反撃への転じかた
夢を視た
身体が底の無い闇に延々と落ちていく
自由落下ではない
何かに引きずり込まれる感覚
抵抗は出来ない
手で何かを掴んで抗おうにも
手の感覚が無い
ーーー違う
自分の身体の五感全てが
感覚も知覚も自覚も出来ない
だというのに
身に纏わり付く何者かの視線が
感覚の消えたこの身を圧迫し続ける
恐怖に叫ぼうにも喉が無い、肺が無い
こんな事はあり得ない
だからこれは夢に決まっているんだ
ーーーー
落着した衝撃も何も無く突然
身を包む落下の衝撃が消失する
摩耗した精神を整える暇もなく
次の瞬間、猛烈な勢いで何かが流れ込んでくる
強大で膨大な存在が内に入ってくる感覚
黒い白、暗い黄、冥の赤、昏い蒼・・・・・
眼球が色を捉えているのか判然としない
瞼を閉じても眼に映る光が消えない。否、瞼の感覚すらない
身体中が嫌悪感に包まれ怖気が走る
恐怖に支配され指先に力を入れる事すら出来ない
不意に肌をビリビリと撫でる衝撃が走る
鼓膜を叩く不快な音が響く、いや違う。これは声だ・・・
理解しがたい、理解してはいけないと本能が警鐘を鳴らす
『つまらぬ、なんだこの脆弱な革袋は
これでは器足りえぬ』
ジュルリ・・・ジュルリ・・・と
多数の粘つく太い縄のようなモノが悍ましく蠢き
その上部から深く響く声が後頭部の芯を揺らす
『そ~りゃそうでしょ、コレは僕達に用意されたモノじゃないんだし』
轟音のような声と対照的に聴こえてきた飄々とした声
表面的な威圧感は無いが凍てた刃でゆっくりと喉元を撫でられている不快さがある
『不遜な、我の残滓を勝手に採取し剰えこんなものを
創るとは』
『いや~不覚だねぇ僕は痕跡を余り残さないように楽しんでた筈だったけんども、
あいつら知識以外にも蒐集欲あったのかぁ』
『まぁ良い、革袋が保つのが刹那だとしても
我の浮上の足掛かりに使ってやろう』
『ちょい待ち、何勝手に自分が使います宣言してんの?』
『黙れ、貌無しめが』
『はぁ?腐れ魚類が言うじゃないw
その吸盤こそぎ取ってやろうか?』
群青を更に色濃くした八方へ蠢く影
暗闇の中で尚もくっきりそこに在ると分かる漆黒の影
2つの輪郭が諍いをしている最中
『 ・・・・・・ 』
『む?』
『はぁ~あ
やめやめ、コレまで居るんじゃメンドクサイ事になるよ
お~よちよち、そのまま寝てて頂戴よ?寝言で宇宙吹っ飛ばされちゃ堪んないからね』
地響きのような震えが周囲を揺るがす
それがとある音を発端に発生している
音を発しているナニかは視えない輪郭も色も何も視えない
尚も意識を向け探ろうとし・・・
(沢山のシャボン玉・・・?玉虫色にテラテラと光って・・・)
『 ・・・・・ 』
(う”っ・・・!!)
在るかどうかも分からない喉から強烈な吐き気が込み上げてくる
この存在に注意を向けてはならない、絶対に・・・
全ての感覚をナニかから必死に逸らし
五十音、数字、英単語、益体も無い事を思い浮かべ続けて思考を満たす
知覚してしまった汚濁を頭から追い出すように
だが甲斐もなく今度は鈍く燦然とした黄色が現出する
いや、或いは最初からそこに居たのかもしれない
『下らぬな』
『キミはキミで何よ?ずっと黙り込んでた癖に』
『■■■■■の反応が蠢いたから視に来たまで
この様な茶番ならば去る』
『■■■■!貴様!』
『・・・もう居ないよん速いお方だこと
あぁ~あっと!飽きたし僕もどっか遊び行こっかなぁ』
『白々しいな、貴様はこの革袋を使わんのか?』
『必w要wなwいwねw
僕はキミ達と違って自由に動けるのw
さっきはああ言ったけど
欲しいならどうぞ?使えば?w』
『・・・要らぬ』
『え?え?え?マジで?要らぬぇぇのん?
復活は?浮上は?w』
『要らぬ!貌も無い癖にベラベラと不快な
我も眠りへ還る』
『あらら行っちゃった・・・
封印されたのを眠りとか言い張っちゃって恥ずかしくないのかねぇ』
『 ウォォ・・・ 』
『キミ達も還りなよ、ずっと隅っこで獣臭いったらないんだから、さ
まぁったく神の見本市じゃあないんだからさぁ~あ?おっと?』
耳障りな会話に身震いしつつも意識を集中する
委ねては駄目だ・・・
声音を聴いただけで挫けそうになる、だが
歯を食いしばり全身に力を漲らせ主導権を手繰り寄せる
チカラは欲しい・・・だけど身体は明け渡さない
俺はこの身体でやらなくちゃならない事がある!
『些末な芥の癖に頑張るねぇwん~♪僕ちんこーゆーのに弱いんだよねぇ・・
OK!サービス!いいよ!あげるよ。細胞つってもどーせ爪の垢くらいのもんだし』
一番賑やかしく聞こえていた声が
突然耳元から聞こえた
聴こえた瞬間意識があっと言う間に吹き飛びそうになったが
全身を強張らせなんとか・・耐えられた、のだと思う
眼、鼻、口から体液が絶え間なく流れている
だが同時に意識もある、自分が誰かも判断できる。しっかりと繋ぎ止められている
『おほ!耐えた!良いねぇ!う~ん、よし!
次はこういう健気な手合いを揶揄いに行こっと!
じゃぁあぁねぇぇ~』
一番口数が多い存在の気配が消え
続くように多数の気配も去っていく
授けられた、違う、放っておいた方が面白そうだから見逃されたのだ
足が捥げ、尚も這い進む事を止めない虫を愉快そうに眺めるように
理由はなんであろうと構わない
せっかく手に入れたであろう身体を
みすみす取り上げられなくて良かった
俺にはやらなくてはいけない事があるんだから
朦朧とした意識に見知った顔が過る
意に沿わぬ行動を強いられ泣き腫れたシャルの顔
己の無力に失意と共に膝を崩したイアの顔
地割れの様に口を開き嘲笑う敵の貌
そうだ、俺がやらなければ
もう情けない醜態は晒さない
ーーー護ってみせる
生まれ変わるみたいなもんだ
せっかくだ、景気づけをするのも悪くない
これ自分の物だと誇示するように
脈動を感じ始めた肉体に力を込め
胸にありったけの空気を溜め込み虚空へ吐き出す
「はんっげきぃッ!!開始すっぞぉぉぉッッ!!!」
ーーーーー
暗闇一辺倒だった視界に色彩が戻る
その刹那
『メギッッ!!!』
背中に何かが軽く触れた感触がした
覚醒した直後でぼんやりする頭を振り背中を振り返ると
甲冑を着込んだ女性が折れた槍を握りしめ
信じられないと言った表情でこちらを見ている
「なん、だ?私の槍が通らない・・・?」
「なぁにやってんだぁぁッ!!?」
離れた所から不愉快な喚き声が聞こえる・・あれは・・・
酩酊していた意識が一気に戻り
声のした方向に顔を向け確認する、やはり居る。
蒲生竜也
すると目が合った蒲生が悲鳴に近い声を上げ
「なッ!?なんだてめぇ!!?あ、あのオッサンはどこ行きやがった!??」
「何言ってんだお前は・・」
だが困惑の声は下からも聞こえた
「だ、ダイスケ・・?じゃない・・?アンタ、誰・・?」
「シャル?」
覆い庇っている彼女に声を掛ける
「大丈夫か?」
「え・・・ダイ、スケ・・なの?でも」
「チッ!あのオッサンに代わって別のヤローが召喚されたのかッ!?
あぁもう!どうでもいいからッ!!そいつも殺しちまえ!!」
ギャンギャンと煩いヤツだな・・・
「ん?」
頭が少し揺れた違和感に下を見ると
「ぁ・・また・・ヤダッ!!やめて!!アタシこんな事!!!」
シャルの拳が頬を殴りつけてきている・・・だが
「やだ!!やだよぉ・・ッ!」
(痛くない・・?衝撃も感じない)
「よっと」
幾度目か頬に迫るシャルの拳を軽く掴み取る
「大丈夫だから、もう大丈夫。アイツに好きにさせないから」
「え?」
手の中で尚もギリギリと俺の顔へ向かって来ようと満身の力が込められている
「強化を通じて操る・・ね、狡い野郎だな!えぇ!?蒲生竜也ッ!!」
名指しで非難され蒲生はギョッとし
「う、うるせぇッ!!おい!お前らも行けッ!!やれッ!!」
蒲生が周りに控えていた武器を携えた女性に怒気を込め指示を出す
「テメェもだッ!!スヴァーヴァ!!いつまで呆けてやがるッ!!
スキルも使え!たたっ殺せッ!!」
俺の後ろ、折れた槍を握り佇んでいる女性に檄を飛ばしている
「はい、主命を受諾致しました」
女性がカチャリと槍を握り直すと、折れた切っ先がみるみる復元されていく
俺は立ち上がり
スヴァーヴァと呼ばれた女性、
その後ろから舞台に上がってきている両手に剣を構えた女性
更にその後ろに控える蒲生を正面に見据える
「けッ!いっちょ前にやる気かよ!おい!串刺しにしろッ!」
「ハッ!『レイジングピアッサーッ!!』」
武舞台が揺れる程に強く踏み込んだスヴァーヴァが槍撃を繰り出す
緊張に身が強張る
なにせシャルが相手にならなかった猛者の一撃だ
(あれをまともに受ければ首が飛ぶ・・・)
眼前に紅く発光した槍の穂先が迫る
・・・が
(なんだ?様子見か?)
目視で充分確認できる程度の速度だ
顔を軽く背け切っ先を危なげなく躱す
「ッ!ならばッ!!」
槍を引かずそのまま薙ぎ払いを仕掛けてくる
(これは躱すよりも!)
咄嗟に向かってくる槍に手を伸ばし抵抗を試みると
あっさりと槍を掴み取れてしまった
「ぬぅ・・ッ!貴様ッ!!」
スヴァーヴァは腕を引き槍を俺の手から引き抜こうとするが
(・・・・?)
抵抗が弱い・・・さっきまでの苛烈なまでの膂力はどうしたのか
槍を通じ俺の手から感じる彼女の力は極めて弱い
俺を滅多打ちにして疲弊したのか、なんにしてもチャンスだ!
ググっと力を腕に込め逆にこちらから相手を振り払うと
「うあぁッ!!?」
容易くスヴァーヴァは槍から手を放し横へ吹っ飛んでいった
「うおッ!?」
なんだ?甲冑を着込んだ人間がこれほど無抵抗に吹き飛ぶか?
吹っ飛ばした自分自身が驚いてしまった
「なッ!?ッくぅ!!テメェ調子ん乗ってんじゃねぇぞゴラァ!!!」
やり取りを見ていた蒲生の表情から嫌らしい笑みが消え
ギャースカ怒鳴り始めた
そうだ、俺が代償を支払ってまで戻ってきた目的の一端は
「離れた所からうるせぇな・・さっきっからっよぉぉ!!」
アイツをぶん殴る為だッ!!
堪え切れず手の中に在る槍を持ち直すこともせず雑に蒲生へ投擲する
ーーードッガッァァッ!!!
槍は蒲生を掠め背後の壁に凄まじい音と砂埃を巻き上げ水平にめり込んでいた
・・・刺突武器のめり込み方ではない
「は?へ?な・・んだょ・・・これ・・・」
衝撃と恐怖に蒲生が顔と声を歪める
俺に向ける視線にはっきりと怯えが混じっている
だが
「や、やれ!何とかしろッ!そ、そいつをぉッ!!」
まだ諦める訳ではないらしい
「我が君、僭越ながら御力を賜う事をお許しを──」
その身に似つかわしくない大型の剣を携えたドレス姿の女性が蒲生に請うた
(異能で強化を貰う気か!?)
「ば、馬鹿野郎!スヴァーヴァは強化済みだったんだ!!全ステ5倍の強化だぞ!?」
蒲生は両手をバタつかせ、そう叫んだ
(なんて・・言ったんだ?さっきの甲冑の人は疲弊どころか強化されていたのか?)
「では私には更なる恩寵を拝する許可を──」
鈴が鳴るような声音で、だが目はじっとりとこちらを睨めつけている
なんだあの人は・・・?
「お、おぉ・・グィネヴィア、お前に10倍でかけてやるッ!!
だから・・そいつをッ!殺せぇぇッ!!」
蒲生が翳した手から青い波動がグィネヴィアという女性に流れていくのが判る
(視認出来る程のエネルギーかよ・・・)
「ああぁぁ・・甘美な・・この全能感・・堪りません・・ふふ・・
少し、はしたのう御座いましたね?」
クスリと目元だけで笑い両手に握る剣を見つめ
「さぁ、参りましょう。エクスカリバー」
陶酔した表情から一変し顔を歪めこちらに飛び掛かってくる
ヒラついたドレスの割に身のこなしは素早い
剣で斬りかかってくる相手にこちらは素手、だが焦りが湧いてこない
さっきの連中のやり取り、そして俺が手にしたチカラ・・試してみるか
(頼むぜぇ・・・特別製の身体ってんなら
この程度でスッパリいくわけないよな!?)
気合を入れ、グッと掌を前に突き出し斬撃を受け止める
相手の動きは決して遅くない、むしろ凄まじく速い
だが視える、反応できる。
ゾッとするほどギラついた光を放つ剣を
素手で掴んだにも拘らず刃が皮膚を裂く気配はない
腕に力を込め押し引きしても微動だにしない剣に焦れたのだろう
「クッ!!オノレェェェッ!!」
優美な姿勢を崩さなかった顔が苛烈に歪み
目を剥き髪を振り乱したグィネヴィアが
身を捻り剣を持っていない方の腕をこちらに振り抜こうとする瞬間
その手の中には剣の柄が握られていた
見ると何もない空間に柄から光が伸び剣が形取られていく
「アロンダイトォッ!!」
(もう一本とかアリかよッ!?)
「っく!・・・おおぉぉぉっ!!」
これも反応出来る!すかさずもう片方の剣が襲って来るが同じく掴み取る
刃の部分を掴んでしまったがひんやりとした感覚が手に伝わるだけで痛みは無い
不思議な、否、久しぶりの感覚だ
今までの疑似体では何かを触っても薄いゴム手袋越しで触れたかのような
やや曖昧な触覚だったが、今、手に伝わる感触は生身で触れたソレだ
従来なら添えただけでスッパリと指が落ちてしまう程の
悍ましい切れ味を誇るであろう剣を握り止める
「ふんッ!ぐぉぉぉぁぁああッ!!!」
そのままミリミリと掌に力を込め、バキリ!と刀身が砕けた
「あっ!あぁ・・・ッ!旦那様達・・・ッ!」
剣が砕け愕然とするグィネヴィアの肩を掴む
華奢な身体だが、あの時観覧席から俺は見た
戦意を失った者を背中から斬りつけ嘲笑う彼女の姿を
思い出し、ふつふつと腹から怒りが込み上げてくる
「2本目の剣での一撃は首ぃ目掛けてやがったな華奢な面してえげつない・・
まぁ、見た目がなんであれ敵なら容赦しねぇ・・・」
全身に思い切り力を込める
メギメギと太ももから爪先にまでに血が流れ込み筋肉が膨張する
「ズォァッ!!」
力任せに思い切り飛び蹴りをブチかます
「キッ!ャァアアアァアッ・・・!!」
乱気流に揉まれたぬいぐるみのように回転を繰り返し
グィネヴィアは観客席の二階席辺りに吹き飛び砂煙と瓦礫に吞まれるのが見えた
次は
「ヒッ!お、おい早く次の・・」
またも応援を呼ぼうとする蒲生に一足踏み込み肉薄し
喉輪を掛け、グゥゥッと左腕一本で蒲生の身を持ち上げる
「やっとだ、やっと届いたぞ・・・!
人の陰に隠れて好き放題に、気に入らねぇんだよッ」
「ゲハッ!・・なんだよ、俺は自分の異能を最大限有効に発揮できる戦法で戦ってただけだぜ?ありゃあ便利だぜぇ?強化かけりゃ後ろで寛いでられっからよぉ?げっほっ・・・・」
この状況で居直ったか、咽びながらも悪びれる事なく蒲生は悪態をつく
俺はグッと腕に力を込め
「あぁそうだ、それが気に入らない。最近のソシャゲでも多いだろ?
強化だの的確な指揮だのよ、理由をつけて戦場に出てこない野郎が主人公やってるヤツ」
「へッ!んだよ・・主人公は率先して前に、ってか?古ぃんだよ
化石か?ジジィみてぇな感性しやがって」
必死に喉仏を上下し唾液を溜飲させ蒲生は空笑う
「・・・っへ!そうだな、まったくもって古臭い主人公像だ
自分で突っ込んでぶん殴るなんざ、でもなぁッ!」
右の拳をキツく握り締め
肩の可動域限界まで振りかぶる
「他人のケツの後ろで縮こまる系主人公よりも常に最前線の突貫近接主人公ッ!
俺はッ!こっちのやり方がスッキリするもんでなぁッ!!」
一閃、拳が蒲生の顔面を打ち抜いた。
ここまでお読みくださった貴方に感謝を




