統合世界監視領域 偉大なる座
背中の焼け付くような痛みが消え
また、闘技場も舞台も忽然と消えていた
代わりに広がるモノは一面の暗闇、だが視える
真っ暗なのに何故か周りの空間が見渡せる
思考と視覚が嚙み合わない・・・なんだここは・・・?
瞬間、ハッと思い出し四つん這いになっている自分の下を確認した
が、そこにはシャルは居なかった
「まさか・・俺、死んだ・・・のか・・」
思い起こせばこの不可思議な空間に似た光景を知っている気がする
この世界へ来る時の長い階段だ、あの階段も暗いが足下が視えていた感覚があった
「まんまとアイツにやられて送り返される途中ってとこか・・・」
蒲生竜也の不愉快な笑い声が脳裏をかすめた
何もできなかった・・・
「くそッッ!!!」
床を平手ではたく、「ペチッ」と虚しい音が響く
『やあ、ようこそ』
それが声だと気付くのに暫しの猶予が必要だった。
「誰か・・居るのか?」
恐る恐る何者かに返答する
『あぁ・・良かった、届いていたか。彼女以外と言葉を交わすのは初めてなのでね
もしや疎通が不可能なのではと危惧していたが杞憂に済んだようだ』
幼いような年老いたような性別も判らない謎の声が響く
「だ、誰だ?何処に居るんだ!?」
『フム、君の疑問はもっともだ。私は・・・
そうだなオブザーバーと名乗っておこうか』
「・・そんな今思いついたみたいな」
『私本来の名称はこの次元では発音も書き表すことでも呼称する術が無いのでね
渾名・・というヤツだよ』
正直、何を言っているのか分からない・・だが
敗北しシャルとイアを守れなかった虚脱感に蝕まれた思考が
もはやどうでもいい・・と理解を拒む
「はぁ、そうですか・・で、あなたは何処に居るんです?」
周囲を見回すが人影どころか身を隠す物影すらない
『この空間の何処にでも存在している、私は精神生命体というヤツでね』
いよいよ訳が分からない揶揄われているのだろうか
『訝しむのは当然だ名も名乗らず姿も現さず、礼を失しているのは承知している
が、これが私という存在なのだ寛容してくれると助かるよ』
もはや返事をするのも億劫になってきた、溜息を吐き
「あの、帰すなら早くして下さい。もう俺に用なんて無いでしょ・・・」
投げやりに声を発する
『帰る、か。それも良いだろう。それが君の選択かね?』
「選択って・・・それしかないだろう、俺は負け・・たんだから・・」
言葉に出して余計に自覚する
今頃シャルとイアはどんな目に遭わされているのか・・・
唇を噛み叫び出したいのを必死に堪える
『もう一度あの世界に戻るという選択肢を提示したら君は何を選ぶかね?』
「戻るって・・あの、ゲーム世界にか!?俺は負けたんだぞ!?
本当にそんなこと可能なのか!?」
『クック・・声に張りが戻ったな、結構』
「も、戻れるなら早く!!シャルとイアがッ!!」
『あぁ・・心配は不要だ。今、この空間以外の時を止めている
正に槍が君を貫こうとした瞬間であの世界の時も固着したままだ』
「・・・?、何を・・・」
『我々にとって時間の流れとは堰き止められない川に非ず
寛ぐとまでゆかずとも説明を聞く時間は充分にある逸る気持ちを抑えたまえ』
言っている事に突拍子が無さ過ぎて信用ならない・・
だが今の状況ではこの謎の存在を信じるほかない
深く息を1つ吐き、床にどっかりと座り話を聞く態勢に入る
観念した気配を察したのか謎の声はさてと前置きし
『では、どこから説明するか』
「なら教えてくれ、このゲーム世界の成り立ちにアンタが関わっているのか?」
以前聞いた話ではイアはこの世界創造の仕組みには関わっていない
ならばそれが可能な存在は・・・
『ウム、そうだ。抹消される運命の世界を拾い上げ、存続させたのは私だ』
勿体ぶるでもなくオブザーバーはあっさりと認めた
「それは・・何故だ?」
『請われたから・・否、願い、祈りが届いた。故聞き届け叶えた』
「願い・・その願った人ってのは」
『ああ、君もよく知る少女。イアだ』
『彼女の消滅を恐れる泣き声、ただ存在していたい
それだけのシンプルで強烈な願いが届いたのだ』
「貴方はそもそもどういった存在なんだ?現実世界の人間?
ソシャゲ好きなハッカーがゲームデータをぶっこ抜いてる・・・
もしくは大金持ちがサ終データを買い取って大型サーバーに保管してるとか?」
『違う。人間であるならばデータの保護は可能だろうが
他者の意識を好き勝手にゲーム世界へ送ること等できまい』
・・・・そりゃそうか
『私の正体が気になるのは分かるが先にも言った通り君達の次元では
私の名前すら理解が及ばないのだ。噛み砕いて言えば
君達より圧倒的に技術を発展させた種族と理解してくれればいい』
深く追求するな、考えるなという事か・・
気に食わない言い方だが・・まぁいい
「でも願いを叶えた、か・・・良い・・人?なのか?」
この人物の目的が見えない
なんらか形でイアのSOSを察知しここまで手の込んだ仕掛けを組む思惑はなんだろうか
『私も彼女の願いを通じて己の欲求を満たしている
無償の善意でこんな大規模な事はせんよ』
「欲求?」
『我々の種族は知識を、文化文明を蒐集する事を至上としているのだよ』
「知識って言っても・・ゲームで?」
『この世界群に墜ちてきた世界の住人は稀に自我が芽生える
人工の命に芽吹いた自我がどのような在り方を示すか、独自の文明を築くのか
それを観察し知識として蓄える、それが私の干渉理由だ』
なるほど・・・昔懐かしい生き物の観察キットで
観察日誌を書く子供みたいなもんか
「この世界が大体どういったものか、貴方の目的、まぁざっくりだけど解ったよ」
曖昧な部分が殆どだがこれ以上は焦れて仕方がない
時間が止まっていると言われても、あの状態のシャルを放って置けない
「俺をあの世界に戻してくれるんだよなっ!?
頼む!もう一度あの世界へ・・・っ!!」
縋る俺の叫びにオブザーバーと名乗るモノはふぅむと唸り
『無論可能だ、だが戻ってどうするね?君は手も足も出なかったろう
また一方的に痛めつけられ、今度こそ息の根を止められてしまうぞ?
私も次は助けん』
「・・・っく!!」
もっともな指摘に言葉に詰まる
異能を駆使する相手にどう立ち向かえば・・・ん?
「そうだ!異能!ここで俺に異能を与えてはくれないか!?」
俺は自分が異能を貰いっぱぐれている事を思い出す
目には目を異能には異能で対抗するのが妥当だろう
『まぁ、そうくるであろうな相手は異能を操り成り上がった
精々その仮面しか持っていない君ではとてもな・・・』
「仮面・・そうだ!こっこれ!何か秘めた力とか」
最早すっかり顔に馴染んでしまった硬い仮面を指差し
一縷の希望を望むが
『無い』
帰ってきたのは余りに無体な一言だった
『全くの素面で放り出すというのは
いくら私とて心苦しさはある』
『故に急所の一つである頭部を保護できる装具を下賜したのだ』
「保護って・・」
『役に立つこともあったろう?』
「そんなの・・・」
反論しようとして脳裏に思い浮かんだ
初日に頭を棍棒で殴られた記憶
(あれで無事だったの仮面のお陰、だよな・・・?)
「あり、ましたね・・・」
実際に役立った事例が在ってはこちらも文句は言えない
『食事に不便無いよう開閉する口元がこだわりポイントだ』
「はぁ・・・」
オホン!と謎の声、オブザーバーは1つ咳ばらいをし
『アクシデントでの結果とはいえ無能力の君が相手取るには
彼は些か高過ぎる障壁だろう』
「なら!」
『だが君の意識と疑似体は既に完全に混ざりこんでしまった
異能は精神とアバター体がとある場所で同一になった瞬間に発露する』
「じゃあ・・もう手遅れなのか・・?」
ぬか喜びに肩から力が抜ける
『結論を出すのは早計だ、何の為に君をこの空間に招いたと思っているんだね』
「何の為って・・・
モンスターやバグに負けた人は皆ここを通って現実に帰るんじゃないのか?」
『いいや、敗北した者は何処も経由せず帰還させる
君を招いたのは問うため、選択を聞くためだ』
「選択?」
ーーーここだ
ーーーここで俺は今後の一生を左右する決断を
『春保大輔、君は現実の世界、帰るべき世界を捨てる事が出来るかね?』
ーーー迫られたんだ
ここまでお読みくださった貴方に感謝を