろ・・・なんなんだ?あの前向きな諦めは・・・)
この状況に判断を放棄したのか、はたまた自分に酔っているのか
ソフィナを見ずに遠くを眺めるように悟った目をして世迷言を滔々と語っている
その姿を見て虚脱感に襲われると同時に身体の中心から怒りが込み上げる
──心底気持ちが悪い
彼等の関係性を深くは知らないが割かし親しい仲だと思っていた
(愛しているなら担いでも引きずってでもこの場から逃げおおせろよ!誰も自分達に注目していない今がチャンスだろうが!)
ユンとソフィナの周りだけ戦場から切り離され温度がまるで違う別世界に在るのではないかと錯覚する
「こんの・・・」
さっさと逃げろ!と怒鳴ろうとして途中、咄嗟に唇の端を噛んで痛みで自分を諌める
警告してしまったらグルだと勘繰られて脱出どころではなくなってしまう、迂闊に言葉を放ってはいけない
(この場の耳目を集める隙を作りたいが・・・)
もう一度暴風の異能で土煙を巻き上げてもいいが不審な動きではないだろうか?真意を気取られる可能性は?
だがこのまま睨み合っているのは性に合わない、右手に回転する風を纏わせチカラを高めていく
(いまッ!!仕掛ける!!)
と、右手のチカラを発散させようとした瞬間───
『ギィい!ヤあァァァァァァッ!!!!
仮面男の流れ弾にあだっだあぁァァァァ!!
じぬ”ぅぅぅぅぅぅぅうぅッッ!!』
監獄中にビリビリと響き渡る咆哮ともとれる悲鳴が響き渡った
思わず両手を耳部分にあててしまうほどの大絶叫だ
「な・・にぃ?当たったのか?アレに?いやでも」
きちんと監獄の石壁に当たって炸裂するように放った直撃などする弾道では決してなかった、筈
(なんだかアザラシの首を絞めたような声だったが当たってない、よな?)
お互いの様子を見る膠着状態は突如として響いた大絶叫で破られた
誰もが声の主を、被害の程度を、他の破損個所をと俄かに騒ぎ始めた
(これだ!これが隙!誰がか知らんが当たったのならすまん!あとで頑張って治す!今は・・!)
場の空気をも変える絶叫にも最早我関せずとケツから根が降りたようにへたり込んで動かない馬鹿野郎の元に向かおうとすると
「う、うぅぅぅぅぅ・・・!オレはッ!!オレはッ!!こんなとこで終われねぇッ!!」
「あん?」
酒と煙草で喉が灼けてガラめいた声が聴こえた
さっきの大声とは違う意味で耳につく
声の主は貴賓席の据えられた区画からこっちに一直線に飛び込んでくる例のチャラい男だ
「オレはッ!!オレはッ!!無能じゃねぇぇぇ!!!功績上げて!!すぐに戻るんだ!!桃郷にィ!!飯も!女も!食い放題の天国にィ!!オマエさえヤりゃあ文句はねぇはずなんだァッッ!!!」
混乱に騒めく観客達を跳んで躱しながら最短ルートで肉迫してくる、どこぞのトップ集団に居たというのは伊達ではなく身体能力は高いらしい
「はッ!言ってる事は知らんが・・好都合ッ!!」
二階席の欄干で踏み切り跳躍し俺に向かって跳び蹴りを放ってくる、が眼前まで伸びてきた足を左手で鷲掴みそのまま引き寄せて右手で臨界状態になっていた渦巻く異能をチャラ男の顔面に叩きつけた
「飛んでっ!けぇぇぇェッッ!!!」
「ぐぁお!おああああ!!っでぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!!」
あっと言う間に飛び蹴りの勢い以上の速度で吹っ飛ぶチャラ男
吹っ飛んでいく際に座り込んだユンとソフィナの頭上を飛び越え
その先の壁部に『ドぐわッしゃあッ!!』と派手な音をたてて大激突する
「いきなり舐めた真似しやがってェ・・トドメを刺す!」
執念深く追い詰める振りをしてチャラ男がめり込んだ壁に向かって走り
その途中でへたり座り込んだ優男を
「戦場の真ん中でなんだテメェはッ!!邪魔だッッッ!!!」
「あぐィっ!!」
傍から見れば路傍の石を雑に蹴り飛ばす、そんな姿に見えただろうが、一応狙い澄ませて入場してきた扉の目の前まで辿り着くように慎重に蹴った
走る足を止めずにそして何より私情を挟んで少し力み過ぎたかもしれない
ユンは受け身を取るでもなく『ドッ!ドッ!』とバウンドしながら入場口まで転がっていく
「ゆ、ユン!ユン!!お前ェッ!なにするのよ!!!!」
ソフィナは地に伏せったままでも健気に相棒のために憤怒の形相を浮かべて俺に抗議するが
その姿が何故だか哀れがましく見えて仕方がなかった
(・・・・・。)
「お前も・・・いつまでも打ち上げられた魚みてぇにゴロ寝してんじゃあ・・ねぇッ!!」
走る速度をやや落としてソフィナの首根っこを右手で掴んでグイと拾い上げ、伸ばした左手でソフィナの腰部のベルトを掴んで両手で完全に持ち上げる
「ふんぬぉ・・っと!!」
そのまま勢いに任せて身体を捻りハンマー投げのように1回転してユンと同じ方向へぶっきらぼうに投げ飛ばす
「は・・!離せ!この!許さ・・・きゃあああああ!!」
回転した際に周囲を確認したがソフィナが振り回されているのにユンは視線を寄越さず服についた土汚れをもたもたと払っていた
(食ってかかって来いよッ!砂埃よりも軽いのか!?あいつの安否は・・・ッ!)
飽くまでチャラ男への進行を妨げる物を排除した体なので視線を向け続けて獄長達に疑念を持たれるわけにはいかない
だが、あの純で素朴な反応が気に喰わない、俺の戦う理由を問うてきた・・・だのに、苦しむ仲間の縛を解く努力も抵抗もせず早々に諦めて自分達の死を達観して挙句、仲間より身嗜みときたもんだ
腹の奥底から沸き上がる怒りを雄叫びに乗せて吐き出し
「おおおぉぉぉぉッ!!!」
いまだ壁に張り付けになっているチャラ男に向かって跳躍する
「くっ・・・ま、待て!待てよぉ・・!」
「オオォォォォォッッ!!!」
チャラ男の制止を聞かず顔面に飛び膝蹴りを叩きこむと『ズン・・・・!』と監獄中が鈍く揺れた
膝をチャラ男の腹にめり込ませた、までは良かったのだが
「ッ・・!」
それと同時に右首筋の頸動脈に鋭い痛みが2度
横目で確認すると後ろ手に隠していたのか500mペットボトル位の筒とその先から伸びる中指ほどの針が突き立てられていた
「・・・やるな」
1度目の痛みは針が刺さった時2度目は中身の薬剤が無理くり注入されたからだろう
押し付ける膝へ更にチカラを込め首に伸びているチャラ男の手を注射器ごと振り払う、ズルッと嫌に長い針が抜けて体内へ回りきらなかった薬液が血と混ざり噴き出た
「流石にあんだけ連呼してたんだ、偉そうな称号も伊達じゃなかったんだな」
「ぐっほ・・・・・かっは!!んなろぉ・・・効かねぇのか、よぉ・・・・」
鼻と口から血を噴き出しチャラ男が白目を剝き、力無くずるりと壁から剥がれ落ちる
やがてぴしぴしとヒビが拡がった壁が一部倒壊し今まで余裕の歓声を上げていたオークションの客達に悲鳴が目立つようになった
「あ~、いてて・・・馬鹿みてぇに太い針差しやがって・・・あんな注射器が在っていいわけねぇ・・」
見た目や言動、カッツァ達から雑に扱われているからとチャラ男を侮りすぎた。ユンとソフィナに近づく為の導線確保に利用したつもりだったが思いのほかヤリ手だった
動脈に打ち込まれたからか多少の効果は出たらしく右側の視界が少しぼやけている
(ミィは監獄の奥まで忍び込めた頃合いかな、そろそろ演技を切り上げて攻勢にでるか・・!)
迎撃主体から方針を変えようと首をグギグギと鳴らし気合を入れ直していると
『 ─── ♪~~♪♪~♪~~~♪ 』
「音・・・?笛、か?」
突如鳴り響いた薄暗い監獄に似つかわしくない澄んだ笛の音に気を取られると
「─────!!」
「う、ッ!?く・・!おおぁッ!!」
死角から音もなく看守が飛び掛かってきた
「懲りない・・なぁッ!!!」
「─────」
襲撃した看守の鼻骨、顔面のド真ん中に拳を叩きこむ
(咄嗟だったから加減なしに打ってしまった・・)
ぐしゃり、と拳骨に相手の骨が砕けた感触が生々しく伝わって背筋が少し震えたが、怖気に身震いしている余裕を与えてはくれなかった
「──────」
「はぁっ!?なっ!?動けるのかよ!!?」
顔が陥没しながら尚も看守がしつこく組み付いてくる、激痛に一瞬たりとも怯まず瀕死の重傷を負っている筈なのに人とは思えない腕力で首を絞めてくる
「ぐ!ぅ・・」
異常な看守は1人だけではなかった、次から次にと看守が群がり顎を砕いても腹を爪で裂いても胸を打ち貫いても皆が一様に声を発さずに万力の如き膂力で絡みつき四肢を封じられてしまった
「こん・・の!さっきまでの奴らと違うのか!?」
身体を振るってもしがみついた看守達は離れず原因を探ろうと周囲を見回すと貴賓席にどっかりと座っていた少年が立ち上がって銀に光る横笛を吹いていた
『──── ♪♪♪~♪~~♪♪─』
「やっと気付いた、笛の音が聴こえなかったのか?鼓膜に糞でも詰まっているんじゃないの」
少年は俺が見ているのを感じ取ると口を笛から離して表情一つ変えず罵詈雑言を放つ
「種明かしが早いんだな!はその笛の影響ってわけだ」
「音階の聞き分けも出来ない馬鹿が、知った口を利くな。天上人様から賜った格別天授物と天上人様にお目を掛けて頂いたボクの能力に由縁していることぐらい知ってから死ぬべきだ。」
「察する、に・・!音で操り人形扱いしてるみたい、だな!同種なのに随分と、エグい戦法なこった!」
喉を締め上げる看守を押しのけつつ、声に詰まりながら少年に言葉を返す
「その使えない看守共は統括に似て無能だからねボクが指揮を執ってやるんだよ、聴くに耐えない不協和音も調律してやれば雨音程度の雑音にはなれるってことさ」
「これはなんとも手厳っしぃ!」
耳たぶを摘まみながらふざけた様子でカッツァが声を上げる、部下をチリ紙みたいに扱われても特段文句は無い様子だ
「じゃあね、天上人様に吐いた不敬、詫びる間もなく死んじゃえよ。」
言いながら笛を口元に持ち上げる少年
「生憎と詫びる気も死ぬ気もさらさら無い!それにこの程度で勝った気になるの・・は!!」
看守の腕を離す、すかさず喉を潰そうと手が伸びてくるが構わずに両の手に拳を強く握りチカラを込める
「早えぇぇんだよッッ!!!【灼焦廻憎!!】」
異能によって発火した黒赤い炎が指先から身体中に拡がり瞬時に群がる看守へ燃え移る
「────」「───」「──────」
己の意思をなくした看守達は悲鳴も上げずに炎の一揺らぎと共に一片の骨も残らず消し炭へと消えた
「かはッ!ふぅ・・はぁ・・・あ”~」
喉をさすり呼吸を整えて少年を指差す
「俺も簡単にヤられっちまうような命じゃあない甘く見積もって貰っちゃ困るなァ!!小僧さんよ!!」
「不快音を垂れ流すな・・・しかも小僧だと・・?ボクはジック・オントラクト!天の御威光を守るために雑音を取り除くッ!!」
「左目はボヤけて体にいくつか穴が空いたが・・まだまだ、元気いっぱいで戦えるッ!!」
「ふん、調律を開始する。傾聴しろぉッ!!!」
笛を構えるジックと睨み合い、戦闘は続く。
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──同時刻、場所不明
豪奢な一室のソファに腰掛けイアの心は不安で張り裂けそうになっていた
突如アーチェの転移に巻き込まれ、その先の転移先で関西弁の男に更に転移をさせられ
経由点をいくつも通ってこの部屋に辿り着いた一応ここにも天上人旗下の人間は居る
「すぅ、・・・・ふぅ~~~~」
年の頃は壮齢の女で似つかわしくない赤いドレスを身に纏いソファに軽く腰掛け細いキセルを喫してイアには我関せずといった態度だ
「ここはどこです!?私を帰して下さい!」
「・・・・ふぉ~~~~~~~~~」
何度か問いを投げても煙を吐く以外に口を開かない、さっきからずっとこの有り様、会話をする気が全くない様子だった
痺れが切れソファから立ち上がろうとした時、『カン!』とキセルを灰皿の縁に叩いて灰を落とし立ち上がる
「な、なんですか・・・」
「・・・・ふぅ~~~~~~、あー、あー!」
それでもイアを視界に捉えず肺の酸素を深く吐き発声している
やがて部屋の壁面に据え付けれた巨大なモニターに光が灯るとモニターに向かって女は床に片膝をつけて恭しく頭を垂れる
「え・・?」
その行動に疑問を抱えていると程なくしてモニターに文字が浮かび上がり電子音声が文字を読み上げた
『お久しぶりです。扉の神子』
「貴方、は?お久しぶり・・・ってどういう?」
イアは困惑するモニターの文字列はイアの様子を感じ取ったのかカタタ・・と文字が順に表示され
『私は明晰夢の階段を降りて扉をくぐってこの世界に導かれたプレイヤー、この世界では』
『天上人、そう呼ばれています。』
ここまでお読みくださった貴方に感謝を
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