謎の少女
突然現れ、えぐえぐと泣き崩れる少女に当惑し
どう声を掛けたものかと逡巡していると
少女がパッ!と顔を上げ
「ごめんなさい!」
と、頭を下げた
───
「あの・・取り合えずどうぞ・・・」
戦利品のボロ布を敷き、尚も項垂れる少女に座るよう促す
「はい・・ぐしゅっ、ひんっ・・すみません」
参った、涙を拭いてあげられれば良いのだが手持ちはボロ布と
今しがた外を転がりまわって汚れた服だけだ
ハンカチなどと気の利いた物は無い
それでも少しは落ち着いたのか
未だ鼻をすんすん言わせていたがゆっくりと口を開いた
「突然の事でさぞ驚いていると思いますが
今あなたの身に起きている一連の事は私が招いた事なんです」
「えっ・・・?」
いきなりの告白に面食らってしまった
「あの・・それは、どういう・・?」
「ご、ごめんなさい・・・私・・ぅ」
まずい、このままではまた泣き出してしまう、
仮面の額部分に拳を軽く当て冷静になるよう自分に言い聞かせ
一呼吸置き努めて穏やかに問いかけた
「えっと・・責めるつもりは取り合えずその、ありません、でも何が起こったのかここは何処なのか元の場所に戻れるのか、ゆっくりで良いから教えて下さい」
少し声が震えてしまったが険が混ざった言い方にはならなかった・・・筈
こちらの意思が伝わってくれたのかは分からないが
少女は謝罪を中断し話を続けてくれた
「その、まずここが何処かという質問にお答えしますと
ここはゲームのデータ世界なんです」
(・・・・・・は?)
訝る声を出してしまう所を必死に心の中で留める
詰問してしまえばまた項垂れて泣き出してしまうと思ったからだ
「正確にはサービス終了になってしまったソーシャルゲームの世界、なんです」
「あの」
刺激しないようゆっくりと疑問を差し挟む
「ゲームの中っていうのはその・・分かった、いや、分からないけど、
変な事があったし、アレがゲームの世界ならではの出来事って言うなら
まぁ、確かに納得はできる・・・かも?」
手をゆっくりと握る、鼠人間とのやり取りがまだ生々しく手に残っている気がした
でも、と続け
「ゲームの中ならどうやって俺はここへ?」
第二の大きな疑問を投げかける
「私がお呼びしたんです・・・ごめっ」
また頭を下げようとするのをゆっくりと手で制す
「大丈夫、大丈夫だから・・続けて?」
「・・分かりやすくお伝えすると
ここへは夢を通じて意識だけが訪れている状態なんです」
「夢?」
俺の問いに少女は「はい」と続け
「こちらからの働き掛けで眠ってもらい、この世界へ」
「ちょ、ちょっと良いですか?」
また新たな疑問が湧き質問を挟む
「こちらからの働き掛けってあなたが眠らせたんですか?
その・・このゲーム世界からその、現実?世界の俺を?
そんな事が可能なんですか?」
「はいそれを可能にする技術・・があるんです」
(・・・?、少し口ごもった?)
「その技術ってのは一体・・・?」
駄目だ質問せずにいられない気になる単語が多すぎる
「ごめんなさい、技術がどういう仕組みかは私には解らないんです
ただ現実世界の方をお招きする事が出来る、と」
少女は続けて言った
「なにより、この世界もその技術によって成立しているんです
ここは世界の極一部分、
この世界の全体像は今では把握仕切れないほどに広いのです」
俺は必死に言葉を整理咀嚼し頷き先を促す
「ここはサービスを終了した
ソーシャルゲームが連なり合っている群体世界なのです」
「群体、世界・・・違うゲームがくっ付いてる・・?」
信じ難い言葉に呆けてオウム返しをしてしまう
「はい、この区間は中世アレンジされた牧歌的なフィールドを冒険するMMORPG、ですが世界の境界を超えれば全く別の、海が9割以上の版図を誇る世界や
天界、魔界、現代社会と変わらない世界でモンスターと戦う世界もあります」
「境界?それって、この町を出た時に違和感を感じたんですが
あれが境界を越えたって事なんですか?」
「いえ、この町から出たくらいでは境界は超えません
境界はもっと世界の端同士で繋がっているので徒歩ではまず辿り着きません」
どうやら違ったらしい推測を外して少し耳が熱くなるのを感じる
だが、彼女は俺の推測に答えを出してくれた
「町を出た時に感じた違和感は
モンスターが出没する戦闘区画に踏み込んだからですね
町とフィールドはきっちり隔てられていているんです」
だからと続け
「お止めしたかったのですが・・・」
と、また声が潤み始める
「お止め?・・あっ!もしかして!」
例の後ろをついて来た人物は彼女だったのか
てっきり何かを見咎めらたと思い
聞こえぬふりで逃げてしまったが悪手だったらしい
「うぅ~勝手にお呼び出しした手前不躾に呼ぶのも気が引けて・・・
躊躇ってたらズンズン進まれてしまって
戦闘区画にまで出てしまわれて心配で心配で・・・うぅ~・・・」
「あっ・・あの町の外に出て何かありませんでしたか?トラブルとか・・」
トラブルなら確かに遭遇した、トンでもないものと
「まぁ、大きくて二足歩行する鼠に襲われたり・・とか?」
少女の顔がサッと青ざめる
「だ、大丈夫でしたか!?襲われたって・・お怪我は!?」
「いや腕に軽く掠った程度の・・・」
腕を上げて気が付いた
怪我が無い、傷跡の痕跡すら無い
「あれ?確かここら辺に・・」
傷を探していると少女があっ!と思い出したように
「あ!そのお身体はこの世界で活動していただく為に用意した疑似体で
ある程度の傷は復元力が働くんでした!」
「アバター体、これが・・・」
「肉体の齟齬からの自己崩壊を起こさないために
現実でのお身体と寸分違わぬようデザインされているんです」
意識だけ呼んだと聞いてこの身体はなんだと思ったが成る程
アバターと言われても信じ難い程リアルに感じる
自分の身体を改めてしげしげと眺める
手の甲には子供の頃に負った小さな火傷跡まである、凄い再限度だ
それで、とこちらから切り出す恐らくこれが最後の質問だ
「この世界に俺を呼んだ理由を聞きたいんですけど」
背筋に冷や汗が伝う一体何を言われるのだろうか
少女は少し唇を噛み、言いずらそうにしていたが意を決した様子で口を開いた
「この世界はゲームの世界とお伝えしましたが
データであるからには避けられない問題・・・
つまり不具合、バグが湧くのです」
「サービスが継続されている時は管理をしてくれていた人達がデバッグをし
世界を維持して下さっていたのですがこの世界達はサービスを終了し
既にサーバーから抹消されている世界
管理運営をしてくれる者など居る筈もなく・・・」
「ですがこちらの都合など構う事なくバグは湧きます。
新たにサービスを終了したゲームがこの世界群に堕ちてくると」
少女は空を見上げ
「本来、相容れない世界や住民がこの世界で無理やり一緒くたになるのですから
整合性を保てず比例するように不具合も増えていきます。」
「そしてバグの対処はゲーム世界の住人ではほぼ不可能で・・
ですから高次の存在を夢と言う形でお招きし
バグの駆除をお願いしていたのです」
「いや、ちょっと待って下さい、つまりデバッグの為に呼んだと?
でも俺はデバッグとかプログラムとかには全く・・・」
俺の言葉に頷きながら少女は語る
「この世界においてバグは実像を伴う存在であり
モンスターを倒すのと同じように処理できるのですが
世界の住人では存在が足りず太刀打ちする事は難しいんですが
皆様の疑似体には莫大なデータを内包してるので
バグに後れを取ることは無い」
イアと名乗った少女は顔を伏せ「の、ですが」と続け
「今まで多くの方々をお招きしたのですが
その内、多数の方がバグと遭遇する前に世界を去ってしまうんです」
去る?帰るかどうか聞かれさっさと帰ってしまったという事だろうか。
まぁ、気持ちは分かるが
「その、モンスター等と遭遇して敗北すると
夢から醒める様に意識が現実に戻るのです」
心当たりがある、それも思いっきり・・
強かに棍棒を打ち据えられた頭頂部を撫で、肝が冷える
あの時、鼠にやられていたら今頃元通りの生活に戻っていたのか
自分は運が良かったのか或いは悪かったのか
「でも、それじゃデバッグは余り上手くいってなかったって事で
バグは大量に放置されてるって事ですか?」
「はい、ですが何人かお強い方がいらっしゃって
バグを処理してくれていたのですが
最近ではご自身の世界を決めそこから動かずバグ処理もあまり精力的には・・・」
沈痛な面持ちになり彼女は
「私に与えられた権能は争い向きではありませんし、存在力もそんなには
召喚を取り仕切っている方もこれ以上は不毛だと
今まではランダムにユーザー様を招いていたのですが
此度、私が選んだ方を最後に召喚は行わず世界の成り行きに任せる、と」
さらりとまた凄い事を言ったな・・
最後の召喚で呼んだのが30後半のおっさんて・・・
運が無いなお互いに
「念のため聞いても良いですか?」
小さく挙手し今宵で何度目かになる質問をする
「バグを放置し過ぎるとどうなるんですか?」
「バグは滅びの象徴です、放置すれば世界を浸食し飲み込んでしまいます」
「つまり世界が滅ぶ・・・
もしかして浸食が進めば俺の居た世界も飲み込まれたり?」
最悪の想像に緊張が走るが、帰ってきたのは想像とは違う言葉だった
「いえ、バグが影響を及ぼすのはデータだけです、現実には何も起こりません
無論アバター体でバグに挑み敗北しても
意識が戻らなくなるという事もありません、キチンとあちらで目を覚まします」
悪夢を見たかも、と不快感には襲われるかもしれませんがと彼女は付け足した
となると、正直こちらにメリットもデメリットも余り無い
関係ないと切って捨てるのは簡単だが・・・
度重なる問答の末、自分が置かれている状況を少し理解できた気がする。
「ごめんなさいあなた方には関係が無いのに巻き込んでしまって、
でも・・・私達いえ、私は消滅したくなかった、消えるのが恐ろしくて
勝手に呼びつけてバグと戦って欲しいなんてっ・・・お願いを・・っぅぅ」
堪えていたのであろう涙がまた溢れ出し嗚咽交じりの謝罪をする
(関係が無い、そうだろうか?彼女たちは俺達の娯楽と言う都合で生み出され
面白くない、過疎化、売り上げ不振などと勝手な理由で抹消され
理屈は分からないがこうして残ってしまい、残ってしまったが故に
いつ訪れるとも知れない滅びに怯えている)
目の前で自責と恐怖で泣き崩れる女の子は確かに存在している
それに彼女は欺かなかった
バグが現実にも浸食する、このままでは大変な惨事になる
そう脅せばこちらもバグの処理に否応なく必死にならざるを得なかっただろう
だが彼女はそれをしなかった、了承無く呼ばれたのには参ったが
悪意は感じない、それだけ必死だったのだろう
責める気にはやはりなれなかった
自分に何か少しでも出来る事があるのなら・・・
力になっても良いのかもしれない
涙を流す彼女に大丈夫と声をかける、もう宥めるのもすっかり馴れてしまった
「バグの処理?ですか自分にどこまでやれるか分かりませんがやってみます
まぁ・・・」
明日にはあっさり負けて居なくなってるかもと半分冗談半分本気で言う
「くすっ、大丈夫ですあなたならきっと」
やっと笑ってくれた、初めて笑顔を見る事が出来た
しかしその謎の大丈夫宣言はなんだろう
気付けば大分話し込んでしまった時計はないが夜も大分深い時間だろう
突然身に降りかかった信じ難い状況だが
自分に何が出来るかどこまでやれるかは分からないがやれるだけの事をやる
そう決めた、なら明日に備え少しでも休まねば
さて、と話を切り上げ
「それじゃ明日から頑張りますんで色々教えてもらってどうもでした」
それでは、と頭を軽く下げ見送りの体制に入ると
彼女が「えっ」と困惑した声を上げる
その声に反応して自分も同じ声を出してしまう
「えっと色んな事を知ってたりとか結構な権限持った方なんですよね?
それなら多分自分の世界とか領域とか帰る場所があるんだろうなーと・・・」
なのでお戻り下さって大丈夫です、と続けようとすると
「あの・・・一緒に居ては駄目、でしょうか?」
と、おずおずと上目遣いでそう言いだした
「えっ!?いや・・どうして・・?」
咄嗟に聞き返してしまった
その言葉に瞳をじんわりと潤ませ
「確かに戻る場所・・のような所はありますが
そこに居てももう出来る事はありませんし、その・・・」
チラリとこちらを伺い
「あ、争いとかには不慣れな身ですが何かお役に立ちたいんです!
ですからご一緒させて・・・下さい!」
成る程、責任を感じて最後に召喚した俺の手助けをしてくれようとしてるのか
健気だな・・・でも
「同行を申し出てくれるのは有難いけどこんなオッサンに同行しても・・・ねぇ?
もっと『良い瞳をしているイケメン』とか
『首の後ろに手を置いてふぅ、やれやれ・・・』とか言ってるような
そういう人に助力をした方が」
なんかやってくれそう感とか力の貸し甲斐があるというか
自分以外にも召喚された人が一応居るみたいだし
そう提案しようとすると
「私はあなたの力になりたいんです!」
胸の前で両の拳をきゅっと握り力説してきた
「いや・・」
そんな事言われてもと続けようとして言葉が出なくなった
責任感からか義務感からかは分からないが
あまりにも真剣な迫力に圧されてしまったからだ
「・・確かに聞いただけではまだこの世界の事を理解出来てませんし
同行してくれるなら心強いで」
す、と言い終わる前に手を握られそこには
「はい!よろしくお願いします!」
嬉しそうな少女の笑顔が目の前にあった
そこではたと気が付いた
「あの、お互い名前名乗ってませんでしたね」
「あ!そうでしたね、私ったら・・・」
ここはやはり気付いた自分から名乗るべきだろう
「え~・・・と、春保大輔といいます」
改めて名乗ると気恥ずかしい、自己紹介なんて何時いつぶりだろうか
気まずさと気恥ずかしさが混じった自己紹介をすると少女も応えてくれた
「私はイアと呼ばれています!よろしくお願いします大輔さん!」
(イア・・・呼ばれている、ねぇ)
名乗っているんじゃなくて名付けた者が居る?
さっきも召喚を仕切っている人物と言っていたな、それにしても
(もしかして由来はAIをひっくり返してIAじゃないだろうな)
「大輔さん?」
考え込んだ俺を不思議そうに見つめるイアに
「あぁ、何でもない良い名前だな」
由来だのなんだのえらっそうに言えた義理か!
内心で自分を自戒し、謝罪の意味も込め頭を下げ
「ん、どうぞよろしく」
「はい!」
それが別世界での最初の1日だった
「ところで、今日はここで休む予定だったんですけど・・」
「えっ?あっ・・・大丈夫です!私、丈夫ですから!」
「いや、なんかスミマセン・・・」
良い始まりでは無かったかもしれない・・・。
ここまでお読みくださった貴方に感謝を