広大な旅の始めかた
森奥の隠れ集落に身を寄せてそれなりの日々が過ぎ
「おっ!ダイスの旦那!今度また狩りに行こうぜ!」
「あぁ、そろそろ肉が食べたいな」
「いいねぇ!そういや軍鶏が大繁殖してたからそこに行くか!
よっしゃ!爪を研いで準備しとくぜッ!」
犬種の獣人ゴードチャウとすれ違いざまに狩りの約束をし
「庭師さ~ん、毎日お花に光をありがとうねぇ」
「いやいや、こっちも力を使う練習になってるからさ、お互い様ですよ」
「ふふ、お日様の代わりになってくれて助かるわぁ」
異能の扱いの練習がてら掌に集中させた熱光球で花畑を照らしているところ
華人族のヴィオーレに労いがてら「どうぞぉ」と首筋に花の香油をつけられ
「整備士サン背部バーニアの錆取りをお願いしたいのデス」
「構わないよ、砂の細かさは前と同じぐらいで良いかな?」
「ハイ、あの細やかさならワタシのボディに傷も付かず
錆が綺麗に落ちる最適な粒度デス」
異能で砂を混ぜた風を強く吹き付け機械人族のチッカのボディケアをしたり
「結構歩いて汗かいちまったな・・」
「あによ、この程度でだらしないわねぇ」
「人の頭の上でのんべんだらりとしてるお前さんに言われたくないよ・・ん?」
ふぅ、と熱の篭った上着を扇ぐと冷やりとした空気が身体を抜けた
「もしかしてファランかぃ?涼しくなったよありがとうな」
冷気の主に思い当たり虚空に片手を上げ礼を言うと
『 』
応えるように、ひゅるっと風が起こるのを見て
「あの臆病なファランがねぇ・・・」
ミィが意外と言わんばかりに独りごちる
「「「頭領!ワィナインナッ!!」」」
「わぃ~、はは・・どうも」
すれ違いざま小鬼族達と気さくに謎の挨拶を交わしたりと
「アンタもすっかり馴染んだわねぇ」
だらりと頭の上でうつ伏せに寝転がるミィが
気の抜けた声を喉から欠伸混じりに絞り出す
「それをお前が言うかね・・・うりうり」
しなびたヒトデのようにベタ寝するミィの顔を指で軽く突く
「はむっ!おしゃわりすんなっちゅの!」
指に噛り付くミィに抗議されていると
「仲の良きことよな、善哉善哉」
ちょこちょこ歩いて来たペールさんに微笑ましく声を掛けられる
「ふん!お婆ったら!テキトーなこと言っちゃって!別に仲良く無いったら!」
「ペールさん、こんにちは」
「アンタも!さらっと流すんじゃないわよ!」
ペチチチチ!と頭部を叩きまくるミィを尻目に
ペールさんは腰に手を当て
「これ!またそんな他人行儀な呼び方をしおって!
遠慮せずにお婆ちゃんと呼びなさいと言ったろうに」
好々爺特有の柔らかい笑顔と言葉を
老人とは掛け離れた容姿で告げるおばあ・・ペールさん
「村長であるペールさんを
ましてや外様の自分があまり気安く呼ぶのも・・」
「こりゃ!今更なにを言うとるんじゃ坊も今や立派な家族じゃろうが」
集落の皆との距離が縮まり一番印象が変わったのが彼女だ
ペールさんは当初余所様対応として厳格な言葉遣いを意識していたんだそう
慣れた今ではすっかり素のお婆ちゃん言葉で孫をあやすように扱われている
すると今までペールさんの後ろに控えていたキララが口を開き
「ご主人様、ご機嫌麗しく」
楚々と頭を下げるフリルをあしらったメイドドレスに身を包んだキララ
「・・・」
「ちょっと、アンタに言ってんのよ」
ペタペタとミィに頭を叩かれてやっと気付く
「あっ!あぁ・・・
いや、ご主人様とか呼ばれるのがどうにもしっくり来ないもんで」
いやはやと後ろ手で頭を掻く
(一時流行ったメイド喫茶にでも行ってればもう少し耐性があったんだろうが)
生憎と楽しい茶店に入場した経験は皆無だ
「どうかお早く慣れて下さいませ
私はこの呼び方を変えるつもりはありませんので」
顔と目を伏せたまま素っ気なく告げるキララに
「はは・・」とぎこちない愛想笑いの声音を返す
集落での療養の甲斐もありキララの衰弱しきった心身は大分回復した
のだが、俺の前ではこの通り慇懃無礼というか
温い社交辞令と用件のみ以外では会話が無い
目付きがややキツく涼し気な美貌をしたキララに
素っ気ない言い回しをされると緊張で全身に嫌な汗をかいてしまうのが
我ながらなんとも肝が小さい
「つきましては、かねてより提案していた
ご主人様のお住まいを管理させて欲しいとの要望は一考して頂けましたか?」
「えっ!あ、あぁその件は前にも言ったとおり俺の所はいいから
ペールさんの身の回りをお願いします。ほら」
「お年寄りですし」と続けると
「ほほ、あいスマンのぅ、キララには随分と助けて貰っておる
病は気からと言うじゃろうて、身体がうら若き頃合いを保っていても
気持ちが年寄じゃからのう、ついてゆけんのよ」
「ペール様の御世話は勿論継続する上での提言です」
「いやぁそれだとキララ・・さんに負担が掛かるでしょう?
俺のとこはイアやシャルとも分担してるん、で」
「・・・」
「畏まりました、手が足りなくなったときは何時でもお申し付けください」
キララは一瞬だけ伏せた目を開きこちらを見た後
再び彫像のように姿勢よく動かなくなってしまった
復調してからというものキララはしょっちゅう今のような提案をする
(助けられた手前なにかすべきと思っているのだろうか?)
残念ながらアレコレ顎で使うほど人使いに慣れていない性分だし
もし負い目からくる提案なら尚の事、受ける訳にはいかなかった
「えぇい、なんじゃなんじゃ!人をお荷物みたいに」
「はは、まぁまぁ!心配なだけですよ、お世話にもなってますし」
むむ!と膨れ拗ねるペールさんをフォローすべく肩を揉む
「んぅ・・おぉ、えぇ気持ちじゃ坊はほんに良ぇ子じゃ」
調子よくクリクリと首筋を揉み解していると
「はッ!この声!情事に耽るご婦人の・・・
な~んだ孝行されてる婆やでござったか」
勝手に不埒な期待をし、ぬぼっと影から顔を出した忍者が勝手に失望し溜息を吐く
「ダイス殿も按摩ならばりんぱを解すでござるよ、りんぱを!」
「りんぱってなんじゃ?」
「春画によれば、りんぱまっさぁじとはイヤらしき按摩でござるよ!」
「お前ってよくもそんな事を胸を張って言えるね常識と良識が無いの?」
登場早々に戯言を吐く変質忍者に引いていると
「グランマの魅力をお伝えする為ならば常識と良識など容易く質に流せましょう」
突然現れたド変態騎士がごく自然に会話に混ざり
「ですよね?」と視線を跳影に送りウィンクする
「急に変な助け船を出されるくらいなら孤立無援のがマシでござるよ」
ウィンクをジト目で返し眉間に皺を寄せる跳影
そして不埒な話題の題材にされている当の本人はと言えば
「まぁまぁ!こんなお婆ちゃんにそんな事言って!冗談をお言いでないよ」
とコロコロ笑う
「アンッタらぁッ!!くっだらない話ししてんじゃないわよ!
ほら!ダイスも!いつまでもぼあっとしてんじゃないの!」
「わかったわかった・・じゃあ俺はこれで、またな」
片手を上げ「それじゃ」と各々と挨拶しその場を後にする
「まったく!すーぐ変な話ばっかすんだから!」
「悪かったって」
「・・・この後は大事な話し合いなんでしょ?」
「あぁ、そろそろ今後の行動を決めないとな」
「・・・。」
神妙な面持ちになるミィを伴いイア、シャルが待つ庵に帰る
ーーー
「・・行ったでござるか」
「そうじゃの」
ダイスの後ろ姿を見送りその場に残った面々が誰ともなしに呟く
「まったく、キララや・・どうして坊の前だとああも構えてしまうんじゃ?」
「うぅ・・申し訳ありません、普段の格好悪い私では失望されるかもと思って・・
ご主人様に嫌われたくないんです・・・」
先程までのガラス製彫刻と見紛う程に冷たい雰囲気が一気に溶け消え
眉をハの字にしたキララが肩を落とす
「閣下が貴方を厭う訳がありません
どうか貴方が想いを預けた御方を信じて下さい」
ラッセルはサラリと前髪を靡かせた美顔で眩しく微笑み主の寛容さを説く
「でも・・・どうしても緊張して全身に力が入っちゃうんです・・」
あぅぅ・・と指を突き合わせるキララに
「仕様のない子じゃ!どれ、お婆ちゃんが恋の駆け引きを伝授してやろうぞ
さぁさぁ!」
「えぇッ!?あのべ、別に恋とかではなくてですね?ペール様?」
困惑するキララをペールがぐいぐいと押し連れて行ってしまった
「行ってしまわれた、閣下も罪な御方だ
皆の心を掴んでしまわれる、男女の境もなく、でしょう?跳影殿」
ラッセルが後ろで佇む跳影に声を掛ける
跳影の眼差しには先程までの団欒の時には無かった険が混じっている
「一体どうしたら貴方に信じて頂けるのでしょうか・・・」
「貴殿の腕前と我らに与する理想は承知しているでござるよ」
「では・・」
「先刻の貴殿の性癖を聞き、却ってどうにもある懸念が拭えぬでな」
「それは、なんでしょう?」
ずいッとラッセルに指を差し跳影が
「寝取り寝取られを興奮材料にする輩が
イア殿シャル殿に粉をかけるのではと警戒しておるのよ!!
拙者は番厨でござってな!
あの方々の関係を好いておる、間に入る事は許さんでござるよ!!」
フォォ・・と全身から闘気を漲らせ、間が抜けた宣言をする跳影の顔は至って真剣だ
その言葉にラッセルは俯き、わなわなと震えだし
「私が好きなのは奪われるほうですッ!!」
腹からの大声と共に鼻息荒く返し
「そのような間男根性を抱いていると思われるのは甚だ心外ですッ!!」
と、熱弁する騎士は狩人を撃退した時よりも真剣な瞳をしていた
「ならばイア殿シャル殿、両名にチョッカイを仕掛け
改めてダイス殿との元鞘に収まる様を見て興奮・・それはどうでござる?
寝取り返しなるものが存在している事は拙者も承知しているでござるよ!」
尚も拗らせた疑いを投げる跳影に
「否!断じて否ッ!!破綻する事を前提に築いた関係が思惑通り崩壊したとて
何処に興奮する要素があるのです!馬鹿にしないで頂きたいッッ!!」
目を血走らせ己の性癖のなんたるやを熱弁する白銀の騎士に
「いやどうあれ馬鹿にはするでござるが・・」
頭巾の上からでも判別できる程にドン引く忍
「大切な無二の存在を敢え無く奪われ!
どんなに抗おうと彼女の瞳は最早こちらに見向きもしない
思考を放棄したいと酸素と血液が脳から薄れていき
逃げ場を失った血液が辿り着いた先!つまり股間が熱く煮え滾るのです!!」
両腕を高らかに挙げ寝取られを力説する騎士に普段の清廉さは微塵も感じられない
「あーも、わかったでござるよ」
うんざりした様子で跳影が声を上げ
「つまり、割り入って関係を崩壊させるような愚行はせぬ、と
その解釈で宜しいか?」
「ふぅッ!ふぅ・・えぇ、無論です」
乱れた髪を掻き上げ整えラッセルが満足そうに頷く
「まぁ良いでござる、その熱意に嘘は無いと信じるでござるよ」
要らぬ嫌疑をかけた事を軽く侘び跳影が去ろうとすると
「いえッ!今ので火が付いてしまいました!
親交を深め合う為、もっと熱く語らいましょう!」
目が据わったラッセルに呼び止められる
「えッ・・いやけっこう」
後退りする跳影の背後から大きな影がにじり寄っていた
見るとラッセルの愛馬ボルグが跳影の襟首をハモっと咥え持ち上げる
「ちょっ!待たれよ!」
地から離れた両足をバタつかせ抵抗するも虚しく空を蹴る
「ご安心下さい、自分の愛馬ボルグ・セン・スティンガーも
共に猥談を交わせる漢なれば」
言動と表情を不一致させたラッセルが明朗に親指を立て
「そんな心配してないでござるよッ!?」
「ちなみに彼の性癖は『僕が先に好きだったのに』です」
「ひひん!」
ボルグはラッセルの言葉を否定せず「よせやい」と言わんばかりに一声嘶く
「いやっ!いやあぁぁぁッ!!拙者の性癖が壊されるでござるよぉぉぉッ!!」
慟哭を上げながら跳影は抵抗の甲斐なく集落の奥へと連行されていった
ーーー
「・・・?なんか聴こえたか?」
「いえ?私には何も」
「アタシも別に?気のせいじゃん?」
宛がわれた庵でイア、シャルと今後の指針を決めようとした時
何やら聴こえた気がするが・・気のせいだったのだろう
気を取り直して居住まいを正し
「じゃあ、これから俺達がどうするか、だけど」
議題を上げる
「それってのはやっぱ・・ここに居続けるか、出て行くか、だよね?」
シャルの言葉に頷き
「この世界ではバグは存在しない
でも現実世界の人間が提唱した世界の常識が俺はどうにも放って置けない」
「これは俺の呼ばれた理由をないがしろにする事になるんだけど・・」
「いえ、私もダイスさんの意志に従います」
イアの言葉に後押され
「ありがとう、なら方針はこの世界の解放、になるのは良いとして・・」
「集落から出てっちゃうの?」
いつになく元気の無い声で問うミィに
「正直、ここで出来る事には限界があるんだ、散々返り討ちにして
最近は襲撃もほぼ無くなった」
「でもさ~」
後顧に憂いを感じるシャルが異を含んだ声を出す
「うん、俺達がここから消えたらまた襲って来るだろうな」
集落から結構な距離を置いて偵察がうろちょろと見張っている
(俺達の行方を逃さない為と、この集落への報復が下されるのは明らかだ
かと言ってずっとここに居を構える訳にも・・・)
どうしたものかと考え込んでいると
「お婆なら・・なんとかできるかも」
腕を組んで唸っていたミィが呟く
「ペルお婆ちゃんが?」
シャルが身を乗り出しミィの言葉に食いつく
「お婆はね槌の擬人なの、この集落の建物はお婆の能力で創ったんだけど
今までは力が出なくってこれで手一杯だったけど、もしかして今なら・・」
ーーーー
一方、当のペールの居住では
「ふむふむスカートの丈はこれくらいでどうじゃ?」
「ぺ!ペール様!!御冗談を!膝上10cm程までしか丈がありませんよ!?
み、見えてしまっているでありませんかっ!!」
ぐいぐいとペールがスカートと称する布切れを引っ張り
通常、秘さなければならない三角形をキララは必死に隠す
「じゃろうなぁ・・・確かに今の嬢ちゃんと坊の関係にソレは早すぎるのぉ」
次に用意された衣服を着、またもキララの声はひっくり返る
「ペール様!?こ、これは給仕服ではなく水着では!?」
「うむ、その通りじゃ給仕要素は頭とほれ、腰のスカートじゃ」
「で!ですから!この頼りない布をスカートと呼称するのをおやめください!
もう腰横部にしか布地がないではありませんか!」
「大丈夫、そのための水着じゃ」
「水着とはいえこの風体ではなにかとてもイヤらしく見えるのですが!?」
キララは顔を真っ赤に染め身体を隠すように屈みこむ
「むぅ駄目か致し方ないの・・・用意してあるのは次で最後じゃぞ」
「お、お願い致します普通の給仕服で良いので・・」
羞恥と心労で困憊のキララが力なく請う
「確かに常時肌を見せつけるのも品が無いかもしれん
そこで今度のスカートじゃ!」
今度こそとキララが袖を通した給仕服に違和感はなく
「こちらでございますか?これなら丈も長く淑女然としたクラシカルな服で
ええ、大変よろしいかと!」
ロングのスカート、フリルのあしらわれたエプロンが
少し自分には可愛らしすぎると思ったが
着替え終わったキララは安堵した様子で服をチェックしている
「うむ、加えてスカート内側の八方に極薄はいぱわぁファンを裏打ちしておる」
「え?キャアッッ!!?」
突如風が全く吹かない屋内であるにも関わらずキララのスカートが大きく翻る
「スカートがぶわっと捲れる仕様じゃ!
風力の段階でチラ見え丸見えと選んで捲れる優れものじゃぞ」
「もう!どうしてこのような仕様に仕立てるのですか!?」
「無論、意中の男子を射止める策、押して圧して推しまくる為じゃ!」
「で!ですから!私はご主人様とそのような密なる関係には!」
「至る気は無いのかの?」
「・・・・ぅ、ご、ご主人様がお求めくださるなら私も謹んで御慰め致しますが
使用人自らが愛を求めるなどと卑しい事はな、なりません!」
「難しい子じゃのぉそれでは到底、んむ?おぉ・・坊かや」
「ッ!!し、失礼致します!」
ーーーー
ミィの提案に一同ペールさんの庵へ向かうと
朗らかに迎え入れてくれるペールさんとは対称に
俺達をというより俺を確認するとキララさんは素早く奥へ引っ込んでしまった
(なにか話し声・・というか悲鳴みたいなもんが聞こえてたけど
取り込み中だったかね・・・)
キララさんが去った方向を追うように横目で見たが
「どうしたね?なんぞあったかのぅ?」
「え?あぁ・・はい、実はですね」
その事をペールさんへ深く聞くことも無く
本題を切り出した
ペールさんは俺達の今後とミィから聞いた話をうんうんと聞き
「ふぅむ・・可能、かもしれぬな」
「ほ、本当ですか!?」
身を乗り出す俺に「ほほ」と笑い
「何を隠そう儂は創成神が世界を形作る際に振るいし原初の槌
これまでは力が削がれていたが・・・ふむ」
ペールさんは俺を見て
「坊が居る今ならば可能であろうな」
「え?俺が・・なにか?」
自分を指差し困惑していると
「我ら亜人種、擬人族にはかつて各々所属する集団に
中心となる人物が居たんじゃ」
「肩書は様々で隊長に組長や監督と・・そうそう栄養士なんて奴も居ったわぃ
人となりは皆が口を揃えて寡黙で時折、突拍子もない事を言い出す
しかし信頼のおける人物であったと」
(あれ・・・?)
ペールさんの語る人物像に、ふと思い当たる
「世界の様相が変わったのを期にそれらの人物が一様に意識を断ってのぅ
それからはみるみる我らの力は落ち
天上人の指示で執拗に昏睡に陥った者達を狙われ討たれたのが決定打じゃ
その後は磨いた技、編んだ魔術も霞がかかったように忘却の彼方じゃ」
憶測が確信に変わった
(間違いない、その中核を担っていた人物とはソシャゲの主人公だ)
主人公に紐づけられたデータがサービス終了と共に減退し
それを見越した天上人が主人公諸共にデータを破壊したのだろう
(ん?待てよ?
主人公が破壊された今、もう力が戻る事は無いのでは・・・?)
俺の疑念を見透かすようにペールさんは笑い
「坊はあやつらに似ておる、打ちひしがれ荒んだ心を軽くし
皆が今は坊を中心に据え、信じている」
「それって・・・」
(交流を経て皆が俺を自分が身を寄せる主人公と認めたという事か?)
考え込む俺にペールさんは軽やかに笑い
「そう難しく考えんでおくれ、礼を言いたいだけじゃ」
それになとペールさんは続け
「儂らもいずれは進退を決めねばと話し合ってはいたんじゃ」
「そう、だったんですね・・」
全然知らなかった、だが当然の事だろう
俺達が去ったらこの集落に先は無い
「この話し合いは集落の皆とするべきでしたね、考えが至りませんでした」
頭を下げる俺に
「これこれ!斯様に安く頭を下げるでないわ
去ると決めたとしても黙って行く訳では無かったのであろ?」
「それはもちろんです」
「ならば尚の事じゃ、相談は皆で共有するのが常に最善という事でもない
要は全てを独断しなければ概ね良しなのじゃよ、のう?皆の者よ」
「「「「おうともッ!!」」」」
ザッ!と集落の全住民が戸やら窓やらから顔を出した
「水臭ぇなぁ!いつでも言ってくれりゃいいのによぉ!」
「あらあらゴードちゃんたら、お話聞いてた?自分だけで思い悩まないで
困ったり助けて欲しいなら皆喜んで力を貸すって・・あらぁ?」
「がはは!ヴィオーレもよく分かってないじゃねぇか!でもまぁ」
「ハイ、整備士サンを信じてマス」
「「「そのとーり!そのとーり!」」」
賑やかに笑う皆の姿に自然と強張っていた力が抜ける
やはり自分はなんて手前勝手だったのだろうと思い知る
偉そうに自分で全てを抱え込んだ気になって
深呼吸を1つし
「みんなに、意見を聞きたいんだ」
向けられた信頼に応えたい
ーーー
「おや?なにやら今大事な瞬間に立ち会えなかった気配がしたでござるが」
自分達を置いてなにか重大な局面が転換した気配を察した跳影は立ち上がろうとするが
しかし鈍く光る鎧腕に両肩を押さえられその場に座り直させられる
「なにを仰いますやら大事なのはこれからですよ!」
跳影に宛がわれた庵に強引に乗り込んで来た騎士と馬が目を爛々とさせている
「ちっ!其方の薫陶など受けずとも良いでござるよ
第一でござる!NTRを教えるも何も!そも拙者には連れ合いが居らぬ!」
えへん!と跳影は胸を張ったが次の瞬間虚しさに目尻が潤ってしまった
「問題ありませんNTRは間口が広いのですきっと跳影殿をも受け入れてくれますよ!
ふむ、そうですね・・BSSではいかがでしょう?」
完全に間違った気遣いを見せるラッセルに跳影は溜め息交じりに言葉を返す
「だから忍にはそもそもそこまで繋がりのある人間は居ないでござるよ
情報収集にしろ暗殺にしろ単独でこなすのが鉄則
幼馴染だの先輩後輩だの任務の達成には不要でござるからして」
忍びたるもの慕情に振り回されるなぞ言語道断なのだ、と
頭を振る跳影
「なるほどBSSがなんたるかは凡そ理解しているようですがまだ解像度が甘いですね」
「はぁ?」
数瞬、ラッセルは顎に手をやり目を閉じ何事か考え込むとカッと目を開き
「そうですねでは見るからに慣れない土地にやってきたばかりで
困惑している様子の女性が居たとします」
「う、うむ」
否応ない口ぶりに跳影は思わず反論の機を逃してしまった
「地図が書いてあるであろう紙をひっくり返したり顔に近づけたり遠ざけたり
その悪戦を見て見ぬ振りが出来なかった貴方は声を掛け彼女に助け船を出しました」
「まぁ困っている婦人に助力するのは・・やぶさかでないでござる」
「幸い行先は貴方も良く知る圏内でした引っ越し先の
やや古めのアパートメントに無事エスコートできました
彼女は気恥ずかしさと生来の気質から素直にお礼が言えない様子
ですが!決して悪印象ではない!!」
もしも話をつらつらと並べ立て
びしぃっ!!と鼻先に突き付けられたラッセルの指を
手で遮り跳影は呆れたように嘆息する
「勝手に設定を練り上げないで欲しいでござる、しかもツンデレ・・・」
「お気に召しませんか?
言葉だけでなく何かお礼をするからと連絡先の交換を提案され快諾した貴方!」
「異性に飢えてる前提でほいほい連絡先を明かす扱いにしないで欲しいんでござるが」
「何度目かのお礼と称した彼女の部屋で振舞われた食事の際
彼女は夢を叶える為に地方から大学のあるこの土地へ転居してきたとの話を聞きました」
「夢の為に邁進するのは・・まぁ結構なことでござるな
ってか!へ、部屋に御呼ばれでござるか!?」
あまりの進展の早さに冷めたツッコミをしていた跳影も思わず喰いついてしまう
「奨学金を貰えるほど成績が奮わず格安の住まいをやっと探し出した彼女に
貴方の親切に報いれる程の余裕は懐にありません、なので手料理でお返しを」
「そ!そんな事ゆわれても硬派な拙者は困っちまうでござるなぁ!!」
満更でもなく身をくねらせる跳影は
すっかりラッセルの世界に囚われてしまった事を現していた
「慣れぬ土地で学業と仕事に翻弄されながらも里心が疼かないのは
貴方のお陰だと、今まで常に吊りがちだった眉を僅かに下げ
頬を微かに朱に染め口籠りながらも不器用にお礼を言う彼女
その微笑みを貴方は忘れないでしょう!!」
「いや拙者そのような大したことはしてないでござるよ」
へっ!と鼻頭を指でこすり見ぬ彼女を想う跳影は完全に油断していた
そも、この話がなんだったのかを
「フフッ!」
瞬間、ラッセルの瞳が輝きを増すのを見て跳影の背筋に冷ややか悪寒が走った
「既に何度かやり取りした連絡先へ通話を通した貴方は
次の逢瀬で想いを告げる事を決心していました、ですが
『ごめんなさい最近仕事が忙しくなっちゃって時間が取れないの』と
断わられてしまいました」
腕を組み首を傾げ白々しく「いったい・・何故でしょう?」と続けるラッセル
「例え語気が強くとも今までは
なんのかんのと都合をつけてくれていた彼女だったのですが・・・」
「べ、別におかしくはないでござる!
仕事には大抵繁忙期なるものが存在するのでござるからして!?
あ、相手の都合も弁えられないようじゃあ思いやりのある男とは言えないでござるなぁ!?」
焦り挙動不審に陥る跳影に「たしかに」と頷きながらも
ラッセルの弁舌は止まらない
「それから暫しの後、最近は会う機会にも恵まれずやっと繋がった通話
会う時間が取れないほど学業と仕事に忙殺されている彼女を気遣う貴方に
『心配してくれッ・・!てぇ、あっありがとう・・私ならッ大丈夫よ!
それにお、お金ならなん・・とか、ふぅん!稼げる目途はつ、ついたから』とのこと」
妙に高く細めて変声し器用に女性の声を代弁しているが
明らかに謎の臨場感を伴っている
「そ!それは単に仕事の頑張りが報いて生活が安定してきただけでござろ!?
ふ、不純な心で聞くから!そのような邪推をするんでござる!!」
「自分はまだ詳しくお伝えしていませんが」
素知らぬ顔でとぼけるラッセルに跳影が食って掛かる
「噓こけ!!通話中の彼女の声を上ずらせたり
変な吐息を混ぜて嫌な想像をさせる気満々でござったろ!!」
「彼女にとっての新天地で初めて出会った男として芽吹いた独占欲にひびが入り
後頭部がぶれるような眩暈!そして鳩尾と目の奥が熱くなってきたでしょう?
それこそが!!」
「あーっ!あーッ!!わー!!聴こえないぃーッ!!」
耳に手を当て聴覚を遮断しようと試みる跳影だが
「ぶるるっるw!(もう遅いぜ!w)」
シシシとボルグにまでもが特殊性癖の泥中に引き摺り込もうとしてくる
「拙者のアズキちゃんは夢の為に一生懸命働いているだけでござるー!
良からぬことなんて何一つないくらいにー!!!」
「素晴らしい!イマジナリーな彼女に名をつけて下さったのですね!」
ラッセルは己の展開した話に傾倒してくれた跳影に感動した様子を隠さなかったが
しかし、と続け
「今頃そのアズキ殿の小豆を茹で上がらせているの誰の熱でしょうか?
年甲斐もなく精力旺盛な大家?性教育に興味津々な年頃を迎えた家庭教師先のトモ君?
飲み会に強引に誘う押しの強い大学の先輩?それとも隣部屋の・・・」
「ギィーーヤァーー!!やーめーろーー!!」
頭を抱えた跳影はショックを受けた勢いで仰け反りそのままブリッジするも
ラッセルの勢いは止まらない
「そう!そのいきです!絶望を力に!敗北感を興奮に!
新たな扉を開くのです!さぁ!!」
ジムトレーナーのように横で発破をかけるラッセルを睨む跳影の目に
巨大な影が映った
「おいおいおい!ふざけてる場合ではござらんぞ!!
下らぬ与太話をしてる間に何やら置いてけぼり食らってるのではござらんか!?」
ーーー
集落の外れにて全住民が集まり
ペールさんがその先頭に立つ
「さぁて久々じゃのう・・コレをやるのは
と、その前に坊」
「はい?」
くるりと振り返りペールさんが手を差し出し
「手を、握ってくれんかの・・」
突然の申し出に虚を突かれたが
真剣な瞳に釣られるように手を伸ばす
「うん、うん・・
幼子の見目に老いぼれの魂、斯様に異質な存在の手も
壊れ物のように柔こく握ってくれる」
「そんなの・・」
関係ないと答える前に
握り返す手に力が込められ
「触れるのも見る事すら厭うのがこの世の人の常なんじゃよ」
ペールさんはゆっくり顔を上げた
目尻には光るものが見える
「ふっふ、年を取るといちいち感慨深くなっていけないね
さて、これで存分に力が発揮できるというものよ!」
ペールさんは最後にキュっと少し強く手を握ってから放し
瞼を降ろし瞑想状態に入る
幾ばくか経ちペールさんが目を見開き手を空に翳すと
天高くに雲が渦を巻き
その真下に巨大な影が現れる
「巨人・・・?」
「アレがお婆の能力世界を創る手よ」
身の丈30メートルはあろうかという鈍く光る巨人が佇む
纏っている光が強く、辛うじて人型だということだけがわかる
巨人はゆっくりと森の木々、集落の建造物に手をかけると
触れられた物が世界から浮き出たように剥がれ、粒子化し巨人の手に収まる
「むむむ・・・」
ペールさんが唸ると
巨人が両手で粒子を揉み込む
「さて、造形はどうするか・・なんぞリクエストはあるかのぅ?」
ペールさんが振り返り問うてくる
「造形か・・皆の住居で移動が可能な」
顎に手を当て「う~ん」と唸り
(移動要塞?いくらゲームの世界とはいえ
そんな非現実的なもののアイデアは・・・)
「ん?」
ふと、シャルの姿が目に入る
「え?な、なに?どったん?」
視線に気付いたシャルが頬を赤らめパタパタと扇ぐ
「んッ!」
グイッとイアに裾を引かれ「私、居ますけど?」アピールをしてくるが
「ちゃうわぃ、確かシャルと出会った世界は・・・」
こちらの意を汲んだシャルが得心がいったように
「なる!艦ね!」
ぽんと手を叩く
「アンタねぇ!ここは陸地よ!船なんてさぁ!」
「そりゃ、そうか・・・しぃません」
ミィの言う事も最もだった
(アレは空を飛んでる空母・・いや空母ってそんな意味じゃ無かったか)
馬鹿な考えを引っ込ませ再び思考の海に沈もうとすると
「ふね、じゃな構わんとも」
なんてことは無いとでも言いたげにペールさんがそのまま両手を揉みこむ動作に入り
「天地召しませ開闢のちから
創造せしは開拓の階
照らしゆくは星の導き」
ペールさんが詠唱を終え手を開くと
『・・ズッウゥゥゥ・・・ッン・・・・』
巨大な物体が世界へ現れ出た
夜闇の中に鋭角的なシルエットが月にギラりと照らされ存在をアピールしている
「あれは・・船?でも」
「おっきな車輪がついてます!車、でしょうか?」
イアの言う通り
とても分厚い車輪が左右に3個ずつ計6個の車輪が船体を支えている
「ふぅ・・取り敢えず、手近な素材で建築できる代物はこんなとこじゃな!」
腕で額を拭いペールさんが息を吐く
「この世に二つとない世界を駆ける拠点じゃ!」
「その名も村艦アド・アストラ!」
珍しくテンション高くペールさんが船、アド・アストラを指差す
「箱舟は沈みゆく世界からの脱出法であり新たな世界への出立の証じゃな」
うんうんと腕を組み己の仕事ぶりに満足そうに頷くペールさん
(地形オブジェクトを採取、再構築って
こりゃあサンドボックスゲームの開拓じゃないか!)
内心から沸き上がる子供心に自然と艦に足が引き寄せられる
「移動拠点か・・これなら!」
「えぇ、息を潜め世界を逃げて過ごす亜人擬人を救い受け入れる事が出来ますね」
唐突に隣に立っていたラッセルが顔を上気させ微笑む
「あれ?いつの間に」
「はっは!申し訳ありません先程まで跳影殿と友好を温めていました!」
「もう絶対変態騎士とは口利かないでござるもん・・」
なにやら跳影が四つん這いで真っ白に成り果て打ちひしがれているが
(コイツ等が変なのはいつものことか・・・)
特に気にしないようにした
「ふふん!定員も心配なかれ必要とあらば随時増築可能じゃぞ!」
胸を逸らし、どうだ!言わんばかりにペールさんが誇る
「さっすがは長でござる・・うッ!うぅ・・」
称賛しに影から這い出た瞬間
胸を張ったペールさんを直視し、あっと言う間に影に戻る
「何をやってんだかあいつは・・・」
「ホレホレ!あんなの気にしてないで行くわよ!」
肩でミィが飛び跳ね
「あっはは!すっごいねぇ!早く行こうよぉ!」
左手をシャルに
「お船なら船室もあるんですかね?一緒の部屋にしましょうね!ダイスさん!」
イアが絡みついた右腕をぐいぐいと
二人に引っ張られつんのめりながら新しい拠点へ乗り込み
両の手に力をグッと込め腹から声を出す
「さぁ、世界に繰り出そうか!」
「「「「「おぉぉぉぉッ!!!」」」」」
船首から望む世界は広がっていた
ここまでお読みくださった貴方に感謝を
次回の更新をお待ち下されば幸いです




