しつこいナンパの撃退のしかた
「うぅわ・・・」
更衣室にて
鏡に背を向け首を捻り肩越しに傷を確認すると
まぁまぁエグイ傷跡が背中の広範囲に渡って広がっていた
「こーりゃ流石に・・・マズいか・・」
散々撫で斬りされてシバき倒されたからなぁ
にしても、ここまで傷跡が残ってるとは・・・
「どーすっかなぁ」
後頭部をガシガシと掻き考える
このまま戻るとまた悪目立ちして2人に迷惑をかけてしまう
・・・そうだ!
水着のレンタルコーナーにパーカーが在ったはず
あれを羽織って隠しておこう
着たままだとプールに入れないが
元々泳げないし問題無いな
適当にパーカーを選び貸し出してもらい
急ぎ2人の元へ戻ろうとプールサイドへ向かうと
なにやら騒がしい
客が遠巻きに何かを見てひそひそやっている
一瞬また自分を見てざわついているかと思ったが
パーカーで傷を隠しているし
何より皆の視線が自分と違う箇所を見ている
皆の視線を辿ると、ヤシの木の区画を見ている・・?
あそこにはイアとシャルを待たせている
「まさかッ!」
あの金髪が戻ってきて絡んできたのか!?
すぐさま2人の元へ向かうと
俺の目の前に広がる光景は
イヤらしい顔を無遠慮に押し付けられ怯えるイア・・・ではなく
腰に手を回され強引に身体を密着させられ必死に抵抗するシャル・・でもなく
シャルが金髪の男の髪を掴み捻り上げ
イアが男の脛を執拗に蹴り上げている
(???、・・・?)
どういう状況だ・・・?
いやいや、呆気に取られている場合じゃない!
近付いていくと男が何やら喚きだした
「なッなんだよ!お前ら・・ちっと可愛いと思ったらよぉ
あの男の間ではブリっ子キメてんのかよ!
こんなとこアイツが見たら失望すんべ!」
・・・今の喚き声で状況が大体わかった気がする
男の台詞に2人が動揺したのが後ろ姿からでも見て取れた
(俺をダシにしてあの2人を傷つけるとか、やってくれるな・・・)
正直、初めて訪れるナイトプールなんて空間や
初めて面と向かって話すチャラ男
背中の傷に向けられた周囲の奇異の視線
これらに委縮しっぱなしだったが
イアとシャルが害されるのを見て頭に血が上ってきた
ぺたぺたと自分でも頼りなく感じていた歩みが
プールサイドの石畳に足の指を食い込ませシッカリとした歩みに変え
遠巻きに見ている人々を掻き分け、チャラ男を真っ直ぐに見据え向かう
すぅっと息を吸い言葉を投げる
「俺がなんだって?」
イア、シャルが振り向きチャラ男が顔を上げる
シャルは少し気まずそうに「あちゃ~」と言い
イアは溶けかけたハニワのような表情をしている
・・・どんだけ驚いてんだ
男はというと
「あッ!?て、テメェ!!なんとかしろ!お前のツレだろ!!」
髪を鷲掴むシャルの腕を引き剥がそうと必死の抵抗をしながら
俺に訴えかけてくる
「なんで?」
返す言葉はシンプルだった
「なんでって・・はぁ!?お前この状況見てわっかんねぇのかよ!」
「どーせ、お前が2人に嫌がる事したんだろうが
俺が居なくなったタイミングを見計らってまた近づいてくるとかよぉ」
ハァ、と溜め息をつき言う
「バッ!?ちげぇよ!いきなり殴られて吹っ飛ばされてこの状況だぜ!?
なんか訳わかんねぇ事ブツブツ言ってるしよぉ!なんとかしろよ!」
(なぁに言ってんだこいつ・・・)
しつこく絡まれたから自衛の為にやってんだろ・・・
しかし、シャルはともかくイアがここまで怒るとは。脛を蹴ってたぞ・・・
一体なにを・・・まさか
チャラ男の目の前まで歩いて行き
「おい、お前なにやったんだよ・・・」
「だ、だから何もッ!ぐッ!?」
事ここに及んで何も認めようとしない男に苛立ち
男の肩を握り潰す程に掴む
「いっ!?イデデデデ!!」
「この2人はよ、理由もなくこんな事しねぇよ
特にこのちんまりした娘はよ怒った顔なんて想像も出来ねぇくらいだ」
グッと顔を近付け問う
「もう一度だけ聞くぞ、なにをした?」
「何度も言ってんだろが!ちくしょう!俺はなにもっ!」
「・・・わかった、もういい。シャル離してくれ」
詰問している最中も尚、
髪を掴んだままだったシャルに言う
「え?あー・・でも、さ」
「大丈夫だから」
「う、うん・・・」
少し納得がいっていない様子のシャルだったが
やがて掴んでいた髪をパッと離した
「ガッ!?いってぇ・・お、おい!お前もいい加減離せよ!!」
今度は肩を握り掴んでいる俺を睨み悪びれず要求してくる
「勘違いすんなよ髪を離させたのはお前の言い分に納得したわけでも
解放してやる為でもねぇよ・・・」
「は、はぁ?いっ!イデデッ!だから俺はなんもしてねぇって
お前のお友達の頭のイカれたクソアマがッ!?・・・・・・」
「言うに事欠いて・・よくもまぁ
その口汚さがお前がクロの証拠だろうが・・・」
あまりに不快な言葉が耳に届き
喉輪をキメ、チャラ男を持ち上げる
「ぐっ・・お、おぉぉぉ・・・」
チャラ男は喉を掴み上げている俺の右腕に必死に爪を立て抵抗しているが
腕は不動のまま震えもせず男を掲げている
が。
(この状況、騒ぎになり過ぎたかもしれない・・・)
男をの口を喉ごと封じ少し冷静さが戻って来た
頭にキたからって流石にマズかったか
このまま騒ぎが広まれば指名手配されるかもしれない
まだ右も左もわからない世界で追われる立場になるのは避けたかったが・・
「ゲ八ッ!!ち、っくしょぉぉ・・・ここでこんな事してタダで済むと・・」
男が言い終わる前にプール出入口付近がいっそうザワつき始めた
振り返り確認すると黒服で身を固めた一団が険しい表情で向かってくる
(あれは・・・俺達をここへ連れてきてくれた人達か
もしかして治安維持とかを担っているのか?)
マズい、非常にマズい、俺は2人を信じているから男が何かしでかして
あの状況になったと思ってるが
そうでない人はコイツの言い分を信じ
2人の行動と今の俺の暴行を不当なものと見なすかもしれない
いや、今の俺の暴行はどっちに転んでも駄目か・・・
逃げるか?といっても3人共水着だし着替えを取ってから・・
いや、それまでに出入口を封鎖されてしまうか
どうするかと逡巡していると
ズザーっと黒服の一団に囲まれてしまった
「あー・・・っと、これは、その」
なんと言い訳したものかと言葉を詰まらせていると
「こっ!こいつら!なんとかしてくれよ!
いきなり殴るわ蹴るわ!トンでもねぇ異常者なんだよ!」
「チッ!」
黒服の一団に気を取られ腕から少しチカラが抜けた瞬間を逃さず
チャラ男が叫ぶ
しまった先に口火を切られた
このままだと好き放題に・・・ッ
すると
「お静かに、皆様方もどうか静粛に願います」
毅然とした声が響く
黒服のリーダーらしき者が後ろからゆっくりと歩いてきた
見覚えがある男だ。公園から車でこの宿へ案内してくれた人だった
やってきたリーダーらしき人物と目が合うと
サッと膝をつき
「申し訳ありません!」
突然頭を下げられた
周囲を囲んでいた黒服達も倣い膝をつき頭を下げる
「え?・・・あの」
「な、なにやってんだ!さっさとこいつらをッ!」
「やかましいッ!!」
傅かれ呆気にとられつい解放してしまった
尻もちをつきながらも声を上げるチャラ男をリーダー格の黒服が一喝する
「な、なんだよ・・お、俺は」
動揺と怯えが混じった声を出しチャラ男が食い下がるが
「何方に向かってほざいている!?
この御方は天上人様であるぞ!」
頭を下げたままチャラ男へ向かって言い放つ
「世界に於いて大恩ある天上人様に無礼を働くとはッ!
今の暮らしを享受できるのは誰の恩恵を受けての事だと思っているッ!?」
車内で話した温和な雰囲気は影も無く怒気が込もっていた
言い終わるとザッと一斉に立ち上がり
「拘束しろッ!」
鋭い指示が飛ぶ
「貴様の使徒権限を完全剥奪する」
「ひッ!?そ!そんな!?あ、謝る!謝りますから!勘弁して下さ・・ッ」
なにやら告げられたチャラ男の表情が一変し床に手をつき謝罪しようとするが
2名の黒服に両脇を抱えられ無理やり立ち上がらせられ
黒服のリーダーは
「これは決定事項だ、決して覆らん。地獄へ落ちろ」
先程の烈火の如くの怒声から打って変わり
ゾッとするほど冷たい声で告げた
チャラ男が尚も釈明を続ける素振りを見せると
黒服が鳩尾に膝蹴りを入れ意識を奪い
二人がかりで両脇を抱え何処かへ連行していった
姿が見えなくなると
リーダー格の黒服がこちらへ振り返り
「天上人様、改めてお詫び申し上げます」
頭を下げた
「この施設にてあのような粗雑で下劣な輩が出入りしているとは
ましてや、天上人様に斯様な暴言を投げるとは・・・
私達の管理不足です。申し訳ありません」
またもや深く頭を下げようとするので慌てて止める
「あぁ・・いえ、そんなに気に病まないで下さい
それに俺もアイツ・・いや、あの人の首絞めてるし・・」
「その事でしたら、どうかお気になさらず
大方あの者から突っかかってきたのでしょう?」
「それは・・・まぁ、そうですけど
でもなんか厳しい罰を与えた感じなんでその・・」
後ろ頭を罰が悪そうに掻いて答える
「天上人様のご寛大な御心を無下にする無礼をご容赦ください、しかし
この施設、天の原は世界への貢献が著しい者達
その労働に報いる為の慰労施設
ですが、何をしても許される訳ではございません」
「度を超えた横柄、他者への侮蔑など
品性を欠いた行為があってはなりません
此度の件も天上人にご不快な思いを強いた故に、彼の者に格別な重罰を下したのではなく
飽くまで定められた法に照らし合わせた対処でございます
どうかお気に病まれぬよう」
「権限を与えられた者だからこそ他者を慮り
秩序を守る、故に特権者は尊ばれるのです」
(・・・それは、確かに。
貴族とは斯くあるべしみたいな
上に立つからこそ弱い立場や他者を気遣い、尊敬の念を受けるってヤツか)
秩序か・・・誰もが遵守すれば住みやすい世界なのかもな・・
まぁ、アイツは・・・何事にも例外の存在は居るって事か
立ち上がった黒服が遠巻きにこちらを伺っている群衆に振り向き、
探るように目を細め詰問するように鋭く問うた
「貴方方は天上人様達に粗相はしてますまいな?」
気まずそうに顔を逸らす者、俯く者、様々な反応が返ってくる
その反応を見て取り何かを察した黒服の眉の角度が吊り上がっていく
(このままだと面倒な事になるな・・・)
息抜きに来たというのにこれ以上の騒ぎは御免だ
幸い、一番質の悪いヤツは連行されていったし
この人達は背中のアレを見て動揺しただけだ
俺だって銭湯とかでこんなモノ背負った人が来たらチラ見ぐらいするだろうし
「あの、この人達には別に嫌な事はされてませんから」
まぁまぁと黒服の前に回り剣呑な空気を収める
「・・・・・了解しました」
納得はしていない様子だが、こちらの意図を汲んでくれたのだろう
「では、何かありましたら御用命下さい」
流れる様に自然な動きで一礼し黒服一行は去って行った
後には俺達と群衆が残されたがポツポツと散っていく
だが去り際に皆一様に会釈をし去っていく
多少の申し訳なさがあるのだろうか
「さて!、と・・どうしよっか?」
切り替えるように努めて明るく2人に問いかける
「泳ぎにいくかい?疲れたなら部屋に戻ってもいいし」
「ん~せっかくだし泳ごうよ!」
「ですね!バチャバチャしたいです!」
キャッキャッと2人に両腕を掴まれプールへ連れられる
「おい~今更だけどプールサイドではしゃぐなよぉ?」
競泳用や流れるプールなど何種類かあるプールの内
小ぶりの温水プールに当たりをつける
「誰も‥居ないな」
先程の騒ぎで他の利用客は別のエリアに行ってしまったのだろう
温水プールはガラ空きだった
「いいじゃん!いいじゃん!伸び伸び泳げるんだからさ!
で・も~、そ・の・ま・え・に!」
「うぉっ!?」
シャルが俺のパーカーを脱がそうと掴みかかってきた
「ほらほら!こんなの着てないでさ!」
「ぁわわ・・いけませんよダイスさんの御召し物をそんな強引に・・・
・・・わ、私も・・・!」
ニマニマとしながら服を引っ張るシャルを止めてくれると思った
イアまで何故か鼻息荒く服を脱がせようと身に絡みついてくる
「待ってくれって、この服は」
傷を隠す為のと続けようとすると
「・・・要らない」
「え?」
シャルのくぐもった声に遮られる
「これが傷を隠す為に着てるんなら要らない!」
「いや、でもなぁ・・・」
「この傷がついた理由も知らない奴らの為に何でダイスが!」
「ほらデリカシー・・じゃないかTPOだっけか
こういう公共の場では見せびらかすもんじゃないんだよ
こんな気持ち悪ぶッ!」
今度は口に手をあてられ力ずくで口を塞がれる
「それ以上言ったらアイツ、どこに連れていかれたか知らないけど
追っかけてって殴りに行くから」
いつになく深刻な顔をしたシャルと正面から目が合う
「アタシ達がその傷を嫌がるとか無いから」
「や~・・でもさ?俺さっき鏡越しに見たけど結構コレ・・」
「「ないから!!(です!!)」」
揃ってキッパリと否定される
「それに!ここには他に誰も居ません!
迷惑にはなりませんぅ~」
尚も服を引っ張っているイアの言う事は・・
「それ、は・・まぁ」
周りに人が居ないのなら構わない・・・か
「わかったわかった伸びちゃうから引っ張らないでくれ
自分で脱ぐから」
「いーえっ!脱がせてあげます!ぬん!むん!」
イアは変な掛け声と共にグイグイと服を引っ張るのをやめない
目が血走っててなんだか怖いんだが・・・
その後、抵抗を止め、為すがままパーカーを取り上げられた
「うわ!すっご!あったか~い!なにこれ~!
ほらほら2人共!はやくはやく!」
先にプールに入ったシャルが喜び手招きする
「俺泳げないんだけど・・ま、歩けばいっか」
足からそーっと入水する
成る程温くて気持ちいいな
振り返ると手すりに掴まりおっかなびっくり
プールに入ろうとしているイアのお尻が見えた
改めてなんだあの水着は・・ほぼ見えてるんだが・・・
何とも言えない気持ちで眺めていると
「きゃ!?」
手すりから手を滑らしイアの体勢が崩れる
「あっ!」
刹那、身体に力を入れイアの元へ向かい抱き留める
「っと!・・・大丈夫か?」
「ひ、ひゃい・・お鼻が少しツンとしますが大丈夫です・・」
少し水が入ってしまったのか鼻の頭を抑えてイアが答える
しかし・・・
咄嗟の事だったとはいえ水の抵抗を受けてよく間に合ったな
カナヅチ特有のプールに入った時のあの緊張感も無いし
これも身体を一新した影響なんだろうか
「ちょっと~だいじょぶ?」
ザブザブと心配そうにイアを覗き込みに来たシャルだったが
「ふぅ~ん?ヘーキみたいだね☆」
俺の腕にすっぽりと収まるイアを見てウィンクした
「え?あっあの・・恥ずかしい、です・・」
「そういや、この世界に来た時もこんな感じだったな」
「あぅ・・転移に失敗しちゃいまして・・・スミマセン」
「ちょっと思い出しただけだって責めてるんじゃないよ
謝らないでくれって、そらっ!」
「きゃ!ぁはは!もぉ~っ」
顔を浸けないように腕に抱くイアを上下させプールにジャブらせる
「あ~!おもしろそ~アタシもやって~!」
「ちょっと待ってくれって、おわっと!」
「あん、もぉ~胸に当たってるぅ」
「だ、ダイスさんどさくさに紛れてなんて事を~」
「うぉ!待ってくれ!ソコを摘まむな!抓るな!」
広い娯楽エリアの片隅
俺の叫び、シャルの笑い声、イアのむくれ声が
しばらく無人のプールに響いていた。
ここまでお読みくださった貴方に感謝を




