幕間:自分の見つけかた
暗黒の虚無が延々と広がる空間
決着の末、敗北した蒲生竜也は
この異空間に放り出された
「チッ、おい!おぉい!!どこだよ!ここは!」
蒲生の叫びは暗がりに虚しく消えていく
応える者は無いかと思われたが
歩き回り幾度かの叫びに反応が返ってきた
『そのように何度も呼びかけずとも良い』
「・・!?だ、誰だ!?何処に居る!?」
『やぁ初めまして、失礼とは思うが故あって姿は見せられな・・』
「てんめぇぇ!!何処に居るかって聞いてんだ!!おい!!コラ!!」
声が聴こえるや否や蒲生から矢継ぎ早に罵詈雑言が続く
『話を聞いているのかね?姿を見せる事は・・・』
「なんなんだよ!どっから声出してやがる!チキショー!!」
『・・・君は本当に知的生命体かね?
ここまで意思疎通が図れないとは少々驚くよ』
「あ”ぁ”!?どーゆー意味だ!!ゴ、ラ・・・
ぅ、ぁ、ああぁぁぁぁぁ!!」
尚も虚空に食って掛かろうとする蒲生が突然膝を突き
頭を抱える、額には脂汗も滲んでいる
『失礼、あまりにも耳障りなので少々手荒い手段を取らせて貰った
改めて問うが私の会話に応じる気はあるかね?』
「ぅ・・げ・・あ、あぁ・・わ、わか、った」
片手で喉を押さえもう片方で宙を掻きながら
息も絶え絶えに返事を返す
『結構、だが今までの経過を鑑みて拘束は続けるよ
君の周囲の酸素濃度は戻すから苦しみは消える、安心してくれ』
「人様の自由奪って安心だぁ!?どの口が・・」
『まだ続けるかね?』
「ひっ!わかった、わかったから勘弁してくれ」
竦み上がる蒲生様子を見て
声の主オブザーバーはよしと話を切り出す
『まずは、この空間や私の事など君には聞きたい事が山ほどあるだろうが
私は君に説明も名乗る気も無い。否、今のやり取りで無くなった』
「は、はぁぁ~!?!?ちょっと待てよ!」
『待たない、君は私の問いに答えるだけでいい』
「そんな横暴が許されるわけがッ」
『許される。この空間の主は私だ、私が自身の行動を全て許す』
「ねっ、え・・・」
余りに傲慢な物言いに面食らい蒲生が言葉を失う
そんな蒲生の様子を余所に淡々と声の主は続ける
『続けるぞ、まず君は敗北した。覚えているかね?』
「敗北・・チッ!覚えてんよッ!くそムカつくぜあの野郎・・・」
『結構、実を言うと君を負かした彼もこの空間に招き
私が力を授けたのだよ』
「は?は、はぁぁぁ~~!?
力を授けたって・・あの野郎途中で変わって強くなりやがったが
テメェの差し金か!チートじゃねぇか!クソがッ!」
『君からすれば不公平を感じるのは最もだ
だがそれも理由があっての事なのだ』
「それでも納得いかねぇ!
俺は負けを認めねぇぞ!!あんのチート野郎・・・ッ!!」
『悔しいかね?』
「ったりめぇだろ!!」
『フム、まぁ君がその反応を返すのは予想通りだ
そこで提案しよう、彼と同等の力を得られるとしたら
君はどうするね?欲するかね?』
「同等・・?か、勝てるのか!?アイツに!!
く、くれ!俺にもチート能力!!」
思いがけない提案に蒲生の瞳が不気味に爛々と輝く
『実に結構、では彼と同じ代償を支払ってもらうが
それも構わないね?』
「代償?金か?ならあの世界で稼いだファイトマネーがたんまりと・・」
『そんなものに私は価値を見出さない』
「あ”?んじゃ何が・・」
『代償はこの仮想世界群からの帰還だ』
「?、つまり・・なんだ?」
『力を得る代わりに君は元居た世界、現実に帰還出来なくなる』
「は?はッ!はぁぁぁぁ~~!?!?
バッカじゃねぇの!?んなの嫌に決まってんだろがッ!」
『彼は支払ったぞ、その馬鹿げた代償を』
「ふ、ふざけんな!ゲームで強くなる代わりに
現実に帰れないって死んだも同じだろうが!!
い、イカレてんのか!!」
『しかしリベンジしたいのだろう?
同等の力故、必ず勝てると保証は出来んが
彼もまだあの異能に慣れていないし現在消耗している
充分に勝機はあると思うがね』
「だッ・・から!そーゆー意味じゃなくて!
現実に帰れないとか、おかしーだろっが!!
対価が釣り合ってねーんだよ!!」
『やはりそうか・・』
「な、なにがだよ・・・」
『いや、気にせずとも良い
君にはもう聞きたい事も興味も無い
もう夢から目覚めさせてあげよう』
「お、おい!急になんだよ!
それに!げ、現実に帰れないってあの野郎
本当にそんな条件飲んだのかよ!?」
『その通りだ、実を言うと確かめたかったのだよ
彼が妙にあっさりと受け入れたのでね、彼が特別ではないのではないかと
この取引は皆が一様に納得する条件だったのではと疑問が湧いてね
君にも同じ提案をしてどう反応するか見たかったという訳だ』
「あ、あっさりって・・・狂ってやがる・・」
『その通りだ、アレを受け止めるには狂気が必要なのだ
価値観の平均を知る為の比較対象が君というのが聊か
疑問を残すが・・否、本能的に生きる者だからこそ
我が身の安全を第一に考える。だからこそ・・・』
「お、おい!おいってば!ブツブツと何言ってんだ!」
『あぁ失礼、今の君の答えは貴重なデータとして
保存して置こう、もう帰って良いぞ、では良い目覚めを』
「は?おい!ちょ・・ッ!くっそ!じ、冗談キツイんだよッ!
夢だというから付き合ってやったんだ!お、俺・・私には帰る場所がある!!」
わなわなと震える蒲生の一人称が変わり
薄く身体が光を帯び姿がみるみる変貌し
やがて、くたびれた壮年の男性へと変わり果てる
「陽子ちゃんだってやっと掴まり立ちが出来るようになったばかりだし!
家のローンも20年以上残っている!!死んでなんかいられるか!」
『・・あぁ、キミのアバターは若化型だったね
察するにヨウコとは血縁者かな?』
「そうだ!やっと授かった大事な大事な愛娘だ!!
仮想の勝負の為なんぞに捨てられる訳がないだろう!」
『そうだな・・その通りキミはまったくもって正しい
だが普通の個体では研究の題材は務まらない
それでも今までご苦労だったね感謝を伝えるよ、では。』
興味が失せたと言わんばかりに抑揚の無い声で事も無げに言うと
蒲生の身体が光り瞬時に消えてしまった
『ふむ、アレが喚きたてる姿を観察て去来するこの感覚は・・
愛らしさと愚かしさは根を同じくしているのかもしれないな』
『狭い籠の中を走り回る齧歯類を見下ろして笑む気持ちか・・
だが直に接触すべきではないな、隔てらたガラス越しだから可愛らしくも見える
・・・目の前で喚く姿は醜悪極まる』
何やら変に得心した声でウムウムと納得し
『さて次は、やはり最後に彼女に説明をしなくてはな
干渉地点、過去に設定、遡行点を探知、時間軸への干渉を開始。』
言うなり暗闇にモニターを展開し操作を始めた
──────────────────
私が自分の無力に苛まれて膝を折り
大輔さんの弱点として利用されそうになっていた頃
眼前に剣を2振り構え突進してくる女性と
巨槍を構えている女性
2人共大輔さんが無力化した筈だったのに・・・
迂闊だった・・お力添えどころか足を引っ張るなんて・・・
眼下には必死の形相で叫びながらこちらへ手を伸ばす姿
一瞬の内に姿が変わってしまったがあの人は大輔さんだ
お姿が変わってもやっぱり優しい
身を犠牲にシャルさんを庇って
今また私を助ける為に我武者羅に
でも・・・
こんなに足手まといになってしまうなら、いっそ・・
「いや、駄目!諦めちゃ!」
あの人を巻き込んでしまったのは私の死にたくないとの願いが通じた末なんだ
この上、更に身勝手に命を諦めては駄目
「そうそう、あんなに必死に助けてくれる男子の
奮闘を無駄にしては駄目ですよ」
半壊した闘技場に似つかわしくない
風雅な着物に身を包んだ女性がいつの間にか
私と女性たちの中間の位置に立っていた
「あぁやっぱり賭けは面白きもの・・・
凡庸な人と思うてみたけれど一縷を託して御送りしてみれば
大将首まであと一歩・・・くっふ」
「あの人は・・」
下層で勝ちを譲ってくれた人
私をチラリと見やり次いで剣を構え突進してくる女性へ
「餓鬼の浅慮など手に取るように判るというもの
もう少しだけ手を御貸ししましょう」
女性は笑う口元を隠していた鉄扇をツイと横に振ると
───ドッグァァァァァァ・・・ッッン
鼓膜を大きく震わせる爆音と衝撃が襲ってきた
パラパラと粉塵が収まると襲撃者も着物の女性も消えていた
ハッと我に返り下方の大輔さんを確認する為に駆け出すと・・・
目の前が暗転した
不意に身体を浮遊感が襲い
瞬きをすると目の前には際限なく広がる漆黒
「ここは・・」
この暗黒空間はある意味では自分の住処だった所だ
私が自我を持った時、既に此処に居た
『突然呼びつけて済まないね』
「このタイミングで私を呼ぶということは
大輔さんの変化はアナタが関わっているんですね?」
『察しが良いね、その通りだ
異能を持たず碌に抵抗出来ぬまま消えゆく彼が不憫でね』
「・・・大輔さんに何をしたんですか?
あの様子はただの異能ではないですよね」
『彼には選択を与えた
異能を得る代わりに、この夢を現実とし生きてゆく事を』
「そ れって・・・」
手足から血の気が引いていく
『彼はもう目覚めぬ、現実を捨て仮想世界を選んだのだ』
「なんてことを・・・」
口に手をあて絶句する私に声は続ける
『全て彼自身が選んだことだ君が気に病むことでは・・』
「私が・・私のせいです」
『彼の選択を侮辱するのかね?』
「選択って・・・
大輔さんの姿が変わる直前、あれは確か槍が刺さる瞬間でした
私とシャルさんを放ってこのまま仮想世界を去るか
目覚めを放棄して異能を、私達をあの人から救うかの
二択を迫ったんでしょう!?大輔さんがどちらを選ぶかなんて・・ッ!」
『そうかね?如何なる状況でも他者と自分の人生を秤にかけて
他者の為に己を差し出せるものなど、そうは居ないよ』
「でも実際に!」
『その通り、彼は今までの己の世界を捨てた
それは彼の価値基準が他者と異なっているに他ならない
多感な青少年ならいざ知らずおよそ人生の斜陽に差し掛かった成人が
決めた事なのだ、彼は自分の選択に後悔はないだろうし
君たちを責めも恩を着せる腹積もりもなかろう』
「価値基準が違うって・・そんな」
『身も蓋も無い言い方をするならば狂っているのだよ彼は・・』
「やめてッッ!!!」
空間に自分の鋭い怒号が吸い込まれていく
自分でも驚くほどの声が出てしまった
「やめて下さい・・そんな言い方・・・」
『何も貶める意図で言ったのではないよ
それに彼に与えた異能は一線を画す特別なモノだからね
正気や常軌に囚われた理性では
早晩食い潰されてしまう類のモノだ、適者なのだよ彼は』
「そんな危険な能力を・・・?」
『済まないが異能について詳しく説明する気はない
それよりも君の今後の道を考えるべきだろう』
「どういう意味ですか?」
『君は彼が優しい人だと慕っているようだが
その優しさが消える可能性を考え
今後は別行動を取るか、共に生活を続けるのかと聞いている』
「大輔さんが豹変するって言いたいんですか!?
まさか与えた異能が心を蝕んで・・」
『フム、ある意味ではそうかもしれない』
「な、なんて事を・・・ッ!今すぐ異能を戻して下さい!!」
『ある意味では、と言ったろう
彼を変える可能性は確かに力だ
だがそれは与えた力の副作用やデメリットが心に作用する訳ではない』
『そうだな、一例を挙げるのならば蒲生と言ったか、彼は実に狂暴性が強いが
本来は人の目を見て話すこともままならない気性の持ち主なのだ』
「それって・・・」
『仮想世界の住人に対してなら何をしても良いと
玩具を弄ぶが如く残虐性に目覚めた
加えて己には他者にはない圧倒的な能力
本来の気弱さ穏やかさが鳴りを潜め
ある種本性が剥き出しになったと言っていい』
「だ、大輔さんも力を得てそうなってしまうと言いたいんですか!?」
『彼は今まで多少の頑丈さ以外に何も特殊な能力を持ち合わせなかった
しかし、彼は今や使いようによっては敵無しの異能持ちだ
他者より優れるという事は目線が変わるという事
変わった瞳は今まで尊重していた存在を馬鹿らしい下等種として映すかもしれない』
「そ、んな事・・」
『無いとは言い切れまい』
「な、無いです!絶対に!!」
『君がそんなに入れ込む存在が出来た事は喜ばしいと思うがね
しかし感情以外に根拠が無いのでは立証されたとは言わない
仮とはいえもし彼が残虐な本性を現したらどうするね?
それを見越していっそこのままこの空間に残り、世界の浄化を彼に任せるか
或いは彼の元に戻るかね?戻った後、最悪の事態になった場合
君はどうするか、君にも覚悟を問いたい』
「覚悟・・・」
心臓が早鐘を打つ
『今の彼は人でなし、人から化けたモノ・・だ
心と身体は相互関係、どちらかが歪めば
もう一方も引っ張られるように変質する
どの様な存在であれ・・・な』
私はキッと顔を上げ
「わ、私は・・・大輔さんと共に在りたいです」
震えた声で、しかし毅然と告げた
『それは彼に世界を捨てさせてしまった罪悪感からかね?』
「それはない・・と言えば嘘になります
でも、一緒に居たいです
仮に異能に任せて罪なき命を奪い世界を灼く悪魔に
大輔さんが変わってしまったとしても、私は、私の道は・・ッ」
私の答えに姿無き存在である声の主が溜息を吐いたのが気配で分かった
『なんと・・瞳に力なく、消えたくないと茫洋と祈っていた
自我無き存在がここまで愚かな感情に流されるとは』
「い、いけませんか!?どんなに貶されても私はッ!」
『大いに結構!勘違いしないでくれ感心したのだ己を持たぬ存在が
他者と在る為にここまで感情的になるとは
これもある意味、進化か。面白い、観測の甲斐があったというものだ』
「は、はぁ・・・」
興奮気味な声に毒気を抜かれてしまった
『世界群に墜ち、暫くの時が経ちシステムの軛が緩もうとも
明確な自我を確立し思うがまま行動する者が滅多に居ないというのに
彼と行動を共にした君は感情の発露が著しいな
何が切っ掛けなのかね?』
投げかけられた余りにも素朴な質問に
少し考えると顔を赤くする
「何が・・という事はなくて、ですね・・えと・・」
『恋慕の情、というヤツかね?』
「ぶっほッ!!?そ、そんな・・」
『だが解せんな・・君達は出会ってまだ間がないだろう
正確には6日と14時間32分55秒だ、斯様に短き時の流れにて
友愛でも親愛でもなく恋慕の情が湧くものなのかね?』
「う、うぐぐぅ・・私をそんなチョロいみたいに・・・」
『不快に思わないで欲しいのだが、君のソレは
本当に恋心に類するものなのかね?』
「え・・・?」
『生まれ落ちて間もなき命は見初めた者
頼りに出来る者などに懐き、己の生存確率を上げる
つまり、刷り込みの現象ではないかと推察するが?』
「そっ!そんな、ことは・・・
んぅ~~・・・無い!・・・です!!」
一瞬ギクリとしたイアだが問いを突っぱねる
が、追撃は止まらない
『または、彼の優しさの根幹にあるもの
それは同情ではないかと思うのだがね』
「ん!」
眉をしかめ頬を膨らませていた
イアが一声上げた後、口を開いた
「い、いけませんか!?同情に絆されちゃ!?」
『む?』
「最後に召喚する人をネットの海で探し回っている時に
私がどんな扱いをされたか!!
『はいはいw嘘w』とか『構って欲しすぎやろw承認欲求強すぎて草』
『奇遇ですね!僕も未来からきました』とか
まともに取り合うどころか嘲って袋叩きにしてくるんですからね!
あそこは!!」
『そ、それは私も多少の理解はしているが・・・』
イアの剣幕に悠然としていたオブザーバーの気配がたじろぐ
「だから!直接的にゲーム世界の話は辞めて
まずは軽い世間話から入ったんです!
それでも煽ってきてまったく会話が成立しなかったんですぅ!」
『う、うむ・・君があの時分
沈んでいたのは把握していたが・・・』
「茶化して冗談めかして他者を攻撃する悪意の底なんです
相手に憎しみなんて無くて本当に理由もなく・・・」
嘲笑の罵詈雑言を思い出し瞳が揺れる
「・・初めてまともに返して下さったのが大輔さんでした
嬉しくなって次々と会話を投げかけてしまいましたが
キチンと答えてくれて・・少しえ、エッチな話もしちゃいましたけど・・
まぁ?あの時は私を男性と勘違いしていたらしいですし?・・むぅ・・・」
大輔が話題に出ると途端に表情をコロコロと変え
饒舌に語るイアの話を厳かな声が軌道を修正する
『・・それで同情や哀れみに端を発する
温情、優しさを受け入れたのかね?』
「同情心を受け取る事はそんなに惨めに映りますか?
伸べられた手を葛藤なく取る事が自尊心を放棄する事だと?」
『そうだな、哀れみから差し伸べられた手を
誇りを傷つけられたとしソレを護ろうと
突っぱねる者を多く見てきたのでね』
「んぅぅ~・・そんなお決まり知りません!
優しくされたら嬉しいんです!暖かいんです!
す・・す、き・・になっちゃうんですぅ!!」
耳たぶまで赤くし吐露した言葉に
姿無き存在が微かに笑った気配がした
『安い同情はやめて、か。それは情けを掛けられ惨めな心持ちになるからか
或いは安い同情にすら心を救われてしまいそうになる己が怖いからか
個体差に寄る解釈の違いとは実に面白い』
・
・
『では、そろそろ戻るといい
想い人の所へ』
「おもッ!?そ、そんな・・えと・・・」
『あぁ、最後にいくつか
彼は異能を得て一新し名を変えたとの事だ』
「そ、そうなんですか?」
『大きく変わった訳ではない
”ダイス”これからはそう名乗るとね』
「ダイス・・さん」
噛み締めるように胸に手を当て呟く
『そして君や彼、ダイスを私がこの空間に呼びつける事はもうない
不測の事態が起こりそちらから呼び掛けたところで応じもしない
これでお別れだ』
「え!?き、急ですね・・・」
『もはや君達は世界で生きると決めた一介の命
ここは云わば舞台裏、軽々に立ち入るべき空間ではない』
「わかり、ました・・・」
『だがそうだな最後というなら何か餞別を送ろうか』
「餞別、ですか・・?」
『うむ、何にしたものか・・・
何れも世界を一新か崩壊させてしまう類の物になってしまうか』
「ひゃ!そ、そんな物を頂く訳には・・・」
『あぁそうだ、ならば少しばかりの助言を与えようか
君は自身の無力を痛感しているかね?』
「・・ッ!はい、今の力を消耗した私ではなんのお役にも・・・」
悔しさに唇を噛み締める
『確かに君に発露した力は他者を害する事に特化していないだろう
だが囚われてはいけない、発想が武器になるのだ』
「え?でもこれは移動に適した能力で離脱には使えるかもしれませんけど
そこまで戦闘に向いたものでは・・・」
『思考を広く持ち給えよ何であれ用途は決められた事以外にも存在する
いずれ己の無力に打ちひしがれた時、彼等の為に知恵と心を振り絞り考えるのだ』
「は・・はい」
いまいち得心しない様子のイアだが
オブザーバーは諭すように
『その気持ちがあるのならば決して君を無力たらしめはしないだろう』
と言葉を結んだ
ーーー
『では、君を戻すのは戦いに決着が着いた頃にしよう』
「あ!あの・・!!」
『?、なにかね?今になって変心かね?』
「違います!本当にお別れなら・・あの・・
今まで、ありがとうございました!!」
『フム?』
「私の祈りに応えてくれて
私に生きる世界をくれて・・・
ありがとうございました」
深く頭を下げ最後に伝えると声の主は
『そうか』
一言だけ残し
『では、これにてサヨナラだ・・・
こういった事例では何と言うべきだったか・・』
考え込む謎の存在に呼応するように周囲が明滅し
やがて彼は無機質に『おぉ、そうだ』と言葉に思い当たったらしく
『達者でいるといい』
姿を見た事も無い何者かの
不器用な別れの言葉を聞いた瞬間
私は戦いの余波で崩れかけた闘技場へ戻っていた
眼前には蒲生を拳で貫く見知った人の見慣れぬ姿が見えた
蒲生を打倒し困憊になり
倒れ込みそうになる大輔・・ダイスさんを支える為に駆けだす
例えどんなに変わってしまっても
絶対に一緒に居る
これが覚悟かと聞かれても分からない
でもこれは絶対に覆さない私が私に課す誓約
身体を支え勢いでダイスさんの胸に顔を埋め
誓うように静かに呟く
「ずっと、ずっと。一緒です」
ここまでお読みくださった貴方に感謝を




