今後の指針の決めかた
「さぁ、世界に繰り出そうか!」
「「「「おおぉぉぉぉッッ!!!」」」」
と、勢い込み鬨の声と共に出航したのは良いものの・・・
ーーーーー
「いやはや・・・兎角この世は儘ならぬものでござるなぁ」
腕を組みながら訳知り顔でうんうんと頷きながら独りごちる跳影を
瞑っていた目を開き、恨みがましく見つめる
「あれから数日の航行の最中、たまさか巡り逢うた隠れ生きる同胞達に
アド・アストラへの搭乗を提案しても受諾する者は僅かばかり・・・」
隣のラッセルも「ふぅ」と熱い息を吐き湿った前髪を掻き上げ跳影に注目する
「人類への反攻と安寧を勝ち取る箱舟の頭目が人間だという矛盾に
やはり皆、疑念を拭えぬのは致し方ないでござるが」
向かいに座る跳影はチラとこちらを上目で見やり
「はぁん・・・」
鬱陶しく溜息を吐く
「お前なぁ、しつっこいぞ」
聞えよがしな愚痴と溜め息に堪りかね声に険が混じる
「だぁってぇ・・・その上同胞達の命運を双肩に乗せた御方が
艦の動力炉で蒸し風呂の熱石が如く真っ赤になっていれば
嘆きたくもなるでござろうよぉ」
難しい顔をして言葉を交わしている一室、ここは会議室や書斎ではなく
動力炉とは名ばかりの香木で造られたサウナ室で
腰にタオルを巻いた仮面、覆面、美青年の3人組が
熱気に茹だるように座り込んでいる
「いいだろうが、操舵はゴードに任せてるし
艦体整備にはチッカがついてて万全なんだ
航行中には特にすることも無いんだ、それなら」
「動力が熱えねるぎぃだからって何も御身が核にならずとも
石炭に薪木、燃料は潤沢に備蓄がござろう?」
「消耗品は可能な限り節約したい性分なの!
俺が居ない時に艦を動かす時もあるだろう
燃料はその時まで取っときゃいいんだよ」
「まぁ?倹約は美徳ともいうし?
拙者も蝋燭を節約して頼りなき月明かりで春画を読み耽っていたもんでござる」
「それは蝋燭点けると明かりでバレるからだろ、一緒にするな」
「最近拙者に対して辛辣ではござらんか!?」
「いや、最初からだ」
「しどいッ!!」
「それにぐだうだ言う割にお前も動力室に来てんじゃねぇか」
艦を建造したペールさん曰くーー
「この艦は蒸気機関で動いておってな
発電機関を作成する材料が森は乏しくての
取り敢えずは火力水力とを併せた蒸気という訳じゃな
なぁに!蒸気は取り回しも効く画期的な機関じゃ
艦も今の大きさなら暫くはこれで不足はあるまいよ!」
その話を聞き、手持無沙汰な自分が燃料の代わりになれないかと思い当たった
何せ操舵は嗅覚聴覚直感まで鋭いゴードチャウが握り
保守点検、整備はX線視線で艦内部の状態まで理解出来るチッカが専任
それでも足りない手を補おうとしても
航行途中で彷徨っていたところを保護した小鬼一団
元から集落に居た小鬼達が仲立ちし説得に応じてくれたのだが
小鬼達は同族同士の結束が極めて強く
仲間が信頼しているのならとあっさり搭乗してくれた
これがまぁよく働いてくれるのなんの
大勢居る小鬼族達があちらこちらで手となり足となり雑務を消化してしまう
小鬼妖精達は指示をキッチリ守り
連携も抜群、あの中に無理に混じって手伝っても邪魔になるだけだろう
そうして辿り着いた動力室
異能で高熱を発しボイラーで蒸気を汗だくになりながら発生させながらも
艦を動かし敢闘する姿を見て何を思ったか
疑似サウナとして利用する不届き者達が動力室に集って今に至る
「江戸っ子は風呂好きと相場が決まってるでござるよ!」
「おぉ!跳影殿は江戸の生まれだったのですね!
なんでもその日の内に稼いだ金銭を使い切ったり
汁を片手に持ちながらも麺を浸けずに食べる事で有名な江戸!」
ラッセルが合っているんだかいないんだか微妙な江戸っ子観を繰り広げ
蒸された顔を更に上気させながら跳影に好奇の視線を向けると
「いや、その~・・・拙者、生まれは近畿の方でして・・・
江戸は言葉の綾と言うかぁ・・・・」
ラッセルの輝く瞳から目を逸らし言い難そうに白状する近畿忍者
「な~んだ」
フンと鼻で無意味な見栄?を笑うと
「ちょいちょい!なんなんでござる!東生まれがそんなに偉ぇでござるか?
あーあ!遷都しなければなぁ!西が日ノ本の中心でござったのになぁ!」
「メンドくせぇ・・・色んな意味で、あ~あ~悪かったよ・・まったく」
逆ギレを始めた跳影が面倒な事を言い始め
不毛な論争になりそうなので話を切る
「さて置き冗句はここまでにしておくとして実際問題どうするのでござる?」
「なにをよ?」
急に素面に戻った跳影の雑な問いに首を伝う汗を拭いながらおざなりに返すと
「以前拙者がした提案でござるよ!」
え?忘れたの?とばかりに暑苦しく詰め寄ろうとする跳影の顔を手で遠ざけながら
考えを巡らすがツーカーの仲でも無し、イマイチ思い当たる節はない
「?」
「あーも!だからぁ!同胞達が我らを信じるに踏み切れぬ大きな理由は
ダイス殿が人間であるからと!故に人間を名乗らずなんらかの擬人だと騙り
我らを率いていると言えば皆の警戒も薄れるというものと進言したでござろ?」
呆けている俺に焦れた跳影が答えを寄越す
「あー、あれか。でもあれは却下したろう?」
「今一度考えなおして欲しいからこの場で再び持ち出してるんでござるよぉ
それに強ち無理な嘘ではないと思うでござるよ」
跳影はこちらを指差し
「そのどうやっても外れない謎の仮面!加えて人類には扱えぬ魔力ともつかぬ能力!
擬人を名乗って疑う者は居ないでござるよ!だって人間に見えないでござるもん!」
遠巻きに・・否、直接的に人間には見えない思えないと言われ複雑な心境だが
「言いたい事はわかる、確かに俺が擬人だと偽ればここを
安全な駆け込み寺と身を寄せてくれる者は増えるだろうがな・・・」
「ならば!」
「けど嘘は嘘だ。露見した時に失う信用はデカい、多分俺達が思うよりもずっと」
多少の不義を働いてでもすぐに効果を見込める跳影の案も理解できるが
どうしてもリスクの事を考えてしまう
そしてその多少はきっと信じてくれた者達にとっては決して許せないヒビとなり
後に瓦解を招くという懸念が頷けない理由だった
「自分も閣下に賛同致します」
俯き聴き手に徹していたラッセルが口を開く
「閣下は我らの居場所ここに在りと示す御印の旗であり
根強く定着してしまった差別と圧政への反攻の槍頭
無明の世界に仄明るく差し込み始めた一筋の光なのです
事を急いて虚偽の陰で穢すには余りにも惜しい」
「・・・拙者とて欺瞞を歓迎している訳ではござらん、しかし!」
跳影の意見はもっともな言い分だ
このまま糸の切れた凧のようにふらついているわけにはいかない
「大前提としては望まない服従を強いられている亜人擬人の解放
狩りと称する虐殺の根絶、でもその為にまず何をしたもんか・・」
首筋に伝う汗を拭い「う~む」と思考を巡らせる
初めてこの世界に落ちた時の例の栄えた都市は
今や姿を消し移動すらしているとの事で闇雲に捜索する事は不可能
(あそこから集落までのミィに案内された道を逆に辿った所で既に・・・ん?)
そこでふと思い当たる
「そういやさ、ミィって何で人類の本拠点の・・桃郷だっけか、
に潜り込んでたんだ?なんか目的でもないと危険すぎるだろあそこは」
「おや?ミィ殿はお話していなかったでござるか?
ぬぅ、勝手に拙者の口からどこまでお伝えしていいものか・・・」
ーーーーーー
「ふぅ・・言ってくれりゃあ良いのに」
跳影から大まかな事情を聴き、顔をタオルでガシガシと乱雑に拭う
「己の事情というのは得てして話し辛いものでござるよ」
恐らくはミィの許諾なくしては触れてはならない部分を
注意深く言葉を選定し話してくれた跳影が目を伏せる
「そうだな、それに俺達が訪れてから色々あったし
機を逸したのかもしれない、でもそれならやらなけりゃならない事は決まりだ」
「まずは何にしても人口密度の高い所で情報を集める
これまでみたいな比較的に小規模な村じゃなくて街に行かなきゃな」
「もちろんミィの意見を最優先に聞くが反対はしないだろう
皆にも無茶はさせないつもりだけど・・どうかな?」
「いえ異論は特に、しかし一つ気になる点が」
俺の意見を噛んで含むように聴いていたラッセルが疑問の声を上げた
「閣下の事です、街に向かうと言ってもまさかこの村艦を
人里に乗りつける等という無茶は言わないでしょう
つまり街へ向かうのは・・」
割かし大きな街へのある種、襲撃とも取れる活動を想定しているこの案は
相応の危険が伴う、ならば勿論
「そりゃ俺が単身で」
「「はい却下」」
「おいおい・・・」
余りにも即断で無体な二重奏に異を唱えようとすると
「ん~途中までは光るものがある御意見でござったが
詰めが甘いというか練り込みが足りないというかぁ」
顎に手をやり偉そうに批評する憎たらしい忍者
「お前・・さっき自分の意見が却下されたからって
ここぞとばかりによぉ・・・」
「いんやぁ?拙者は至極真っ当な精査をしているだけであってぇ
それを私怨と取られるのは心外でござるなぁ」
「こいつめ・・・」
鬱陶しく身体を捻り上目遣いで煽ってくるシノビを黙らせる為、一計を案じ
「・・知ってるか?蒸し風呂の温度を上げる方法
熱石に水をかけて蒸気を多量に発生させて
団扇なんかで扇いで熱風を循環させる方法な」
言いながら立ち上がりドアへと向かう
「そ、それが?なんだっていうんでござ・・はッ!?」
不穏な気配を察した跳影が動揺を始めるが構わずノブを回し
外に設置してある水をなみなみと湛えたバケツを持ち
「俺が色々出来んの知ってるよな?超高熱を帯びたり、周りを一気に凍り付かせたり
そういや強風を発生させるなんて芸当も出来たっけな」
再び室内に戻りバケツを自分の頭上にまで掲げ
「あいや!待たれよ!今のは気心知れた者同士のほんの茶目っ気でござるよ!?
あ!待って!集中を始めないで!こっちを見ないで!!」
「ほい!」
必死の命乞いに聞く耳持たず頭の上でひっくり返し
バケツから落下した水は既に臨界まで高温に達した身体を濡らす暇もなく
激しい破裂音と共に液体から気体へと瞬く間に変わり室内を白く染め上げる
「ぎゃあぁぁぁぁッ!つぅぅぅッ!!」
追い討ちとばかりに蒸留された熱い空気の中へ手を振り上げ
覆面の口元をはぷはぷさせ悶える跳影へ狙いを定め
無慈悲に指向性を与えた暴力的な熱風を叩きつける
「びぃぃやあぁぁぁぁッちぃぃぃぃッ!!
息ッ!息ッ!!出来なッほぉぉぉぁッッ!!!」
「直接浴びさえしなければ中々のアクセントですね
炙られ巡る血潮により代謝が活発になる感覚です」
蒸気風に見舞われ、のたうつように身悶える跳影と
その反対側に座り頭に手拭いを被り目を瞑ったラッセルが
火室を循環する風を愉しむように呟く
「オノレェェ!!呑気に顔を火照らせおってぇぇぇ!!!」
目を血走らせ身体中真っ赤になった跳影の裏返った怒号が室内に響くと
不意に背から涼し気な風が吹き込む
「うーす!楽しそうにやってんじゃん!」
何かと思いきや、ドアが開かれた事による気流の変化
立っているのはトレイに鮮やかな果汁で満たされたグラスを乗せたシャルだった
「ん?・・・って!きゃあッ!!」
煮立ちふらついていた跳影がシャルの姿を確認すると
腰のタオルを押さえ黄色い悲鳴を上げながら影に逃げ込む
「え~・・いきなし入ったアタシも悪いけどなんか複雑な反応・・・
ま、いっか!良い感じの盆地が見つかったからそこに停泊するんだって
はい!エンジン役お疲れ様~☆」
と、白い歯を覗かせトレイをこちらに差し出しグラスを勧めてくれる
「ふぅ、ありがとうシャル」
「感謝しますレディ、さぁ跳影殿」
俺は1つラッセルは2つ各々グラスを受け取り
蒸気の奥の影へ片方のグラスを差し向けるラッセル
「あいや、かたじけない、ングッ!ゴバェッ!・・・っぱぁ~!堪らん!!」
にゅっと上半身だけ露出させた跳影が飛び付くように
受け取ったグラスを奇怪な飲み方であっと言う間に空にする
(覆面のまま器用なヤツ・・・)
同じく?顔を隠す者としてある種の感心をしていると
「うっひゃ!あっちぃ~!!
サウナは知ってるけどやっぱ桁違いだってコレ~!」
覗き込むように動力室に身体半分突っ込んだシャルが
なにコレ!と笑っている
(完全にサウナとして認知されてしまっている・・・
これでは俺が皆の労働を余所に
日がな一日風呂に入ってるロクデナシという扱いになるのでは?)
う~ん、と頭を悩ませペタペタと部屋を出ると
「御身を削っての缶焚きお疲れ様で御座いました、どうぞ」
動力室傍で控えていたキララがするりと自然な動作でタオルを差し出す
「身を削ってって・・はは、大げさな・・ありがとうございます」
有難く受取りササッと汗を拭う
「宜しければお拭き・・・ぁ、
いえ、ラッセル様どうぞ、跳影様の分もお願いします」
拭っていた顔を上げると何か言いかけていたキララはサッと向き直り
後続するラッセルにタオルを2枚渡していた
ーーー
「ふぃ~・・どいせ!っと!」
その後軽く水を浴び汗を洗い落とした蒸し焼き3人組と
シャル、キララの5人で喫茶室へ向かい腰を落ち着ける
「あら~!豪快な掛け声♪今日もお疲れみたいね~」
黒檀の味わい深い部屋に木製の温かみのある調度品が並び
ところどころ蔦や葉が這っているが邪魔にならず
むしろ心地の良い香りを部屋内に放っている
食堂とは別にある軽食や茶を喫する憩いの場『喫茶 茜色』
内装のプロデューサー兼喫茶室のミストレスを務める
ヴィオーレさんが「まぁまぁ」と朗らかにコーヒーを淹れてくれる
「いえいえ、とはいえジッと座ってるだけですから
あれで大変だなんて言ってたら・・・」
ヴィオーレさん達の方がよっぽど、と言い掛ける
実際、動力室でのアレは労働としては楽な部類だろう
なんと言っても目の前で穏やかに微笑むヴィオーレさんは
資源の宝庫である植物の発芽成長を自由に操れるため
自分とは比べようもない程に忙しくしている
野菜果物の食料に始まり砂糖黍等を茂らせ
砂糖胡椒といった調味料の生成
もりもり生やした麻から取り出した繊維で紬糸に布地と
植物が齎す恩恵は枚挙に暇が無く
それらを一手に担う彼女は極めて多忙、な筈なのだが
「もぉ、駄目よぉ?謙遜と卑下は違うんだからね~」
メッ!と人差し指を立て軽く、しかし何となく逆らえない雰囲気で叱られてしまう
「それに私だって~1人で何でもやってる訳じゃないわ
ちゃあんと助けてもらってるもの」
ヴィオーレさんがそう言うや否や
カウンター奥にある調理場から見慣れた少女
「はい!ダイスさん!どうぞっ」
イアが目の前に杏子ジャムを挟んだホットサンドの皿をコトリと置く
「おっ!良い焼き加減だな」
「はい!自信作です」
料理を口にした感想を述べると、むふん!と胸を逸らせるイア
彼女は喫茶室の厨房で調理を学び勤しんでいる
食に興味を持っていた為かスキルの上達は目覚ましい
隣に腰掛けたイアに眺められながら
サクサクとホットサンドを咀嚼していると
他の卓への配膳の手伝いを終えたシャルが
俺を挟み込むようにイアとは反対側の席に着く
「んあ~・・お疲れ~、お席ご一緒しまーす」
「あぁシャルもお疲れ様、イアいいか?」
「はい!」
「うん、ほらコレ美味いぞ」
「知ってる~試食手伝ったし、あんがとね!」
スッと皿ごと差し出したホットサンドを手に取り口に運ぶシャル
「ん~甘くて美味しー!沁みるー!」
甘露に足をパタパタさせ感激するシャル、すると
ただでさえ割と露出の多いスカートの切れ込みからグイッと生足を主張される
(・・・む!?)
暗色の布地から顔を出した肌色へついつい目線が下がっていき
その下、ニーハイソックスに締め上げられこんもりと盛り上がった太ももへ・・
「わぁ!珈琲のブレンド変えたんですね!」
「うふふ~そうなのぉわかる~?」
「はい!香りが全然違います!ねっ?ダイスさんも気付きました?ね?」
「あちち!カップを顎に押し当てるな!分かった!分かった!」
邪心を焼き払うようなイアの洗礼に堪らず我に返る
だが一度火の付いた邪な視線は懲りずに再び下がっていく
なにしろ謎構造のスカートは腰の上の部分までザックリ切れ上がっているのだから
そこから意識を逸らすのが大変である
「どあッ!」
「どうしました?ミルクとお砂糖多め派でしたよね?」
「そうだけど!首筋にくっ付ける必要は無いぞ!?」
「ごめんなさい、勢いがつき過ぎました」
「んな訳あるかい・・・」
光沢と理性と笑みが消えた瞳でカップを押し付けてくるイアを片手で制しながら
今度こそ煩悩が霧散し、手渡されたコーヒーの甘苦さに心を落ち着ける
「チェッもう見終わっちゃったか・・・」
「え?」
何事かぼそっと呟いたシャルの言葉を確かめるよりも先に
「あ”ーーッ!!ここに居た!!」
重くて扉を開けられない妖精専用の通用口から
ひゅるりと舞い込んだミィが早々に喧しく周囲を飛び回る
「っぐ!っげほ!」
けたたましい声に思わずむせてしまう
「動力室は危ないから入っちゃ駄目とか言ってミィを置いてって
一声もかけずに先にティータイム?もう!もう!もうッ!!」
肩の上に乗り地団太を踏み拗ね倒してから首に顔を近付け
「相っ変わらず汗臭いし!!」
もはや決まり文句になりつつある罵声が飛んでくる
「汗は流したっちゅうに」
「そうですよ!ダイスさんは臭くないです!ほら!」
とイアも顔を近付け
(スンスン)
「おぉ・・」
(スンスンスンスン!)
「んぉぉ・・・」
(スンスンスンスンスンスン!!!)
「お”♡ぉぉぉ・・・」
「も、もういいだろ!」
何度か嗅ぐ惚けるの反復運動を繰り返すイアを引き剥がして
「ふふっ!やぁね~ミィちゃんだって本気で
ガーデナーさんを臭いなんて思ってないわ~
お話しの切っ掛けが見つからないからつい意地悪を言っちゃうのよね~?ね?」
「はぁっ!?べ!べっつに~?ヴィオの勘違いじゃないかしら?」
頬に手を当て微笑ましそうにミィを諭すヴィオーレさんに
ミィも反論が見つからずバツが悪そうにぷいと顔を逸らすも
「あらあら」と見透かしたようにヴィオーレさんの笑顔は崩れない
依然、頬を染めブツブツと誰ともなしに言い訳するミィに向き直る
「ちょうど良かったミィに話があるんだ」
「え?あ、あによ?」
「さっき聞いたんだが、その・・妹を探しているらしいな?
人類の大都市に居た理由も妹さんを探す為だったとか」
先程、動力室で跳影から聞いたミィの事情を当人に確かめる
「ん~・・・?さては跳影ね、まったく!」
俺の話を聞いていたミィが一瞬、目を見開き
やがて腕を組み別の卓で茶ときんつばを喫している跳影にジロリと視線を投げる
「うむ・・・あい申し訳ござらぬ」
「跳影を責めないでくれ俺が無理やり聞きだしたみたいなもんだから」
「・・・ふぅ!いいわよ新顔ちゃん達以外はみんな知ってる事だし
アンタ達にも隠しておきたいってわけじゃなかったし」
観念したように大きく息を吐くとミィは改めて話して聞かせてくれた
「森の結界を点検に行った時に折り悪く冒険者の連中に見つかったみたい
生真面目で責任感が強い子だから1人で行動してる時に運が悪いったら・・・
古代種の妖精は連中が言うには価値があるみたいでね」
「加えてあの子は相手を害する魔法を持っていないし
頼みの綱の魔法も力が減衰して上手く使役出来なくなってた・・だから」
唇を噛み震えるミィの腕にそっと指を沿え
「なら助けに行かなくっちゃあな」
「アンタ・・・なんで」
「なんでって変なこと言うな、この艦に乗ってる仲間に手を貸さない理由があるかよ」
「でも・・だってっ!ミィはアンタ達になにも」
「っく!っはっは!」
やけにしおらしいミィについ噴き出してしまった
「あ、あによ!ミィは真剣に・・っ」
「そこまでガチガチのギブ&テイクな関係でもないだろ?それに
ミィは助けてくれたさ」
「・・?」
「桃郷でミィに会えてなかったら、ミィが会話に応じてくれなければ
俺は連中に上手く丸め込まれて亜人擬人と敵対したかもしれない」
「な!アンタはそんなことしないでしょ!」
「この世界の情報が全く無いあの状況だったらわからんよ
表面的には歓待されてたわけだしな、亜人に襲われて困ってるんです~なんて言われて
ほいほい亜擬狩りの真似事をやってたかもだ」
「や!やめてよ!そんなもしもの話!」
「そう、もしもで済んだんだよミィのお陰でな」
「あ、う・・・」
「まだあるぞ、人間の俺達を警戒する集落の皆との間に立って説得してくれたろう?
キララさんを保護した時だってミィが居なかったら結構揉めたと思うぞ?」
「わ!私はっ!ご主人様をそのようなっ!」
突如水を向けられ慌て否定をしようとするキララだが
「えぇ~?」
ほんと?というニュアンスを含めた声を出しキララの方を向くと
「う、うぅ・・た、確かに妖精様のお姿を見て幾分安堵した事実は御座います・・」
根負けし当時の心情を吐露してくれた
「な?充分してくれてんのお前さんは」
「でも・・もし妹が攫われたんだとしたら
大勢の人間と戦う事になるだろうしそうなったら・・」
「いつも無遠慮に物言う癖に肝心な時にモジつくなって!」
己の事情に巻き込むのを躊躇っているであろうミィを真っ直ぐ見据え
「力にならせろ」
「ーーーーーッッ!!」
ミィは潤み揺らいだ瞳を隠すようにぐしぐしと腕で顔をこすって
「なによ!陰キャ非モテ根暗オタクの癖に偉っそうなこと言っちゃってさ!ふん!」
「また随分と悪い言葉を覚えたな・・・」
しかし言葉とは裏腹に沿えた俺の指へ縋るように両手で握り
「ありがと・・・」
「ああ!」
悪態に紛れて微かに、だが確かに届いた言葉に応えた
ーーーーーーーー
古めかしい電球が黄色に照らす酒場の中
ずらりと席を埋める柄の悪い男達の喧騒が支配する
内容は報酬の配当に賭け事、果ては酔った勢いでの喧嘩と様々だ
店の隅も隅、明かりも満足に届かない席で縮こまるように座る人物
荒らくれが集う酒場に似つかわしくない毒気の無い気弱な顔をした青年
その向かいの席に座るのは
青年とは反対に眉を吊り上げ、気の強そうな相貌をした女性
明るい藍色の髪を左右で束ね、顔からはまだ幼さが抜けきっていない
「うぅん、順調に貯まってきたね」
チャリチャリと革袋の中の銭を数える青年が破顔する
「そうね、やっぱり活動拠点を変えて正解だったわ
少し治安は悪いけど依頼の数は多いものね」
一見して整った顔を顰め不機嫌そうにも見える女性だが
青年に向けた優し気な声から
険しげな表情が癖になっているだけなのを青年は知っている
「う、うん・・けど本当に上手くいっていれば今頃は・・・」
「こら、その話はナシって言ったでしょ?」
何かを思い出し曇る青年を嗜める女性の顔にも苦いものが混じる
二人は以前、とある賞金稼ぎ達に混ざり
妖精の目撃と捕獲例のある大森林へ亜擬の討伐捕獲をしに向かった
妖精は小柄な見た目と裏腹に魔力元素の塊だ
加えて社交性も高く他の種族と集団行動を形成している場合が多い
その中に妖精と同等の希少な亜擬が居れば
一網打尽、素材を換金すれば目を剥く財を築くことが出来る
懸けられた金額が示す通り、妖精は上手く身を隠し
住処を暴くことが非常に困難で今回も空振りと思いきや
なんと向こうから姿を現した
生死問わず、生け捕りの方が無論報酬は上乗せされるが実物を前に冷静さは潜め
これで都市桃郷へ移住ができるかもと頭が皮算用を始める
ーー筈だった
妖精の後ろからのそりと現れた仮面の怪人
都市から特級の懸賞が懸けられたと知り色めき立つ冒険者を
あっと言う間に制圧する力を持つ癖に命までは取らぬと
獰猛でない所が却って不気味だった
息を殺し剣の擬人であるパートナーと共に斬りかかり
手応えを感じたのも一瞬すぐさま青年は蹴り飛ばされ
そのまま意識を刈り取られてしまった
ソフィナの機転で自分達だけは危地を脱する事が出来たが
その後、近くの協会に駆け込み事の経緯を説明すると即座に討伐隊が組まれた
見返りは幾ばくかの情報提供料と仲間を置いて逃げたという悪評
ただでさえ擬人のソフィナと組み奇異の視線に晒されていたが
いよいよ今回の出来事で仕事を回されることも激減し
逃げるようにして活動の場を移したという訳だった
「アレはなんだったんだろう」
「さぁね、少なくとも亜人ではないと思う体毛が無かったから獣人じゃないし
体格的に小鬼妖精巨躯亜人の線も無し、エルフの可能性は・・」
エルフは痩身で高身長、手先の器用さと魔術的素養に長けた種族だが
例の怪人はずんぐりしていたし
何より大男を殴り飛ばす程の膂力を持つエルフなどまず存在しない
「無いわね」
眉間に指を当て考えを巡らせたが思い当たる事例は無かった
都市からの手配書にも判別不明の文字
後日派遣された腕利きの亜擬狩り部隊も全滅したと噂になっていた
「で、でもさ!勝てない相手じゃないと思うんだ僕達なら!」
意を決したように強い瞳で宣言するユンに
「そりゃあそうよ!」
口元を緩め応える
市販の武器では傷1つ付かなかったが
剣へと変状した自分の斬撃で相手は確かに血を流した
今度、相対すればやってやれないことはない筈だ
嫌悪の対象である亜擬の自分を必要としてくれたこの人に報いたい
今の自分の価値はただそれだけで満たされている
自分の中から湧き出る甘い感情を噛み締めていると
「くぉらぁッ!!」
見つめ合い決意を固める二人の間に突如、酔った男が乱入する
「あんか臭ぇと思ったら亜擬が居るじゃねぇか!しかも椅子に座ってやがる!
おい小僧!ペットは外に繋いでおくのがマナーだろう!
飲食店の座席に上げるとは何事じゃい!お”ぉん!?」
酒臭い息を撒き散らし尚も喚く男に
「や、やめて・・下さい・・そんな事を、言うのは・・・ッ」
ユンが震えながらも声を上げ酔っ払いを睨む
こういった状況は珍しくない、亜擬が人間社会でまともな扱いを受けない事は
腹に据えかねるが争いにしてしまっては亜擬の自分には分が悪い
飼い主を持つ亜擬はギリギリで存在を許してもらっているが
人に害を為した時点で即刻駆除対象、仕事だの稼ぎだの言ってられない状況に陥る
何より──
(ユンに迷惑をかけたくない・・・)
「・・すみませんでした、外に出ています・・・」
歯を食いしばり、何とかそれだけ捻りだし席を立とうとすると
「おいおいぃ・・それで済むと思っとるんかぁ?
頭を垂れんか、こういう風にぃッ!!」
男が持っている酒瓶を私の頭へ食らわす為、振り上げた時
『ギィィッ・・・』
酒場の建付けの悪いドアの音と共に現れた者を確認し
その場に居る皆が一様に息を飲む
「随分と荒れてますけど、このような酒場で亜人の皆さんの討伐依頼の斡旋を?」
場違いな雰囲気を醸す薄桃色の髪をした少女と
「そのようです、あちらのボードに依頼書の張り紙が」
白銀の鎧で身を包んだ騎士と思しき男
この二人だけならば
どこぞのお嬢様が護衛を伴い、ちょっとした冒険がてら
御屋敷を飛び出して社会見学をしに来たと思うだろう
問題はその少女の隣に立つ人影
少女の腕を視線で辿ると華奢な手が武骨な手と繋いでいる
騎士とではない、騎士は後ろに控え酒場内を悠然と見回している
少女の手と繋ぐ手を更に辿り腕、肩へと視線を上げていくと
ーーーいつか見た、忘れもしない仮面が目に映った
ここまでお読みくださった貴方に感謝を
次回の更新をお待ち下されば幸いです




